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この恋に終止符を 7


「なになに?姫さんと旦那ってば、また痴話喧嘩(ちわげんか)してんの?」


火狼は空気を読まず…むしろ空気を読んだのか、騒ぐ二人を止めるべくわざと軽口をたたいた。


「やめてよ狼。そんなことより薪割り終わったの?」


「終わったよ。二人分だから大変だったけどね」


蓮姫の質問に答える火狼だが、その視線はしっかりとユージーンの方を向いている。


ユージーンの方は悪びれる様子もなく、むしろそっぽを向いて「へーへー。ご苦労さん」とだけ答えた。


そんなユージーンの反応にイラついた火狼だが、ユージーンの態度はいつものことなのでジト…と視線を送るだけ。


「残火と未月もお洗濯終わったの?」


「はい姉上。洗濯なんて私にかかればあっという間です」


「…うん。…洗濯…終わった。俺の任務…遂行した」


「二人もご苦労さま。じゃあ全員揃ったし、掃除が終わったら出発しようか」


バケツを持ちながら告げる蓮姫だが、そんな彼女にローズマリーが声をかける。


「待って。掃除なんてしなくていいわ。あんた達は一応客人だしね。それより…本当にこのまま旅を再開するの?」


「え…うん。そうだけど」


蓮姫はキョトンとした顔でローズマリーへ頷くが、ローズマリーの方は一度蓮姫…いや、全員を頭から足先まで見る。


そして深いため息をついた。


「そんな格好で旅なんて…何考えてるのよ」


「…そんなに変かな?」


スカートをつまみながら首を傾げる蓮姫に、ローズマリーはキッパリと自分の意見を突きつける。


「変でしょ。蓮、あんたなんてスカートじゃない。旅には向かないわ。そっちの二人なんて(あや)しい黒装束(くろしょうぞく)だし…」


(あや)しいって…大賢者さん(ひど)くね。これって朱雀の仕事着兼正装なんだぜ」


「とにかく。旅を続けるなら服装を改めなさい。蓮が想造力使えるなら、それで服を変えたり、色を変えたり出来るでしょ」


ローズマリーから出された提案に目を丸くする蓮姫。


しかしその言葉に納得もする。


想造力とは自分の想像をこの世に創造する力。


だがその力は結界などに主に使っている為、蓮姫は今まで乱用してこなかった。


「ロージー。想造力で何も無い所から服も出せるの?」


「魔力を元に服を生み出すことは可能よ。想造力じゃなくても、高い魔力の持ち主なら魔法衣(まほうい)を作れるから。勿論、元の服から作り替える事も出来るわ」


「待てロージー。勝手に姫様の魔力を消費させるな。旅に出るなら万全な状態で出たい」


蓮姫とローズマリーが話を進めていると、ユージーンが割って入ってきた。


それも予想済みだったローズマリーは、蓮姫からユージーンへ視線を移す。


「出発が一日二日遅れてもそんなに支障はないでしょう。出発は明日の朝食後にすればいいじゃない」


「それをお前が決めるな、って言ってるんだ」


「私は蓮の為を思って言ってるのよ」


元恋人同士とは思えぬほど睨み合い、自分の意見は曲げない二人。


本格的な喧嘩に発展する前に蓮姫が止めようとしたが、その前に言葉を発する者がいた。


「弐の姫。君はどうしたい?決定権は君にあるよ」


それは今まで黙っていた藍玉。


彼は穏やかな表情で蓮姫へと尋ねる。


尋ねてはいるが蓮姫の答えなど藍玉には簡単に想像出来た。


「…ねぇ。皆の服、私が変えてもいい?」


蓮姫はユージーン以外の仲間ヘ問いかける。


仲間達は一瞬先程の蓮姫のようにキョトンとした表情を浮かべていたが、直ぐに蓮姫へと頷いた。


「姫さんがそうしたいならいいよ。さっきはああ言ったけどさ、俺って服にそこまでこだわりねぇから」


「私も姉上に従います」


「…うん。…俺…母さんに従う」


「ありがとう。ジーンも…いいかな?」


蓮姫はやっとユージーンの方を向き、苦笑しながら彼へと尋ねた。


ユージーンは不服そうに眉を寄せるが、蓮姫の提案に渋々頷く。


「…姫様がそう決めたのなら。しかし明日の朝には出ますよ」


「ありがとうジーン。ねぇロージー…お願いがあるんだけど…その魔法衣の作り方教えてくれる?」


「勿論よ。なんなら他の魔法もいくつか教えるわ。回復に攻撃…それと【マリオネット】とかね。これからの旅に役立つように」


「ありがとう、ロージー」


蓮姫はローズマリーに礼を言うとバケツと雑巾を片付ける為、台所へと向かう。


チラリと視線を後ろに向けると、楽しげに新衣装について語る残火や火狼。


よくわかっていない未月に、またため息をついているユージーンの姿。


いつの間にかノアールも戻ってきており、ユージーンの足元で体を舐めている。


(旅はまだ続く。服も変えて魔法も覚えて…心機一転でまた明日から頑張るんだ)


