闘技場開催 1
翌日…蓮姫達がギルディストに訪れて二日目であり、闘技場開催日当日。
星牙を含む蓮姫達五名は、朝食を終えると親衛隊の一人に案内され、城の裏にある闘技場…その選手控え室へと入った。
ちなみに残火とは朝食後に部屋の前で別れ、彼女もまた使用人に闘技場観覧席へと案内されていった。
蓮姫達が案内された控え室は、広いがテーブルと椅子しかない簡素な部屋。
全員が部屋に入った後にワゴンを持った使用人が来ると、ここまで蓮姫達を案内していた親衛隊の男が口を開く。
「ここが皆様の控え室となります。試合の無い時はここでお寛ぎ下さい。また皆様の武器はこれより預からせて頂きます。闘技場ではこちらの木製武器をお使い下さい」
使用人が押してきたワゴンの上には、確かに木刀や木斧、木の槍等の多種多様な木製武器が乗っている。
蓮姫はそれを確認すると親衛隊達に自分の武器、オリハルコンの短剣を渡す。
「案内ありがとうございました。これをお願いします。皆も」
「かしこまりました」
「あ~あ。使う前に没収されるなんてなぁ。まぁ、ルールには従うけどね」
「…俺の武器…腕輪…渡す」
「………はぁ…マジで渡さなきゃダメなの?」
蓮姫が武器を渡すのを皮切りに、従者達も親衛隊と使用人に武器を手渡す。
昨日の説明で納得したように思えた星牙だったが、いざとなると武器…彩家の家宝を出すのを渋り出した。
しかしいつまでも自分だけそうしている訳にもいかず、本当に渋々と愛剣二つを腰のベルトから抜き、親衛隊に渡そうとする。
いや、手渡そうとはしているが、その手はしっかりと愛剣を握ったまま。
「なぁ、試合終わったらちゃんと返してくれよ。マジで家の大事な家宝なんだ。返してもらえないと…親父や兄貴になんて言ったら…」
「くどいぞ、スターファング。預かった武器は必ず返す。それが陛下の御命令だ」
「…うん。あ、傷もつけちゃダメだかんな!大事に扱ってくれよ!」
「わかった、わかった。だからさっさとその手を離せ」
「約束な!」
星牙が愛剣から手を離すと、親衛隊は武器を抱えたまま蓮姫達に頭を下げる。
「弐の姫様、従者の皆様。皆様の武器は皇帝陛下の名のもと厳重に保管させて頂きます。なお闘技場の開始は30分後。今暫くはこちらでお寛ぎ下さい。皆様のご健闘をお祈りしております」
「ありがとうございます」
蓮姫に一礼すると、そのまま親衛隊と使用人は部屋を出ていった。
足音が遠ざかったのを確認すると、火狼はどっかりと椅子に腰掛ける。
「はぁ~…行った行った。これで俺等だけになったし、やっと落ち着けるぜ。にしても…質素な部屋ね~。飲みもんくらい置いといてほしいわ」
テーブルに頬杖を付きながら、ブーブーと文句を垂れる火狼。
火狼が愚痴を言うのはいつものことだと、蓮姫は苦笑する。
彼の言う通りここには自分達しかいない。
それに30分後には親衛隊の言っていたように、闘技場も開催される。
それなら、今くらいリラックスさせてやろうと思ったのだ。
蓮姫はワゴンに近づくと、そこにある木製の短剣を手に取る。
「私はこれにしようかな」
「よろしいんですか?他の木刀も軽いので姫様でも扱えると思いますよ」
「うん。これでいい。これくらいのサイズが一番使い慣れてるからね。それとジーン、昨日は練習台になってくれてありがと」
「どういたしまして。しかし一度教えただけで蒼き錠枷【クリスタル・ロック】が簡単に出せるとは。さすがは姫様です」
それは昨日の晩…就寝前のこと。
ユージーンは今日の試合に備えて、蓮姫にお得意の氷結魔法、蒼き錠枷【クリスタル・ロック】を教えていた。
ユージーン自身が練習台にもなり、何度も足を凍らせた事で蓮姫もまた蒼き錠枷【クリスタル・ロック】を習得している。
「相手を操る魔法【マリオネット】もロージーには教えてもらったし。相手を気絶させる急所もジーンに教えてもらった。これでなんとか私も戦えそうだね」
「そうですね。昨日教えた通り、相手を【マリオネット】や蒼き錠枷【クリスタル・ロック】で動けなくしたり、ファイアーボールで威圧した後、急所をついて下さい。そうすれば相手が弱い初戦のうちは姫様でも相手を倒せるはずです。その後は俺が援護しつつ、トドメは姫様に任せますので」
