本心 2
「弐の姫なのを隠して仲良くなっても!私が弐の姫だって知った途端に皆が離れて行っちゃう!」
カイン達庶民は自分を受け入れてくれていた。
しかし弐の姫は到底受け入れられなかった。
「みんなみんなっ!!世界中の人間がっ!!私の事を嫌ってるんでしょ!!私なんていらないんでしょっ!!だったらもう嫌だよっ!!弐の姫なんて!弐の姫なんてもう嫌だぁっ!!」
泣きじゃくる蓮姫を抱き締めながら、チェーザレも泣き出しそうに悲痛な顔をしている。
(何故……何故蓮姫がここまで苦しまなければならないっ!この世界に最初に来なかっただけで!!)
理不尽過ぎる。
彼女はこの世界に来てしまっただけだ。
自分の意志ではない。
家族や友人、自分の世界から引き離された彼女。
そんな蓮姫に一方的な役目を強いるだけの世界。
「……ならば…やめてしまうか?」
「………え?」
今まで黙って蓮姫の話を聞いていたチェーザレ。
彼からふいに零れた言葉に、蓮姫は顔を上げた。
見上げるチェーザレの顔からは、今のが冗談などではなく本気だとわかる。
「チェーザレ…今……なんて?」
「弐の姫をやめるか?と聞いたんだ。言っておくが冗談などではないぞ」
「……うん。…チェーザレがそんな冗談…言う訳無い。でも…」
「なんなら……このまま私と逃げるか?」
「逃げるって………だ、ダメだよ!そんなことしたらっ!」
「私とユリウスに迷惑がかかる、か?」
「っ!!」
自分の心を見透かしたようなチェーザレの言葉に、蓮姫はバツが悪くなり俯いた。
半月前、自分のせいで彼等には多大な迷惑を掛けている。
この場にいない彼の片割れ。
ユリウスは常人なら精神が崩壊しかねない場所に幽閉されている。
それも全て蓮姫のせい。
「蓮姫。私もユリウスも、お前を迷惑だと思った事などない」
「………チェーザレ」
「その気になればユリウスの能力で、周りを黙らせることも出来る。追っ手など私達が振り切ってやるさ。三人で…何処か遠くへと逃げないか?」
「………遠くへ?」
「そうだ。誰も知らない土地で、三人だけで暮らすんだ」
「………そうだね……それもいいかもね…」
チェーザレの優しさに、先ほどまでとは違う涙が笑顔と一緒に溢れる。
「…蓮姫……なら」
「でも………ダメだよ…チェーザレ」
蓮姫は小さく首を降った。
チェーザレとユリウスと三人で暮らす。
またあの日々のように、楽しく暮らせるなど夢のようだ。
だが、所詮は夢でしかない。
「逃げ出す訳にはいかないんだもん。あの男が言ってた」
「あの男とは……まさか蘇」
「やめてっ!!あんな奴の名前なんて聞きたくないっ!」
チェーザレが蘇芳の名を呼び音る前に、蓮姫は叫んでソレを制した。
少しだが震えだした蓮姫の肩を、チェーザレはギュッと強く寄せる。
「すまない。……軽率だったな。あんな男の名を、お前の前で口にするなど」
「ううん。私こそごめんね。でも……その言い方………チェーザレ…知ってるんだね」
「あぁ。……で、なんと言われたんだ?」
蘇芳が蓮姫に何をしたのか、チェーザレは知っていた。
その蘇芳が壱の姫に仕えている事も。
だが蓮姫の問には答えずに、チェーザレは話の続きを促した。
「私は姫としてこの世界に来たから、想造世界の事を忘れてるって。その通りなの。もう想造世界の事なんて……よく思い出せない」
「あぁ。故郷ではなく、この世界の為に生きるよう姫は誰でもそうなるらしい」
「うん。でもそれだけじゃない」
蓮姫はチェーザレの顔をしっかりと見据えて言い放つ。
「姫になるって決めたのは私。だから……逃げ出したくない」
強い意志を含んだ瞳。
間近で向けられたチェーザレは、一瞬息を呑む。
「逃げたいよ。やめたいよ。でも……全て投げ出しても………私は楽になんかなれない」
「……蓮姫…」
「チェーザレとユリウスと、また三人で暮らすなんて夢みたいだよ。……でも…もう前みたいに楽しく笑って過ごす事は…出来ないと思うんだ」
全てを投げ出したら、今より楽になるだろう。
彼らはそんな自分でも守ってくれるし、ずっと傍にも居てくれる。
しかし全てを投げ出したら……その事が一生頭から離れることはない。
生涯……逃げたという事実が自分を追い詰める。
「もう……以前のお前とは…違うんだな」
「………うん。……弐の姫がどんな存在なのかも…もう守られてるだけじゃ…ダメだって事も、知ったから」
「そうか……そうだな……お前は弐の姫なのだから……。わかったよ」
淋しそうに笑みを浮かべるチェーザレ。
チェーザレの優しさを踏みにじったようで、蓮姫は胸が締め付けられる思いがした。
「……ごめんね…チェーザレ…」
「謝るな。お前が自分で決めた事だろう?私にまで気を使うな」
「うん。……ありがとう」
「あぁ。……しかし蓮姫。お前は世界中の人間がお前を嫌っていると言うが、そうでもないぞ」
「………うん。……チェーザレとユリウス…あと、蒼牙さんは私の味方してくれるもんね」
「いや、もう一人いる」
チェーザレの言葉に蓮姫は首を傾げる。
チェーザレとユリウス、そして彼等の師である飛龍大将軍蒼牙。
正直この三人以外に蓮姫の味方をしてくれる人間など、彼女には見当もつかなかった。
それなりに仲が良いとはいえ、リュンクスもアンドリューも蓮姫を心から信頼している訳ではない。
それは蓮姫も気付いていた。
レオナルドとソフィア、公爵に関しては蓮姫が一方的に拒絶している。
では誰が?