心の中で決意を固くする蓮姫だが、首を正面へ戻すとハラリと髪が揺れ、肩から流れた。


その瞬間、あの簪を…一愛のことを思い出す蓮姫。


(…一愛。……ううん。私は前に進まなきゃいけない。皆と旅を続けなきゃいけない。いつか王都に帰る日の為に…成長するために。…だから…一愛のことは忘れなきゃ)


必死に一愛を忘れようとする蓮姫だが、その度に彼の顔がいくつも浮かんでは消えていく。


そんな一愛の姿をかき消すように、蓮姫はブンブンと首を降った。


(ダメ!忘れるって決めたの!…一愛のことは……彼との恋は…もう終わったんだから…)


涙が出そうになるのを必死で堪えながら、蓮姫は掃除用具を一人片付けた。


皆に…仲間にバレないように。




一人暗い雰囲気をまとう蓮姫。


ユージーンはこの離れた位置からそれを悟り、心配そうに彼女を見つめた。


しかしそんな彼にローズマリーはあることを告げる。


「アーロン。明日の出発前にあんたに渡したい…ううん、返したい物がある」


「俺に返したい物?一体なんだ」


「ずっと私が預かってた物。800年前からね。誰にも盗られないよう庭に深く埋めてある。…あんたが使ってた…あの剣を」


ローズマリーから告げられた言葉に、ユージーンは(はじ)かれたように驚きの表情を浮かべた。




そして時間は流れ、夕方。


ここはミスリルから遠く離れた土地、夢幻郷。


夜に(そな)えて店の準備をする人々が溢れる中で彼…一愛は大通りを歩いていた。


真っ直ぐこの夢幻郷の(はし)にある、福飯屋に向けて。


彼は昨日蓮姫と交わした約束を守る為、今日もまた夢幻郷へと現れたのだ。


一愛はいつもと変わらず黒地に赤い曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が描かれた着物をまとい、長い銀髪をゆるく一つにまとめていた。


ただ普段と違い、彼の右腕には大きな石のついたブレスレットがはめられている。


一愛が歩くたびに着物の袖からチラチラと見えるその石は、つい先日、持ち歩かなかった事で後悔した魔晶石。


使わないのならそれに越したことはないが…先日のように必要になる時もあるかもしれない。


あくまで保険であり万一の備えではあるが、一愛は自分の家に保管してある中でも特に大きなソレを持ち出し、身につけて来た。


この大きな結界の中でも、魔法が使えるように。


だが本当に万一の備えであり、本気で使うつもりはない。


むしろ先日のように使う機会が…愛しい蓮が危険に(さら)されていない事を願っていた。


(昨日はフラれたけど…会ってくれる、って蓮も言ってた。あそこは飯屋だし…一緒に飯でも食うかな)


昨日蓮姫…いや、蓮にフラれた一愛だが、その足取りは軽やかだった。


それは蓮もまた自分を愛してくれていると知っているから。


だからこそ、フラれたとはいえ愛しい女に会う事は一愛にとって苦ではない。


蓮への愛しさを胸に、彼はただ前へ前へと歩いた。



何故なら…彼はまだ何も知らないから。



そんな一愛も…全てを知ることになる。



夢幻郷の大通りを歩いていると、華屋敷の前に立つある人物の姿が目に入り、一愛は眉をピクリと動かす。


そしてみるみるその顔は不快そうに歪んでいった。


その人物は蓮姫とは真逆に、一愛が誰よりも会いたくない人物。


決して許すことの出来ない女。


しかし、愛しい蓮に会う為にはこの道を通るしかない。


一愛は苛立ちを隠すことなく、その女へと近寄る。


彼女もまた一愛を見つめ、微笑んでいた。


「こんばんわ、若様」


「………千寿…二度と俺の前に姿を現すな、と言わなかったか?そんなに殺されたいのか?」


「うふふ。若様ってば怖~い」


一愛にギロリと睨まれた千寿だが、彼女は笑みを絶やさず、むしろ楽しそうに彼へと答える。


(ちっ。時間の無駄だ。さっさと行くか)


