スターファング 9
サイラスは一度、蓮姫達全員の顔を見回す。
そして口を開くと、先程の宣言通り闘技場の説明を始めた。
「まず、今回参加するのは、スターファングと弐の姫様を含める五人。参加しない者は指定の観覧席から仲間の健闘を見守ることとなります。途中で選手の交代は認められません」
「私と星牙…スターファングは必ず参加しなくちゃいけないんですね?」
「はい。スターファングは今回の件の当事者なので参加は決定事項。そして弐の姫様はスターファングを庇った責任をとって頂くためです。どうかご理解下さい」
「わかりました」
蓮姫はサイラスの言葉に力強く頷く。
「対戦相手は一試合につき五人づつ。始めは街の力自慢達。次に街や城の警備、親衛隊に騎士団と、試合が進む度に強い選手が出てきます。五人全員倒せば次の試合へと進めますが、必ず各参加者一人が相手一人を倒すことが条件となります」
「な~る。それで相手も五人づつなんね。俺か旦那が全員倒すのは簡単だけど…そうはさせないって?となりゃ、姫さんも必ず戦わなきゃダメじゃん。姫さんダイジョブ?」
「ありがとう、狼。大丈夫。私もなんとか戦えるし…いざとなったら想造力や魔法を使うよ」
蓮姫は戦闘力でいえばこの中で一番強い力を秘めている。
それは彼女が『想造力』という絶対的な力を操れるから。
蓮姫が相手の気絶する姿を強い力を込めて想像すれば、そのままそれが創造される。
今まで蓮姫は玉華以外での戦闘の際、率先して結界以外の魔法や想造力を使用してはこなかった。
蓮姫にはいつでも彼女を守る従者達がいたからだ。
しかし今回は蓮姫も相手を一人倒さねば先に進めず、また星牙の無罪も勝ち取れない。
ならば想造力や魔法を駆使して、なんとか自分なりに戦おうと考える蓮姫。
だがそんな蓮姫の考えは、サイラスによって早々に決行不可を言い渡される。
「弐の姫様。その魔法についてですが…今回の闘技場で魔法の使用は一試合につき各人一度だけとなります。殺傷能力の高い魔法は勿論、相手を気絶させるような魔法も禁止。二度目以降の魔法の使用が確認された際はその場で失格。相手にトドメを指す時は魔法ではなく武器や体術に限定されます」
「え?魔法は一回しか使えないんですか!?それも気絶させるのもダメ!?」
「はい。催し物とはいえ、これは武術大会と同じ。魔法の使用は本来禁止されております。今回は弐の姫様の参加ということもあり、陛下が特別にルールを追加されました」
「そんな…」
武術大会らしい魔法禁止のルールを説明され、項垂れる蓮姫。
一度だけでも魔法を使えるのはありがたいが…それなら使い所を考えなくてはならない。
「姫様。後で俺と作戦を立てましょう。それにサイラス団長。まだ話は終わっていないのでしょう?なら早々に次の説明をして下さい」
「わかりました。次に使用する武器ですが、皆様の武器は一時預からせて頂きます。闘技場で使用するのは木製の武器。相手の者達も同じく木製の武器を使用します」
「え!?武器使えないし取られんの!?あのさ…俺のこれって、どっちも親父から預かった…彩家の家宝なんだけど」
星牙は不安げに背中の剣を撫でながらサイラスに尋ねた。
相手がスパイの容疑者だからか、それとも客人である蓮姫達とは違うからか、サイラスは敬語ではなく普通の彼の言葉でそれを返す。
「そこは心配するな、スターファング。一時と言ったろう。預かった武器は厳重に保管し、闘技場終了の際には直ぐに返す」
「あ、そうなの?ならいっか」
「いいんかーい。てかさ…俺達五人で300人と戦うんだろ?俺達はいいけど…姫さんはか弱い乙女だし…やっぱしんどいんでない?」
星牙につっこみつつも、火狼は再度蓮姫を心配そうに見つめた。
自分自身のスタミナをよく知っている蓮姫も、火狼の言葉で不安げに苦笑を浮かべた。
だがサイラスはそんな蓮姫に気づくと、彼女に優しく声をかける。
まるで蓮姫を安心させるように。
「弐の姫様。その点も心配はありません。連戦する皆様の体調を考慮し、一試合づつ魔道士に疲労や傷の回復をさせます。皆様は常に万全の状態で試合に望める事をお約束致します」
