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スターファング 8


一方、蓮姫達は親衛隊に連れられて城の一室に案内された。


親衛隊や使用人が全員出て、自分達だけが残されると、蓮姫は勢いよく従者達に向けて頭を下げる。


「皆!ごめんなさい!」


それは従者達を自分の発言のせいで闘技場に参加せてしまう事…面倒事に巻き込んだ事への謝罪。


しかしユージーンも火狼も苦笑するだけで、主である蓮姫を責めるつもりはない。


それは残火も未月も同じ。


頭を下げ続ける蓮姫に、火狼はいつもの明るい口調で返した。


「いいって、いいって。姫さんのせいじゃねぇよ。姫さんがああいうの、黙ってらんないのは俺らもよく知ってんし。むしろそんな姫さんだから好き、っていつも言ってんじゃん」


「狼…ありがと。ジーンは?怒ってるし…呆れてるよね。約束また破ったし」


「そうですね。多少は呆れましたが…世話になった元帥の息子が(とが)められると聞き、姫様が黙っていられないのもわかります。それにあの女帝は………いえ。とりあえず、今回はまぁ仕方ないかと」


ユージーンは何かを言いかけ、結局はそれを口にするのをやめた。


蓮姫が厄介事に首を突っ込むのはいつもの事だが…女帝がわざと蓮姫の前にスターファングを連れてきた事が彼の中でずっと引っかかっている。


しかしあくまで予想であり仮定。


蓮姫をこれ以上不安にさせない為、彼はあえて口にするのをやめたのだ。


「ジーン。…ありがと」


従者二人の優しい言葉に蓮姫が安心していると、扉をノックする音が部屋に響いた。


全員が扉へ視線を向けて来訪者を警戒すると、扉の向こうから聞き覚えのある若い男の声が響いた。


「なぁ…俺だけど。入っていいか?」


それはあのスターファングの声だった。


蓮姫一行は警戒を()き、ユージーンは蓮姫に視線を送る。


「姫様、どうなさいますか?」


「…そうだね。私も彼と話がしたい」


「わかりました」


ユージーンは蓮姫の言葉を受けると扉の前へと移動する。


それを確認すると、蓮姫は扉の向こうにいるスターファングへと声をかけた。


「どうぞ」


蓮姫の言葉を合図に、ユージーンが扉を内側から開ける。


中に入って来たのは、やはりスターファングこと…彩 星牙だった。


一人で勝手に行動は出来ないのか、そのすぐ後ろには親衛隊の男が二人付いてきている。


星牙は後ろを振り向くと、親衛隊の男達に頭を下げた。


「親衛隊さん達。わがまま聞いてくれてありがとう。俺は逃げたりしない。親父の…飛龍元帥の息子として誓う。だから今だけ見張りを離れてくれ。この人達と俺だけにしてくれ。頼むよ」


