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序章 3

【王都・忌み子の塔】




ここは王都……女王が住まう城を中心に栄えている都市。


その賑わい、人口の多さはこの世界でも1、2を争う。


そんな王都の中央、城から離れた庶民街に立つ【忌み子の塔】。



その塔には文字通り、忌み子と呼ばれる者達が住んでいた。




「はぁ~~~あぁ~あ、あぁあ~」


「何を気味悪いため息を吐いているんだ、お前は」



テーブルを挟んで向かいに座る、自分と瓜二つな顔をした男から発せられたため息。


いや、ため息……と言うよりは奇声にしか聞こえない。


が、一応兄であるユリウスに気をつかったのかチェーザレは敢えて聞いてみた。



この塔の住人は二人。


双子の青年、兄のユリウスと弟のチェーザレだけだ。


薄い青紫の髪を持ち、赤い瞳がそれによく映える二人。


違いをいうのなら、肩まである髪をそのまま流し、タレ目気味なのがユリウス。


同じく肩まである髪を後ろで一つにまとめ、ツリ目気味なのがチェーザレ。



何年も……それこそ生まれてから四六時中一緒に居る兄。


だからこそ、ここ最近のユリウスの様子にチェーザレは気づいていた。


言葉にしなくともわかる。


兄はあえて言わない弟の意図を汲み取り、理由を頬杖をつきながら言葉を紡ぐ。



「重苦しいため息だよ。ったく……最近夢見が悪いんだ」



最初に先ほどの嫌味をちゃんと返した後、再びため息をつくユリウス。


だがチェーザレは兄の悩みの種がわかり、安心どころか呆れてしまった。


夢見が悪いのならただの自業自得だ、と。


無茶苦茶に思えるがユリウスの場合は違う。


それは彼等が【忌み子】と呼ばれる理由にあった。



「………………」


「聞いてる?」


「聞きたくないんだが聞こえている。そんなに嫌なら他人の夢に入り込むな、と何度も言っただろう」



ユリウスには他人の夢に干渉する能力がある。


彼は幼い頃からその力で、時には他人を助け、時には破滅へと導いた。




大半は遊びにしか使っていないが…。



だからチェーザレはすぐにこう思った。


どうせまた下らない他人の夢に入り込んで一人悶々としてるだけだろう、と。


しかし、この世の誰よりも理解している兄はチェーザレが予想すらしなかった言葉を口にした。



「…………入ってない」


「………………何?」


「入れないんだよ。誰かに入られてるから他人の夢に入れない。他人の夢に入れないから誰かが入り込んでる自分の夢を見るしかない」



ユリウス特有の説明口調を聞きながら、チェーザレは兄の苦悩を初めて把握できた。


ユリウスは他人の夢に干渉出来るが、逆に自分の夢に干渉される(入り込まれる)と他人の夢には一切干渉出来なくなる。


干渉した人間がユリウスの夢から出ない限り、ユリウスは他人の夢や自分の夢を見るどころか、まともな睡眠すらできなくなる。



だが


「誰かがお前の夢に入り込むなど不可能だろう。……身近に例外もいるが」



チェーザレの脳裏には過去に何度もユリウスの夢に干渉した人物が浮かぶ。



(あの人ならやりかねない。むしろ楽しんでやるだろう)



