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祭の夜 3


蓮姫達が福飯屋(ふくめしや)を出て祭りに向かっていた丁度その頃。


ユージーンも天馬に乗り、夢幻郷のあるこの小さな島に到着していた。


偶然か必然か…ユージーンが着いたこの場所は、蓮姫が一愛と初めて会った場所。


蓮姫が呪怨転移(じゅおんてんい)によって飛ばされた草原だった。


「っ!ここかっ!」


ユージーンは天馬から飛び降りると、丸一日自分を乗せて飛んでいた天馬を(いた)わるように撫でる。


「ご苦労だったな。少し休んだらお前は帰れ。…ありがとう」


ユージーンの言葉に答えるよう、ひと鳴きする天馬。


それを了承と受け取り、ユージーンは直ぐに天馬から離れ足早に前へ前へと進む。


「この島の何処かに…夢幻郷が…姫様がいる。手がかりはそれ以上無い。…やっぱり…コレを使った方が良さそうだな」


ユージーンは一度立ち止まると、ズボンのポケットから小さな石を取り出した。


それはミスリルを出る前、ローズマリーから預かった魔晶石(ましょうせき)


『結界の中じゃきっと魔法は使えない。だから魔晶石を持って行って。コレを持っていれば魔法だって使える。弐の姫を探すのにも役に立つかも』


ローズマリーの言葉を思い出しながらユージーンは魔晶石を見つめる。


ここがまだ結界の外だということはユージーンにもわかっていた。


しかし魔晶石の使い道は他にもある。


「魔晶石なら魔力の増幅(ぞうふく)以外に、他人の魔力を感知する事も出来る。…姫様の持ち物でもあれば簡単なんだが…仕方ねぇ。俺の記憶の中の姫様と魔晶石を使って探してみるか」


