スターファング 1
ある日の昼下がり。
ここ…とある国のとある飯屋で…小さな事件が起ころうとしていた。
「だから言ってるだろっ!こんな不味い飯に金なんざ払えるか!」
飯屋の中央、テーブル席に座る旅人風の装いをした三人の屈強な男達。
その中の一人が、伝票を持ってきた若いウェイトレスに向けて怒鳴る。
ウェイトレスの方はビクビクとしながらも、男に反論を…いや正論を口にした。
「で、ですがお客様。注文された食事は全て…しかも、これだけの量を食べられていますし…」
男達のいるテーブルには皿が山のように積まれ、ジョッキもいくつも上がっている。
相当な量を飲み食いしたのは、誰の目にも明らかだった。
しかしウェイトレスのその言葉に、今度は全員で怒鳴り始める男達。
「わざわざ食ってやったんだよ!俺達は!不味い不味いと思いながらな!」
「感謝されるならまだしも、なんで俺達が金を払わなきゃならねぇんだ!おかしいだろうが!責任者を出せ!」
「そうだ!こんな不味い飯を食わせた上に俺達に難癖つけやがって!ふざけんじゃねぇよっ!!」
男の一人は片手を上げると、積み上がっていた皿を乱暴に振り払った。
当然、皿の山は崩れ、何枚もの皿がガシャン!ガシャン!と大きな音を立てて割れていく。
あまりの騒ぎに店中の人間達の視線は、男達とウェイトレスに集まる。
店の中だけではない。
外には騒ぎを聞き付けた野次馬が何人も集まり、その様子を窓や扉の向こうから眺めていた。
店の奥からはやっと店長らしき中年の男がオロオロとした様子で出てくる。
「お、お客様!店の中で暴れられては困ります!どうぞ落ち着いて下さい!」
「てめぇがここの責任者か?これが…落ち着いていられるかっ!」
男は怒鳴ると同時に、今度は自分が座っていた椅子を蹴飛ばした。
あの若いウェイトレスは、男達のあまりの形相や怒鳴り声に怯え、ついに泣き出してしまう。
しかしそれが、男達の逆鱗に触れることとなった。
「てめぇ何泣いてんだ!悪いことしてんのは、てめぇらの方だろうが!」
「ひぃっ!!」
男の一人が乱暴にウェイトレスの腕を掴むと、ウェイトレスは泣きながら余計にガタガタと体を震わせた。
「お、お客様!どうぞ落ち着いて!うちの従業員から手を離して下さい!」
「うるせぇ!てめぇもぶん殴ってやろうか!」
興奮気味に話す男だったが、その話に別の男達はニヤニヤと笑い出す。
「そりゃあいい。『強さこそ全て』。それがこの国の掟なんだろ?俺はそう聞いたぜ」
「俺もだ。つまり…お前らを全員ぶっ倒せば、正しいのは俺達ってことになるな!」
「そ、そんな!お、お客様!どうか落ち着い」
「うるせぇよ!てめぇはそれしか言えねぇのか!」
その男は店長に向けて怒鳴ると、そのまま店長の胸ぐらを掴み上げる。
「ひ、ひぃいいい!」
「まずはてめぇから…ぶちのめしてやるぜっ!」
男は店長を掴んでいない方の手を大きく振り上げ、そのまま店長に向けて殴りかかろうとした。
その時…。
バシッ!と男の拳は、ある者の掌に止められる。
「……あ?なんだてめぇ?」
男は自分の拳を受け止めた…自分よりも背の低い男を見下ろす。
しかし男の問いに答えたのは店長。
「あ、あんたは…ファング!?」
『ファング』と呼ばれた男…いや青年はニッコリと店長に向けて微笑む。
そして次に店長を殴ろうとしていた男の方へ顔を向けると、受け止めていたその男の拳を握りしめ、力をこめた。
「旅人さん達。暴力は良くない…ぜっ!」
「っ!!?」
ファングは握りしめたまま男の拳をグイッ!と押し込むと、男はバランスを崩し、店長から手を離して後ずさる。
男が離れた瞬間、ファングはウェイトレスを掴んでいた男に近づき、持っていた剣を一振り抜くと、男の喉元に突きつけた。
「この人を解放しろ」
「っ!?…クソっ!」
男は悔しそうに唸りながらも、ウェイトレスから乱暴に手を離す。
男がウェイトレスから離れたのを確認すると、ファングはウェイトレスを背に庇いながら剣を鞘にしまう。
男達の方はファングから逃げるように距離を取り、ジロジロと目の前の男を頭から足先まで見つめた。
短い茶髪と黒の両目。
黒地に黄色い刺繍のされた上等な絹の服。