「わかった」
「…なんかさ…ホントに蓮って姫様なんだな」
ユージーンと蓮姫のやり取りを見ていた星牙が、ポツリと呟く。
蓮姫は星牙の発言に首を傾げつつ彼の方を向いた。
「星牙?急にどうしたの?」
「今ふと思ったんだよ。蓮はお姫様で従者に守られるはずの存在だ、って。それなのに…俺のせいで闘技場なんかに巻き込んで…戦わせるはめになってさ…ホント…ごめんな」
ポリポリと頭を掻きながら、すまなそうに告げる星牙。
そんな星牙の姿に蓮姫とユージーンはお互い顔を見合わせる。
だが直ぐに蓮姫は『ぷっ』と吹き出し、ユージーンは呆れたようにため息をついた。
「ふふっ。それ今更過ぎない?」
「本当ですよ。謝るくらいなら自分一人で責任を取るくらい、あの女帝に言って欲しかったですね」
「なっ!?わ、笑うなよ!呆れるなよ~!」
「ごめんごめん。ジーンはこう言ってるけどさ、多分エメル様が本当に戦わせたかったのって、星牙じゃなくて私なんだよね。サイラス団長も言ってたでしょ?だから星牙が責任感じる必要無いんだよ」
笑顔を浮かべたまま、しかし彼を安心させるように蓮姫は告げる。
「で、でも…お姫様が戦うなんて…いいのか?」
不安げに尋ねる星牙だったが、それに答えたのは後ろにいる火狼だった。
「そこの心配もいらねぇぜ。うちの姫さんは俺達に守られてるだけの、か弱いお姫様じゃねんだわ。戦う時はキッチリ自分も戦う。俺達と一緒にね。そんな姫さんが好きで、俺達は姫さんに仕えてんのよ。な、お前もそうだろ?坊」
「…うん。…俺…母さん好き」
「な?だから心配いらねぇって」
にひひ、と笑う火狼を見て星牙の心は軽くなる。
弐の姫だけではない。
従者までも自分の気持ちを察して、軽くしようとしてくれる。
自分は本当に…良い人達と出会えたのだ、と。
「あんたら………っ、ありがとな!よし!俺も武器選ぼっ!何にしようかな~?あ、俺二刀流なんだけど…木刀二本使うのっていいのかな?」
「どうだろう?とりあえず二本持って行って、後で聞いてみる?」
「そうする!よし!闘技場なんざ、さっさと終わらせてやるぜー!」
意気込む星牙を見て、蓮姫はまた微笑んだ。
素直な彼には、やはり元気いっぱいでいてほしいと。
結局、蓮姫以外のメンバーは全員が使い慣れている、という理由から木刀を選んだ。
蓮姫達はそれぞれ椅子に座ってお喋りをしたり、ストレッチをしたり、ただ突っ立っていたりと各々の時間を過ごす。
そして暫くの間、蓮姫達が寛いでいると、扉がノックされ使用人が入ってくる。
「お待たせ致しました。闘技場が開催されます。皆様、参りましょう」
「はい!」
使用人に促され、蓮姫達はこの控え室を後にした。
長く続く廊下はコツコツと自分達の足音だけが響く。
試合会場が近づくにつれ、星牙と蓮姫は段々と緊張し、冷や汗が首をつたった。
自分達はスパイ容疑のかかった者と弐の姫。
きっと会場に入ると罵声を浴びせられるだろう、と覚悟していた星牙と蓮姫。
しかし蓮姫達が登場すると、観客は一斉に歓声を上げた。
「うぉー!ファングー!!」
「待ってたぜぇ!俺らのヒーロー!スターファングー!」
「おい姉ちゃん!弐の姫ー!あんた強いんだろー!」
「バッタバッタなぎ倒せー!弐の姫ー!」
「久々の闘技場だー!楽しませてくれよー!」
闘技場の観覧席は満員。
そこにいるギルディストの民全員が、腹の底から大声を張り上げ、何故か蓮姫達を応援している。
蓮姫はあまりの歓声にポカンと目を丸くしながら、ポツリと呟いた。
「なんか…思ってた反応と違う」
「凄い人気だな。特に俺と蓮」
「どうやらギルディストで闘技場とは一大イベントのようですね。観客は素直に今から行われる戦いを楽しみにしているようです」
ユージーンの説明を聞きながら蓮姫はこの会場を見渡す。
ここは円状に設計された、まるで想造世界のコロシアムのような造り。
中央に設計された丸いリングを取り囲む、360度全てに人、人、人。
野球観戦の会場のように、時々酒や食べ物を観客に売っている売り子の姿も見える。
