この恋に終止符を 2
ボソリと呟かれた藍玉の言葉に「ごめんごめん」と言いながらも笑う蓮姫。
そんな蓮姫達から少し離れた場所にある大きな木。
その大木の影に隠れるように、二人の男が蓮姫と藍玉を見つめていた。
そう。
ユージーンと火狼が。
「…良かった。姫さん笑ってるよ」
「…………チッ。面白くねぇ」
「拗ねんなって。俺達には言えねぇこともあるっしょ。姫さん優しいかんね。でもそんな姫さんが話せる相手がいて良かったじゃん」
ブスッとした顔で蓮姫達を見つめるユージーンに、火狼はケラケラと笑った。
実はこの二人。
蓮姫が起きているのも、家を出たのも気づいていた。
しかしあえて蓮姫に声をかけることはせず、彼女にバレぬよう後をつけていた。
蓮姫が何かを抱えているのも、一人になりたいのも…そしてそれを自分達には話せないのも昨日から勘づいていたからだ。
「藍玉様って姫さんとは歳離れてる男だけどさ、友達ってマジだったんだな。忌み子の王子達も男だし…姫さんって女の友達いねぇの?」
「一人いる。でもその友達も今じゃ一国の王妃だからな。簡単に会える相手じゃない。それに藍玉よりもかなり歳上だ。俺よりは若いけどな」
「旦那より歳上とかもはや人間じゃねぇよ 」
「その女友達も人間じゃねぇよ」
「マジかい」
視線は蓮姫達から外さずに会話をするユージーンと火狼。
相手が蓮姫の友である藍玉だからこそ安心して見守ることは出来るが、それでも蓮姫が心配なのは二人とも変わらない。
そして火狼はともかく、ユージーンは自分には話してくれない蓮姫を見て内心面白くはなかった。
(あんな能力者のオッサンに話せて…俺には話せないとか。……なんだよ…好きな男って。どうせ俺より劣る男だろ。俺という男がいながら…姫様の浮気者)
心の中でのみ蓮姫に文句を言うユージーンだが、その顔にはありありと不満が現れていた。
ユージーンの態度は丸わかりで火狼は苦笑いをする。
「ま、とりあえずこれで姫さんは安心かもね。何話したのか知んねぇけど」
「嘘つけ。朱雀の頭領なら読唇術くらい使えるだろうが」
「そうやってす~ぐ人を嘘つき呼ばわりすんのやめてよね。にしても…今回ので証明されたね。残火じゃ姫さんの相談役には向いてねぇってさ」
「チッ。もし次に仲間になる奴がいるなら姫様と同い年の女だな。これ以上、蚊帳の外はごめんだ」
「舌打ちしないの。でもそうね。女の子の仲間とか欲しいわ。姫さん以外の麗しい花がさ。あ、残火は勿論可愛いかんね」
またケラケラとふざけたように笑う火狼。
ユージーンは蓮姫の為に女の従者が欲しいと考えているが、火狼は違うらしい。
火狼のおふざけはいつもの事なのでユージーンもあえて突っ込むことはしない。
ふと火狼がユージーンの方へチラリと視線を向ける。
ユージーンの顔はまさに不機嫌そのものだった。
「姫さんも失恋しちゃったみたいだけどさ。旦那も失恋しちゃったね。ドンマイ。なんなら俺の胸で泣いちゃう?」
「誰が泣くか。このクソ犬野郎」
「あのね。慰めようとしてんだけど、俺」
「犬に慰められる程、俺は落ちぶれてねぇ」
ハッと鼻で笑うユージーン。
そんなユージーンに火狼は額に青筋を浮かべ、蓮姫達に聞こえないよう小声で怒鳴る。
「だから犬じゃねぇって!いい加減俺の人権無視すんのやめてってば!わかる!?俺にも権利ってもんがあんのよ!」
「人犬に犬利?自分のことよくわかってるじゃねぇか。さすがは犬」
「そっちの『けん』じゃねぇわ!」
ムキー!とユージーンに怒る火狼だが、それが本気で怒っていないのはユージーンにもわかっている。
いつもの小競り合いを繰り広げていた二人だったが、ユージーンは今の発言でやはり火狼が嘘をついていたと知る。
「お前…やっぱり姫様の唇の動き読んでたんじゃねぇか」
「あはっ!それはそうと」
「おい」
「これからどうしよっかね?」
火狼はまた蓮姫達へと視線を移しながらユージーンに尋ねる。
しかしユージーンの答えは決まっており、火狼もまたその答えを予想していた。
「姫様が落ち着いたら、直ぐにでもここを出る」
「ですよね~。あ、姫さん達戻るみたいだぜ。俺達も早く戻んねぇと」
「言われなくてもわかってんだよ。一々命令すんな。犬のクセに」
