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闘技場開催 3


全員が食事を終えた頃、やっと星牙も落ち着いたのか食事中よりは静かになる。


腹が満たされ、食後のお茶を誰もが飲み落ち着いた時間を過ごしていると、火狼が口を開いた。


「いや~、闘技場とか聞いた時はどうなることかと思ったけどさ。意外と楽勝じゃん」


火狼は笑みを浮かべながら蓮姫へと顔を向ける。


「午前中のうちに三十試合終了。今回は五人で300人倒す訳だから、全部で六十試合。つまり一人が六十人倒せばオーケー。本来の闘技場より四十人も少ないみたいだし。このままなら今日中に終わっちまうんじゃない?」


「そうだね。今のままなら何も心配いらない。でも『後半に進むにつれて強い人が出てくる』ってサイラス団長も言ってたし、油断は禁物だよ。(ろう)


「だーいじょうぶだって。俺と旦那や(ぼん)に勝てる奴なんてそうそういないし。姫さんだって想造力使えるじゃん。これは油断じゃなくて余裕なんよ。な!旦那」


「オイオイ!俺を忘れるなよな!俺だって戦えてるぜ!」


自分の名前だけ呼ばれなかった星牙は、不満げに火狼に向けて叫ぶ。


「忘れてねぇよ。お前も強いから安心安心。頼りにしてんぜ、ファング」


「はぁ…お気楽な奴め」


彼曰(かれいわ)く余裕の表情と態度を崩す事無く、火狼はユージーンへと同意を求めるが、ユージーンの方は呆れたようにため息をついた。


「あれ?旦那はそうは思わないっての?」


「いや。このまま親衛隊やら騎士団が来ても俺達は何も問題ない。奴等一人一人の戦闘力は確かに高いだろうが、俺は当然、お前達の実力も奴等より上だ。姫様も俺達が援護(えんご)すれば勝てる見込みは十分にある」


「ジーンも狼が言うように…今回の闘技場は楽勝だと思うの?」


「このままなら楽勝でしょうね。しかしあの女帝…わざわざ闘技場を開いてまで姫様を戦わせているんです。他にも何か目的がある可能性も、これから何かを仕掛けてくる可能性もあります。あくまで予想でしかありませんが」


ユージーンが火狼と違いこの闘技場を楽観的に見れない一番の理由。


それはこの国の皇帝であり、自分達が戦うように仕向けた人物…エメラインにあった。


「あの女帝は姫様や俺達の実力が見たいが為に、今回の闘技場を開きました。わざわざ魔法が使用出来るルールまで追加し、本来の対戦人数を変えてまで。そのルールが俺達に…特に姫様に有利過ぎるんですよ」


「確かにね。本当なら一人で100人倒すのが、闘技場のルール。今回は特別ルールだから、私達は簡単に勝ててる。そうじゃなきゃ…私一人じゃ十試合も進めてなかった」


「はい。なので」


「ちょっと待てよ。ユージーンも蓮も深く考え過ぎじゃね?」


「星牙?」


真剣に今回の闘技場について思案するユージーンと蓮姫だったが、そこに星牙が割って入る。


彼は何処か不満げな表情をユージーンと蓮姫に向けていた。


「これは闘技場…決闘なんだぜ。決闘ってのは神聖なものじゃなきゃダメだ。あの女帝も自分の国の闘技場で八百長とか、変な事考えたりしてないって」


「星牙…でもね。色々な可能性を考えておくのは」


「何言ってんだよ!あの女帝は親父と戦った事があるって言ってた。きっと女帝も立派な武人なんだ!武人は変な企みなんてしない!堂々と戦う!俺達も堂々と戦わないと相手に失礼だろ」


