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祭の夜 8


華屋敷から少し離れると、ユージーンはチラリと首だけ振り向き千寿を遠目で見つめる。


やはり歪んだ笑みを浮かべている千寿に、ユージーンは彼女が何か良からぬ事を企んでいると察した。


そして蓮姫へ視線を戻すと、何処か暗い雰囲気をまとって歩く蓮姫。


千寿は蓮姫と『友達』と言っていたが、ユージーンにはその言葉が何故か引っかかった。


蓮姫と千寿…二人が『友達』とは思えなかったからだ。


蓮姫が本当の友達と接している姿を何度も見ているから余計に。


千寿は確実に、蓮姫に対して悪意を持っていた。


逆に蓮姫の方は千寿に対して…まるで後ろめたさや罪悪感のような物を持っているとユージーンは感じていた。


それにあの簪はなんの意味を持っているのか?


『彼』とは誰のことだったのか?


頭の中がまた疑問だらけになり、それがグルグルと駆け巡るユージーン。


「………姫様」


「…なに?ジーン」


我慢できず蓮姫を呼び止めたユージーン。


しかしユージーンへ向けた蓮姫の顔は、やはり覇気(はき)が無い。


ユージーンは一度口を開きかけたが、またそれを閉じる。


そして再度口を開いた時には、自分が言いたかった言葉とは別のものを口にしていた。


「…そろそろ街を出ます。結界の外に出たら空間転移であいつらの所…ミスリルに飛びますよ」


「ミスリルって…確か大和(やまと)で話してた場所?大賢者がいたり、珍しい鉱石が採れるっていう」


蓮姫は大和での会話を思い出しユージーンへと問いかける。


ユージーンもまた蓮姫の言葉に頷いた。


「はい。そこに行けば安全です。犬達も首を長くして待ってますよ」


「そっか。…ホント…皆を心配させちゃったね」


「確かに俺達は姫様を心配しましたが、姫様に心配もさせました。お互い様ですよ」


「…ジーン…」


「そうやって自分ばかり責めないで下さい。姫様がご無事だった。俺達も全員無事だった。一番大事なのはそこなんですから」


「…ありがとう」


ユージーンは蓮姫を安心させるように優しく声をかける。


そんなユージーンの言葉が、優しさが嬉しくて蓮姫はやっと小さく微笑み彼と共に歩き出した。


そしてそれによって少し余裕が出てきたのか、蓮姫はユージーンを見つめる。


正確には彼の…ユージーンの髪を。


サラサラと歩く度に揺れ、暗闇の中、月夜に薄く輝く銀色の髪。


今でこそ短いが、初めて会った時は地面につく程に長髪だったユージーン。


蓮姫が愛した…一愛と同じ色の髪。


しかしこの世界では金髪や赤毛、青髪はいても銀髪はありえない…もしくはとても珍しい色らしい。


「ねぇ、ジーン。ジーンはどうして髪を銀色に染めてるの?」


蓮姫はいつかの時のように、世間話として隣にいるユージーンに問いかけた。


それがユージーン…そして一愛の秘密に関わることとは知らずに。


蓮姫に問われたユージーンの顔から一瞬…ほんの一瞬だけ表情が消える。


だが蓮姫がそれに気づく前、ユージーンは普段通りの口調、そして笑みを蓮姫へと向けた。


「…あぁ、言ってませんでしたっけ?俺のコレは地毛なんですよ」


ニコリと笑うユージーンだが、その言葉は蓮姫の想像とは違うもの。


てっきり『カッコイイから染めてる』と、軽口をたたくとばかり思っていたから。


「え?でも…この世界でも銀髪の人なんて…いないんじゃ?」


「それは話しましたっけ?確かにこの世界でも銀髪は珍しいです。ほぼほぼありえない色ですよ。でも俺の髪は地毛です。…まぁ俺以外に地毛で銀髪の人間はいないでしょうけど」


