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祭の夜 5


「うわ~…凄い見晴らしのいい場所」


「あぁ。ここはギリギリ結界の外だけど、街を一望(いちぼう)出来る場所なんだ。ここなら人もいないし花火も…お、そろそろ上がるかな」


ドンドンドンッ!と開始の合図が街全体、そして蓮姫達の耳にも響く。


一愛(かずい)が言った通り、直ぐに大きな花火が上がり、街を照らした。


その後も続けて赤や緑、青や金色の大きな花火が何発も上がっていく。


「……綺麗」


「うん。…凄く綺麗だ。…本当に」


蓮姫の目は次から次へと打ち上がる花火に釘付(くぎづ)けだったが、一愛の方は違う。


一愛は花火の光に照らされる蓮姫の横顔を(なが)めていた。


一愛が言う『綺麗』とは花火ではなく、蓮姫のこと。


ただただ、自分の横にいる女を…蓮を美しいと…愛しいと思う。


ふと視線を感じた蓮姫が横を向くと、蓮姫を眺めていた一愛と目が合った。


「一愛?どうしたの?」


「ん?………どうしたっていうか…そうだな。こうしたいなって」


そう呟くと、一愛は蓮姫の頭を引き寄せ彼女の頭部にキスをした。


突然の出来事に目を丸くし顔をまた赤くする蓮姫だが、一愛を拒むことはしない。


「…蓮」


「…一愛」


するりと蓮姫の頬に軽く触れる一愛。


そんな一愛の手に自分の手を重ね、蓮姫もまた頬をすり…と一愛の手に擦り寄せた。


自分を拒絶せず、受け入れている蓮姫の姿に、一愛は愛しげに蓮姫を見つめ微笑む。


「何度も言うけど…俺は君が…蓮が愛おしくてたまらないよ。…君の全てが欲しい」


一愛から「全てが欲しい」と言われた瞬間、少し…ほんの少しだけ体が(こわ)ばる蓮姫。


それに気づいた一愛は慌てて弁明しようとする。


「いや、抱かせてくれって訳じゃ!…いや…本音を言えばいずれはそうしたい気持ちはあるんだけど…って、違う違う!本当にやましい気持ちはなくて!」


さらりといらない本音まで口にしてしまい慌てる一愛。


あまりにも馬鹿正直な一愛に、蓮姫はジト…と()めた、いや呆れたような視線を送った。


「ドスケベ」


「なっ!?男は皆スケベなんだよ!」


「キャー!へんたーい!こっち来ないでー!」


「あ!こら待てっ!」


一愛の手から(のが)れると、蓮姫は笑いながら彼から離れて駆け出した。


そんな蓮姫を一愛も笑いながら追いかける。


クルクルとその場を回るように、まるで子供の追いかけっこのようにはしゃぐ二人。


その間も小さな花火が何発か上がり、二人の姿を照らしていた。


しかしそんな追いかけっこは直ぐに終わることになる。


一愛は蓮姫へ手を伸ばすと、後ろから彼女を引き寄せ抱きしめた。


「ハハッ!捕まえたっ!」


「アハハッ!捕まった!」


捕まえた方の一愛も、また捕まった方の蓮姫も楽しそうに笑う。


そして笑顔のまま蓮姫が一愛の方へ首を向けると、そのまま引き寄せられるかのように二人は唇を重ねた。


唇が離れると、一愛は腕の中の蓮姫をクルリと回し、彼女の体を正面から抱きしめる。


また蓮姫も一愛の背へと手を回して、お互いしっかりと抱きしめあった。


「…愛してる…蓮。こんなに…誰かを心から愛おしいと思ったのは…君が初めてなんだ」


「一愛」


一愛から告げられた愛の言葉に蓮姫は目を閉じ、彼の胸へと顔をうずめる。


今この時…蓮姫は幸せだった。


今この時は…全てを忘れていた。


弐の姫であること。


離れている仲間達のこと。


全てを忘れていた。


蓮姫の頭の中も、心の中も…一愛で満たされていた。


一愛はゆっくり蓮姫から体を離すと、蓮姫の黒い瞳を真っ直ぐ見つめる。


「…蓮。俺と…結婚してくれないか?」


「けっ…こん?」


「急な話なのはわかってる。俺達は出会ってまだ数日だ。…ほんの数日前…俺が初めて君と会ったのは…君を見つけたのはこの先だった」


そう言うと一愛は蓮姫から少し離れ、木々の先…草原の方を見つめる。


「死にかけてた君を…俺はどうしても助けたかった。そう思って夢幻郷に…華屋敷に連れて行って、牡丹に預けた」


今度は夢幻郷の方を振り返る一愛。


「華屋敷で見た君は…遊女の姿になった君は本当に綺麗で、俺は凄くドキドキしたよ。少女のように胸が高鳴る…ってああいう事を言うんだろうな。君と一緒に過ごす時間は、ただ話すだけでも楽しかった。…だけど」


