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闘技場開催 2


「それでは!第一試合…」


審判の男が右手を高く上げると、それに合わせて蓮姫や星牙、対戦相手の男達は武器を構えた。


これから戦いが始まると思うと、蓮姫は緊張したままゴクリと生唾(なまつば)を飲む。


「始めっ!」


審判の男が右手を振り下ろした直後。


ヒュンッ!ヒュヒュンッ!


蓮姫と星牙の間を風が吹き抜ける。


その正体は蓮姫の従者であるユージーン、火狼、未月だった。


彼等は一瞬で対戦相手のうち三人との間合いを詰めると、それぞれ手刀や蹴り、木刀をくらわせる。


急所に攻撃を受けた三人の男達は、全員同時に倒れ込んだ。


蓮姫の黒髪が揺れている間の…まさに一瞬の出来事。


蓮姫も星牙も、審判も対戦相手の残り二人も何が起こったのか理解出来ず、ただリングの上で呆然(ぼうぜん)と立ったまま動かない。


呆然(ぼうぜん)としているのは蓮姫達だけでなく、あのエメラインやジョーカーも、この会場にいる者全員がそうだった。


誰も彼もが目を見開き、リング上の三人…ユージーン達を見つめたまま動かない。


先程までの歓声もピタリとやみ、再び闘技場には静寂(せいじゃく)が訪れていた。


「これで終わりだな」


「んだね~」


「…任務…遂行した」


ユージーン達は会場の空気など気にすることもなく、普段通り言葉を()わす。


すると、彼等の声を聞いたことで、観客は一斉にワッ!と騒ぎ出した。


(すげ)ぇっ!(すげ)ぇよ!あんた達ー!!」


「あいつら!めちゃくちゃ強いじゃねぇか!!」


「キャー!!お兄さん達素敵ー!こっち向いてー!」


一瞬で相手を倒したユージーン達を見て、大いに盛り上がる観客達。


エメラインとジョーカーも楽しげに微笑んでユージーン達を上から眺めていた。


「まぁ…ふふっ。皆様、早くて無駄のない動き。いい腕だわ」


「へぇ~!早いなぁ!でも相手が弱すぎるね。もっと強い奴と戦ってるの見たいな。それでも強かったら…あの人達とも戦いたいよ!」


ジョーカーは影から出ないように注意しながらも、顔を前に乗り出しユージーン達をキラキラした赤い目で見つめる。


ユージーン、火狼、未月の三名はたった一瞬で会場全ての人間を魅了(みりょう)してしまった。


火狼はヒラヒラと観客に手を振るが、ユージーンと未月は観客に見向きもせず、真っ直ぐ蓮姫の元へと戻る。


「お待たせしました。次は姫様達の番ですよ」


「いや…全然待ってないから。…むしろ早すぎ」


「そうは言われましても、彼等は街の力自慢…でしたっけ?そんな一般人相手にちまちま戦うのも面倒でしょう。まだ295人も残ってるんです。サクサク進めなくては」


ユージーンは蓮姫の後ろに回り込むと、彼女の肩に手を置く。


「さぁ姫様、行ってらっしゃいませ。彼等は本当に弱いので、練習通りやれば姫様でも確実に倒せますよ」