いくら魔晶石があるとはいえ、記憶だけで探し人を探すのは常人(じょうじん)には困難。


しかしそれが簡単に出来るのがユージーンという男であり、それを可能にさせるのが彼の持つ常人離(じょうじんばな)れした強い魔力。


ユージーンは一度、魔晶石を強く握り締め、意識と魔力を集中させていく。


彼の脳裏には様々な蓮姫の姿が浮かぶ。


初めて会った時の驚いた表情をした蓮姫。


ロゼリアの舞踏会で長い黒髪を巻き、赤と白のドレスに身を包んだ美しい蓮姫。


禁所で友を殺した時…顔をくしゃくしゃに(ゆが)めて泣いていた蓮姫。


レムストーンのピアスを触りながら…何処か悲しげに笑う蓮姫。


仲間達に…自分に笑いかける蓮姫。


蓮姫との思い出がまるで走馬灯(そうまとう)のようにユージーンの脳裏を駆け巡っていく。


するとユージーンの指の隙間から、淡く青色の光が漏れ出した。


ユージーンが手を開くと魔晶石が青く光っている。


ユージーンが魔晶石を持ったまま手を左右に動かすと、魔晶石はある一方を向け強い光を放った。


「っ、こっちか!」


魔晶石が強く光る方角に進むユージーン。


そして彼は見つけた。


生い茂る草の中で魔晶石と同じく、淡く光る小さな物を。


彼は迷わずソレを拾い上げる。


ソレは蓮姫が『宝物』『大事なもの』と言っていた、レムストーンのピアス…の片割れ。


「姫様のピアス…っ!?」


ユージーンは血で汚れたピアスを見て息を呑む。


このピアスは蓮姫が片思いをしていたと思い込んでいたレオナルドから貰ったピアス。


レオナルドが自分との婚約を解消してからも、蓮姫はそれを捨てることなく常につけていた。


彼女がそのピアスを手放すなど有り得ない。


その上、ピアスはこんな何も無い場所で落ちている。


それも片方だけ…血で汚れて。


ユージーンは蓮姫と最後に言葉を…心の中でのみ交わした会話を思い出していた。


あの時の蓮姫は、誰かに、何かに自分との会話を邪魔されていた。


もしかしたら…彼女は……何者かに……。


「っ!姫様っ!!」


最悪の想像をしたユージーンはピアスを魔晶石と一緒に握り締めると、再度意識と魔力を魔晶石に集中させる。


先程とは違い、ピアスが…蓮姫の持ち物が手に入った。


「魔晶石よ!このピアスの持ち主を!俺の記憶から姫様を探し出せ!」


それは懇願(こんがん)に近いユージーンの叫び。


ユージーンは強く…強く願い、望む。


蓮姫の無事を…彼女の居場所を。


魔晶石は一度、ユージーンの顔すら照らす程の強い光を放つと段々と小さく淡く光り出した。


そして先程のようにある場所を(しめ)した。


「っ!姫様はこっちだな!」


ユージーンは光の(しめ)すまま、一直線に走り出す。


そしてしばらく走った後、夢幻郷を見下ろせる丘へと…一愛が蓮姫を抱えて街を見下ろした場所へと着いた。


「あれが…夢幻郷。…あそこに姫様が…」


夢幻郷の場所を確認したユージーンが辺りを見回すと、少し離れた場所に建つ石柱(せきちゅう)の存在に気づいた。


「あれは…巨大な魔晶石?…なるほどな。街は結界で守られてるか…もしくは逆に中の者を出さない為にあるのか。どっちにしろ…光は街を…結界の中を指してる。中に入らなきゃ姫様を探せない」


ユージーンは自分の手の中で光る魔晶石を見つめる。


「魔晶石ならあの中でも魔法は使えるが…これだけ小さい魔晶石なら…大きな魔晶石による結界の中で力も弱まる。…目標を記憶の姫様から、確実に探し出せるもう片方のピアスに変えるか。姫様なら…もう一つは必ず持ってるはず。そうじゃなくても…近くにはいるはずだ」


ユージーンは魔力を込め直し、目標を記憶の中の蓮姫という曖昧(あいまい)なものから、確実に探せるもう一つのピアスへと変えた。


「姫様。もうすぐ迎えに行きます。…もう少しだけ…待ってて下さい。……姫様」


街を見つめながら呟くと、ユージーンは丘を降りて街へと向かって行った。






一方、福飯屋を出た蓮姫は、一愛に手を引かれながら街の中央通り…祭りの出店の端まで来ていた。


所狭しと出店が左右に並んでいる様子を見て、蓮姫は楽しそうに笑う。


「うわぁ!凄い。出店がたくさん」


「ははっ!言ったろ?大きな祭りだって。食い物を売ってる店は勿論、射的や輪投げなんかもある。大道芸人や吟遊詩人だって来てるんだ」


(なんか…想造世界の夏祭りみたい。あんまり思い出せないけど…懐かしい…かな…)


蓮姫の脳裏には断片的に、想造世界での祭りの記憶が(よみがえ)る。


思い出したのは雰囲気だけで、誰と行ったか、何をしたか…までは思い出せてはいない。


それでも懐かしい感覚…楽しかった思い出が胸に満ちた。


「さて…と。まずは何を食べたい?」


「え?最初は神社にお参りとかするんじゃないの?」


「必要ないよ。そもそもこの街に神社なんて無いからな」


「……そっか。そういえば牡丹姐さんもそんな事言ってたかも」


この夢幻郷には娼館と宿、それに賭場(とば)や飯屋くらいしかない…と、牡丹が説明していたのを思い出す。


「だろ。だから気にしなくていい。今日は好きな物を食べて、好きな物を見て、好きに遊べばいいんだ。最初は何を食べる?あそこのたこ焼きか?それとも焼きそば…あ、お好み焼きでもいいな」


