スターファング 3
何故か誇らしげに胸を張る火狼だったが、蓮姫と残火はそんな火狼に向けて同時にため息をついた。
「ちょっと!二人してなにその反応!?酷くない!?」
「酷いのは焔の頭でしょ。ネーミングセンス無さすぎ」
「そもそも、普通に名前呼べばよくない?」
呆れたように告げる残火と蓮姫だが、火狼も負けじと言い返す。
「いやいや。これって俺のポリシーなんよ。『親しい奴はあだ名で呼ぶ』ってね。ちなみに残火を普通に呼んでんのは、大事な大事な身内だから。俺にとって残火ちゃんは特別よ」
自分に向けてウィンクをする火狼に、残火は心底嫌そうに顔を歪ませる。
「うわ、最悪」
「最悪とか言わないの!んで姫さんも!そんな目で見ないで!」
「そもそも私はともかく、ジーンの事は最初から『旦那』呼びだったじゃない」
「えへっ」
何故か今度は満面の笑みを向けてくる火狼に、蓮姫ではなく別の人物がため息をついた。
「はぁ………姫様。犬とまともに喋ると疲れますよ」
「お?やっと喋ったね、旦那」
「そりゃな。『親しい』とか心外な事言われりゃ、俺だって黙ってねぇよ」
「旦那も酷い!」
「お前のことだ。呼び名を使ってる理由もどうせ嘘だろうよ」
「えへへ~。あ、そうそう!ギルディストの女帝だけどね、姫さん。世界三大美女としても有名なんよ」
あからさまに話題を変える火狼。
こういう時は追求しても意味が無いことを知っている蓮姫は、あえて彼の話題にのることにした。
それに『世界三大美女』という言葉は蓮姫にも聞き覚えがある。
夢幻郷で蓮姫が世話になった遊女の牡丹。
彼女もまた『世界三大美女の一人』と呼ばれていたからだ。
「世界三大美女…一人は『夢幻郷』の牡丹…さんだよね?」
「そうよ。姫さん会ってきた?裏の人間の間じゃそれで通る。んで、表の人間の間では『男達が夢を叶えられる幻の土地にいる美女』として知られてるんだわ。ちなみにもう一人は我等が女王陛下ね。陛下は絶世の美女だから」
「なるほどね。…女帝は陛下と牡丹姐さんと並び立つ人、か」
蓮姫は脳裏に女王麗華の姿と牡丹の姿を思い浮かべる。
二人とも、確かに美しい女性だった。
それに麗華と牡丹は何処か似ている。
気が強く、気高く、男に媚びず、下の者達に慕われ、時には恐怖の対象ともなる女王様気質の二人。
となると…今回会う女帝も、麗華や牡丹によく似た女性なのだろうか?
(ギルディストの女帝も、陛下みたいな女王様タイプかな?それとも…牡丹姐さんみたいに姐さんタイプ?)
事実、これから会う人物はギルディストを統べる女帝なのだから、女王様には変わりない。
この騎士団の統率を見る限り、女帝が彼等に慕われているのも、彼等が深い忠誠を誓っているのも分かる。
きっと女帝は、麗華と牡丹…二人に負けないくらい、気の強い女性なのだろう、と蓮姫は考えた。
(…できれば陛下よりも…牡丹姐さん寄りの人ならいいな…)
蓮姫はこれから会う女帝に対し、淡い期待を抱く。
「どんな人だろう…」
「姫様。女帝に興味を持つのは構いませんが、女帝はかつて女王に喧嘩を売った人物です。そこを忘れないで下さい」
「…そうだった」
かつてギルディストの女帝は女王に喧嘩を売っている。
直接戦争を仕掛けた訳では無いが…20年程前、世界で一番美しいとされていた女王に対抗するように、ギルディストの女帝は国民にある一言を言い放った。
『真に強くて美しい女王はギルディストにいる』と。
世界の女王とギルディストの女帝が『犬猿の仲』という噂がたったのは、この一言が原因とされている。
「ジーンは女帝のこと…どう思う?」
「そうですね…。俺は今まで女帝になんの興味もありませんでしたよ。むしろあのブスに喧嘩を売ったのなら、好感は持てました。しかし…この強引な手段を考えると…警戒すべき人物だとは思います」
「…確かにね」
「この状況から抜け出せれば一番なんですが…魔晶石で囲まれているのなら、姫様も結界を張れない。そんな中、少数精鋭の騎士団相手に俺達三人が姫様と残火を守りながら、しかも魔法なしで戦うとなると…正直上手くいく確率は低いです」
ユージーンも火狼も未月も、戦いのプロとも言えるほど戦闘能力は高い。
この三人だけなら、もしかしたら騎士団相手にやり合うことも出来ただろう。
騎士団もユージーン達も無傷では済まないが…それでも戦う価値はあるし、勝つ自信もあった。
