スターファング 4
飛び蹴りをくらった男は、その拍子に拳銃を手放してしまう。
ファングはすかさず拳銃をもう片方の足で蹴り上げると、見事それをキャッチして地面に着地した。
蹴られた男の方は頭部に強い衝撃を受けたことで、そのまま地面に倒れ込み気絶してしまった。
背後から、それも不意をついたとはいえ、一瞬の出来事。
ファングは男達に対峙すると、余裕の表情を向けた。
ニヤリと笑みを浮かべるファングに、男達は一歩後ずさる。
「て、てめぇは!?」
「ファングとかいうクソガキ!」
「クソガキじゃない。それに名前も違う」
一度ムッとした表情を浮かべたファングだが、次の瞬間また両手を広げて円を描くように回す。
「俺の名は…スターーー!」
そしてビシッとポーズを決めると
「ファングッ!」
と名乗り終わった。
ファングのポーズに見覚えが…というか大変よく似ているポーズを知っている蓮姫は、心の中でのみ呟く。
(あれ~…なんか見たことあるポーズ……気のせい?)
自分が知っているのは、あくまで想造世界の物であり、ファングや街の人間達が知るはずのないもの。
蓮姫は突っ込みたい気持ちを抑え、ファングや今の現状を見守る事にした。
周りに目を向けると、いつの間にか集まっていた野次馬達。
中には子供もいれば、買い物帰りで紙袋を抱えた女性、散歩中らしき老人までいる。
彼等はファングの名乗りを聞くと「ファング!」「ファング!」と歓声を上げ騒ぎだした。
ファングはまた観衆に向けて手を振ったり、頭を下げたりと満更でもない様子。
何の反応もしない…というか、急な展開に驚き反応に困っているのは、蓮姫達くらいだった。
むしろユージーンと火狼は『なんだこのガキ』『なんだあのポーズ』と冷めた目でファングを見つめている。
「皆さん、どうもどうも!さて!まだやるかい?あんたらじゃ俺に勝てないって!」
ニコニコと男達を挑発するファングだが、男達は顔を真っ赤にして怒りに震えている。
男達は手枷をはめられ、唯一の武器である拳銃は奪われ、仲間も一人やられてしまった。
そんな状況だというのに、怒りで自分達のおかれた状況が理解できないのか、はたまたもう忘れたのか。
「この…クソガキがぁっ!」
「ぶっ殺してやる!」
男達は叫ぶとファング目掛けて突進してきた。
しかし、ファングは直ぐに腰にさした長い方の剣を鞘ごと取り出すと、ヒラリ、ヒラリと男達をかわす。
そして先程同様、後ろから男達を一発づつ、鞘のついた剣で殴った。
バシッ!バシッ!と大きな音がその場に響くと、男達は同時にバタッ!地面に倒れてしまう。
「はい。終了」
飯屋で男達を倒した時と全く同じ言葉をファングが告げる。
すると野次馬達がまた歓声を上げたり、「ファング!」と彼の名を呼び、騒ぎ始めた。
ファングはやはり野次馬達に頭を下げたり、手を振ったりして応えている。
そんなファングと野次馬達を見ながら、蓮姫は自然と笑みを浮かべていた。
「凄い有名人みたいだね。スターファング」
「正義のヒーローを気取ってる、ただの子供ですよ。まぁ腕は確かなようですがね」
ユージーンは呆れたような視線をファングに向けながらも、蓮姫の言葉にしっかりと答える。
「ジーンが認めるって事は相当強いでしょ?」
「そうですね。ふざけた名前してますが…彼は強いですよ」
「こら。人の名前を悪く言うんじゃないの。スターファング………星の牙…か」
スターファングの名前を直訳すると、蓮姫は「ん?」と何かを思い出した。
(星の牙……牙?それにあの着物…玉華で見たのに似てるような…)
蓮姫がファングについて考察していたその時、野次馬の中にいた紙袋を抱えた女性が、後ろの者に押されバランスを崩す。