星牙の懇願(こんがん)に親衛隊達は顔をしかめる。


まだ星牙にはスパイの容疑がかかったままだ。


そんな人物を、皇帝陛下の客人である弐の姫と一緒に放っておくなど、皇帝に仕える彼等には出来ない相談だろう。


それに気づいた蓮姫もまた親衛隊に頭を下げる。


「私からもお願いします。彼と話をさせて下さい。勿論、私達は逃げも隠れもしません」


蓮姫の言葉に驚いた星牙は、頭を下げたまま蓮姫へと振り向いた。


どうして彼女は…いつも自分の味方をしてくれるのだろう、と。


しかし蓮姫にも頭を下げられた親衛隊達は困ったように顔を見合せる。


「し、しかし」


「弐の姫様…その」


言い淀む親衛隊達だったが、彼等の後方からある男が現れ蓮姫達の言葉を後押しする。


「いいではないか。弐の姫様は少し話をされるだけだ」


「っ!?サイラス団長!?」


「よろしいのですか!?」


現れたのはあの騎士団の団長、サイラスだった。


その言葉に蓮姫も星牙も下げていた頭を上げ、サイラスを見つめる。


サイラスは一度蓮姫に向け頭を下げると、姿勢をただし親衛隊達に言葉をかけた。


「心配はいらん。弐の姫様は逃げ出そうとするような方ではない。おそらくスターファングもだ。心配なら俺が扉の外で待機している。皆様には明日の説明もあるからな」


「か、かしこまりました」


親衛隊達は渋々頷くと、蓮姫達に向けて頭を下げ、その場から去っていった。


「サイラス団長。ありがとうございます」


「礼を言われるほどでは。では弐の姫様、先程も申しましたが、私はここで待機しております。話がお済みになりましたら、お呼び下さい」


「わかりました」


蓮姫の言葉を聞くと、サイラスは静かに扉を閉める。


残されたのは蓮姫一行と星牙のみ。


星牙はゆっくりと蓮姫へ振り向き、静かに口を開いた。


「あんた…弐の姫ってホント?」


星牙は黒い瞳に蓮姫を映しながら彼女に尋ねる。


蓮姫は少し眉根を下げ、困ったように微笑んだ。


彼の兄…彩 大牙にも最初は警戒され、見下されていたのを思い出す。


また…弐の姫だからと嫌われるのだろうか?と蓮姫は少し落ち込みながら星牙へと返答した。


「…本当だよ。私は弐の姫、名前は蓮姫」


「………そっか。やっぱり…間違いないんだな」


星牙は(うつむ)くとポツリと呟く。


そして(うつむ)いたまま蓮姫へと近づき、彼女の正面で立ち止まった。


星牙の行動に従者達は警戒し、ユージーンは星牙のすぐ後ろ、火狼と未月はそれぞれ蓮姫の真横へと移動する。


星牙が怪しい行動をとったその時、すぐに彼を攻撃出来るように。


しかし星牙は何故か俯いたまま。


不思議に思った蓮姫が声をかけようとしたその時。


星牙はガバッ!と勢いよくその頭を上げる。


蓮姫と同じ黒い瞳は何処か嬉しそうにキラキラと輝き、その顔は満面の笑みを浮かべていた。


「あんた!本当に弐の姫なんだな!」


「え?」


明らかに喜びの声を上げる星牙に、その場にいた蓮姫達は全員ポカンとした顔で固まる。


そんなこと気にもならないのか、星牙はバッ!と蓮姫の右手を取り、自分の両手で握りしめた。


「俺!お袋から話聞いた時から!ずっとあんたに会いたかったんだよ!こんなに早く会えるなんて思わなかった!俺ってめちゃくちゃツイてる!」


星牙は蓮姫の手を握りながら、それをブンブンと上下に振った。


星牙のあまりの様子に蓮姫は困惑してしまう。


そんな蓮姫の心情など知らない星牙はニコニコとした笑顔で話し続けた。


「聞いたぜ!弐の姫はさ!あんたは俺の故郷を!弟を助けてくれたんだろ!ホントにありがとな!」


「え、えと。どういたしまして、星牙君」


「うん!あれ?なんで俺の名前知ってんの?俺名乗ったっけ?」


今度はキョトンとした顔を見せる星牙。


コロコロと表情の変わる少年のような星牙に、ユージーン達従者も自然と警戒を解いた。


蓮姫は首を傾げる星牙に、彼の名を知っている経緯を説明する。


「蒼牙さん…あなたのお父さんから聞いた事があるんだ。私と同じ年で『星牙』っていう次男がいるって。私、お父さんにはたくさんお世話になったんだよ」


「親父が!?そっか!親父が話してたんだな!なぁ、俺の親父って凄い武人(ぶじん)だろ?誰よりも強くて!カッコよくてさ!俺の自慢なんだ!」


「うん。素晴らしい人だよね、蒼牙さん」


「ハハッ!だろ?あんたやっぱりいい人だな!ホント!会えて嬉しいぜ!」


屈託のない笑顔で、純真に好意を向けてくる星牙に蓮姫は自然と笑みをこぼした。


「私こそ。会えて嬉しいよ、星牙君」


「よせよ!『星牙君』なんてよそよそしい。同い年なんだろ?星牙でいいぜ!俺達もう友達じゃん!」


「ふふっ。わかったよ、星牙。私のことも蓮って呼んで」


「蓮だな!オッケー!んじゃ改めて!何度も言うけど、蓮に会えて俺めちゃくちゃ嬉しいよ!」


「うん。私もだよ」


蓮姫と星牙はお互い顔を見合せるのと、同時にニコッ!と笑みを深くした。


今この時、星牙が言ったように二人は友となったのだから。


星牙は蓮姫の右手を自分の両手で握りしめ、また蓮姫も自分の手を包む星牙の手に左手を重ねる。


そして星牙がこの部屋に来た目的を直接彼に尋ねた。


「それで、星牙は私になんの話があったの?」


「話っていうか…ホントに弐の姫かどうか確認したかったんだよ。それと、故郷と弟を助けてくれた事にちゃんとお礼言いたかったんだ。蓮は?蓮も俺に話があったんだろ?」


「私も話っていうか、自己紹介したかっただけなんだ。それと蒼牙さんに…お父さんにお世話になったお礼を言おうと思って」


どうやら星牙も蓮姫も言いたい事は既に終わったらしい。


それを蓮姫の隣で聞いていた火狼は、一度扉を見て向こう側の気配を探った後、蓮姫に声をかける。


「つまり…姫さんもこいつも話は終わったって事ね。ならさ、さっさと団長さんの話聞かない?ホントにあの人、扉の前でずっと待ってんぜ」


「姫様、犬の言う通りです。サイラス団長は『明日の説明』と言っていました。つまり明日開かれる闘技場の説明でしょう」


「…わかった。サイラス団長を呼ぼう」


従者二人の言葉に頷く蓮姫。


そんな蓮姫に笑顔で返す火狼とユージーンだったが、ユージーンはすぐに星牙の方にも笑顔を向けた。


それは何処かドス黒い空気をまとった笑顔。


星牙は急に笑顔を向けられた事を不思議に思い『ん?』と首を傾げる。


ユージーンはその美しい顔を星牙に近づけると、星牙の腕を軽く掴んだ。


「星牙殿。そろそろ姫様から手を離して頂けませんか?」


火狼はすぐにそれがユージーンの嫉妬だと気づき苦笑する。


しかしユージーンの嫉妬を真正面から受けた星牙本人は慌てる様子もない。


星牙は自分の手とユージーンの顔を交互に見ると、何故か納得したように蓮姫から手を離した。


「あぁ、ごめんごめん。いつまでも女の子の手を握ってちゃ武人失格だよな!」


「そうですよ。武人どころか男としても失格です。女性の、それも姫たる方に軽々しく触れるなど。貴方の軽率な行動は、貴方自慢の父上の名声に傷をつける可能性もある…と少しはその足りない頭で考えるべきでは?」