いや、いる。


そう言おうとした蓮姫だったが、何故かそれは言ってはいけない気がして口を閉ざした。


今度は黙り込んでしまった蓮姫に、ユージーンも不思議そうに蓮姫の顔を覗き込む。


そして蓮姫は立ち止まると…意を決してある言葉を口にした。



「…それって…ジーンの左目と何か関係あるの?」



蓮姫の問いかけにユージーンもまた足を止める。


「…姫様」


「前に言ってたでしょ?『金色の目を持つ人間は自分以外に存在しない』って。それなら…その銀髪も何か理由があるんじゃない?」


真っ直ぐ自分を見据える蓮姫に、ユージーンもまた彼女を見つめ返した。


そして、フッと微笑むとユージーンは自分の左目を隠している長い前髪を片手で覆う。


「やはり…姫様は(さと)い方ですね。姫様のそういう所は…本当に好きですよ」


「ジーン」


「でも答えは前と同じです。いつかは姫様に、全てをお話しますが…それは今ではありません。何よりここは敵地とも言える場所。ここではお話出来ないんです」


「………わかった」


ユージーンは話したくない訳では無い。


ただ…今はその時ではない。


そう言っているのだ。


蓮姫はユージーンの意図に気づくと彼の言葉に頷いた。


「…ちゃんと姫様にはお話しますよ。いずれ、ね。さぁ行きましょう。街からは離れましたが、まだ結界の中です。さっきも言った通り、あの石柱の外に出たら空間転移を使いますよ」


ユージーンが指さした方を見ると、既に魔晶石の石柱は目と鼻の先だった。


「うん。お願いね、ジーン」


「はい」


そして再び歩き続ける二人だったが、蓮姫の頭の中にはある疑問が残ったままだった。


(銀髪がありえないなら…どうしてジーンも一愛も…銀髪をしているの?…二人は…似てる)


ユージーンの背を見つめながら、心の中でのみ問いかける蓮姫。


(…ジーン…一愛……あなた達は…一体?)


結局、蓮姫は最後までソレを口にすることは無かった。


そして二人は目的通り石柱の外へ出ると、ユージーンの空間転移によってこの夢幻郷のある島から脱出した。


それはまさに一瞬だった。


蓮姫が(まばた)きをする間に二人はミスリルへと着いた。


目を閉じる前と開けた後の景色が全く違う事に蓮姫は驚く。


(凄い…瞬間移動だ。目閉じなきゃ良かった)