言葉の途中で一愛は蓮姫へと視線を向ける。


彼の紫の瞳は悲しみを帯びていた。


「結果、そのせいで君を傷つけることになった。本当にごめん」


「ううん。アレは一愛のせいじゃない。私が悪いの。だから一愛は自分を責めないで」


「…本当に優しいな、蓮は。君のそんな所も愛おしいよ。華屋敷で自覚はしたけど…きっと俺は…初めて会った時から、君に心を奪われてたのかもしれない」


困ったように、しかし照れたように笑う一愛。


視線は蓮姫から外さず、そしてまた蓮姫も一愛から視線を外すことなく彼を見つめ返した。


「誰かを好きになること。その相手も自分を好きでいてくれること。それがこんなに幸せだと知らなかった。俺は君と…もっと幸せになりたいんだ」


「…うん。…私も一愛に会えて…一愛に好きになってもらえて…幸せだよ」


お互いの気持ちを隠すこと無く告げる二人。


それはお互いが相手を深く愛しているからこそ出る、素直な気持ちだった。


「俺は君を…誰にも渡したくない。だから…結婚してほしい。きっと一族はうるさいだろうけど…君の為に黙らせる」


一族の話をする時だけ、一瞬険しい表情を浮かべる一愛。


一愛はわかっている。


一族でない女との結婚など、一族は決して認めない。


じいも言っていた通り、蓮姫…蓮を迎えられるのは(めかけ)か愛人という立場でのみ。


妻としては決して認めない…一族は祝福などしてくれない。


それでも…一愛は蓮を、(めかけ)や愛人などという立場にさせるつもりはなかった。


唯一愛しい女として…生涯共に生きる伴侶(はんりょ)、妻として一生傍にいてほしい…傍にいたいと思っている。


何より…蓮姫が口にしていた…誰よりも信頼出来る男、ジーンという男にになど返したくなかった。


「もし君が一族を(わずら)わしいと思うなら…俺は一族を捨ててもいい。君とこのまま一緒になれるなら。君と二人で生きれるなら…他にはもう…何もいらない。俺は君以外…何も望まない」