自分達の命と、この能力を産み落とした彼女。



全てが許され、成せぬ事など無い。




この世界の絶対的な存在の彼女ならば。




「いや。母上じゃない」



言葉にはしなかったがチェーザレの憶測。


それをキッパリと否定するユリウス。



「母上なら直ぐにわかる。それに母上は俺の能力の特性を知ってるからね。こんなに何日も入って俺を衰弱させたい……なんて思いもしないさ」


「母上は私達…いや、子供に甘いからな」



ユリウスの言葉に納得したチェーザレだが、疑問は解けないまま。



母ではないのなら、母と同じ力を持つ者………。


二人の脳裏には一人の少女の存在が浮かび上がる。


面識はないが、以前母が塔を訪れた際、楽しげに話していた彼女の事を。


彼女ならば二人の母同様に、ユリウスの夢に干渉する事は可能だ。


だが……その可能性はかなり低い。


彼女が自分達と接触する事に理由が無いのだ。


その上、彼女が自分達と関わる事は彼女にとってリスクであり、デメリットでしかない。



【忌み子】とは、自分達とは、そういう存在なのだから。



それでもチェーザレは確認の為に、一応自分の考えを口にする。



「……まさか…姫か?」


「姫でもない」



当然のように首を横に降るユリウス。


わかっていた事だが、やはり疑問は解けないままで一向に解決には向かわない。


チェーザレは椅子の背もたれに体重をあずけながら、ため息混じりに話す。



「なら有り得ない」


「でも有り得るんだよ。母上でも、姫でもない…誰かが俺の夢に入り込んでる」


「………一体誰が?」


「わからない。わからないから気になる。気になるから正直鬱陶しい。鬱陶しいからムカつく。そして何より眠い」



ユリウスの夢に、この世界で唯一干渉出来る二人。


母でもあの姫でもないのなら、チェーザレには検討もつかない。


だが、それは当のユリウスも同じだった。


そしてこの会話の中でも、彼は眠そうな眼でコクリコクリと舟をこぎ始めている。


本来ならば兄を休ませてやるべきだろう。


しかし、その【誰か】が夢に干渉している限り、それは難しい。


それならば、とチェーザレはずっと疑問に思っていた事を口にする。



「聞いていいか?」


「……ん?…なんだい?」



ふぁ~~、と大きな欠伸を隠しもせず、ユリウスはチェーザレへと顔を向ける。



「どんな奴なんだ?」


「姿はハッキリとは見えないよ。ただ……声が聞こえるんだ。泣きながら『助けて』って。女の子の声で」



そう話すユリウスの表情からは眠気以上に、真剣さが現れる。


チェーザレは久々に見る兄の表情に少し気圧されそうになった。


兄にこんな顔をさせる人間を、チェーザレは自分と母以外知らない。



「泣きながら助けを求める女……か」


「うん。ずっと泣いてる。………でも…」


「でも?」


「その声も…段々小さくなってる。……危ないかも。だから…助けてやりたい」



(ついさっきまで、その声の主にムカついていたのは誰だ。まったく)



チェーザレは心の中でのみつっこんだ。


心の中で悪態をついても、チェーザレにはユリウスの考えがわかった。


ユリウスは初めからその気だった、と。


だからこそチェーザレがユリウスを気にするよう奇声を上げたり、興味を持つように勿体ぶった言い方をしていたのだから。



チェーザレは、面倒な事になった、と思いながらも、兄が面倒ごとを持ち込むのはいつもの事だ、と納得する。


しかし兄の面倒ごとは、いつだって自分にとっても面倒ごとだ。


だからこそ、チェーザレは椅子から立ち上り、暖炉へと近づく。


そして暖炉の上に置かれたある物を持ち上げると、クルリと兄の方へ足を向けた。



「わかった。協力する」


「う、嬉しいんだけど…チェーザレ。その手に持っているのは………何かな?」



さっきまでの緊迫した雰囲気は何処に行ったのか?


むしろ緊迫感はある意味上がった。


ユリウスは今、全力で弟から逃げ出したかった。



チェーザレが手にした物が何かくらいわかる。


弟であるチェーザレが、兄である自分にこれから何をする気かも当然わかる。


考えなくてもわかる。


だが、聞かずにはいられない。



「見ればわかるだろう。ただの純金製の置き時計だ」


「ただの純金製の置き時計を何に使う気だ!?」


「お前の頭をぶっ叩くのに使う」


「やっぱりか!!」



ユリウスは音を立てて椅子から立ち上がると、チェーザレから距離をとった。


しかしチェーザレもジリジリと離れた距離を縮めようと、ユリウスへと近づく。



「ちょ!もっと穏やかな方法があるだろう!睡眠薬とかアロマとか子守唄とか!!」


「誰が好き好んで同じ顔をした兄に子守唄なんぞ歌うか。他の誰がやっても私は断る」


「他の選択肢もあるだろう!子守唄が嫌なら薬を飲むからっ!」


「薬もアロマも効くまで時間がかかる。お前の話を聞く限り、ことは急いだ方がいい。そうだろ」


「そ、そうだけど……」



チェーザレの言葉は正論だ。


しかしいくら正論だとしても「今から頭を殴って無理矢理にでも気絶させる」と言われて納得する者はいない。


ユリウスが言葉に詰まった瞬間、チェーザレは一気に距離をつめた。




「その夢の中で泣いている誰かとやらを助けたいんだろ?協力してやるから、さっさと逝け」


「字が違っ…!!」



ドゴッ!!




ユリウス全力のつっこみは最後まで紡がれる事なく、彼はバタリと床へと倒れ込んだ。



チェーザレは倒れたユリウスの足を引っ張りながら、隣の寝室へと運ぶ。



ベッドへとその体を横たわらせた瞬間、ユリウスの体はスッ……と消えてしまった。



「無事に夢へと入ったか。まったく……お前は本当に手のかかる兄だ」

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