蓮姫の肩に置いていた手を彼女の背に移動させると、ユージーンはそのまま蓮姫をポンッ!と軽く前に押した。


押されるまま前に出た蓮姫は、とりあえず正面にいる相手の男に向けて木の短剣を構える。


男の方もハッとしたように我に返ると、蓮姫に向けて木刀を構えた。


二人が戦闘態勢に入ったのを確認したユージーンは、隣にいる星牙の後ろに回る。


「ほら。君もさっさと終わらせてきなさい」


蓮姫の時とは違い、やや乱暴にドンッ!と星牙の背中を押すユージーン。


あまりの勢いに転びそうになる星牙だが、そこをなんとか堪える。


「うわっ!とっとっと。え、あ、お、おう!」


まだ戸惑(とまど)いが抜けきっていなかったようだが、星牙もまた残りの対戦相手に二本の木刀を構えた。


そして対戦相手に向けて掛け出すと、相手が持っていた木刀を自分の木刀で払い落とす。


そしてもう一つの木刀で腹部をドスッ!と一突きすると、相手の男は気絶してしまい倒れてしまった。


ユージーン達ほどではないが、素早く相手を倒した星牙。


それを見ていた観客は更に星牙に向けて歓声を上げる。


「いいぞー!スターファングー!」


「さすが俺達のヒーローだぜー!」


「このまま頑張れよ!ファングー!」


会場は昨日のように「ファング」コールが響き渡った。


これで残るは一人のみ。


蓮姫が相手を倒すのみとなった。


男はジリジリと蓮姫に詰め寄り、また蓮姫も相手を見据えていた。


自国の闘技場なのに完全アウェイという立場となった対戦相手の男だったが、彼もまたギルディストの人間。


卑怯(ひきょう)(だま)()ちなどするつもりもないのか、蓮姫に向け大声で叫ぶ。


「い、いくぞ!弐の姫!」


「は、はい!お願いします!」


何故か律儀(りちぎ)に言葉を()わす男と蓮姫。


会場の視線は残った蓮姫とこの男に釘付(くぎづ)けとなった。


「うぉおおおおおお!!」


雄叫(おたけ)びを上げながら蓮姫に向けて突進してくる男。


だが蓮姫は避けようとはせず、彼に向けて手のひらをバッと前に突き出す。


「蒼き錠枷【クリスタル・ロック】!」


蓮姫が叫んだ瞬間、突進してきた男の足元が凍りつく。


全力疾走していた男は急に地面と足が固定され、そのまま前に倒れそうになった。


蓮姫はその隙を見逃さず、男に向けて掛け出すと、男の傍で高くジャンプする。


そしてそのまま、彼の後頭部目掛けて木の短剣を全力で、全体重をかけて振り下ろした。


「はぁ!!」


バキッ!という音と共に、短剣は男の後頭部に直撃した。


男は軽い脳震盪(のうしんとう)を起こし、地面に倒れ込む。


ピクピクと体が震えてはいるが、その場から動けない男。


審判は倒れた男達を見回すと、再び右手を高く上げた。


「それまで!第一試合終了!勝者は挑戦者達!」


審判が蓮姫達に向けて手を下ろした瞬間、会場は再び歓声に包まれる!