なんとか転ばずにはすんだが、彼女が持っていた紙袋の中身が地面に散乱してしまった。
誰よりもそれに早く反応したファングは、落ちた物を拾ってやり女性を手伝う。
その中の一つ。
オレンジが蓮姫の足元まで転がってきた。
蓮姫がオレンジを拾うと、ファングもそれに気づいたのか蓮姫達に駆け寄って来る。
「お、拾ってくれてサンキュ」
「どういたしまして。はい。これどうぞ」
「あぁ。それにしても…あんたら災難だったな。あんな奴らに絡まれるなんて。後ろの子は?怪我とかしてない?」
ファングは足元の地面に銃弾を撃ち込まれた残火の心配までしてくれる。
蓮姫はファングの気持ちが嬉しかったのか、クスリと嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「大丈夫。誰も怪我してないよ。優しいんだね、君。それに強いし」
「へへ、まぁな。俺の親父はめちゃくちゃ強い武人でさ!それに師匠も物凄い人なんだ!二人に比べたら俺なんてまだまだで…。でもさ!いつか二人を越えられるデッカイ男になってやるんだ!」
まるで自分のことのように、父親と師匠の話を楽しげに話すファング。
そんな彼を間近で見て、蓮姫の中のファングへの好感は益々上がる。
「ふふ。そっか。頑張ってね。それと、助けてくれてどうもありがとう」
「いえいえ。どういたしまして。てかあんたらも…もしかして旅人?ここはいい街だし、いい国だけどさ。旅人がよく揉め事起こしてるんだよ。あんたらも気をつけなよ。………てか…なんで騎士団が一緒にいるんだ?」
今更騎士団の存在に気がついたのか、ファングは不思議そうに首を傾げる。
どう説明するか悩む蓮姫だったが、すかさずユージーンが蓮姫とファングの間に立った。
「色々と訳ありなんですよ。それに女性にあれこれ聞こうだなんて、武人を目指す人が聞いて呆れますね」
嫌味たらしく返すユージーンだったが、ファングは怒らず、むしろ今の言葉に納得した。
「そうだよな。武人なら…女の子に色々聞いちゃダメだよな。あんたの言う通りだよ!教えてくれてありがと!あんたいい人だな!」
それは武人以前の問題だろう、とユージーンも蓮姫も思ったが、それを口にする事はしなかった。
むしろ何も言えなくなったのだ。
それはファングが、ユージーンの言葉に直ぐ納得して頷いたこと。
そしてとても眩しく、見ているこちらが気持ちいい程の満面の笑みを浮かべていたから。
蓮姫もユージーンも、そして騎士団長であるサイラスも同じことを思った。
なんて素直な男だろう、と。
「じゃあ俺、これを返してくるから!ホントありがとな!」
ファングはオレンジを掲げて礼を言うと、来た時と同じように駆け足で女性の元へと戻ってしまった。
女性に拾ってきた物を返し会話をするファングを見て、蓮姫は彼の名前を思い出す。
「スターファング…か。星のように明るくて…牙のように鋭い。名前の通りカッコイイ子だな」
ニコニコとファングを見つめていた蓮姫だが、サイラスに促され、従者達と共に城へと歩き出す。
この時の蓮姫は、そしてファングは、たまたま街で出会った存在。
今後また会えるかどうかもわからない。
しかし二人は直ぐに再会する事になる。
この国の女帝によって。
蓮姫達は知らない。
このギルディストで、ある試練が待ち受けていることに。
強さこそ全てのギルディストによる…洗礼を受けることに。
何も知らない蓮姫達はただ、サイラスに案内されるまま城に入る。
そしてレッドカーペットの敷かれた大きなホールに案内されると、サイラスは蓮姫達に深く頭を下げた。
「この謁見の間にてお待ち下さいませ。陛下をお呼びして参ります」
「はい。ここまでの案内、どうもありがとうございました」