「あ、あのね……今更だけど私…手持ちないんだ。だから私に気にしないで」


「何言ってるんだよ!そんなの男が出すに決まってるだろ!遠慮なんてするな!」


「うぅ…なんか…ごめんね」


「蓮。違うだろ?こういう時は?」


「…ふふっ。うん。ありがとう」


「それでよし。さぁ行こう。とりあえず…あそこのたこ焼きでも食べるか」


一愛は嬉しそうに蓮姫の手を握りながらたこ焼きに並ぶ行列へと向かう。


それから二人でたこ焼きを食べたり、一つのわたあめを一緒に食べたりと、本当の恋人同士のように祭りを楽しむ蓮姫と一愛。


「あ、射的がある!」


「やってみるか!蓮、何が欲しい?」


「えーと……じゃあ、あそこのクマのぬいぐるみ」


「ぬいぐるみだな!よしっ!オヤジ!一回やらせてくれ」


「おう!なんだい兄ちゃん。彼女さんにいいとこ見せたいのか?」


「あぁ。蓮、見ててくれよ!」


彼女と言われて照れる蓮姫に、その言葉を一切否定しない一愛。


どうやら出店の者達は、一愛がこの夢幻郷の有名一人とは知らないらしい。


一愛は金を払うと六発分の弾を店主から預かる。


そして最初の弾は見事ぬいぐるみに当たった。


「おい!当たったぞ!」


「残念!兄ちゃん。落とさなきゃ景品はやれないんだよ」


「はぁ!?」


それからも一愛が撃った弾は全て命中はしたが、結局ぬいぐるみが落ちる事は無かった。


「はい!兄ちゃん、残念賞のティッシュだ!」


「クソ!もう一回!」


「待って!店は他にもたくさんあるでしょ!もっと他を回ろうよ!」


このままだと一愛は本気で、ぬいぐるみが落ちるまで金をつぎ込むだろう。


そこまでさせるのは申し訳ないし、何よりそれは無駄な出費に思えた蓮姫は早々にこの場を離れようと一愛の袖を引く。


「………蓮…わかった。取れなくてごめんな」


「ううん。見てるだけでも楽しかったよ」


微笑む蓮姫に更に申し訳なくなった一愛は、少しションボリとした表情をしていた。


そんな一愛に蓮姫はそっと耳打ちする。


「私の為に頑張ってくれてありがとう。一愛の優しさが一番嬉しいよ。ぬいぐるみより価値あるもの」


「…蓮………よし!今度また欲しいのがあったら言ってくれ!」


「ん~…じゃあ、あそこのアクセサリーのお店を見たいかな」


「アクセサリーだな!よし!店ごと買ってやるよ!」


「…………うん。やっぱりアクセサリーは別にいいや」


気前がいいのか金持ち故に金銭感覚がおかしいのか。


本気で店ごと買いそうな勢いの一愛の手を引き、蓮姫はアクセサリーを売る露店を素通りした。


それからもりんご飴を買ったり、お面屋さんでおかめやひょっとこのお面をつけて遊ぶ二人。


「あははっ!ひょっとこのお面付けてる人、初めて見た!似合ってるよ!」


「俺だっておかめのお面付けてる女、初めて見たよ!こんな女が本当にいたら笑っちゃうな!」


「あ~……うん。笑わないであげて」


「???」


蓮姫は一愛とのデートを本当に心から楽しんでいた。


二人きりの時間を…心から満喫していた。


しかし…蓮姫の心に居るのは一愛だけではない。


「あれ?あの人混み…なんだろう?」


りんご飴を舐めながら蓮姫は少し離れた人混みへと目を向ける。


「ん?ちょっと見てみるか?」


気になった二人が人混みの方へ向かうと、そこにはテーブルに山ほど乗ったお好み焼きとそれを無我夢中で食べる数人の男達。


一愛はテーブルの横にある看板を見て、何が行われているのか理解する。


「…大食い大会みたいだな。賞金は10万。随分と安い賞金だな」


「大食い大会…か」


お好み焼きを次から次へと食べ進める男達に、ユージーンの姿が重なって見える蓮姫。


(ジーンなら優勝間違いないかも。あの時もカラオケ大会じゃなくて、大食い大会なら勝てたのにな)


ふとした事でユージーンの姿が浮かぶ自分に、蓮姫は苦笑する。


(もっと他の事で思い出せばいいのに。ジーンに知られたら怒られちゃうかな)


自分に嫌味のように説教するユージーンを思い浮かべ、蓮姫は楽しそうにフフっと笑った。


そんな蓮姫を不思議そうに見つめる一愛。


「どうした?何か面白いのでもあった?」


「ううん。なんでもない。…ごめんね」


一愛と二人で過ごすデートだというのに、変な事でユージーンを思い出す自分が何処かおかしい蓮姫。


好きな男とデートをしているのに、その最中に他の男の事を考えるのは失礼かもしれない。


そう思った蓮姫は首を左右に軽く振り、ユージーンの姿を打ち消す。


「今度はあっちに行ってみよう」


「???あぁ。わかった」


蓮姫は何事も無かったかのように一愛の手を引いて、大食い大会の会場から離れた。


一愛もやはり不思議そうに首を傾げてはいたが、深く追求する事もなく蓮姫と共にこの場から移動する。


しかしそれからも、蓮姫の心は彼女の従者達の姿を蓮姫自身に思い出させていく。

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