スターファング 7
「確かに俺は!飛龍元帥、彩 蒼牙の息子だ!でも女王陛下のスパイなんかじゃない!信じてくれ!本当だ!」
星牙の必死の懇願に、エメラインも頬に手を当て悩むような素振りを見せる。
「……そうね。ここ数日、親衛隊に貴方を見張らせていたけれど…疑わしい行動は無かったようだし」
「なら!」
「でも…貴方が言うように、貴方が飛龍元帥の息子というのは本当でしょう?それが事実である以上、このまま放免…という訳にはいきませんわ」
「そんな!」
何を言っても自分の容疑が晴れぬ無念さに、星牙の顔は歪んでいく。
エメラインは星牙の心情を知りつつも、彼を見据えて決断を下した。
「スターファングさん。貴方がこの国の民を救ってくれた事、皇帝として深く感謝します。ですが…貴方がスパイとして疑わしい以上…私は貴方を、ギルディストの法で裁きます」
「っ!?待って」
「お待ち下さい!エメル様!」
「くれ!…え?」
エメラインの判決に異を唱えようとした星牙だったが、そんな彼の声に被せて、蓮姫は勢いよく椅子から立ち上がり叫ぶ。
ユージーンはそんな主の様子を見て「またか…」と一人呆れ、火狼も彼女の行動はいつもの事だと苦笑い。
蓮姫の行動に少し驚いている残火も、未月同様黙って蓮姫を見つめる。
星牙もまた急な展開に驚き、蓮姫に向けて目を見開いて固まっていた。
そしてエメライン。
蓮姫に背を向けていたエメラインは、まるで彼女のその発言を待っていたかのように、薄くニヤリと微笑む。
しかしそれは一瞬のこと。
直ぐにエメラインは悲しげな表情を浮かべ、蓮姫へと振り向いた。
「蓮姫ちゃん。これはギルディストの問題なのよ。弐の姫とはいえ、口を挟んではダメ」
「……え?…弐の姫って?あんたが?」
期せずして街で会った少女の正体を知ることになった星牙は、驚きの表情を浮かべる。
蓮姫はそんな星牙に苦笑すると、エメラインに向き直り言葉を続けた。
「重々承知しております。でもどうか…私の話を聞いて頂けませんか?彼はスパイではありせん」
「どうしてそう言いきれるの?彼とは知り合い?」
「いえ。ここに来る前、街で会って少し話しただけの他人です。ですが…私は彼のお父様には大変お世話になりました。王都でも、玉華でも」
「…そうだったわね。ねぇ蓮姫ちゃん。もう一度聞くわ。どうして彼、スターファングさんはスパイではない…と思うの?」
エメラインはゆっくりと、穏やかな口調を崩すことなく蓮姫に尋ねる。
それは怒鳴り散らされるよりも、強い圧力や緊張をこの場に生み出した。
だが蓮姫も怯むことはせず、堂々と自分の意見をエメラインへ告げる。
「かつて元帥に聞いた事があります。彼…元帥の二人目の息子は『修行中の為クイン大陸にはいない』と。女王陛下が数ある軍人ではなく、わざわざ修行中の、それも自分の大陸にはいない少年にスパイを命じるとは思えません」
「あら?そうだったの?でも…それだけでは納得出来ないわ。疑わしい事には変わらないもの」
「ですが、彼がスパイである証拠もありません。『疑わしきは罰せず』という言葉もあります。お願いします、エメル様。どうか彼を放免して下さい」
蓮姫はエメラインに深く頭を下げ、星牙の放免を懇願する。
ただ街で会っただけの少女にそこまでされて、星牙は胸の奥が熱くなるのを感じた。
星牙は溢れ出る思いをグッと堪えながら、地面に頭を付けて蓮姫同様エメラインに懇願する。
「頼む!その人の言う通りなんだ!俺には親父が元帥ってこと以外、女王陛下との関わりなんて無い!陛下には会ったこともないんだ!俺はスパイじゃない!信じてくれ!」
「…蓮姫ちゃん。スターファングさん」
エメラインは正面と後方から頭を下げる二人を交互に見ると、胸に手を当てて悲しげに目を伏せる。
まるで二人の対応に心から悩んでいるかのように。
まるで二人の懇願に胸打たれたかのように。
だからこそ…誰も気づいていない。
この展開は…エメラインが望んだ通りの展開だということに。
エメラインはふぅ…と小さく息を吐くと、星牙に向けて微笑んだ。
「………そうね。わかりました」
「っ!?じゃあ!」
「スターファングさん。貴方にチャンスを与えます」
「え?チャンス?」
てっきり無罪放免となると思っていた星牙は、エメラインの言葉をオウム返しに尋ねる。
チャンスということは…エメラインは星牙に、何かさせるつもりなのだろう?