目をパチパチとさせる蓮姫。


だがそんな蓮姫へ向けて、前方にいた複数の人影が一斉にこちらに走ってくるのが見えた。


闇夜と遠目という事もあり一瞬身構えた蓮姫だったが、ユージーンの方は全く警戒していないのに気づく。


また人影が近づくにつれ、その人物達の正体が分かった蓮姫は今度は(はじ)けんばかりの笑みを浮かべた。


「っ、皆!」


それは蓮姫の信頼する仲間達。


「姉上っ!!」


「姫さ~ん!」


「母さんっ!」


「にゃあっ!!」


全員、蓮姫を呼びながらもその足は止めずに走り続けている。


最初に蓮姫の元へ着いたのは残火。


勢いよく自分に駆け寄る…いや突進してきた残火に、蓮姫はよろけそうになるのを(こら)えて残火を抱きしめた。


「っ、…残火っ!」


「姉上っ!良かった!本当に…本当に良かった!姉上ぇっ!」


「……残火…」


自分の胸に顔を埋めて泣き出した残火を落ち着かせようと、蓮姫は残火の背を優しく撫でてやる。


そうしてる間にもノアールは蓮姫の足元に擦り寄り、また火狼は残火ごと蓮姫を抱き締めた。


未月はすぐ傍で立ち止まり、蓮姫を嬉しそうに眺めている。


「姫さんっ!もう~!無事で良かった!心配したんだかんね!」


「狼…心配させてごめんね」


「謝んなって!でもさ!こうしてまた会えてホント嬉しいぜっ!もう二度と離れんよ!俺はこのまま姫さんと残火を離しませんっ!」


「…ふふ…それは困るな~」


火狼の軽口を聞いて困ったように笑う蓮姫。


火狼としても勿論それは冗談(半分は本気だろうが…)だった為、二人を抱きしめる手を(ゆる)めた。


拘束が(ゆる)まり残火もまた蓮姫から少し体を離して、蓮姫を涙目で見上げる。


自分を見つめる残火に、蓮姫は彼女を安心させるよう優しく微笑みながら頭を撫でてやった。


そんな二人を眺めていた未月は、スッ…と一歩前へ出て蓮姫へと声を掛ける。


「…母さん」


「未月。…未月にもたくさん心配させたよね。ごめんね」


「…うん。…母さん…」


「…未月?…どうしたの?」


自分を呼ぶだけで他は何も話そうとしない未月に、何処か不安を覚える蓮姫。


蓮姫が残火から体を離して真っ直ぐ未月を見つめ返しても、彼は何も喋ろうとしない。


(もしかして…未月怒ってる?…そうだよね。たくさん心配させて…不安にさせて…怒られても仕方ない)


未月の態度から勝手にそう解釈した蓮姫だったが、未月は蓮姫が思いがけなかった行動をとる。


「…母さん」


「未月。ホントにごめ………ん?」


蓮姫が謝っている最中、未月は蓮姫の右手を両手で包み込むように掴むと、そのまま自分の頭部へと乗せた。


そしてそのまま蓮姫の手を左右や上下に動かす。


「…未月?」


「…うん。…母さんだ。…母さんの…優しくてあったかい手。……俺の好きな母さんだ。…良かった…母さん。…もう…何処にも行かないで」


「未月…うん。心配してくれてありがとう」


「にゃあ~!うにゃあご!」


「ノアも心配してくれてたんだね。…ホント…皆ごめんね」


そう言って蓮姫は力なく微笑む。



こんなにも心配させていた。


こんなにも自分の無事を喜んでくれる仲間がいる。


離れている間、彼等はどれだけ不安な想いをしていただろう…。



それなのに自分は…。



仲間と再会を果たしたというのに、暗い顔のままの蓮姫。


そんな主を余計に心配する仲間達だが、彼等が蓮姫に声を掛ける前、先に口を開いた人物がいた。


「やぁ弐の姫。久しぶり」


「っ、藍玉(らんぎょく)!?どうして……って、そうか。ミスリルに住んでるって言ってたっけ」


「覚えててくれて嬉しいよ。さて皆。 弐の姫は疲れてるみたいだし、皆も心配しすぎて疲れてるでしょう。今日はもう休みなよ」


「え!?でも藍玉様!まだ姉上と」


「残火君。いいから休むの。勿論、僕の言う事…聞いてくれるよね?」


藍玉がニッコリ微笑むと残火は何も言えなくなり、無言で渋々頷いた。


「わかってくれて嬉しいよ。さぁ戻ろう、マリーの家にさ」


藍玉に促され、蓮姫とその仲間達はローズマリーの家へと向かう。


だがその表情は全員が全員、暗いもの。


仲間達は何処か様子のおかしい蓮姫を心配し、蓮姫は蓮姫で心の中で自分を責め続けていた。


後方を歩く火狼は隣にいるユージーンに耳打ちする。


「ちょっとちょっと。姫さんおかしくね?」


「お前に言われなくても、わかってんだよ」


「姫さん…夢幻郷で何があったってのさ?」


「んなもん…俺が一番聞きてぇよ」


蓮姫を見つめて呟くユージーン。


聞こうとした。


記憶を覗こうともした。


しかしそれらは全て蓮姫に拒絶された。


(姫様…一体姫様の身に何があったんです?…姫様は…一体何を隠してるんですか?)


問いただしたくても蓮姫は答えないだろう。


何も出来ぬ自分が…蓮姫に何も話してもらえない自分が不甲斐なくて…ユージーンは拳を強く握りしめていた。


ユージーンのその仕草に気づいた火狼も、もはや何も言わずただ歩き続ける。


そんな彼等を…そして蓮姫を、藍玉は最後尾で見つめていた。

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