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失った居場所 6


ゴトン



蓮姫が自責(じせき)(ねん)にふけっていると急に馬車が停まる。


何事かと外へ出て確認しようとしたが、その前に扉が開かれ…あの男が入ってきた。


「っ!!?」


「ようやく貴女と二人で話せます。俺の姫」


蘇芳は扉を閉めると蓮姫の向かいに腰を下ろした。


「本当は今すぐにでも貴女を抱きしめたい。……あの時のように」


「っ!だ……誰か!!」


「助けを呼んでも無駄です。馬車の中だけですが、小さな結界を張りました。声は外には響かない」


「そんなっ!」


蓮姫は(せま)い空間に蘇芳と二人きりという事が耐えられなかった。


狭い車内で無駄だとわかりながらも、必死に蘇芳から距離を取ろうとする。


(おび)えないで下さい。貴女を傷付けたい訳じゃない」


「ふざけないでっ!!」


蘇芳の言葉に蓮姫の中の感情が爆発した。


先程まで彼女は蘇芳に対して怯えや恐怖しかなかった。


だが今はそんな感情よりも怒りの方が遥かに凌駕(りょうが)した。


「私を何日も閉じ込めてっ!何度も無理矢理……っ!今更何がっ…何が傷付けたくないだっ!!」


蓮姫の脳内にあの忌まわしい記憶が蘇る。


知らない男に監禁されて犯される毎日。


昼も夜もなく、ただ一方的に繰り返される行為に心が壊れそうだった。


「あの時は……貴女を手に入れた喜びを抑え切れなかった。もうずっと昔から俺は貴女に恋焦がれ……貴女を欲していたから」


愛おしげに自分を見詰める瞳に蓮姫は困惑する。



この男は何を言っている?



この男に捕まるまで自分は想造世界にいた。


こんな男を自分は知らないし、当然会った事も無い。


「何を………言って…」


「えぇ。貴女にはわからないでしょう。でも…これだけは知っていて欲しいんです。俺は貴女を愛している。………この世界の…誰よりも」


「なんで?……それにあなたは…壱の姫の…」


「なんです?あんな女の話など、どうでもいいじゃありませんか 」


忌々(いまいま)しげに呟く蘇芳の声に蓮姫は驚く。


今まで自分に向けていた顔とまるで違う、軽い憎悪を含んだ表情。


「あ、あなた!壱の姫に仕えているんでしょう!?」


「好きで仕えたりしませんよ、あんな女。偶然とはいえ出会ってしまい、直ぐに貴族達に正体がバレ、陛下の元へと連れて行かなくてはならなくなった。……俺一人なら…他人に正体がバレる前に殺してやったものを」


「っ!?何言ってるの!?それに彼女は!」


「貴方の幼馴染…ですか?貴女はあの女の事など、大して覚えていないのに?」


「っ!!?」


蘇芳に図星を刺されて蓮姫は言葉を失う。


壱の姫は蓮姫の幼馴染だ。


幼い頃から家が近所で学校も同じだった。


お互いの両親だって仲が良かった。


だが……それ以外の事は、蓮姫には思い出せない。


幼馴染と争わなければならないという事実から逃げ出したい……そういう思いも確かにあったが…それだけではない。


壱の姫の事だけではなく、家族や他の友人達、想造世界の事も思い出す事は出来なかった。


リュンクスに話した母親や近所の施設の事は本当だが、ふとした時に、本当に些細(ささい)な事を思い出すだけ。


「貴女を悩ませたようですね。すみません」


そう謝る蘇芳からは先程の表情は消え、再度優しく……愛しく自分を見る。


「姫はいずれこの世界を統べなくてはいけません。だから想造世界の記憶も曖昧(あいまい)にしか覚えていないんです。故郷を忘れて、この世界の為だけに生きるようにと。貴女のせいじゃない。陛下やあの女もそうなんですから」


