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スターファング 5


蓮姫やエメラインが歩いて行くと、使用人や城の護衛をしている騎士団が彼女達に向けて深く頭を下げる。


するとエメラインは、ある騎士団の男を見掛けて立ち止まり、彼に声を掛けた。


「この間はお手紙を出してくれてありがとう。あの子からもお返事が来たわ。今日にも戻ってくるって。ご苦労さま」


「はっ!勿体ないお言葉です。陛下」


「それと…もう一つのお手紙だけど…」


そう(たず)ねた時、エメラインの周りの空気が少しだけ硬くなる。


蓮姫でさえ気づいたその変化に、ユージーンと火狼はエメラインを警戒した。


騎士団の男は頭を下げたままエメラインへと答える。


「そちらも問題ございません。今日にも王都に届いているはずです」


「…そう。良かったわ。ふふ…きっと古狸(ふるだぬき)さん、ビックリしちゃうわね」


騎士団の返答に満足したのか、エメラインは楽しげに笑う。


そこには先程感じたピリついた空気は(すで)にない。


エメラインはクルリと蓮姫達へ振り向くと、笑顔を浮かべたまま彼女達に声を掛ける。


「待たせてごめんなさい。さぁ、行きましょう。とっておきのお茶とケーキをご馳走するわ」


「は、はい」


エメラインの変化を不思議に思いつつも、そこに触れてはいけない気がした蓮姫一行。


ただハッキリ聞こえた『王都』という単語に、少しの疑問と不安を抱え、蓮姫達は沈黙したままエメラインの後をついて行った。




その頃…エメラインが手紙を送った王都の城では、女王麗華が険しい表情で玉座に腰掛けていた。


足を組み、(うつむ)きながら眉間に(しわ)を寄せ、長く美しい爪でカツカツと玉座の手すりを何度も繰り返し叩くその様子から、彼女がイラついているのが誰の目にもわかる。


しかし、この謁見室には麗華以外誰もいない。


彼女は一人この謁見室で…ある報告を待っていた。


その時、謁見室の扉が開き、一枚の紙を持ったサフィールが入ってきた。


愛する宰相(さいしょう)であり、ヴァルでもあるサフィールが現れても、麗華の顔は少しも晴れる事はない。


麗華は顔を上げると、自分に向けて頭を下げているサフィールへと問いかける。


「………どうじゃ?」


「はい。城内は勿論、王都の隅々まで探させましたが…やはりおりません」


「あやつ…本当に出て行きおったのか?」


「そのようです。まったく…部屋にこのような置き手紙だけ残して消えるとは…陛下に対し、なんたる無礼」


サフィールは持っていた紙を広げると、忌々しげにため息を着く。


「サフィ。もう一度それを読み上げよ」


「………かしこまりました。では失礼して…『長いことお邪魔しました。故郷に帰ります。さよなら』…何度読んでも(はらわた)が煮えくり返る思いです。陛下への(うやま)いも、特別目をかけて頂いた礼すら書いていない」


「あやつらしい文章じゃ。しかし…いきなり出て行くなど、何を考えておるのか」


「無礼を承知で申し上げます。あのような(やから)、やはり陛下には相応しくありませんでした。この手紙がその証拠です」


「それでも…妾はあやつを愛しておった。美しく狂気に満ちた姿も、妾になかなか懐かぬ姿も。愛していたからこそ、あやつに名をつけ、傍に置いていた。あやつにその気がなくとも、いずれはヴァルにしてやるつもりであった」