「本当ですか?それならありがたいです。良かったぁ…とりあえず、スタミナ切れは心配しなくて良さそうですね」
「はい。そして最後に闘技場絶対のルール。殺しは御法度です。死人が出た時点で、闘技場は終了。神聖なる闘技場で殺人…相手の命を奪うという穢れた行為をした者は、誰であろうと死刑。過去にこの掟を破った者が一人だけいましたが…その者は陛下によって処刑されました。長くなりましたが…これが今回の闘技場のルールとなります」
「わかりました。サイラス団長、ありがとうございます」
確かに長い説明ではあったが、闘技場のルールはよくわかった。
蓮姫は素直に頷き、サイラスへと笑顔を向ける。
そんな蓮姫の笑顔に…サイラスは苦笑で返した。
「弐の姫様…今回の闘技場ですが…弐の姫様の参加は陛下が望まれた事なのです」
「エメル様が?」
「はい。陛下は弐の姫様の強さを聞き、それをご自分の目で確かめたい、とおっしゃっておりました。その為に…スターファングをわざわざ弐の姫様の前に連れ出し、その罪を問うたのです。弐の姫様がスターファングを庇うのを見越して…」
「そうだったんですね。でも…それを私に言って良かったんですか?」
サイラスは恐れ多くも皇帝陛下の企みを蓮姫本人に暴露した事になる。
それに対してサイラスを心配した蓮姫だったが、サイラスはやはり苦笑を蓮姫に向けた。
「私のような者にまで心を砕いて下さり、ありがとうございます。しかし心配はいりません。私は全てを話すよう陛下に命ぜられました。陛下は全てを知った上で、弐の姫様が本気で、全力で戦う姿を望まれているのです」
「私が本気で…全力で戦う姿…」
「はい。では…私はそろそろ失礼致します。皆様、今宵は明日に備え、ゆっくりとお休み下さいませ」
サイラスは蓮姫に向けて頭を下げると、そのまま部屋を出て行った。
今の話で思う所が多々あった蓮姫だが、まずは明日に向けて仲間達と話し合うのが先。
蓮姫は一度『よし!』と自分に喝を入れると、仲間達へと振り返った。
「まずは明日戦う五人…ううん。私と星牙以外の三人だけど…」
蓮姫がユージーンの方を向いた直後、彼は直ぐにその口を開いた。
「俺と犬。それと未月でいいですね」
それはもはや決定事項のように告げるユージーン。
このメンバーで場所が闘技場、そして先程のルールを考えれば妥当な人選だろう。
火狼と未月は揃ってユージーンと蓮姫に向けて頷いた。
「オーケーよ」
「…わかった」
が、やはり黙って受け入れられない人物が一名…そして一匹。
「え!?ちょ、ちょっと待って!なんで私がダメなのよ!?」
「にゃう~ん」
残火は自分が選ばれなかった事に納得いかないのか、離れた場所からユージーンに向けて叫ぶ。
ノアールも珍しく拗ねたように鳴いていた。
蓮姫はノアールを優しく抱き上げると、よしよし、と撫でてやる。
「ノアは武器使えないでしょ?相手を噛んで大怪我させたり、そのせいで致命傷負わせる訳にもいかない。だから今回はお留守番。残火と一緒に応援してて。お願い」
「にゃう~………うにゃあ」
ルール説明に『魔獣の参加が不可』…とは言われていないが…普通に考えればダメだろう。
納得はしてないようだが、とりあえず蓮姫の言葉に頷くように鳴くノアール。
「わかってくれてありがとう、ノア。残火も…今回は観覧席で私達を応援してて」
「そんな!?姉上!私だって戦えます!こんな犬や未月より…そうだ未月!代わってよ!」
「…俺?…なんで?」
「ユージーンと…ムカつくけど焔が強いのは認める。でも!あんたはそうでもないんでしょ!ならどっちでもいいじゃない!代わってよ!お願いだから!」
今まで未月が戦ってきた姿を見たことの無い残火は、勝手に未月の力量を低いと判断した。
そして未月の襟を掴んではガクガクと揺する。
「…残火……苦しい。…気持ち悪い…離して」
「代わってくれるなら離すから!だから代わって!私だけ仲間外れなんて嫌なの!代わってよ!」
「…ヤダ」
「なんでよ!?」
ハッキリ未月から『ヤダ』と返され、残火は一度ピタリと揺するのを止める。