そんな中、蓮姫は観覧席に座る残火の姿を見つけた。
蓮姫に見つめられた残火はノアールを抱えたままその場から立ち上がり、蓮姫達に向けて声を張り上げる。
「姉上ー!頑張って下さーい!!」
「にゃあーーー!」
残火達の応援に蓮姫は笑顔を浮かべ、残火達に向けて手を振った。
「残火達は勿論だけど、ギルディストの人達も応援してくれてる。頑張らなきゃね」
「そうね姫さん。俺達は完全アウェイだと思ってたけど、そうでもないみたいだし。ブーイングされるよりよっぽど戦いやすいぜ」
「うん。皆さんの期待に応える為にも、何より星牙の無実を勝ち取る為にも頑張ろう!」
火狼に向けて意気込む蓮姫。
観客の応援により、蓮姫の中の緊張は少し和らいでいた。
そんな時…観覧席で残火が椅子に座り直すと、隣の男性が声をかけてくる。
「あんた…弐の姫の妹なのかい?参の姫までいるなんて噂…聞いたことないが」
「私はあんた達と同じ、この世界の人間よ。姉上と血の繋がりはないわ。そんなの無くても私達の絆も結束も固いから関係ない。それはそうと…なんでギルディストの人間まで姉上を…弐の姫様を応援してるの?」
「そんなの!今日は久々の闘技場だからだよ!闘技場の挑戦者は毎回強い奴ばかりでね。相手を蹴散らしていくんだ!逆に言えば、強い奴じゃなきゃ闘技場の挑戦者にはなれない。だから今回も観客は、挑戦者の弐の姫とスターファングに期待してんのさ」
「そう…なの?つまり、あんた達は強い奴の戦いを楽しみにしてるのね」
残火がふむ…と納得していると、今度は反対側のカップルが声をかけてきた。
「陛下は強い奴を好まれるが、それは陛下だけじゃない。俺達ギルディストの民は皆、強い奴を歓迎するよ。それも街で弱者を虐げるような輩じゃなく、闘技場で正々堂々と戦う真の強者をね。それにそういう人じゃなきゃ、闘技場参加は認められないんだ」
「そうね。私達は世界の女王も壱の姫も…それこそ弐の姫にも興味は無いし、むしろ女王派の人間は嫌い。でも、凄い戦いっぷりを見せてくれるなら、それが弐の姫だって応援するわ!」
「ありがとう!じゃあ一緒に姉上を」
『応援しましょう』と続けようとした残火だったが、今度は後ろの酔っ払いが彼女に絡んでくる。
「いや~!でもどうだろうなぁ?ヒック!闘技場を最後まで戦い抜いた奴なんてぇ…ウィック!今まで一人しかいねぇ。しかもそいつはな!最後の一人を殺して死刑になったんだぜ。闘技場はぁ…ング、ング、プッハー!んな簡単に勝てるもんじゃねぇんだよ!頑張れってのは『せいぜい負けないように頑張れ』って意味でもあるからなぁ!あの弐の姫も今はピンピンしてるが!ヒック!戦いが進めばどうなるかねぇ?」
顔を真っ赤にして既にベロベロに酔っ払っている男。
説明してる最中にまで酒を飲んでいる。
しかし、そんな酔っ払いの戯言に残火の顔は段々と不安に染まっていった。
「……そんな…姉上…皆」
「弐の姫もスターファングもよぉ!強いかもしんねぇが!どうせまた勝ち抜くのは無理だろうさ!そんなことより姉ちゃん!一人なんだろ?こっち来て俺と」
酔っ払いは鼻の下を伸ばし、後ろから残火の体に手を回してくる。
が、それを黙って受け入れる残火ではない。
「ふんっ!!」
「グホッ!」
残火の裏拳が綺麗に酔っ払いの顔面にヒットし、酔っ払いは後ろで悶絶した。
だが残火の顔は晴れることなく不安げに蓮姫達を見つめる。
そんな残火を心配したのか、ノアールが残火の腕の中から心配そうに鳴いた。
「にゃう~?」
「ノア…大丈夫よ。姉上なら大丈夫。姉上にはユージーンも未月も………焔だっているんだから」
ノアールに…というよりは、自分に言い聞かせる残火。
一緒に戦う事の出来ない残火には、離れたこの場所で蓮姫と仲間が勝ち抜ける事を、応援し祈ることしか出来ない。
蓮姫の望みとはいえ、それしか出来ない自分が…とても歯がゆかった。
落ち込む残火とは裏腹に、観客が歓声を上げ続けていると、蓮姫達のいるリングにあのサイラス騎士団長が上がった。
「皆!静粛に!これより皇帝陛下から闘技場開始のお言葉がある!心して聞くように!」