しかし彼等は弐の姫の、蓮姫の従者だ。
常に蓮姫を守る為の存在であり、今は戦闘員として不安の残る残火もいる。
そんな二人を守りながら騎士団と戦うのなら、ユージーン達が圧倒的不利。
蓮姫もユージーンの言葉の意味を理解、そして納得した。
しかし納得していないのか、空気を読まず火狼が余計な一言を告げる。
「旦那にしちゃ弱気な発言ね~。もっとちゃんと考えてよ」
「考えてたんだよ。馬車に乗り込んでからずっとな。それをお前が邪魔したんだろうが。何度も話振りやがって」
「あ、さっきまで黙ってたのってそういうこと。なんかごめんね」
「謝るなら土下座でもしろや、この犬」
「残念でした~。犬は土下座できませ~ん」
謝る気のない謝罪をする火狼に、額に青筋を浮かべて静かに怒るユージーン。
残火も呆れた顔で火狼を眺め、未月はいつも通り黙っている。
蓮姫は膝の上で眠るノアールを撫でながら、二人の今のやり取りを見て少し安心していた。
(ふふ。こんな状況でも二人はいつも通りだな。今はジーンも火狼もいる。未月も残火も…ノアだって。…良かった。私は今…一人じゃない)
つい先日まで仲間と離され、夢幻郷で一人だった蓮姫。
心を許せる存在…牡丹や一愛とは出会えたが…やはり仲間といる今の方が、何倍も心が落ち着く。
これから女帝に会うというのに…先ほどまで不安が込み上げていた蓮姫の心は、今とても穏やかだった。
(今は皆がいる。大丈夫。何があっても…皆となら乗り越えられる)
蓮姫が仲間との絆を再確認したその時。
未月は荷馬車の僅かな変化を、誰よりも早く気づいた。
「…母さん。…馬車…少し遅くなった」
「え?この馬車が?」
未月の言葉は狭い荷馬車内でも全員の耳に届き、ユージーンと火狼はほぼ同時に自分達の後ろにあるカーテンを開けた。
火狼はまた近づいてきた騎士団の一人にヒラヒラと手を振る。
ユージーンの方にも騎士団が寄っては来たが、彼はそれを無視して、外を眺めたまま蓮姫へと声をかけた。
「姫様、どうやらギルディストにつくようです」
「ホント?」
ユージーンの言葉を受けて、蓮姫はノアールを膝から椅子へと移すと、自分もまた窓から外を眺める。
荷馬車の進行方向へ目を向けると、前方には円状に建てられた巨大な壁。
その壁は国全体を取り囲むように建てられ、外からは街の様子など少しも見えはしない。
壁以外で唯一わかるのは、奥に見える城の上部のみ。
「あれが…ギルディスト」
「そのようです。あれだけの壁で国を囲むとは…『国全体が要塞と化している』という噂も事実でしょう」
蓮姫とユージーンが会話している最中も、荷馬車と騎士団は前進をやめない。
しばらく速度を落として進んでいた荷馬車だが、少し進むと壁の前…正確には大きな門の前で止まった。
蓮姫がそのまま窓の外を眺めていると、どうやらサイラスが門番に開門するよう話をしているらしい。
蓮姫は窓から視線を外すと、前を向いて座り直す。
そして仲間達の顔を一人一人見てから口を開いた。
「皆。これからギルディストに入るけど…何があっても対処出来るように、固まって行動しよう」
「はい!姉上!」
「そうね~。もうバラバラは勘弁。姫さんの言う通り、全員で行動した方がいいわ」
「…うん。…俺…母さんの言う通りにする」
「にゃんっ!」
「俺達従者はいつでも姫様のお傍に。もう二度と…俺は姫様から離れたりしません」
「ありがとう…皆」
蓮姫達がお互いの絆を再確認した頃、ゆっくりと荷馬車が動き出す。
そしてそのまま、蓮姫一行はギルディストに入国した。
少し進むと荷馬車も騎士団も立ち止まる。
そしてサイラスが荷馬車の扉を開けて、蓮姫達へ頭を下げた。
「皆様お疲れ様でした。無事ギルディストに到着致しましたので、これより人目につかぬよう、徒歩で皆様を皇帝陛下のおわす城までご案内致します」
蓮姫達はサイラスの言葉に頷くと、一人づつ荷馬車から降りる。
20人以上いた騎士団達は目立たぬよう、既に数人へと減っていた。
最後に未月が荷馬車から降りた頃、近くにいた騎士団とは違う装いの男達が二人、サイラスに近づいてくる。
彼等はビシッと背筋を正すと胸に手を当てて、サイラスに声をかけた。
「「サイラス団長!おかえりなさいませ!」」
「あぁ。街の警備ご苦労。俺の留守中、何か変わりは?」