その機に乗じて未月は自分の意見を、自分の気持ちを残火に告げた。
「…母さんと…一緒に戦う。…それが…俺の任務」
残火の翠の目を見返して告げる未月だったが、未月の蒼い瞳には顔を真っ赤に染めてプルプルと震える残火が映っていた。
「任務とか…どーでもいいから!代われってのぉーーー!」
もはや駄々っ子と化した残火は、未月の襟を力の限りガクガクと揺すりまくる。
「残火!ホントに未月気持ち悪そうだから!離してあげて!」
見かねた蓮姫が止めに入るまで、残火は未月の襟を離そうとせず、恨めしそうに彼を睨んでいた。
そして今度は、悔しそうに…そして何処か悲しげに目に涙を溜め、蓮姫へ直談判する。
「姉上…私だって戦えます。足でまといになんかなりません!」
「残火…」
「お願いします!私も一緒に!!」
必死な顔で頼み込む残火に、蓮姫はノアールを片手で抱き直し、もう片方の手でポンッ…と残火の頭に手を置き、優しく撫でた。
「………姉上?」
「私、残火を足でまといなんて思ったこと一度もないよ。これからだってそう。残火は私の大事な仲間で、大切な従者だから。ジーンや狼に未月、ノア…皆と同じ。だからこそ…残火には私達を応援してほしいの。私達が頑張れるように」
「姉上達が…頑張れるように?」
「うん。今回の闘技場じゃ、メンバー的に誰か一人は必ず外れなきゃいけない。その人は観覧席で闘う仲間の応援、ってサイラス団長も言ってた。それなら…誰よりも強く、心から応援してくれる人がいい」
蓮姫は残火の頭を撫でる手は止めず、優しく語りかけた。
まるで子供をあやしている母親のように。
「それなら未月より残火の方が適任でしょう?」
「…そう…ですね。未月はいつもボソボソ喋ってるだけだし。応援には…ぶっちゃけ一番向いてないです」
「うん。でもね…一番の理由は私のワガママなんだ。私が残火に応援してもらいたいの。残火が応援しててくれるってわかれば、私きっと頑張れるから!残火の為にも絶対勝とうって思えるから!だから…ダメかな?」
自信なさげに眉を寄せ、首を傾げて残火に尋ねる蓮姫。
そんな蓮姫に対する答えなど、残火の中ではとっくに決まっていた。
星牙と同じく、残火もまた単純であり純粋な子供だから。
先程までの悲しげな表情や涙は何処にいったのか?
残火は力強く両手で拳を作りガッツポーズをすると、今度は自信たっぷりの表情で蓮姫を見上げる。
「姉上……っ、わかりました!姉上がそこまでおっしゃるなら!私はノアと一緒に応援してます!姉上が勝てるように!全身全霊で応援します!!」
「私のワガママを聞いてくれて、ありがとう残火」
「はい!私は姉上の為ならなんだってします!!」
「本当にありがとう。ノアもお願いね」
「にゃうっ!」
蓮姫に声をかけられ、今度は自信を持って鳴くノアール。
残火は蓮姫のワガママという点を疑いもせずに、蓮姫に笑顔を向けた。
蓮姫も『良かった』と呟きながら、また残火の頭を撫でてやる。
それが気持ちいいのか、残火以外の者達にはいつかの時のように残火に尻尾が見えた。
それは嬉しそうに、ブンブンと大きく振っている尻尾が。
「姫さんも残火の扱い上手くなったね~。俺も見習わなきゃだわ」
「とりあえず、闘技場メンバーはこれで決定だな。姫様はああ言ったが、正直残火じゃ足でまといだ」
「うわぁ。旦那ってばまたまたハッキリ言っちゃうね。でも残火ちゃんには言わないでね。折角丸く収まったのに、そんなこと聞いたらへそ曲げちまう」
「んなこと一々言わねぇよ。めんどくせぇ」
「…残火……いいな。…俺も母さんに…してもらいたい」
女性陣達のやりとりを見て、三者三様の意見を述べる男達。
そんな蓮姫一行を見て、何故か星牙まで笑顔を浮かべている。
「ハハッ!あんたらすっごい仲良しだな!うん!いい仲間って感じで羨ましいぜ!」
「ありがとう星牙。ホント、私には勿体ないくらい良い従者ばっかりだよ」
「そう?でもさ!それって蓮がそれだけ凄いからだろ?蓮が良い奴だから良い奴ばっかり集まるんだよ!」
「(まぁ…完全に根が良い奴とは限らないんだけど)…うん。さっきも言ったけど、皆大切な仲間だよ」