サイラスの声に騒いでいた観客は一斉に口を閉ざし、闘技場には静寂が訪れる。
そして蓮姫達から真正面にある観覧席の一番上…特に広い観覧席スペース。
その奥から、このギルディストの皇帝エメラインが現れた。
エメラインは昨日と同じように流れる亜麻色の髪にティアラを乗せ、昨日とは違い淡い藤色のドレスに身を包んでいる。
エメラインが皇帝専用の豪華な椅子の前に立つと、観覧席の民衆は揃って『ほぉ…』とため息を吐く。
「あぁ…陛下。いつ見てもお美しい」
「世界三大美女とは言われているが…陛下こそ、この世界一の美女だ」
「王都の女王なんて目じゃないわ。真に強くて美しい…私達の皇帝陛下」
「陛下のような方が治めるこの国に生まれて…私はなんて幸せなのかしら」
「今日の陛下も勿論お美しいが…また戦う時の凛々しいお姿を拝見したいものだ」
直前にサイラスから『静粛に!』とは言われていたが、観客…ギルディストの民は誰も彼もがエメラインの美しさに酔いしれていた。
それはつまり、ギルディストの民がそれだけ自分達の皇帝陛下を慕っている証拠でもある。
エメラインは一度観客をクルリと見渡すと、次にニコリと観客に向けて微笑んだ。
ちなみに、この時の微笑みで観客の何人かは卒倒している。
親衛隊からマイクを預かると、エメラインはゆっくりとした口調で開会の挨拶を始める。
「皆さん。急な開催にも関わらず、今日は集まって頂きありがとうございます。まずは今日の挑戦者。スターファングと弐の姫、その従者達に大きな拍手を」
エメラインの言葉に、観客は揃って大きな拍手をし、その音は闘技場中に響き渡った。
蓮姫はエメラインに向けて深く頭を下げ、星牙も慌てて蓮姫同様に頭を下げる。
ユージーン達は蓮姫達の後ろで跪き、同じくエメラインに向けて頭を下げた。
それにより拍手も大きくなるが、しばらくすると、エメラインが手のひらを見せて拍手を止める。
「はい。ありがとうございます。今日の闘技場のルールはいつもと少し違いますが、相手を全て倒すという点は変わりません。今日の対戦相手は300人。挑戦者の皆様が、そして同じギルディストの民が戦う勇姿を、皆さん、応援して下さいね」
エメラインの言葉に再び拍手が巻き上がる。
中には「頑張れ弐の姫ー!」「応援してるぞ!ファングー!」と声を上げる者もいる。
そんな自国の民の反応が嬉しいのか、エメラインは咎める言葉を口にせずニコニコと微笑んでいた。
「それでは…」
エメラインはスッ…とマイクを持っていない方の手を高く挙げる。
「これより、闘技場を、開催致します」
一言づつ、ハッキリと区切りながら闘技場開始を宣言するエメライン。
闘技場開始の言葉に、観客は一斉に歓声を上げた。
エメラインは満足したように、皇帝専用の椅子へと腰掛ける。
「ふふ…蓮姫ちゃんはどれだけ強いのかしら?楽しみだわ」
今回の闘技場開催を企んだ張本人は楽しそうに微笑む。
すると皇帝の観覧スペースの奥…影になっている部分から、ある男がエメラインに声をかける。
エメラインの息子であり元世界の女王の準ヴァル、シュガーことジョーカーが。
「母上~。俺は?いつ弐の姫とそのスターなんとかと戦っていいの?」
「あらあら。焦らない、焦らない。ちゃんとシュガーちゃんの戦う場面は用意しているわ。その前に、ちょっと蓮姫ちゃん達の戦いを楽しみましょう」
周りの観客にバレないよう、エメラインは正面を向いたまま息子に返答した。
その答えが不服だったのか、当分は出番が無いと知り、シュガーは口を尖らせる。
「ちぇ~。わかったよ。ちゃんと戦わせてくれるなら…ちょっとだけ我慢する。ちょっとだけだよ~」
「ふふっ、大丈夫よ。ママはシュガーちゃんとの約束は守るわ。必ず…必ず蓮姫ちゃん達と戦わせてあげる。それに………もね」
エメラインの思惑通り、闘技場は開催された。
しかし…まだ何かを企んでいるエメライン。
そんなエメラインの真意は、当の本人以外誰一人として知らない。
リングでは整列する蓮姫達の前に、ギルディストの平民五人が整列していた。
いよいよ、星牙の無罪を勝ち取るため蓮姫達の戦いが…今始まる。