「おぉー!弐の姫も凄いぜ!」


「ファングー!もっともっと俺達を楽しませてくれよ!」


「従者さん達ー!次も頑張ってー!でも怪我しないでねー!」


周りの観客が騒ぐ中、残火は一人胸を撫で下ろす。


「良かった…姉上」


「にゃう~」


残火もノアールも蓮姫達が負けるとは思っていない。


それでも不安はあるし、心配はしてしまう。


第一試合の相手は本当に一般人ばかりだったらしく、早々に決着がついた。


しかし…対戦相手は先に進むほど、強い相手が出てくる。


それでも、ユージーン達の余裕な戦いを見てみれば、当分は勝ち進めるだろうと蓮姫達も残火も確信していた。


リング上では倒れた男達が騎士団によってリング外に運び込まれている。


そんな彼等とは入れ違いに、白い衣装に身を包んだ…まるで想造世界のシスターのような出で立ちの女達がリングに上がり蓮姫達に近づいて来た。


「弐の姫様。お疲れ様でございました」


「あ、はい。ありがとうございます。あの…あなた方は?」


「わたくし達はこの国の医療班です。全員が回復魔法を扱える魔道士でございます。皆様のお身体を(いや)すよう、皇帝陛下より(おお)せつかって参りました」


彼女達はサイラスの説明にもあった魔道士達らしい。


確かにサイラスは『連戦する皆様の体調を考慮(こうりょ)し、一試合づつ魔道士に疲労や傷の回復をさせます』と蓮姫達に話していた。


「そうだったんですね。でも…」


蓮姫は後ろの従者達をチラリと見つめる。


誰も彼もが一撃、または二撃で相手を倒した。


怪我などは誰もしていないし、疲労も全くない。


「ねぇ。一応聞くけど…誰か怪我してたり、疲れてる人いる?」


「いえ全く」


「ぜ~んぜん。これっぽっちも無いよ」


「…俺…怪我してない。…疲れてもいない」


「俺も大丈夫だぜ」


「だよね」


蓮姫は予想通りの返答を従者達から受けると、魔道士達に向き直る。


「すみません、今回は…というか当分は大丈夫な気がします。…回復をお願いしたい時には声を掛けますので、そうしてもらってもいいですか?」


「弐の姫様の仰せの通りに。しかし、少しでも怪我や疲労を感じましたら直ぐにおっしゃって下さい。わたくし達はリングの外で待機(たいき)しております」


「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」


魔道士達が蓮姫達に頭を下げリング外に出ると、直ぐに次の対戦相手がリングに上がる。


そして第二試合が行われたが、こちらも数秒で決着はついた。


蓮姫の言った通り、蓮姫達は魔道士の回復など必要とせず、第三試合、第四試合…その後も次々に勝ち続けていった。




「第十試合…始め!」


炎弾(えんだん)!」


「ひ、火の玉ぁ!?」


「そ~れっと!はいよ!いっちょあがりー!」


「それまで!」




「第十五試合…始め!」


「…魔法の矢【マジックアロー】」


「ぐはぁっ!」


「…終わりだ」


「それまで!第十五試合終了!」




「第二十三試合…始め!」


「【マリオネット】!」


「な、なんだ!?体が勝手に!?」


「やぁっ!!」


「それまで!試合終了!勝者は挑戦者達!」



蓮姫達の快進撃(かいしんげき)(とど)まることを知らず、彼女達は順調に勝ち進んでいく。


時々、魔法で相手を威嚇(いかく)したり、操ったりもしたが、火狼も未月も普段より力を抑え、相手が気絶しないように細心(さいしん)の注意を払っていた。


『トドメは武器か体術で』という闘技場ルールも全員がしっかり守っている。


誰よりも強いユージーンはどの試合も相手を一撃で倒し、星牙も二本の木刀を駆使(くし)して相手を倒していった。


十試合毎に魔道士達に疲労回復してもらいながらも、蓮姫達はいつの間にか、第三十試合…半分まで勝ち進んでいた。


試合が進む度に観客の歓声も大きくなる。


この闘技場を開いた女帝エメラインも、楽しんで蓮姫達の…特に蓮姫の戦いを眺めていた。


(ふふ…魔法を使ってはいるけれど、蓮姫ちゃんはしっかりと相手を自力で倒しているわね。でも…これじゃ少し物足りないかしら?でももう少し様子を見ても………うーん)


エメラインはチラリと時計を見ると、親衛隊からマイクを預かりその場から立ち上がった。


開会の挨拶の時のように、皇帝用観覧スペースの手すり前まで歩くと、観客達もエメラインに気づき段々と会場は静かになる。


蓮姫達も審判もリング上でエメラインに向けて、姿勢を正した。


誰の声も聞こえなくなり、全員の視線が自分に集中したのを確認すると、エメラインは微笑みながら口を開く。


「皆さん。闘技場を開催して二時間以上経ちましたわ。今から休憩をとりたいと思います。少し早いですが、お昼ご飯に致しましょう。再開は一時間後にします。その間、ゆっくりと休んで下さいね。それでは皆さん、また後で」


エメラインの言葉が終わると、闘技場全体から拍手が上がる。


エメラインは観客に背を向けると、そのまま奥へと去って行った。


そしてそれはエメラインの息子、シュガーも同じ。


だが彼は、つまらなそうに両腕を頭の裏に組んで、エメラインの後ろをついて行く。


「な~んかさ…思ったり強くないんじゃない?弐の姫」


「あら?シュガーちゃんはそう思ったの?」


「母上だって本当はそう思ってるクセに~。他の人は強いけどさ~…弐の姫ってば毎回毎回、相手を魔法で動けなくして、その(すき)に殴って気絶させてるだけじゃん。そればっかりでつまんないよ~」


「ふふ。そうかもしれないわね。でもアレも、立派な戦術の一つだわ」


「ぶぅ~…そうだとしてもつまんな~い。それに相手との力の差もありすぎ。あっという間に終わっちゃってさ。もっと白熱した試合が見たいよ~」


「あらあら。でも大丈夫よ。次の試合からは親衛隊が出るわ。親衛隊が終われば騎士団。それに明日は…もっと楽しくなるようにひと工夫しようと思うの。だからシュガーちゃんも、いい子にして蓮姫ちゃん達を見守っててね」