悲しげに目を伏せる麗華だったが、その表情も一瞬で消え去る。


「…だと…いうにっ!妾から逃げるなど!誰が思おうかっ!」


麗華はたまらずサフィールに向けて怒鳴る。


その顔は怒りと悲しみに満ちていた。


「………陛下」


「サフィ!兵に申し付けよ!世界中何処を探してでもあやつを連れ戻せと!あやつは妾の者じゃ!決して逃がさん!」


激昂(げっこう)する麗華に驚きつつも、サフィールは冷静さを失わず女王へと進言する。


「既に兵には命じております。準ヴァルという立場でありながら、陛下の傍を離れるなど大罪。陛下。奴が戻り次第、然るべき処罰を与えるべきかと」


「そなたに言われずともわかっておる!妾を愛さぬ所業を!妾は決して許さん!」


怒鳴り散らす麗華だったが、その時再び謁見室の扉が開かれる。


そこにいたのは初老の使用人。


「し、失礼致します…陛下。陛下に…その…書状が届いております」


現れた者は怒り狂う麗華に怯えつつも、自分の職務を全うすべく、恐る恐る彼女へと(ひざまず)き手紙を差し出した。


「手紙だと!?このような時に誰じゃ!サフィ!」


女王に(うなが)され、サフィールは手紙を受け取る。


そして手紙についた蝋封(ろうふう)を見て驚きの表情を浮かべた。


「この紋章は…ギルディスト王家のもの」


「ギルディスト!?あの女!妾に手紙など何を考えておる!サフィ!さっさと読み上げよ!」


犬猿の仲とはいえ、これは他国の王族からの手紙。


破り捨てたい対気持ちをなんとか抑えながら、麗華はサフィールへと命令する。


「かしこまりました。では…」


サフィールは命じられた通り、封を開けて中を確認して読みあげようとする。


しかし…いつまで経ってもサフィールは言葉を発する事はなかった。


ただその顔は…驚愕と困惑に染まっている。


手紙の文章は王族間の書状とは思えず、まるで庶民が友達にでも送るような書き方。


しかし…サフィールが驚いたのはそれではない。


それすら些事(さじ)に思えるほど…手紙の内容は驚愕するものだった。


「どうした?サフィ」


「陛下…恐れながら…この手紙には…」


何故か中身を読み上げることを躊躇うサフィール。


そんなサフィールに少しイラつきながらも、麗華は彼に再度催促する。


「さっさと読み上げよ。どのような言葉であろうと構わぬ。一言一句、そのまま読むのじゃ」


「………かしこまりました。では…失礼致します」


サフィールは一度深呼吸すると、その中身を読み上げた。


「『親愛なる世界の女王様。ご機嫌よう。長い間、私の息子がお世話になりました」』


「あの女の息子?誰のことじゃ?」


サフィールは麗華の問いには答えず、手紙を読み続ける。


「『私は数年前、息子を王都へ送りましたが、貴女は息子を大層気に入ってくれたようで嬉しく思います。噂では息子に準ヴァルという立場まで与えて下さったとのこと。息子を高く評価して下さり、母としてこの上ない喜びです』」


「っ!!?なんじゃと!?」


その言葉に驚き、麗華はバッ!と玉座から勢いよく立ち上がった。


麗華は気づいた。


彼女にとってヴァルはサフィールを含めて何人もいるが…準ヴァルは一人しかいない。


麗華が先程まで怒りを向けていた…麗華から逃げ出した…あの男だけ。


「『しかし、息子に貴女は相応しくありません。なので返して頂きます。この手紙が届く頃、息子は既に我が祖国ギルディストにいることでしょう。それでは古狸(ふるだぬき)さん。お元気で。ギルディスト皇帝 エメライン=ウィラ=ギルディスト』」