星牙は女帝の企みなど一切考えていない。


今、彼が考えているのは一つ。


武人としてこの闘技場を正々堂々と戦い抜くこと。


そしてそれは相手も同じだと信じて疑っていない。


本当に馬鹿正直で素直すぎる性格な星牙に、ユージーンと火狼は呆れ返っていた。


「あのなぁ、ファング。世の中とか大人はな、お前みたいにそんな綺麗事ばっかり考えてねぇの」


「そもそも今回、姫様が闘技場に参加する原因を作った一人が何を偉そうに言ってるんだ」


「う!そ、それは悪かったと思ってるけどさ!でも俺は!」


「皆、やめて。星牙もごめんね。私達少し考えすぎてたかも。今は勝ち抜く事に専念しないとね」


言い合いに発展する前に、蓮姫が男達の仲裁に入る。


本当は蓮姫も、もっとユージーンと話したかったのだが、そのような時間はもう残されていない。


時計を確認すると一時間あった休憩も残り僅かとなっていた。


ここで仲間割れをしてしまえば、今後の試合にも影響が出るかもしれない。


「皆、まずは一試合を大事に。勝ち抜く事を考えて。私も出来る限り相手を倒せるように頑張るから。だからもうこの話はやめよう。今はこの闘技場に勝ち抜く事が何より大事なんだから」


「…蓮……わかったよ。俺こそごめんな」


「はいよ、姫さん。ヤバかったらいつでも俺を呼んでね。旦那だけじゃなくて、俺も姫さん援護するからさ」


「…俺も…母さん助ける」


「良かった。ジーンもいい?」


「……はい。姫様の仰せのままに」


本当は誰よりも納得していないユージーン。


彼は星牙を力づくで黙らせてでも、女帝の企みについて蓮姫と話し合いたかった。


しかしそれは蓮姫が一番望まぬ方法。


理由が星牙とはいえ蓮姫がこの話をこれ以上する気がないのなら、ユージーンとて出来ない。


なにより時間が無いのはユージーンも理解している。


それでもユージーンの中には、初めてエメラインに会った時からある疑惑が…一握の不安がずっと心にあった。


(あの女帝はただの人間だが……あの女から感じるのは、間違いなく死王の気配。それも俺達があのテラスを出た時から強くなってる。まるで死王が二人いるみたいな…そんな奴が…こんなショボイ闘技場で満足するか?もっと白熱するような、血で血を洗うような戦いを望んでるんじゃ…)