「昨日の夕方……私達の塔に小さな騎士が来た」
「小さな……ナイト?」
「あぁ」
【一日前・忌み子の塔】
「………?…なんだ?」
チェーザレの耳に、塔の階段を駆け上がる音が聞こえる。
構造上、どうしても音が響くのは仕方ない…が。
「……やけに小さな足音だな」
チェーザレが扉の方へ目を向けた瞬間、扉を叩く音が聞こえた。
とても小さいが、必死な音が。
バンバンバンッ!!
「オイッ!開けてくれよっ!!アンタ蓮姉ちゃんの友達なんだろ!」
扉の向こうから聞こえたのは、まだ幼い子供の声。
「………小僧。この塔への立ち入りは、女王陛下の許しなくては叶わない。厳罰に処されたくなければ即刻立ち去れ」
「んな小難しい事言われたってわかんないよっ!」
「お前のような子供が来る場所ではない、と言っているんだ」
相手が子供だというのに、チェーザレは固い口調を崩さない。
これがユリウスならば違っただろうが…。
「そんなのどーでもいいよ!蓮姉ちゃんを助けてくれよ!!」
「蓮姉ちゃんなど私は知らない。さっさと帰れ」
「街のみんなが言ってた!弐の姫は塔の双子と暮らしてたって!!だから!アンタが蓮姉ちゃんの友達なんだろ!!」
「まさか……蓮姫のことか?」
その言葉にチェーザレは扉を開けた。
その向こうには十歳程の子供が、息を切らして立っていた。
「小僧……名は?」
「エリック。みんなは…蓮姉ちゃんもリックって呼ぶよ」
「そうか。リック、詳しく話せ」
エリックは蓮姫と初めて会った時から、自分の家で蓮姫が働いていた事。
正体がバレて街の人間に追い立てられ、久遠率いる軍人達に連れられたこと……全てを話した。
「………そうか……そんな事が…」
「そうだよ!だからっ!早く蓮姉ちゃん助けてくれよっ!」
「リック。お前の店に来た軍人達は弐の姫を保護しに来ただけだ。無体な事はしない」
「~~~っ!!子供にもわかりやすく話してよっ!」
「つまり、軍人達は弐の姫である蓮姫を迎えに来ただけだ。傷つけたりは絶対にしないし、出来ない。もう一人で外に出る事はさせてもらえなくなるだろうが、他に心配するようなことは無い。……わかったか」
「…ホントに?」
「私は嘘はつかん」
片割れは別だが……と口から出そうになるが、チェーザレはため息だけでとどめた。
「そ、そっか。よかった」
安心して力が抜けたのか、エリックはその場に座り込んだ。
「そんな所に座り込むな。ホラ。立ってお茶でも飲め」
「うん。ありがと………ブッ!?な、何コレ!?」
「ただのミルクティーだ」
「甘すぎだよっ!!」
子供にまで指摘される程、チェーザレの味覚はおかしい。
当の本人は気にする様子もなく、エリックをイスへと座らせた。
「…なんか……思ってたより優しいんだね。街のみんなは『怖い』とか…『化け物』とか言うのに」
「人の噂とはそういうものだ。まぁ……化け物じみた力があるのは本当だが」
「でも…全然怖くないよ。おじちゃんも……蓮姉ちゃんも」
「変わった小僧だな。…この塔に一人でのこのこ……しかも蓮姫…弐の姫の為に」
忌み子の住む塔に、能力者である彼等の元に、自ら進んで来る者などいない。
それも能力者と同じ…もしくはそれ以上に忌み嫌われている弐の姫の為に…。
「おれ……約束したんだ」
「約束?蓮姫とか?」
「うん。おれは絶対に蓮姉ちゃんの味方だって」
目の前に座る子供の、あまりにも真剣な表情にチェーザレは驚く。
「蓮姫は弐の姫だ。その上、自分を偽ってお前達に近づいたんだぞ。怒りは感じないのか?」
「そりゃ……蓮姉ちゃんは嘘付いてたけど…みんなにあんな風に言われるんなら、嘘だってつきたくなるよ。おれだってきっと嘘ついたもん」
「…リック」
「でも!弐の姫でも嘘つきでも!蓮姉ちゃんは蓮姉ちゃんだもん!」
「そうだな。蓮姫は……蓮姫だ」
エリックの言葉に、チェーザレは自分の表情が柔らかくなるのを感じた。
「母ちゃんもカインも!街のみんなだって!蓮姉ちゃんと仲良かったのに……ひどいよ」
「大人とはそうさ。お前のように純粋に見たまま、感じたままに人を信じられない」
「…むぅ……難しくて…わかんないよ」
「お前はお前のままでいろ、ということだ。蓮姫が好きなのだろ?」
「うんっ!!」
「それだけで充分だ」