蓮さえ傍にいてくれれば、自分の宿命などどうでもいい。


元より一族の期待やら末裔としての誇りなどは、一愛にとって(わずら)わしいだけのものだった。


そんなモノ、蓮に比べたら簡単に捨てられる。


一愛の心が何より欲しているのは…蓮…目の前の愛しい女ただ一人だった。


「蓮。…俺を選んでくれるか?俺の手を…取ってくれるか?」


そう言って蓮姫へと手を差し出す一愛。


「…私……私は…」


蓮姫もまた一愛の手に自分の手を乗せようと、右手を伸ばす。


その時だった。


ドォォォン!という一際(ひときわ)大きな音と共に、夜空に大輪の黄金の火の花が打ち上がる。


それは今までの花火とは比にならない程に大きく、蓮姫と一愛の顔を明るく照らしだした。



その瞬間、蓮姫の脳裏にはあのコサゲ村で過ごした場面が、仲間と一緒に花火を見た思い出が走馬灯(そうまとう)のように巡る。



コサゲ村の祭は、この夢幻郷の祭とは違い小さなものだった。


花火だって今日のように何色も、何発も打ち上がった訳では無い。


小さく赤い花火だけ…それも数発のみ。


それでも……皆で赤く染まる夜空を眺めた。


仲間達と一緒に見た、小さな赤い花火は美しかった。


仲間と共に過ごした、あの小さな村の小さな祭は…楽しかった。


ふと蓮姫は、自分が残火と未月と交わした約束を思い出す。



『いつかまた…皆で見ようね。もっと大きくて、綺麗な花火を』



残火と未月は自分の言葉に笑顔で頷いていた。


しかし今…約束の大きくて綺麗な花火が上がっている今…自分の傍に『皆』はいない。


今、自分の傍に…仲間はいない。


いつまでも一愛の手に自分の手を重ねようとはしない蓮姫。


そんな蓮姫を不思議そうに見つめ、また不安が込み上げる一愛。


「………蓮?」


彼は沈黙に、そして自分の手を取ろうとしない蓮姫に耐えられず、彼女を呼ぶ。


その時…「蓮」と呼ばれた蓮姫の脳裏には、蓮姫を慕う者達の姿が…親友達と仲間達の姿が浮かんだ。


彼等は次々と浮かんでは蓮姫へと微笑んだ。



『蓮姫』


―ユリウス―


『蓮姫』


―チェーザレ―


『姉上』


―残火―


『母さん』


―未月―


『姫さん』


―狼―


『うにゃっ』


―ノア―


『姫様』


―ジーン―



蓮姫を慕い、蓮姫を信じ、蓮姫を愛する者達が一同に並びながら微笑む。


そしてそれは彼等だけではない。


蓮姫を呼ぶ者は…もう二人。


その二人は蓮姫が守りたかった…守れなかった…大切な者達。



『蓮姉ちゃん!』


―リック―


『蓮』


―アーシェ―



今は亡き友。


自分のせいで死んでしまった二人。


エリックとアルシェンの姿が浮かぶと、蓮姫は(うつむ)き、一愛へ伸ばしていた手を引いた。



それは一愛の求婚に対する蓮姫の答え。



「………蓮」


「……ごめん…。私は…私を信じてくれる人達を…捨てられない」


(うつむ)いたまま、一愛の方は見ずに答える蓮姫。


しかしその体も声も小さく震えていた。


「一愛の事は好きだよ。でも私は…一愛だけを選ぶことは出来ない。あなただけの…一愛だけの『蓮』にはなれない」


「…それが…蓮の答え?」


一愛に問いかけられ、ゆっくりと顔を上げる蓮姫。


彼女が見た一愛の顔は本当に悲しげで…涙こそ流れていないが…泣いているようだった。


そしてそれは蓮姫も同じ。


泣きそうになるのを必死に(こら)えながら、一愛の目を見つめ再度自分の気持ちを告げる。


「…うん。それが…私の答え。一愛…あなたと結婚は…出来ない」


今にも泣き出しそうな顔をしているのに、何処か決意の秘められた黒い瞳。


今までも蓮姫が『弐の姫』という重圧から、自分の運命から逃れる機会はいくつもあった。


王都でチェーザレに『一緒に逃げよう』と言われた時。


禁所で火狼に『ここで暮らせばいい』と言われた時。


麗華の術に掛けられたソフィアにも『全て捨てて逃げればいい』と言われた。


蓮姫はその全てを断ってきた。


今回も蓮姫は『逃げる』という選択肢(せんたくし)を…愛しい男との未来を選ぶことはなかった。


それがたとえ幸せな未来だとしても…蓮姫は自分を信じる従者や仲間を裏切り、自分だけ幸せになるなど出来ない。


『弐の姫』の犠牲となった友の命を無駄にして…逃げることなど出来なかった。


『弐の姫』という存在が世界に必要とされてなくても…『弐の姫』ではない自分を必要としてくれる男が目の前にいても…それは変わらない。


今後、同じような誘惑があっても…蓮姫は仲間達と歩む(いばら)の道を選び続けるだろう。


そんな強い意志のこもった瞳に見つめられ、一愛もまたこの現実を受け入れるしかないと悟る。


自分は愛しい女に求婚を断られた…という現実を。


それでも蓮姫を責められない、責めたくないのは惚れた弱みか。


それとも…愛しい女が自分同様に何かを隠し、何かを背負う存在だからか。


一愛は蓮姫から視線を逸らすと、彼女を見ないようにして小さく呟いた。


「そうか。…うん…わかったよ」


「………ごめん…一愛」


「謝らないでくれ。…(みじ)めになる」


「…っ、ごめっ……ぁ…」


また謝りそうになり、蓮姫もまた俯いてしまう。


相手を傷つけたくないのに…傷つけてしまう一愛と蓮姫。


一愛とて今の発言こそ、振られた男の(みじ)めな八つ当たりだと気づいている。


ギリ…と奥歯を噛み締め拳を握る一愛。


しかし彼はバッ!と蓮姫の方を向くと彼女の手を取り自分へと引き寄せ、強く抱きしめた。


「好きだ!蓮が好きだ!結婚出来なくても…君が俺を選ばなくても!それでも!…愛してるんだ…蓮」


「…一愛……一愛っ!」


自分を包む一愛の腕に、愛の言葉に、蓮姫の目から堪えていた涙が流れる。


自分を抱きしめる男の背に手を回し、蓮姫もまた一愛を抱きしめ返した。


そして口には出さず、心の中でのみ一愛に愛の言葉を…そして懺悔をする。


(私も…私も貴方を愛したかった!…ずっと…ずっとずっと一愛を…愛していたかった!ごめん!ごめんね!…一愛!)


悲痛な顔をして蓮姫を抱きしめる一愛。


泣きながら一愛を抱きしめ返す蓮姫。


お互いの運命(さだめ)を知らなくても、結ばれることのない二人。


ただ今だけは…(あふ)()る愛しさのまま相手を強く抱きしめる二人を、夜空に咲いた大輪の花が照らしていた。


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