ユージーンは星牙を小馬鹿にしたように鼻で笑う。


それらしい事を並べ立てるユージーンだが、彼はただ星牙に嫉妬し八つ当たりをしているに過ぎないのだ。


なんとも大人気なく、ユージーンの方が余程男らしくない。


そんなユージーンをたしなめようと、蓮姫も眉間に(しわ)を寄せて彼に一言物申そうとする。


「ちょっと、ジーン。そんな言い方は」


「そうだよな!俺だって親父の!元帥の息子なんだ!あんたの言う通り!親父に恥じない行動しなくちゃいけないよな!」


が、蓮姫が何かを言い切る前に、星牙が元気よく…それはもう元気よくユージーンに向けて何度も頷きながら納得した言葉を口にする。


まさか納得されるとは思ってなかったユージーン本人も、星牙の言葉に気圧されていた。


「え、えぇ。そうです…ね」


「また教えてくれてありがと!あんたもホントいい人だぜ!師匠にもよく『足りない頭』みたいな事は言われるしさ!足りないなら足りないなりに、しっかり考えないとだよな!」


「わ、わかって頂けたら幸いです」


あまりにも自分の想像とは真逆の反応をする星牙に、ユージーンは彼から視線を逸らしながら敬語で返す。


どうもこういう自分とは正反対の、真っ直ぐで純粋な青年は…ユージーンは苦手のようだ。


出来ればお近づきになりたくないし、関わりたくないとユージーンの本能が星牙を避けようとしている。


しかし星牙は全くそれに気づいていない。


星牙は蓮姫の時と同じく、今度はユージーンの左手を取りそれを両手で握りしめ、またブンブンと元気よく上下に振る。


「ホントにあとりがと!あ、俺に敬語なんて使わないでくれよ!俺はあんたとも仲良くしたいし!『殿』なんて付けなくていいって!蓮みたいに『星牙』って呼んでくれ…って、そうだ!あんた蓮の仲間なんだろ!?じゃあ、あんたも玉華を助けてくれたんじゃねぇか!?」


「え、えぇ。まぁ」


「やっぱり!なぁなぁ!あんたも強いのか!?あんた名前は!?あ、俺は彩 星牙っていうんだけど…って知ってるか!アハハ!」


何故かユージーンに質問攻めしては一人で笑う星牙。


ユージーンは必死に、この面倒な青年から顔を背ける。


珍しく困り果てているユージーンを見て、火狼は同情したように蓮姫へと声をかけた。


「………姫さん。なんか旦那かわいそうだからさ…早く団長さん呼ばない?」


「うん。私も全く同じ事考えてた」


そして蓮姫と火狼はお互い顔を見合せると『うん』と同時に頷く。


火狼はすぐに扉の前まで移動し、蓮姫へと視線を向ける。


火狼からの視線を受けた蓮姫は頷くと、テンションの上がりまくった星牙と、そんな星牙に絡まれているユージーンへと近づいた。


「二人とも、そろそろいい?サイラス団長を部屋に呼ぶからね」


「え?団長さん?あ、そっか。話聞くんだっけ?じゃあユージーン!話はまた今度な!」


質問攻めの時に聞き出したのだろうユージーンの名を告げると、星牙は楽しそうに彼から手を離した。


またニコニコと笑顔を浮かべて。


どうやら自分が苦手意識を持たれているとは、微塵(みじん)も感じていないらしい


一方のユージーンはこの短時間でやつれたのか、ゲッソリと青い顔をしている。


「…………勘弁してくれ」


本当に小さく呟かれたユージーンの本音に、蓮姫は苦笑し彼の肩にポンと優しく手を置いた。


しかしそこはユージーン。


蓮姫に無様な姿を(さら)し続けることはせず、直ぐにまたキリッとした顔で『もう大丈夫です』と言い切った。


強がりだろうが、自分としても、仲間の事を考えても団長の話は早く聞くべきだと考えた蓮姫。


蓮姫は火狼の方を向き頷くと、それを合図に火狼は扉を開いた。


「サイラス団長。お待たせしました」


蓮姫が告げた言葉を聞き、ゆっくりとサイラスが部屋へと入ってくる。


「弐の姫様。お話はもうよろしいのですか?」


「はい。大丈夫です。なので、今度はサイラス団長の話をお聞かせ下さい」


「かしこまりました。では皆様もお気づきでしょうが…明日の闘技場について、ご説明させて頂きます」

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