だが…一体何を?
エメラインは星牙ではなく、後ろに控えていた親衛隊に向けて言葉を発した。
「闘技場を開きます。親衛隊は勿論、騎士団、街の警備にも直ぐに準備をさせてちょうだい」
「はっ!かしこまりました!」
エメラインの命令を受け、親衛隊の男は星牙を呼びに行った時と同様にこの場から走り去ってしまった。
話についていけていないのは残された星牙と蓮姫達のみ。
「と、闘技場って?」
星牙がやっとの思いで疑問を口にすると、エメラインはやはり笑顔のままそれに答えた。
「ギルディストは『強さこそ全て』をうたう国。それはこの国の法であり掟。この国では疑わしい者、判決を下せない者には、自分で無罪を証明してもらう事があるの。『己の力で無罪を勝ち取らせる』。それがこの国の裁き方なのよ」
「己の…力で?」
「えぇ。正面からは見えないけれど、この城の裏には大きな闘技場があるの。その闘技場を解放して、容疑のある者に騎士団や親衛隊を含む100人と戦ってもらいます。その全てに勝てたら…容疑者の正当性が認められるわ。その時、晴れて無罪放免となるのよ」
「そ、そんな無茶苦茶な!」
「あら?でもこれはギルディスト建国から行われていた裁判の一つなのよ。『郷に入っては郷に従え』とも言うでしょう?安心して。貴方が無事に勝ち残ったあかつきには、貴方の正当性を、皇帝である私が全国民に宣言します」
あまりの展開と、とんでもない事態に言葉を失い固まる星牙。
そんな星牙を放って、エメラインはニコニコと笑顔を浮かべたまま、蓮姫へと振り返る。
そして彼女は、とんでもないことを蓮姫達に向け言い放った。
「勿論。スターファングさんを庇った蓮姫ちゃんにも、連帯責任をとって頂くわね」
「え!?れ、連帯責任ですか!?」
「ふふ。そうよ。スターファングさんと一緒に戦って頂くわ。従者の皆様も一緒に。戦う人が多いから…今回は相手を300人にしようかしら」
エメラインの発言を聞き、蓮姫の従者達も黙っていられず、それぞれ勢いよく椅子から立ち上がる。
一番初めに言葉を発したのは、やはりユージーンだった。
「何を勝手な。姫様も我々も、そんな物に参加する理由がありません」
「あら?でも蓮姫ちゃんは皇帝である私の決定に反論しましたわ。それは客人とはいえ…とても無礼なこと。それに、彼をあそこまで庇っていたのに、今更関係ない…とは少し薄情ではないかしら?」
確かに蓮姫の発言、対応は皇帝に対して無礼だったかもしれない。
そうだとしても…自分達まで容疑者と同じ扱いをされるいわれはない。
「……話になりませんね。我々はこのまま失礼させて頂きますよ。姫様、参りましょう」
ユージーンが蓮姫を促しこの場を離れようとした瞬間、傍にいた使用人や親衛隊が揃って拳銃や刃物を蓮姫達へと向けた。
火狼は慌てて残火を庇いつつも蓮姫とユージーンに向けて指示を仰ぐ。
「おいおい!囲まれたぜ!どうすんよ!姫さん!旦那!」
「っ!!?エメル様!どうしてですか!?」
蓮姫は火狼の言葉には答えず、エメラインに向けて叫ぶ。
あんなにも優しかったのに…何故?と。
「闘技場は明日、準備が出来次第、開きます。皆様は今宵、ゆっくりと休んで下さいな。さぁ、皆様をお部屋に案内して」
「はっ!」
「そんな!エメル様!エメル様ぁ!!」
使用人達に連行される形で、無理矢理この場から離される蓮姫達。
「蓮姫ちゃん。また明日ね~」
必死に叫ぶ蓮姫とは裏腹に、エメラインは最後まで笑顔を崩すことなく、蓮姫に向けて優雅に手を振っていた。
蓮姫達がエメラインから見て通路の左側に連行されていく丁度その時。
通路の反対側…右の方から彼女達とは入れ違いで、ある男がこの場に現れる。