「はっ!特に変わりはなく。…ただ『スターファング』と名乗る者が数日前から街に滞在しており…」
「『スターファング』?」
どうやら彼等は街の警備にあたる者達らしい。
彼等の後ろには…恐らく連行中であろう旅人風の男が三人。
男達は体を縄で縛られ、お腹の前で手枷を嵌められていた。
警備の者達がサイラスに『スターファング』の報告をしている間、三人の男達はボソボソと何かを話している。
その様子があまりに不審だった為、ユージーンは自然と蓮姫を自分の背に隠すように立った。
「ジーン?」
「嫌な予感がするので…姫様は俺の後ろに」
「…わかった」
ユージーンの言葉に蓮姫が頷くと、火狼もまた残火を背に庇うように立つ。
だが、残火はそれが面白くないのか、直ぐに火狼からスッと離れた。
残火の行動に火狼は慌てて彼女へと振り返る。
「ちょっ!?残火ちゃん!?俺から離れちゃダメ!」
「はぁ!?なんでそんなこと焔に決められなきゃいけないのよ!私が何処に行こうと私の勝手でしょ!」
「あのなぁ!さっき姫さんが言ったっしょ!俺達はなるべく固まって行動すんの!お前は俺の傍にいなさい!」
「絶対に嫌!」
ギャーギャーと騒ぐ残火と困り果てている火狼。
いつものことだと蓮姫は苦笑し、ユージーンは呆れている。
周りの通行人達も何事かと視線は蓮姫達へと向けていた。
その時…あの連行されていた男達の一人が、仲間の男のポケットからある物を取り出す。
そしてそれを残火に向けて構えた。
「お前ら!動くんじゃねぇ!少しでも変な動きしやがったらあのガキを撃つぞ!」
男が手に持っていた物。
それはピストル…拳銃だった。
急に出てきた殺傷能力の高い凶器に蓮姫はギョッとする。
銃口を向けられた残火も無意識に両手を上げていた。
気づいた警備の者の一人が剣を抜き、男へ向けて怒鳴る。
「貴様!何をしている!」
「うるせぇ!動くなっつったろうがっ!!」
バンッ!!
男が興奮したまま拳銃の引き金を引くと、その弾丸は残火の足元…地面に当たった。
地面から上がる硝煙は、まるでその銃が紛れもなく本物だと語っているようだ。
「ひっ!?」
残火はあまりの恐怖で、あれだけ嫌がっていた火狼に抱きつきカタカタと震える。
「誰も動くな!脅しじゃねぇ!本気で撃つぞ!」
「そうだ!死にたくなきゃ言う事を聞け!」
「武器を持ってる奴はさっさと俺達から離れろ!その女共は人質だ!こっちに寄越せ!」
なんとも銀行強盗や引きこもり事件の犯人らしい言葉を告げる男達。
とはいえ、そう簡単に引き下がるユージーン達ではない。
彼等は蓮姫と残火を庇うように前に立ち、そこから動こうとはしない。
それは騎士団や警備の者達とて同じ。
たとえ拳銃で脅されても、彼等は一歩も引くつもりはない。
サイラスは静かに…しかし怒気を含んだ声で男達に言い放つ。
「銃を下ろせ。これ以上罪を重ねるつもりか」
「だから!うるせぇっつってんだろうが!さっさとその女共と馬車を寄越せ!」
どうやら蓮姫と残火を人質にし、尚且つあの荷馬車でこの国から逃げよう、という魂胆らしい。
蓮姫はコソリとユージーンに向けて耳打ちした。
「ジーン。大丈夫?」
「大丈夫です。何も問題ありません。あの男共と俺達じゃ圧倒的に俺達の方が強い。あの騎士団長もそうです。ここはギルディストなので、彼等に任せた方がいいでしょう」
「わかった」
蓮姫達が小声で話している間も、サイラスは全く動く様子も怯える様子もない。
それが余計に男達を苛立たせ、焦らせる。
そして男の一人は忌々しげに舌打ちすると、自分達が今の状況に陥った原因に怒りの矛先を向けた。
「チッ!俺達がこんな目に合うのも…全部あのファングとかいうクソガキのせいだ!」
「この国を出る前にあいつをぶっ殺してやる!」
「あのガキをここに連れて来い!」
ファングを連れて来い、と唾を飛ばしながら怒鳴り散らす男達。
興奮している彼等は気づいていない。
後方から走ってくる青年の存在に。
当然、男達からは後ろでも蓮姫達からは正面なので、彼女達はその存在に気づいている。
気づいていながら、誰もそれを口にせず、黙って事の成り行きを見守る事にした。
そして数秒後。
「だから!市民の皆さんに迷惑かけてんじゃねぇ!よっ!」
現れた青年が拳銃を構えていた男に向けて、飛び蹴りを食らわせた。
それはまさに、男達が待ち望んでいたスターファングの登場だった。