蓮姫の従者とは元魔王、暗殺ギルド朱雀の長とその身内に元反乱軍、そして魔獣というとんでもないメンバーばかり。
元魔王には殴られた事もあるし、罵声を浴びせられたこともある。
他の三人には命だって狙われた。
しかしそんな過去のゴタゴタを星牙に全て話す義理もなければ、必要もない。
過去がどうであれ…彼等従者は、蓮姫にとってかけがえのない大切な者達である事に変わりないから。
蓮姫の言葉が嬉しかったのか、従者は揃って微笑みを浮かべる。
「いいなぁ!俺なんて一人で旅してるから寂しくてさ!でも蓮は一人じゃないんだな!それって凄く幸せだぜ!」
「ふふっ。そうだね。私って………」
そこまで言いかけると、蓮姫はこの世界に来た時の事を思い出す。
この世界に来て『弐の姫』という勝手な役割を押し付けられた蓮姫。
誰も彼もが『弐の姫』と聞くだけで、彼女を否定し、嫌悪し、拒絶してきた。
それでも…そんな『弐の姫』である蓮姫には…仲間がいる。
蓮姫を慕い、蓮姫を守る、蓮姫にとって大切な従者達が。
蓮姫は一度満面の笑みを浮かべると、星牙に向けて自分の気持ちを正直に口にする。
「凄~~~くっ!幸せ者だと思うっ!」
力いっぱい声を張り上げて言い切る蓮姫に、星牙はポカンと目を丸くする。
だがそれも一瞬のこと。
星牙も直ぐに蓮姫に負けない程の笑顔を浮かべ、大きく頷いた。
「おう!俺もそう思う!良かったな蓮!」
「うん!」
蓮姫と星牙が笑顔を交わしていると、扉からコンコン、とノックが聞こえてきた。
蓮姫が「はーい!」と返答すると、メイドや使用人が食事の乗ったワゴンを押して部屋に入ってくる。
「失礼致します。弐の姫様、お夕食をお持ちしました」
「え?もうそんな時間ですか?」
蓮姫が慌てて窓の方を向くと、外は夕暮れで赤く染まっていた。
「はい。皆様のお食事はこちらに全て運ばせて頂きます。湯浴みの際は使用人をお呼び下さい。ベッドはこの部屋と隣、そして向かいに二つづつ準備させております」
「あ、俺も部屋に戻らなきゃダメかな?でも一人で飯食うの味気ないし…なぁ、蓮。俺も一緒に食っていい?」
申し訳なさそうに、しかし期待を込めて蓮姫に頼む星牙に、蓮姫はまた笑顔で頷いた。
使用人達がピクリと眉や口元を動かしたのは気づいたが、やはり友人の方を優先したい蓮姫。
「勿論だよ。一緒に食べよう。あの…彼の分も運んで頂いてもいいですか?」
「よろしいのですか?失礼ですがスターファングは…」
「彼は私の友達です。だからお願いします」
「…弐の姫様がそうおっしゃるなら……わかりました。準備させますので少々お待ち下さい」
やはり蓮姫は皇帝陛下の客人という立場でも、スターファングはスパイ容疑者。
使用人達ですら彼の扱いが違うらしい。
それでも蓮姫は星牙を『友達』と言い切った。
どんな理由であれ、蓮姫は友達を差別するようなことはしない。
王都での友人…ユリウスやチェーザレ、藍玉に接していた時のように。
「へへっ!ありがとな!蓮!」
「どういたしまして。ご飯は大勢の方が美味しいからね」
「お!わかってくれる!?だよな!俺もそう思う!」
星牙は笑いながら男の友人にするように、蓮姫の肩に自分の腕を回すとバシバシと元気よく叩く。
少し力が強くて困ったように笑う蓮姫だが、星牙は気づかず空気すら読めていない。
むしろ星牙の行動は彼の言う武人に有るまじき行為であり、女性にするような行為ではない。
そんな星牙の態度にユージーンはこめかみに青筋を浮かべていた。
そして空気を読めないのはもう一人。
残火も少しの期待を込めてユージーンへと尋ねる。
「ねぇユージーン。今日の部屋割りって…」
「俺と姫様で一部屋だ。後は勝手にしろ」
「~~~っ!!もうっ!ケチ!頭でっかちのジジイ!」
残火が未月に隠れながらギャンギャンと騒いでいるうちに、使用人達が全ての料理を運び終わる。
蓮姫達は明日への英気を養うため、出された豪華な食事を堪能し、それぞれが割り当てた部屋で休んだ。
ギルディスト皇帝、エメラインによる試練。
闘技場開催を明日に控えて。