蓮姫もまたサイラスに向けて頭を下げ、ここまでの礼を告げる。
サイラスは蓮姫達から背を向けると、宣言通り女帝を呼びにホールを出て行った。
このホールにある唯一の出入口でもある大きな扉が閉まると、火狼は深いため息をつく。
「はぁ~~~。いよいよ噂の女帝とご対面かぁ。なんかめっちゃ緊張するぜ」
「狼ったら…気を抜きすぎ」
「しょうがないじゃん。俺達は今の今まで監視されてたようなもんだぜ。それに恐ろしい女帝がこれから来ちまう。それなら今だけでもリラックスしときたいのよ」
体からだらんと力を抜き、わざと両手をブラブラさせる火狼はまるで子供のようだ。
ユージーンはそんな火狼に呆れつつも、火狼ではなく蓮姫に声をかける。
「姫様。女帝は姫様に興味を持っているようですが…それが好意かどうかは分かりません。姫様の持つ想造力を警戒している可能性も十分にあります」
「まぁね。そうじゃなくても…私は弐の姫だから警戒されるのは仕方ない。だからこそ、こちらも警戒は怠らないように、か」
ユージーンの言葉に頷きつつも、蓮姫はレッドカーペットの先にある玉座へと目を向けた。
もうすぐあの玉座に…世界の女王と並び立つ程の女帝が座るのだろう。
この謁見の間は、王都にある女王の謁見室よりは若干狭い気もするが…ロゼリアの謁見室と比べると広い。
それが更に蓮姫の中の想像を駆り立てる。
(女帝…皇帝陛下、か。…怖い人だったらどうしよう…)
蓮姫の頭の中には、女王麗華と牡丹という世界三大美女の二人の姿が浮かぶ。
どちらも美しく、気高く、下の者への慈しみを持ち…また怖い面も持ち合わせた、気の強い女性。
女帝とは、彼女達と並び立てる程の美女であり、この強国ギルディストを束ねる皇帝。
サイラス率いる騎士団は、一切の隙もなく統率のとれた素晴らしいものだった。
そんな彼等が忠誠を誓う存在。
世界の女王に対して、自分こそ真に強く美しい女と言い切る程の気の強さ。
女帝とはやはり…絵に書いたような女王様なのでは、と蓮姫は考える。
自分の想像に少し怖気付いた蓮姫だが、 その直後…ガチャリと扉が開く音がホールに響く。
蓮姫達は慌ててレッドカーペットの外に整列すると、深く頭を下げた。
扉が少しだけ開くと、先に入ってきたのはあのサイラス。
「皆様、お待たせ致しました。皇帝陛下の御成りです」
サイラスは扉の横に移動すると、その場に跪いた。
キィ…と音を立てて、扉は段々と開いていく。
きっと女帝はコツコツとヒールを鳴らしながら、自分達の前のレッドカーペットを歩いていくだろう。
そして女帝は優雅な仕草で玉座に座るはず。
自分達が口を開けるのは、その時。
頭を上げれるのは女帝から許しを貰った時。
蓮姫は頭の中で礼儀を間違えないようにと、必死にシュミレーションをする。
それは蓮姫だけではなく、火狼と残火も同じ。
未月はただ蓮姫達の真似をしているだけなので、こちらも問題はない。
ユージーン、そして蓮姫の足元にいるノアールは全神経をこれから来るであろう女帝、そして蓮姫へと集中した。
女帝が何かを仕掛けてきても、蓮姫を守れるように。
そして扉が開ききった時…誰かがホールに一歩足を踏み入れた。
この人物こそ女帝だろうと、蓮姫達の中に緊張が走る。
だがその直後…響いたのはヒールの音でも、甲高い女性の声でもない。
「まぁ、本当に来て下さったのね!ありがとうございます!」
それはとても美しく…透明感のある女性の声。
「え?」
蓮姫はその言葉を聞いた瞬間、反射的に頭を少し上げ、声を発してしまった。
しかし目の前の女性はニコニコと微笑み、蓮姫達へと近づいてくる。