「あの女って……せめて…壱の姫って呼ばないの?」


「俺の姫は貴女だけだ。あの女の前では『姫様』と呼びますが……その(たび)(はらわた)が煮えくり返って、吐き出しそうになりますよ」


「……なん…で?……なんでそこまで…壱の姫が嫌いなの?」


「あの女だけじゃありません。貴女と俺を引き離した忌み子達。貴女を傷付けた庶民達も…俺は殺したいほどに憎いです。まぁ、あの女は特にですが」


蓮姫は話せば話すほど、蘇芳がわからなくなる。


元から理解したいとも思ってはいないが…。


「貴女が『弐の姫』と呼ばれる筋合いは無い。この世界に相応しいのは貴女だけなのだから」


「なんで…そこまで私に………執着(しゅうちゃく)するの?」


「執着とは…酷いですね。何度も言っているじゃありませんか。俺は貴女を愛していると。………貴女もそうでしょう?」


蘇芳のその言葉に蓮姫の頭は再び沸点に達した。


「誰がっ!!アンタなんかっ!!」


「違うと?あんなにも二人で愛しあったではありませんか?」


「無理矢理人を犯しておいてっ!何をっ!」


「確かに最初は強引でした。でも……貴女だって何度も達していたじゃありませんか。…俺に…感じていてくれたのでしょう?」


「や、やめてよっ!!」


自分の痴態(ちたい)恍惚(こうこつ)と喋る蘇芳の声から逃れるように、蓮姫は下を向き、耳を塞いで頭を降る。


その隙に蘇芳は蓮姫との距離を詰め、彼女の腕を掴んで耳元で囁く。


「姫……俺の姫………愛しています」


「やめてっ!!離してっ!!」


蓮姫は蘇芳を必死に引き剥がそうとするが、男の身体は女の力ではビクともしない。


「貴女だけを愛しています。貴女も俺を……受け入れて…」


蘇芳はそれだけ呟くと、彼女の髪に口付ける。


蓮姫の身体は恐怖と嫌悪からゾワリと鳥肌がたった。


だが蘇芳は、すんなりと蓮姫を開放し彼女の向かいに座り直す。


「そろそろ公爵邸に着きます。結界を解きますね」


ニコやかに告げる蘇芳とは対照的に、蓮姫は強く身体を握り締める。


蘇芳に触れられた事で激しく震えだした身体を、必死に抑えた。



蘇芳の言葉通り、直ぐに馬車が止まり久遠が扉を開ける。


「弐の姫。蘇芳殿。公爵邸に着きました」


「ありがとうございます天馬将軍。さぁ、弐の姫様、お手をどうぞ」


「っ!!嫌っ!!」


スッと差し出された蘇芳の手を蓮姫は叩くように払った。


それを見た久遠が苛立つように蓮姫を(たしな)める。


「弐の姫。蘇芳殿に無礼だろう」


二人の関係など知る由もない久遠は、いつものように眉間に(しわ)を寄せて、ただ一方的に蘇芳を庇う。


「蘇芳殿は壱の姫様にお仕えする身でありながらも君を気づかってくれている。 今日だって、部下に命じて庶民街に居る君の居場所を探し出してくれたんだぞ」


「部下を使ったとはいえ、弐の姫様を尾行(びこう)するような真似をしてしまい、申し訳ありません」


「蘇芳殿が謝る事など何も無いだろう?先程の件で弐の姫が塞ぎ込んでいるだろうと心配し、話し相手になろうと馬車にも乗った。弐の姫。謝るのは君の方だ」


久遠に蘇芳への謝罪を要求されても、蓮姫には頭を下げる事など出来ないし、したくもない。


(なんで……なんで私が………こんな奴にっ!!)


蓮姫はただ蘇芳を睨みつけた。


そんな蓮姫の態度に、久遠が再び口を開こうとするが蘇芳が仲介に入る。


「天馬将軍。私への謝罪などよりも、先ずはレオナルド様に」


「………そうだな。…弐の姫、馬車から降りるんだ」


「………自分で……降りれます」


久遠からも差し出された手も取らず蓮姫は一人で降りると、二人を避けるように遠回りして公爵邸に向かう。


前を見ると扉の向こうに公爵とレオナルド、そしてソフィアの姿があった。



自分を心配してくれているのはわかる。


しかし彼等が気にかけているのは、弐の姫であって、蓮姫という一人の人間じゃない。


悪くばかり浮かぶ自分の考えに嫌気がさす。


蓮姫は心中を隠そうともせず、うんざりとした表情で三人へと近づいた。

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