一愛が千寿を素通りしようとしたその時、千寿は楽しそうに彼に声をかけた。


「蓮華ならもういませんよ」


千寿から放たれた言葉に、一愛はピタリとその場に立ち止まる。


そしてゆっくりと千寿へ振り向いた。


「………何?」


「無事だったのはビックリしたけど、どうせ牡丹姐さんが何処かに(かくま)ってたんでしょ。でももう蓮華はいません。この街の何処にも、ね」


「千寿…つまらない冗談はよせ。それとも…それは俺にフラれた腹いせか?」


一愛は千寿の言葉を()に受けた訳では無い。


ただの嫌がらせか、彼が言うように腹いせだと思い、まともに取り合うつもりは無かった。


鋭い視線を千寿に向ける一愛だが、千寿の笑みは消えることはなく、むしろそれは深くなる。


「違いますよ。本当の事を言ってるだけです。コレを見れば…信じる気になりますか?」


「っ!?それは!!」


千寿が袖から取り出したものに、一愛は驚く。


それは一愛が蓮に送った(かんざし)だった。


一愛が取り上げようとするが、千寿はそれを奪われないようサッと背に隠す。


そんな千寿の仕草が余計に一愛の中で焦りと怒りを生み出した。


「なんでお前がソレを持ってる!?蓮から奪ったのか!?」


「違います。蓮華は」


「クソッ!さっさとそれを返せ!!」


一愛は千寿の腕を強く掴み、簪を離そうとしない千寿から無理矢理ソレを奪い取った。


それが面白くなかったのか、掴まれた腕をさする千寿の顔からは笑顔が消える。


「若様。なんで私がそれを持ってたのか…わかりますか?」


「どうせ嫌がる蓮から無理矢理奪ったんだろ!お前はそういう女だ!」


一愛は千寿が蓮から奪ったのだと考えた。


そうとしか思えなかった。


だが千寿は…一愛の予想もしなかった言葉を口にする。


「違います。蓮華本人から預かったんですよ。蓮華がこの街を出る前にね」


「っ!!?なん…だと」


「蓮華は男と出て行きました。福寿と同じ。福寿は友達の私を捨てて、蓮華は若様を捨てたんです」


一愛には信じられなかった。


一愛は信じたくなかった。


それでも…目の前の女は嘘をついているようには見えない。


やっと出た一愛の声は震えていた。


「っ、嘘を…嘘をつくなっ!」


「本当ですよ。それに…蓮華から伝言も預かってます」


「蓮から…伝言だと?」


「はい。若様が望むなら伝言だけじゃなくて、蓮華がどんな様子だったのか、どんな男と逃げたのか全部教えます。でも…タダじゃ教えません」


真っ直ぐ自分を見つめる千寿に、一愛もまた彼女を睨むように見つめ返す。


(金か?もしくは…この街を出るのを手伝わせる気か?……いくら積まれようと払ってやるし、ここを出るくらい付き合ってやる。その代わり…全部吐いてもらうぞ)


一愛は千寿の出す条件を安易に考える。


だが千寿の出した提案はそのどれとも違った。



「蓮華のこと聞きたいなら…今夜、私を買って下さい」



千寿のとんでもない提案に目を丸くして固まる一愛。


しかし千寿の目を見れば、それが本気なのだとわかった。


「…なに?」


「私を買って下さい。私の望みを叶えてくれるなら…私も若様に全部話します。蓮華のことを。だから今夜、私を買って下さい。私に若様のお相手をさせて下さい」


同じ言葉を繰り返す千寿の姿は、交換条件というより、もはや懇願(こんがん)だった。


千寿は目に涙を溜めて、一愛にそっと抱きついた。


「お願い。あんな女じゃなくて…私を見てよ」


泣きなが声を(しぼ)()す千寿だが、一愛はその腕を振り払うこともなく、その場に立ち尽くす。


それは数分か…はたまた数秒か。


やっと動いた一愛の体は、千寿の体をそっと離した。


「…若様。これでもダメなんですか?買ってくれなきゃ…私は何も教えません」


泣きながら呟く千寿に、一愛は一言だけ告げる。


「少し…考える時間をくれ」


それだけ答えると、一愛は千寿をその場に残し、また福飯屋に向けて歩き出した。

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