手紙を読み終えたサフィールはゆっくりと、そして深く息を吐く。


そしてチラリと麗華の方を見た。


麗華は全身をわなわなと震わせ、先程以上に怒りの形相を浮かべているその顔は、真っ赤に染まっている。


そして拳を高く振り上げると、バンッ!と玉座の手すりを強く叩いた。



「あのっ…女狐(めぎつね)がぁあっ!!」



麗華による怒りの咆哮(ほうこう)が、謁見室中に大きく響いた。


その怒りは凄まじく、謁見室にあった全ての窓が音を立てて割れる。


近くにいたサフィールの全身はビリビリと電流が走る衝撃に襲われ、手紙を届けに来た初老の使用人はその場で気絶してしまった。


犬猿の仲であるエメラインからの手紙で、女王麗華の怒りが爆発している頃…場面は王都から、ギルディストへと戻る。


ギルディスト城の広いテラスに案内された蓮姫達は、その美しさにほぉ…と感嘆(かんたん)の息を吐いた。


そこはテラスというよりも、庭園に設置されたお茶会会場。


長い長方形のテーブルには何脚もの豪華な椅子が設置されており、会場の周りには白い百合がいくつも咲き乱れている。


「さぁ、着きましたわ。蓮姫ちゃんは私の傍に座ってくれるかしら?」


「は、はい」


「ふふふ。たくさんお話しましょうね」


使用人に椅子を引かれ、エメラインはテーブルの上座に、そして蓮姫はエメラインから左斜めにある隣の席に腰掛ける。


「皆様もどうぞ。御遠慮なさらず、お好きな場所に座って下さいな」


「では…お言葉に甘えまして」


ユージーンはやはりエメラインを警戒しており、エメラインが蓮姫に何か仕掛けても直ぐに動けるよう蓮姫の正面へと座った。


ちなみに火狼は蓮姫の隣、その隣には残火、ユージーンの隣には未月が腰掛ける。


本来、従者である彼等は主賓(しゅひん)や主の直ぐ傍に座るべきではない。


しかし主賓であるエメラインが許しているし、蓮姫への警護も考え、迷うことなくその場に腰掛けた。


エメラインもやはり(とが)める気は全く無いらしく、にこにこと微笑んでいる。


「うふ。礼儀をあえて無視して、いつでも主を守れるよう正面に座る…素晴らしい従者をお持ちね、蓮姫ちゃん」


「っ、すみません。皇帝陛下。私の従者が無礼を」


「あら?謝らなくていいのよ。お好きな場所に座って、と言ったのは私ですもの。主の事を第一に考える…素晴らしい従者だわ。それと…」


エメラインはスッ…と人差し指を伸ばすと、ピト…と蓮姫の唇に当ててウィンクして告げた。


「私のことは皇帝陛下じゃなくて、エメルと呼んで。エ、メ、ル。はい」


楽しそうに笑うエメラインが人差し指を離すと、蓮姫は促されるままそれを復唱する。


「え、エメル…様」


「はい。よく出来ました。これからもそう呼んでね、蓮姫ちゃん。それじゃあ、お茶会を始めましょうか。蓮姫ちゃん、お砂糖はいくつ?」


「あ、お砂糖は無しでお願いします」


「ストレートね。皆様はどうなさいます?」


エメラインがお茶会開始を口にすると、使用人達が流れるような手つきでお茶をいれ、ケーキをカットしていく。


差し出されたカップからは紅茶の芳醇(ほうじゅん)な香りが漂ってきた。


「いただきます」


「どうぞ。ケーキもあるから、たくさん食べてね。今日のケーキは自信作なの」


「え!じゃあこのケーキ、皇…エメル様が?」


「えぇ。お口に合えばいいのだけれど」


少し不安げに眉を寄せるエメライン。


蓮姫はフォークを取ると、ケーキを切り取り口に運ぶ。


それはプロのパティシエがつくったのではないか、と思うほど美味しいケーキ。


蓮姫の顔は美味しいケーキを食べたことでパァッ!と笑顔になる。


「エメル様!とっても美味しいです!」


「本当?そう言ってもらえて嬉しいわ」


蓮姫とエメラインはお互いすっかり気を許したらしく、にこにことケーキや紅茶について話し合う。


ユージーン達、蓮姫の従者達も純粋に美味しいお茶とケーキを堪能していた。


初めは『毒でも盛っているのでは?』と警戒していたユージーンと火狼も、直ぐにそれは考えすぎだと自分の身をもって知る。


そうなると彼等は遠慮せず、出された紅茶とケーキを満足気に平らげていた。