「あらあら、皆様。そんなにかしこまらないで下さいな。お顔を上げて。しっかりと皆様のお顔を見て、お話したいわ」
その言葉に蓮姫だけでなく、従者達もゆっくりと顔を上げる。
目の前にいるのは…穏やかな微笑みを浮かべる、白いドレスを纏った女性。
足元にはハイヒールではなく、かかとの低い白い靴。
長い亜麻色の髪は軽く巻かれ、その頂上には金色に輝くティアラ。
ワインレッドの瞳には蓮姫達が映る。
彼女は笑みを絶やすことなく、蓮姫達に向けて口を開いた。
「ふふ。やっと皆様のお顔が見れましたわね。あ、自己紹介が遅れてごめんなさい。私がこのギルディストの皇帝。エメライン=ウィラ=ギルディストよ。どうぞ、エメルと呼んで下さいな」
皇帝陛下というよりは、貴族のお嬢様のような自己紹介をする亜麻色の髪の女性。
やはりこの女性こそが、蓮姫がついさっきまで恐れ、怖い想像をしていた女帝張本人らしい。
蓮姫達は自分達の想像とはあまりにかけ離れていた女帝に、ポカンとしてしまう。
そんな蓮姫達の態度を窘めることはせず、女帝…エメラインは蓮姫の前に行き、またふわりと優しげで穏やかな微笑みを向けた。
「貴女が…噂の弐の姫さんね?」
急に声を掛けられ、蓮姫は反射的にまた深く頭を下げる。
「っ、あ、お、お初にお目にかかります!わ、私が弐の姫で!名前を蓮姫と申します!皇帝陛下におかれましては!」
「あらあら。そんなに難しい言葉はいらないわ。いつも通りの貴女で大丈夫。さぁ、肩の力を抜いて」
そう言うと、女帝…エメラインは優しく蓮姫の肩に触れる。
「…あ、は、はい。あ、ありがとう…ございます」
「うふふ。蓮姫さん…。ねぇ…『蓮姫ちゃん』って呼んでもいいかしら?」
「え?は、はい」
「良かった!改めて蓮姫ちゃん。そして従者の皆様。ギルディストへようこそ。私、ギルディストの皇帝エメラインは、皆様を心から歓迎します」
うふふ、と楽しげに笑う女帝に蓮姫達は自分達の肩から力が抜けるのを感じた。
怖い、恐ろしいと思っていたギルディストの女帝。
しかし目の前の女性は…言ってみれば、ゆるふわな雰囲気の女性だ。
普通なら王とは玉座に座り、そこで来客との話をするもの。
しかしエメラインは立ったまま、その場で蓮姫達に挨拶をし、玉座に向かう素振りもない。
てっきり、皇帝との面会は厳かな雰囲気になるとばかり思っていたのに…。
想像とまるで違う。
初めは警戒していたユージーンですから、彼女から全くの敵意を感じずに目を丸くしていた。
エメラインからは敵意どころか…好意しか感じないのだ。
誰が見てもこの女帝は、蓮姫達を客として扱い、しかもその来訪を喜んでいる。
「旅の途中だったのに、急に呼んでしまってごめんなさいね。サイラス達は失礼な事をしなかったかしら?勿論、私はサイラス達を信用しているけれど…」
「いえ!本当にサイラス団長も皆さんも、私達を丁寧に護衛して下さいました。こちらこそありがとうございます!」
「本当?そう言ってもらえて良かったわ。蓮姫ちゃんは優しいのね」
また嬉しそうに、楽しそうに笑顔を浮かべると、エメラインはポンと両手を合わせる。
「さぁさぁ。立ち話もなんですから、皆様一緒にお茶でもいかが?今日は天気がいいから、テラスにしましょう。サイラス。準備をするように皆に言って頂戴。あ、騎士団には、しっかりと休憩をとるように伝えてね。任務ご苦労さまでした」
「はっ!陛下のご温情に感謝致します」
「ふふ。それでは行きましょう」
そう言うとエメラインは、扉へと歩いていく。
蓮姫達はあまりの展開に困惑しながら顔を見合わせる。
しかしこの場から動かない訳にもいかず、女帝の誘いを無視する訳にもいかない。
蓮姫はエメラインについて行き、この謁見の間を出てテラスへと向かう事になった。