「だといいけどね~。今のままじゃ弐の姫が俺と戦う価値なんて、これっぽっちも無いよ」


シュガーは口を(とが)らせ、不満げに呟く。


そんな息子の辛口評価を聞きながら、エメラインはニコニコと昼食の用意された部屋へと向かった。


昼食の準備をしているのはエメライン達だけではない。


蓮姫達もリングから下り、自分達の控え室へと向かう。


そして観客のいる観覧席では、売り子が再び食事や飲み物を持って回っていた。


観客達は今のうちにトイレに行ったり、その場で昼食を食べたりと、この昼休憩を満喫している。


が、残火はそうはいかなかった。


「ど、どうしよう。お昼ご飯なんて用意してもらってないし…お金も姉上から貰ってない」


残火は昼食を買いたくても、その金が無い。


周りの人間が美味しそうに弁当やらおにぎりを食べているのを見ると、自然と残火もお腹が空き、ぐぅ~と悲しく腹が鳴る。


それはノアールも同じで、何処か悲しげな紫の瞳を残火に向けていた。


「ノア。ごめんね。とりあえず…お城に戻ろうか?ご飯食べさせてもらえるかなぁ?」


「にゃう~ん」


「あの…あなた達…ご飯無いの?」


残火が椅子から立ち上がった直後、隣のカップルの女性が見かねて声をかけてくる。


隣にいた為、残火の独り言は彼女達に筒抜けだった。


残火はノアールを抱きながらも、恥ずかしそうに顔を赤く染めて頷く。


「あ…うん。そうなの。お金も持ってないし」


「もし良かったら…サンドイッチ食べる?」


「え!?いいの!?」


「勿論。たくさん作ってきたから」


「ありがとうございます!」


残火は思わぬ提案にパアッと笑顔を浮かべると、直ぐに座り直し女性からサンドイッチを受け取る。


「いただきます!むぐ…うん!美味しい!ツナサンドだ!」


残火はサンドイッチを頬張ると、膝の上にいるノアールにも半分分けてやった。


ノアールも中身が魚だと知り、パクパクと勢いよくサンドイッチを食べる。


二人の食べっぷりを見て、カップルは顔を見合せるとクスリと笑った。


「そう言ってもらえて良かった。他にも卵とかハムとか色々あるからね」


「お茶もあるんだ。良かったらどうぞ」


「何から何までありがとう!お弁当持参なんて準備いいのね!」


残火はカップルの男性から水筒を受け取ると、暖かいお茶をカップに移しながら尋ねる。


「そりゃそうだよ。今日は少ないけど、闘技場は全部やると百戦。短くても半日、長い時は三日間行われるんだ。半日で終わらない時は陛下が昼休憩を命じて下さるし」


「だから皆、ご飯を持参したり、売り子から買ったりしてるのよ」


「へぇ~…そっか。本当は百回戦うから一日じゃ終わらないのか」


残火はその後もサンドイッチを貰いながら、カップルと世間話や闘技場の話、そして姉上と慕う蓮姫の話で盛り上がり昼休憩を満喫した。


一方、控え室へと戻った蓮姫達。


彼女達が部屋に入ると、使用人達によってテーブルの上には豪華な昼食が用意されていた。


連戦後の蓮姫達はテーブルの上の食事に目が釘付けとなる。


だが、蓮姫が使用人に礼を告げ、各々椅子に座ろうとしたその時、星牙が興奮気味に口を開いた。


(すげ)ぇっ!すっげーよ!あんた達!」


「せ、星牙?」


驚く蓮姫が星牙の方を振り向くと、彼は蓮姫が弐の姫だと聞いた時と同じ…いやそれ以上に茶色の目をキラキラと輝かせている。


「全員めっちゃ強いじゃんか!早いし魔法使えるし動きに無駄が()ぇ!ホント(すげ)ぇよ!一体どんな修行してきたんだ!?」


「…修行?…俺…したことない」


「未月。一々答えなくていいぞ。姫様、時間も限られてますし食事にしましょう」


「そうしようぜ、姫さん。ほらファング。お前も座れよ」


「飯は食うけどさ!なぁなぁ!教えてくれよ!どうやったらそんなに強くなれるんだ!?」


席につき、食事が始まっても星牙の質問攻めやマシンガントークは止まらない。


火狼は適当に(あい)づちを打っていたが、ユージーンは丸っきり星牙を無視。


未月も黙々と食事を口にする。


蓮姫も苦笑しながらも、興奮している星牙を止めることも出来ず、昼休憩はとても賑やかなものになった。

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