ユージーンがエメラインの企みについて考えていると、コンコン…と部屋の扉がノックされる。


蓮姫が返答し入るよう促すと、使用人が頭を下げ入ってきた。


「失礼致します。弐の姫様、皆様…あと10分程で試合再開となりますが、準備はよろしいでしょうか?」


「はい。皆は大丈夫?」


「大丈夫よ~。飯も食ったしトイレにも行ったしね。なんにも問題なし」


「よし。じゃあ行こうか」


蓮姫の言葉を合図にそれぞれが部屋を出て行く。


が、ユージーンは最後に出ようとした星牙の肩を後ろから掴み、低い声で彼に囁いた。


「さっきはよくも邪魔してくれたな。姫様を巻き込んだ事も合わせて、いつかきっちりお返ししてやるよ」


星牙は一瞬ビクリと体を震わせ、慌てて後ろを振り向く。


が、その時には既にユージーンは爽やかな笑顔を浮かべていた。


「さぁ、行きましょう。星牙」


「え、あ、お、う、うん?」


挙動不審な星牙を放って、ユージーンは一人で先に蓮姫達の元へと向かう。


一人残された星牙は目をパチパチとさせながら、去りゆくユージーンの背を見つめた。


「え?今…ユージーン?え?なんて?え?空耳(そらみみ)?どういう意味?」


ユージーンの地を這うような低い声と、爽やかな笑顔に星牙は困惑する。


だがハッと我に帰ると慌てて蓮姫達を追いかけて行った。


どうやら年若く素直で単純馬鹿な星牙には少々刺激が強く、また理解も出来なかったらしい。




蓮姫達が会場に入りリングに立つと、エメラインによる闘技場再開の挨拶(あいさつ)が行われた。


午前中と違い対戦相手は親衛隊に騎士団と強者(つわもの)達が立ち(ふさ)がる。


が、相手がどれだけこの国の精鋭(せいえい)だろうとユージーンも火狼も未月も、問題なく午前中同様相手を瞬く間に倒していった。


星牙の方も流石(さすが)飛龍元帥の息子というだけあり、相手と数回木刀を交えた後、確実に倒している。


一方、蓮姫の方は相手が魔力も戦闘力も高い親衛隊や騎士団相手になると、前半戦のように不意をつく攻撃は出来なくなっていた。


それでも当初の予定通り、蓮姫もまた従者達に援護してもらいつつ、しっかりと最後のトドメだけ決めていた。


試合は(とどこお)りなく進み、蓮姫達は勝ち進む。


観客も歓声を上げて試合を楽しんでいた。


「キャー!銀髪の従者さん!素敵ー!」


「赤い服のお兄さんもー!カッコイイわー!」


「三つ編みの兄ちゃん!あんた(わけ)ぇのに強いじゃねぇかー!」


「うぉー!ファングー!やっぱお前は強いぜー!」


観客は従者達と星牙に向けて歓声を上げる。


そう…蓮姫以外の者達に。




試合が五十戦を迎えた頃、蓮姫を応援する観客は誰もいなくなった。


唯一、蓮姫を応援しているのは残火くらいのもの。


「姉上ー!頑張って下さーい!」


ニコニコと笑顔で蓮姫を応援する残火だったが、隣に座るカップルは難しい顔でリング上の蓮姫を見つめる。


「………ねぇ…なんか弐の姫…ズルくない?」


「…うん。俺もそう思う。なんかさ…全部従者にやらせて、最後だけちゃっかり自分でトドメさしてるみたいな…」


隣のカップルの言葉が聞き捨てならなかったのか、残火は二人を軽く睨みつける。


「ちょっと!あなた達も姉上を応援してよ!姉上はズルくなんかない!ちゃんとルールは守ってるでしょ!」


残火に怒鳴られバツの悪い顔をする二人。


しかし、結局自分達の意見は変わらないらしく、男の方が残火に言葉を返した。


「確かにルールは守ってるよ。でもあんなの…闘技場の戦い方じゃない。俺達は皆、真剣に相手と戦う姿を見たいんだ。弐の姫の戦いは、戦いじゃない」


「そうね。強いのは従者だけで…弐の姫は自分でほとんど戦ってないもの。そんな人…応援したいとは思えないわ」


「そんな!?姉上だってしっかり戦って!」


カップルの正論に納得出来ない残火が再び声を荒らげようとしたその時。


残火の声は後方から響いた叫びにかき消される。


「こらー!弐の姫ー!しっかり戦えやー!ズルしてんじゃねぇぞー!」


それは残火に(から)んできた、あの酔っ払いの男だった。


男の声は場内に響き渡り、その直後、シーンとした静寂(せいじゃく)が会場を包み込む。


戦っていた蓮姫達も、観客も、エメラインですら、声の主である酔っ払いの方を見つめていた。


「このおっさん!また!」


残火は(いか)りの矛先(ほこさき)をその酔っ払いへと変え、再び彼を殴ってやろうと拳を握りしめる。