黒髪に赤い目をしたその男は、遠ざかる蓮姫を見つめると、顎に手を当てて首を傾げた。
「あの女の子………どっかで見たような?……気のせいかな。何処にでもいるような子だし~」
蓮姫に興味を持ったのも束の間。
彼は蓮姫から視線を外すと、自分を待っていた女…エメラインへと近づく。
エメラインは彼の来訪…いや、帰還に喜び、今まで以上の笑顔を浮かべていた。
高まる感情のまま椅子から立ち上がり、彼に向けて両手を広げるエメライン。
「おかえりなさい!シュガーちゃん!」
『シュガー』と呼ばれた男は、わざとらしく大きなため息を吐くと、その場で脱力したように肩を落とす。
「はぁ~………俺その名前嫌いって何度も言ってるじゃん。母上」
「んもう!『お母様』か『ママ』って呼んでって言ってるのに!」
胸に飛び込むどころか名前に文句まで言ってくる息子に、エメラインは頬を膨らませた。
「母上だって俺の名前変えてくれないじゃん。それに俺、陛下から『ジョーカー』って名前貰ったから。改名していい?」
「まぁ!ダメよそんなの!せっかくお父様とお揃いの名前なのに!よりによって古狸さんに貰った名前を名乗るなんて!」
「『シュガー』なんて女の子の名前じゃん。俺『ジョーカー』の方が気に入ってるし~。あ、そんなことより喉乾いたから。俺にもお茶頂戴」
久々の母子再会だというのに、シュガーは母親であるエメラインを素通りし、テーブルにあるケーキを勝手に摘み頬張った。
そして蓮姫の使っていたカップを取り、彼女の飲みかけだったお茶を飲み干す。
エメラインは頬に手を当て、息子の無作法に呆れてしまう。
「あらあら…『ただいま』も言わないで、本当にしょうがない子ね」
呆れていても怒る気はないのか、その顔はとても穏やかだった。
使用人は初めて見る男…それも自分達の皇帝であるエメラインを『母上』と呼ぶ男を見て動揺している。
その中の一人…お茶を淹れていた男の使用人が口を開いた。
「あの…陛下。この方は一体?」
「あら。そうだったわね。貴方達は初めてだったかしら。私の息子のシュガーちゃんよ」
「だから『ジョーカー』だってば。ねぇ、早くお茶。おかわり」
蓮姫が座っていた椅子に雑に腰掛けると、使用人達に向けてカップをプラプラと振るシュガー。
背もたれに体重をかけているのか、椅子までフラフラと斜めに動いている。
こんな王族らしからぬ無作法な男を、エメラインは自慢げに自分の息子だと使用人達に伝える。
そんな二人を見ながら、使用人達の顔は困惑と動揺の色に染まる。
「へ、陛下は………その…独身のはずでは?」
「うふふ。それは今度ゆっくり話すわ。いつかは皆に教えなきゃいけないものね。今はまだ内緒。さぁ、シュガーちゃんにお茶を淹れてあげて」
「か、かしこまりました」
皇帝が内緒と言うのなら…彼女が話すその時まで、詮索は無用ということ。
使用人達は戸惑いつつも給仕に専念することにした。
エメラインもまた自分の席に着くと、左斜め前でケーキをパクパクと食べる息子を愛おしげに眺めながら、新しいお茶に口をつけた。
「…それで…王都はどうだったかしら?」
「ん~?それなりに楽しかったよ。反乱軍もたくさん殺したし~、稽古って名目で軍の人ともたくさん戦えたし~…でも、楽しめたのは蒼牙さんや久遠さんくらいだったけど」
「ふふ。彼の強さは健在なのね」
「でも……それくらいかな。俺より強い奴なんて滅多にいないもん。ねぇ母上。俺の父上は…いつになったら俺と殺し合いしてくれるの?」
「あらあら…焦っちゃダメよ、シュガーちゃん」
息子が物騒な発言…それも父親に対して言っているというのに、エメラインはニコニコと笑顔を崩さない。
それどころか、エメラインは母親として今の息子の発言を喜ばしく思っていた。