蓮姫はふと、紅茶を飲んでいるエメラインを見つめる。


紅茶を飲むという、ただ一つの動作ですら美しい。


彼女の背景に百合が見えるのは、恐らく植えてある百合のせいだけではないだろう。


この女性が強国ギルディストの皇帝であり、世界の女王に喧嘩を売った張本人とは…やはり蓮姫には信じられない。


「???蓮姫ちゃん?そんなに見つめて…どうしたのかしら?」


「あ、す、すみません!ただ…エメル様って…本当にお綺麗だなって…」


蓮姫の率直な言葉に、エメラインは一度キョトンと目を丸くする。


しかし次の瞬間、エメラインは自分の頬に手を当て、優雅に美しく微笑んだ。


「まぁ…ふふ。ありがとう蓮姫ちゃん。嬉しいわ。でも…これでも私、今年で38になったのよ」


「さ、38ですか!?」


思いがけないカミングアウトに蓮姫だけでなく、従者達(未月以外)も驚きの表情を浮かべる。


目の前の女性はどう見てもそんな歳には見えないのだ。


そして蓮姫の脳裏には、もう一人30代に見えない人物…藍玉の姿が浮かぶ。


(この世界の30代って…皆美形なの?)


どちらも言われなければ歳など分からない。


蓮姫と従者達は、ただエメラインの言葉に固まっている。


「あら…皆様まで、そんなに驚かないで下さいな。私が皇帝の座についたのは丁度20年前…18の頃。今の蓮姫ちゃんとあまり変わらない歳でしたのよ」


「あ、あの…エメル様。そんな簡単に歳を暴露して…いいんですか?」


多くの女性にとって年齢の話はタブー。


しかしエメラインは躊躇(ためら)う事無く自身の年齢を蓮姫達に打ち明けた。


蓮姫の問いに対し、エメラインはまた笑顔を浮かべている。


「年齢とは、私が今まで積み重ねてきたものですもの。何も恥じる事はないわ。それだけ多くのことを学び、多くの方と出会えてきた。私はむしろ誇らしいとさえ思っているわ」


エメラインの話を聞き、蓮姫は彼女に深く感心してしまう。


感心だけではない。


話せば話すほど、一緒に過ごせば過ごすほど、このエメラインという女性には好感しか持てない。


何よりエメラインは、蓮姫を『弐の姫』という理由だけで軽蔑することも、拒絶することも、見下すこともしていない。


今まで蓮姫が接してきた人々にも彼女に好意的な者はいた。


しかし蓮姫の正体が弐の姫だと知れれば、彼等の態度は豹変(ひょうへん)し、蓮姫から離れてしまっていた。


蓮姫を『弐の姫』だと最初から分かっていながら、ここまで好意的に接してくれる人物は…とても(まれ)であり希少。


だからこそ…エメラインが蓮姫に興味と好感を持ったように、蓮姫もまたエメラインに深い好感と興味を持った。


強国とうたわれるギルディストだが、この皇帝陛下は争いとは無縁に思える。


目の前の女性は、(おだ)やかで、お菓子作りが得意で、優雅で、優しく、美しい…まるで『お姉様』と呼びたくなる女性。


そんなイメージが蓮姫の中で固まりつつあった。


だが…やはりエメラインは、ただの(おだ)やかで優雅なお姉様などでは無い…と蓮姫も知ることになる。


「それで…蓮姫ちゃんはヴァルを探す為に、王都を出たのよね。古狸(ふるだぬき)さんも(ひど)いわ。弐の姫に護衛も付けてくれないなんて」


「あ、はい。出発の時、私一人でいいと陛下には………え?」


今、穏やかで優雅なお姉様の口からとんでもない言葉が出た気がして、蓮姫は言葉につまる。


『古狸』という言葉に違和感を感じたのは、蓮姫の従者達も同じだった。


急に黙り込んだ蓮姫を不思議に思いつつ、エメラインは首を傾げている。


「蓮姫ちゃん?」


「ふ、古狸(ふるだぬき)?…古狸(ふるだぬき)って誰のことですか?」


蓮姫の言いたい事がわかると、エメラインはニコリと…それはもう今までで一番ともいえる、満面の笑みを浮かべた。


「それは勿論、500年以上生きてるこの世界の女王様…麗華さんのことよ。でも私達…あまり仲が良くなくて。お互い『古狸(ふるだぬき)』『女狐(めぎつね)』なんて呼んでいるの」

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