だが、この酔っ払いの言葉を皮切りに、観客の不満が爆発してしまった。


「そうだ…やっぱりズルいぜ!弐の姫!お前も少しは真面目(まじめ)に戦えよ!」


「弐の姫ー!お前反乱軍倒したんだろ!ならその力見せてみろってんだ!」


「そうよ!従者にばっかり戦わせて!」


「あなたなんて何もしてないじゃない!この卑怯者ー!」


「想造力使えなきゃ!なんにも出来ねぇのかよ!」


「戦う気がねぇなら!さっさと負けちまえー!(くだ)らねぇ試合ばっか見せてんじゃねぇよ!」


もはや観客のほとんどが蓮姫に向けてブーイングを放つ。


女帝エメラインは頬に手を当て「あらあら」と呟くだけで、自分の民を止めようともしない。


観客以上に蓮姫達を呆れた目で見ていたシュガーも、観客と同じ意見だった。


「あ~あ。観客騒ぎ出しちゃったね~。どうするの母上。こんなんじゃ、弐の姫達が勝っても誰も納得しないよ」


「そうね。どうしようかしら?う~ん。今は五十五試合目だし………」


エメラインは(あご)に手を添えながら首を傾げるが、直ぐに手をポンと叩きクスリと微笑む。


「……うん。やっぱりそうしましょう」


「どうするの?」


「うふふ。大丈夫よ。観客の皆さんが、ちゃあんと納得出来るようにするわ。勿論、それは蓮姫ちゃん次第だけれどね」


楽しそうに何かを企んでいるエメラインの眼下…リング上では蓮姫がオロオロと観客達を見回していた。


「ど、どうしよう…観客を怒らせちゃった…一体どうすれば…」


思わぬブーイングをくらってしまい、蓮姫の戦意は(すで)に削がれている。


どうすれば観客達の怒りを沈められるのかと悩む蓮姫だったが、今は試合中。


相手でもある騎士団の一人が木刀を構え、蓮姫に突進してくる。


観客が不満を持っていたように…いや、それ以上に対戦相手である彼等の不満は募っていたのだ。


「試合中に余所見(よそみ)など…どれだけ我等を侮辱(ぶじょく)するつもりだ!?弐の姫ぇ!」


「っ!?」


蓮姫が慌てて木の短剣を構えた直後、ユージーンが騎士団の男の後ろに回り込み、彼を羽交い締めにする。


「ジーン!?」


「姫様!今のうちに早く!」


「クソっ!またこのような!離せっ!離せぇ!まともに戦えんのか貴様らぁ!」


怒り暴れる騎士団の男だったが、今の試合で残っているのは彼一人。


蓮姫が彼を倒せばこの試合も終わり次に進める。


だが蓮姫の中には観客達のブーイングにより迷いが(しょう)じていた。


「で、でもジーン!」


「早くして下さい!今、姫様が勝たなくては星牙の無罪も勝ち取れませんよ!」


「っ!?」


その言葉で蓮姫はこの闘技場の、自分達の戦う意味を思い出す。


迷っている場合ではない。


自分達は勝ち進まなくてはならないのだ。


「やぁあああ!!」


蓮姫は木の短剣を握りしめたまま、拳を男のみぞおちにくらわせる。


「ぐほぉっ!!ゲホッ!ゲホッ!」


胃液を吐き出す男からユージーンが手を離すと、男はみぞおちを抑えながら地面にうずくまる。


そのまま蓮姫は高く飛び上がり、全体重をかけた一撃を男の後頭部に叩き込んだ。


男が地面に倒れ込んだ瞬間、観客のブーイングは更に大きくなる


(きたね)ぇぞ!弐の姫!」


「引っ込め!弐の姫!」


「銀髪野郎!お前も余計な事すんじゃねぇよ!」


観客のブーイングを聞きながら蓮姫は苦笑する。


嫌われるのは慣れている。


それでも人から嫌われるのが、辛くない訳では無い。


「姫様」


「ジーン。ありがとう」


「いえ。姫様…こんな有象無象(うぞうむぞう)の声になど(まど)わされてはいけません。負けてしまえば星牙は勿論、我々も何かしらの罰を問われる可能性があります。最悪ギルディストを出ることすら」


「うん。わかってる。私達は…どんなことをしても勝ち残らなきゃね。さっきまで迷ってたけど…もう大丈夫だよ。もう…私は迷わないから」


そう告げると、蓮姫はユージーン、そして後ろの仲間達へと視線を向ける。


「どんなに大勢に嫌われても、私にはかけがえのない、大切な仲間がいる。だから…心配しないで。こんなのへっちゃらだよ」


従者達を安心させるように、そして自分にも言い聞かせるように蓮姫は微笑む。


自分達のブーイングが鳴り止まない中、蓮姫の言葉で従者達も笑顔を浮かべていた。

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