「父上ってさ…めちゃくちゃ強いんでしょ?会ったこと無いけど…そんなに俺と殺し合いしたいなら、早く会いに来てほしいよ」
「ふふ。お父様は必ずシュガーちゃんに会いに来てくれるわ。えぇ、必ず。シュガーちゃんが強く成長するのを、お父様は心待ちにしていたもの」
「俺もう20歳だよ?充分成長してるって。あ~あ…父上も来ない。王都じゃ最近、警戒が厳重過ぎて反乱軍も来ない。蒼牙さんは元帥になって忙しいから戦えない。久遠さんもさ~、なんでか最近急に忙しくなったみたいだったし。母上からの手紙でギルディストには戻って来たけど、どうせここも暇でしょ?つまんないよ~」
シュガーは行儀悪くテーブルに両肘をつくと、両手に顔を乗せてブスッとした顔でエメラインをジト…と見つめる。
そんなシュガーの態度を見ても、やはりエメラインは咎めない。
むしろ楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「大丈夫よ、シュガーちゃん。せっかく故郷に帰って来たのだもの。きっと楽しめるわ。それに…明日は闘技場を開くのよ」
「そうならいいけど………え?闘技場を開くの?なになに?強い奴でもいるの?」
エメラインの言葉に興味を持ったのか、シュガーは顔を乗せていた手をテーブルにつき、勢いよく立ち上がる。
そしてエメラインに向けてテーブルの上にズイッ!と体を乗り上げた
その目はオモチャを貰った子供のようにキラキラと輝いている。
エメラインは予想通りの反応をする息子を見て、楽しそうにクスクスと笑う。
「ふふ。ええ、とっても」
「っ!!ホント!?ねぇどんな奴!?俺より強い!?」
「きっと強いわ。だって…相手は弐の姫だもの」
「………は?弐の…姫?」
エメラインから発せられた言葉に、シュガーは先程遠目で見た少女を思い出す。
確かにあの長い黒髪の少女は記憶の片隅にあった少女…弐の姫と一致する。
「弐の姫って…あの弐の姫?あの子そんなに強くなったの?この短期間で?」
「そうよ。蓮姫ちゃん…弐の姫は多くの反乱軍を倒し、古狸さんの作った凶悪なキメラも倒した。彼女はもう想造力を自在に使えるわ。それに従者も強者ばかり」
「へぇ~……そうなんだ」
「それに今回は飛龍元帥、蒼牙さんの息子さんも一緒なの。彼も強いわ」
「蒼牙さんの息子ならきっと強いね!だって俺も、母上と父上の息子だから強いんだし!」
シュガーは椅子に座り直すとカップを持ち上げる。
お茶に映るその顔は楽しそうにニヤニヤと緩みまくっていた。
「そうなのよ。それでねシュガーちゃん。シュガーちゃんを呼び戻したのはその為なの」
「ん?どのためなの?」
エメラインは胸の前で両手を合わせると、息子と同じように楽しげな笑みを浮かべ、ある提案をする。
「シュガーちゃんも闘技場に出てちょうだい。戦ってほしいの。弐の姫達と」
エメラインの提案に目を丸くするシュガー。
しかしすぐに満面の笑みを浮かべ、母親の言葉にウンウン!と何度も頷いた。
「いいよ!俺も闘技場に出る!戦ってみたい!強くなった弐の姫や蒼牙さんの息子と!」
「うふふ。良かった~。それでこそ私と彼の息子だわ。そんなシュガーちゃんが…ママは大好きよ」
話している内容はやはり物騒だというのに、エメラインは本当に…心の底から息子を愛おしいと感じている。
それでこそ…彼の息子だ、と。
「明日が楽しみだな~」
「あ、シュガーちゃん。闘技場は殺し御法度ですからね」
「あ……そうだった。な~んだ…本気出せないじゃん。やっぱりつまんな~い」
「うふふふふ。本当にシュガーちゃんたら…しょうがないくらい、可愛い子」
急にだらけきった息子の態度を見ても、やはりエメラインは楽しそうに微笑むだけだった。