そして何より目に付いたのは、後ろに交差する形でベルトに固定された、長さの違う二本の剣。
その出で立ち…そして二人の屈強な男をあっさりと後退させる腕前。
この『ファング』と呼ばれる青年が、通りすがりの一般人などではないことは、男達にも容易に想像出来る。
「てめぇ…一体なにもんだ!?」
男の一人がそう叫ぶと、ファングは口角を更に上げてニマリと笑った。
「俺か?俺は善良な市民の皆さんを守る、正義の使者!スターーー……」
恐らく名前の途中だろうが、ファングは両手を大きく拡げ円を描くように回す。
そしてビシッ!とポーズを決め
「ファングっ!!」
と名乗った。
そのポーズは想造世界の人間なら、誰しも知っている正義のヒーローのポーズと似ている。
しかしここは想造世界ではない。
当然ファング本人も、それを見た者達もファングのオリジナルポーズと思っているだろう。
ファングが名乗り終わると、店中、そして店の外から歓声が上がる。
「ファングだ!」
「スターファングが来たぞ!」
「あれが噂のファングか!?」
「いいぞ!やっちまえ!スターファング!」
歓声を受けたファング本人は少し照れたように「どうもどうも」と観衆に手を振って答えた。
どうやらこの青年…ファングはこの街の有名人らしい。
だがそんな事は知らない三人の男達。
「スターファングだぁ?だっせぇ名前とポーズしやがって!俺達をおちょくってんのか!?てめぇ!」
「調子乗ってんじゃねぇぞ!小僧が!」
「俺達に喧嘩売る気か?上等だ!ここじゃ強い奴の方が偉いって話だからな!」
怒りのまま怒鳴り散らす男達だが、ファングは余裕の表情を崩さない。
「先に喧嘩を売ったのはあんた達の方だ。さっき自分で言ったこと忘れるなよ。ここは『強さこそ全て』…強い者こそ正しいんだってな」
ファングや男達の言う通り、ここは『強さこそ全て』をうたう国。
女王派にも反女王派にも属さない国。
世界三大美女の一人、女帝が治める…独立国【ギルディスト】。
何も知らぬ旅人の男三人は…この国の洗礼を受けることとなる。
この国に現れた正義のヒーロー…スターファングによって。
「それともう一つ。親から貰った大事な名前を馬鹿にしやがって。…絶対に後悔させてやるからな」
「はっ!面白いじゃねぇか!だせぇ名前に相応しいように、地面に這いつくばらせてやんよ!いくぞおめぇら!」
男達は一斉にファングに向けて飛びかかった。
しかし…この戦闘はほんの数分で終了することとなる。
「はい。終了」
ファングは手をパンッ!パンッ!と叩きながら戦闘終了を口にする。
後ろには先程まで威勢のよかった男三人が倒れていた。
二人はとっくに気絶しており、唯一まだ意識のあった男がファングを見つめて小さく呟く。
「ば…化け物め…」
「失礼だな。確かに俺の師匠は人間離れしてるけど、俺は普通の人間だぞ」
その言葉は師匠に対して失礼だろうが、今ここに彼の師匠はいない。
ファングは倒れている男達を軽く見下ろすと、次に店長に向けて口を開く。
「この人達は街の警備に突き出してくれ。後はそっちで上手くやってくれよな」
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!ファングさん!」
店長は何度も、それはもう何度もペコペコと頭を下げてファングに礼を告げる。
その後ろでは男達に襲われかけたウェイトレスの女が頬を赤らめて、ぽぅ…とファングを見つめていた。
ファングは店長に向けてニコッ!と笑顔を向ける。
「いいって。『強きをくじき弱きを助けろ』。俺は親父にそう言われて育ってきた。だからその通りに動いただけだし。あんた達も怪我なくて良かったな」
ファングがそう告げた瞬間、今まで黙って戦闘を見ていた者達が歓声を上げて騒ぎ始めた。
「凄ぇぞ!スターファング!」
「あんたはこの街のヒーローだ!」
「噂通り!最っ高にカッコイイぜ!あんた!」
「ずっとこの街にいてくれ!ファング!」
「ファ!ン!グ!」
「ファ!ン!グ!」
一人が騒ぎ始めると、その興奮は全員に伝わり、観衆達は一斉に「ファング!」と彼の名を叫ぶ。