火狼にそう吐き捨てると、ユージーンは早足で一人ローズマリーの家へと戻って行った。
残された火狼は自分を残し先に行ってしまったユージーンの背中を見つめる。
「………俺の方が泣きそうなんだけど」
同時刻、ユージーン達がいた方の木を見つめる藍玉。
実は藍玉もユージーン達の存在には気づいていた。
何故か遠くの大木を見つめて黙っている藍玉に蓮姫は不思議そうに声をかける。
「藍玉?どうしたの?」
「なんでもないよ。さぁ、早く戻ってマリーの朝ご飯を食べよう」
「マリーさんって…昨日の女の人?」
蓮姫は昨日会って少し会話をしただけの、ピンクの髪をした女性を思い出す。
「そうだよ。あの家の家主であり、大賢者であり、僕が15年間片思いし続けてる想い人であり、君の従者でもある不死身の彼の昔馴染みさ」
「え?…………えぇ!!?」
藍玉から発せられたあまりの情報量に固まる蓮姫。
そんな蓮姫を楽しそうに眺めると、藍玉はユージーンのように相手(この場合は蓮姫)を残し先へ行こうとした。
「さ、早く行くよ」
「っ!ま、待ってよ!藍玉!どういうこと!?」
藍玉の言葉に我に返った蓮姫は、慌てて藍玉の後を追いかけていった。
あれから蓮姫達はローズマリーの家へと戻り、全員で朝食を食べた。
元々二人暮し(たまに追加で客人二人が来る)の家では少し狭く、床で食べている者もいたが、世話になっているので誰一人として文句は言わない。
ちなみに蓮姫と藍玉が戻った際、ユージーンも火狼も何食わぬ顔で二人を出迎えていた。
朝食が終わりローズマリーが食器を片付けようとした時、蓮姫は率先して手伝いを申し出る。
蓮姫の言葉を聞き「姉上が手伝うなら私も!」と残火も勢いよく手を上げたが、彼女は食器をキッチンに運ぶ際、盛大に皿を何枚も割った為、早々に未月と洗濯場に行かされた。
ユージーンと火狼も前と同じく薪割りを命じられて、朝食後には外に出ている。
唯一何も言われなかった藍玉はリビングで本を読み、くつろいでいた。
つまり、キッチンには蓮姫とローズマリーの二人きり。
黙々と食器を洗う蓮姫と、何故か手袋をしたまま布巾で食器を拭いているローズマリー。
見知らぬ女と二人きり…その上、沈黙の空気に絶えられず、蓮姫の方からローズマリーへと話しかける。
「あ、あの!」
「なに?」
「き、昨日はろくに挨拶も出来ずにすみません!皆が…それに私までお世話になりました!あ、それと朝ご飯もごちそうさまでした!とっても美味しかったです!」
手は止めずに、しかしローズマリーの方をしっかりと向いて頭を下げる蓮姫。
だがローズマリーの方は食器から目を離すことはせず「そう」とだけ答えた。
一瞬で会話が終わってしまい、再び沈黙が訪れ蓮姫は一人気まずくなる。
(か、会話が終わっちゃった。ど、どうしよ。気まずい。物凄く気まずい。とりあえず自己紹介…も今更だし…)
一人悶々とする蓮姫に、一人黙々と食器を拭くだけのローズマリー。
二人の様子が面白いのか、藍玉は笑いを堪えていた。
しかしふと、ローズマリーがチラリと藍玉の方へ視線を向ける。
藍玉はその視線の意図に気づき、持っていた本をパタンと閉じてテーブルに置くと、そのまま立ち上がった。
「僕、ちょっと食後の散歩に行ってくるね」
そう告げると家主達の返事など聞かずに藍玉は出て行ってしまった。
これで本当に、二人きりとなった蓮姫とローズマリー。
すると今度はローズマリーの方から蓮姫へと話しかけた。
「私の事…何か聞いてる?」
先程の蓮姫とは違い、手を止めて真剣な表情で問いかけるローズマリー。
そんなローズマリーに対し、蓮姫も手を止めて彼女へと向き合った。
「……え?あ、はい。有名な大賢者さん…って聞きました」
「他には?」
「……藍玉の…その……」
「あぁ、それも聞いたの。他には?」
蓮姫としてはそれが一番聞きづらく、また言っていいのか迷う言葉だったが、ローズマリーの方は違うらしい。
しかし今のローズマリーの言い方で蓮姫は気づいた。
彼女は何かを言わせようとしている…もしくは聞き出そうとしているのだ、と。
「他には……あ、ジーンの昔馴染みとも聞いてます」
「…ジーン?………そうか。今は『ユージーン』だったわね」
目を伏せて悲しげに呟くローズマリーに、蓮姫は不思議そうに彼女を見つめていた。
何か不味いことを言っただろうか?と。
「それ、誰から聞いたの?」
「………今朝…藍玉に教えてもらいました」
「藍玉から?……アーロンは私のこと…何も言ってないの?」
「…アーロン………って、もしかしてジーンのこと…ですか?」
初めて聞く名前をオウム返しで呟く蓮姫だったが、彼女とユージーンが昔馴染みという事を思い出しローズマリーへと逆に尋ねる。
ローズマリーの方は蓮姫が何も知らないのに少し呆れつつも、蓮姫の言葉に頷いた。
「そうよ。彼はあなたに…何も教えてないの?」
「………そう…ですね。ジーンの事で知ってることは…『魔王と呼ばれた事』と『先代の女王様を振って不老不死の呪いをかけられた事』…くらいです」
「…それだけ?」
「………はい。あとは…『昔アクアリアの人魚姫と友達だったこと』…ですかね?」
まだ何かあっただろうか?と思い出そうとする蓮姫だが、やはりユージーンのことは知らない事の方が多い。
それはユージーン自身が話さないから。
そして蓮姫もまた、ユージーンが自分から話すのを待っているからでもある。
だが蓮姫の言葉は、ローズマリーにとって落胆するものだった。
期待していた言葉とはかすりもしない回答に、ローズマリーは目に見えて落ち込んでいる。
「………本当に…何も話してないのね」
「大賢者さん?」
「話すつもりもない。彼にとって私は…話す価値も無い女だったってこと…?」
「…え?」
俯き、小声で悲しげに呟くローズマリーだが、至近距離だった為に蓮姫の耳にもその言葉はしっかりと届いた。
ローズマリーは少しの沈黙の後、頭を上げ真っ直ぐ蓮姫の目を見据えた。
蓮姫を映すその濃い水色の瞳は何処か妖しく揺らめいている。
「私の名はローズマリー」
「…え?あ、私の名前は蓮姫です」
蓮姫は単純に自己紹介だと思ったようだが、ローズマリーはそれだけでは終わらない。
ローズマリーは蓮姫の名前に興味もないのか「そう」とだけ告げると、蓮姫を見下すようにニヤリと口角を上げた。
「私は800年前、彼と共に過ごした。私とアーロンは…恋人だったの」
「え?」
「どう?驚いた?弐の姫のお嬢さん」
馬鹿にしたように、見下すように笑みを浮かべるローズマリー。
その水色の瞳には嫉妬の炎を宿していた。
明らかに蓮姫を敵対視している。
それは『弐の姫』として、ではなく『自分と同じ女』として。
かつてユージーン…いや、アーロンという美しい男と共に過ごした女が、今まさに彼と過ごしている女に嫉妬しているのだ。
ローズマリーは蓮姫が悲しみに顔を歪めるか、または怒りで眉を釣り上げる様子を想像していた。
自分と同じように…嫉妬にまみれた醜い顔をするだろう、と。
しかし当の蓮姫は悲しむでも怒るでもなく…ただ、キョトンとした顔でローズマリーを見つめ返していた。
いつまで経っても何の反応もしない蓮姫に、ローズマリーの方も『あれ?』と少し困惑する。
やっと蓮姫が口にした言葉は…やはりローズマリーが予想していたものとは違う言葉。
「………じゃあ、やっぱりローズマリーさんも不老不死なんですか?」
「………ん?」
「ジーンと恋人だったのなら、ジーンと同じで800年前から生きてるんですよね?不老不死の人って結構いるんですか?」
蓮姫が食いついたのは『恋人』という言葉ではなく『共に過ごした』という言葉。
ローズマリーがユージーンの昔馴染みだと藍玉から聞いてはいたが…何処か信じきれなかったのだ。
そして今、ローズマリー本人から聞いた事でそれが真実だと知り、蓮姫は自分の疑問を正直に口にした。
それに相手が呆気に取られるとは予想もせずに。
蓮姫の言葉に今度はローズマリーの方が固まるが、蓮姫に「ローズマリーさん?」と声をかけられ我に返る。
そして蓮姫に向けて声を荒らげた。
「あ、あなたっ!他に気になる事は無いの!?」
「え?ほ、他ですか?」
「そう!いい!?もう一度言うけど!私は彼と恋人だったの!そこについて詳しく聞きたいと思わないの!?」
軽く怒鳴るように問いかけるローズマリーの形相に若干引きつつ、蓮姫は苦笑いを浮かべた。