ファングは先程同様「どうもどうも」と手を振ったり、時には頭を下げて観衆に応える。
だがその内心…彼は今の現状に困り果てていた。
(あ~あ…成り行きとはいえ…なんかとんでもない事になっちゃったな~)
心の中でのみ呟くと、ファングはこの街に…この国に来た時の事を思い出す。
それは数日前のこと。
ファングこと彼は、故郷で久々の家族との時間を一日堪能すると、翌日には師匠の待つ修行の地、ミスリルに向けて旅立った。
家族は遠い道のりを心配して天馬を勧めたが、彼はそれを断った。
その理由は出立の際の師匠の言葉。
『直ぐに帰って来なくていい。ゆっくり寄り道して…自分の道を見極めろ』
彼はその言葉通りミスリルまでの長い旅路を『ゆっくりと寄り道しながら楽しもう』と決めていたのだ。
そして旅立ったその日。
ミスリルに戻る道中、ぬかるみにハマり身動き出来なくなった荷馬車に遭遇した。
困っている商人達(荷馬車の持ち主達)を見かねて、彼は迷うことなく手を貸してやった。
数分後、彼の助けもあり荷馬車はすぐにぬかるみから出る事が出来た。
商人達はそのお礼だと、目的地のギルディストまでなら彼を乗せてやる、と申し出て来たのだ。
これも何かの縁だと思い、彼はその申し出をありがたく受けた。
そしてギルディストに到着後。
今日と同じように『力が全てなら何をしても構わない!』と言い張る旅人達が街を暴れていた。
彼は持ち前の正義感の元、その荒くれ者とも言える旅人達を瞬く間に倒していった。
その時も今日と同じように、野次馬達が騒いでいた。
ギルディストまで彼を乗せてくれた商人達も、彼を賞賛する。
そして野次馬こと観衆の一人が彼に近づき…こう聞いたのだ。
『あんた凄いじゃないか!名前は?なんていうんだ!?』
『俺?俺の名前は、彩…』
名乗りの最中…苗字だけを口にしたタイミングで、彼はそのまま黙り込んでしまった。
ここがどういう土地で、どういう国かを思い出したからだ。
ここギルディストは中立国という名目ではあるが、この国を治める女帝は世界の女王と犬猿の仲で知られている。
国を治める者が女王と険悪な仲ならば、国民もまた同じ考えの者が多いかもしれない。
何より…彼の父親は女王に深く信頼される、世界でも有名な武人。
本名をこのままバカ正直に教えてしまえば、厄介な事になるかもしれない。
そう思うと、彼はそれ以上本名を口にする事が出来なかった。
急に黙り込んだ彼だったが、観衆達の視線は彼に集まったまま。
彼に名を聞いた男は不思議そうに首をかしげながらも、再度声をかけてきた。
『…さい?なんだって?』
『っ、さ、さい…さい………そう!俺の名前は最っ高にカッコイイ名前さ!』
なんとか誤魔化そうとしつつ観衆達に笑顔を向けると、彼は思いついた名前を声高々に告げる。
それはある意味…バカ正直な名乗りだった。
『俺の名は!スターーー…ファングッ!』
名前の最中に両手を動かし、ビシッと片手を伸ばしてポージングするファング。
一瞬、彼の周りの空気は静まり返り、観衆達もポカンと彼を…ファングと名乗った青年を見つめる。
しかし、それは本当に一瞬…数秒のこと。
直ぐに観衆達はワッ!と騒ぎ出し、『ファング!』『ファング!』と、今聞いた彼の名を叫んで盛り上がったのだ。
そして今日に至るまで彼…飛龍元帥の次男『彩 星牙』は『スターファング』と名乗り、ここギルディストの街で用心棒のように暮らしている。
『強さこそ全て』という言葉を国全体で掲げているギルディストだが、実はその意味を履き違えた、厄介で馬鹿で荒くれ者の旅人が来る事が多い。
そんな旅人達を数日で何組も倒してきたスターファングは、最早ちょっとしたヒーローになっていた。
歓声を浴びつつファングは一人苦笑する。
(まぁ…なるようになるか。宿も飯も街の人間が世話してくれてるし…もう少し…ここでゆっくりしていこう。もしかしたら…ここで俺の道が決まるかもしれないし)
悩んでも仕方ない、と自己解決したファング…星牙は観衆達に見送られながら、世話になっている宿屋へと戻って行った。
ただ…どんなに強くても彼はまだ若く、修行中の身。
自分を探るように見つめる男達の存在に…星牙は気づいていなかった。