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恋 5


牡丹が去った後。


蓮姫と共に部屋に残された一愛(かずい)は、勢いよく蓮姫へ向け土下座をした。


「蓮っ!ごめんっ!!」


「…か、一愛(かずい)。もういいって!まぁ…確かに…ちょっと…痛かったし…苦しかったけど…すぐ離れてくれたし」


蓮姫は、一愛が謝ったのは先程自分を…それはもう全身傷だらけの自分を全力で抱きしめた事だと思っていた。


しかし一愛は頭を下げたまま、首を左右に振る。


「違う!いや、それもだけどっ!……そうじゃない。それだけじゃないんだ…」


「…一愛?」


「君が…こんな目にあったのは…俺に責任がある」


一愛は顔を上げず、ただ顔を歪めている。


それはまるで蓮姫に合わせる顔もない…とでも言いたげに。


「俺が…俺が嫌がる君を無理矢理買ったから!そりゃ俺達の間に何も無かったけど!でもそんなの…他の遊女達には通用しない」


「一愛」


「俺のせいで君はこんな目に!大事にしたいって言ったのに…俺は!」


「一愛っ!……頭を上げて」


一愛の言葉を、彼の名を呼ぶことで(さえぎ)る蓮姫。


そして静かに…一愛に顔を上げるよう告げる。


一愛は恐る恐る…本当にゆっくりと目を閉じたまま頭を上げた。


そして目を開いた彼が見たのは…悲しげに微笑む蓮姫の顔。


「………蓮…」


「一愛のせいじゃ…ないよ。…聞いてない?私…この街から…逃げ出そうとしたんだ」


蓮姫は悲しげに目を()せながら、真実を一愛に話す。


彼には…一愛には嘘はつきたくない…そう思ったから。


「…正確には…未遂(みすい)…だったけどね。でも…(あや)しまれる行動を…とったのは…事実だから」


「それを告げ口したのは千寿(せんじゅ)なんだろ?千寿(せんじゅ)が俺をどう見てたのか…どう思ってたのか知ってる。そのせいで君は」


「…それだけじゃない。…一愛…聞いて…」


「…蓮?」


蓮姫は目を伏せると、ドキドキと鳴る心臓を(おさ)える。


そして静かに…口を開いた。


「…私………女王派の人間なの…」


「………え?」


「…黙ってて…ごめんなさい」


今度は蓮姫が一愛に向けて頭を下げる。


本当は自分が弐の姫である事を伝えようかとも思った。


しかし…やはりそれは出来ない。


危険だから…ではない。



蓮姫は真実を…自分の最大の秘密を一愛が知ることを……彼に嫌われることを恐れたのだ。



「……本当に…ごめんなさい…」


「………そんなの…関係ないだろ」


「一愛?」


蓮姫が視線を一愛に向けると、彼はその紫の瞳で蓮姫を見据えた。


「女王派だからとか…逃げ出そうとしたとか…そんなの関係ないんだ!君がそんな目にあっていい理由になんかならない!」


「…で、でも」


「君が何処の派閥(はばつ)だろうと!どんな存在だろうと!どんな秘密があろうと君は君だ!君が嫌われたり!否定される理由になんかならない!言っただろ!俺は君だから…蓮だから好きになったんだ!」


「っ!?」


一愛の熱い告白に…蓮姫の黒い瞳には涙が浮かぶ。


そんな蓮姫の涙を(ぬぐ)ってやると、一愛は蓮姫の(まぶた)に口付けた。


「…俺は…君をこんな目に合わせた奴を許さない。…君が血だらけで倒れてる時…君が死ぬんじゃないか?君を…失うんじゃないか?…そう思うと…怖くてたまらなかった」


自分を大切に思う一愛の気持ちが、蓮姫にも痛いほど伝わってくる。


それがきっかけとなり、蓮姫はポロポロと涙を流した。


「…一愛………私…私本当は…怖かった。…痛くて…苦しくて……もう嫌だって…誰か助けてって…何度も心の中で叫んでた。…なんで…なんで私が…こんな目にあうの?って…ずっと…ずっと……苦しかった!」


それは遊女達に殴られた時のことか…。


それとも……弐の姫として扱われた日々のことか。


どちらにしろ…それは(まぎ)れもない、蓮姫の本音だった。


「…うん。よく頑張ったな。大丈夫だ。…もう大丈夫だ。…蓮」


「…一愛……一愛っ!」


蓮姫は一愛の肩に顔を埋めると、絶え間なく涙を流した。


一愛は蓮姫の傷にさわらぬよう、優しく背を撫でてやる。


「…一愛…助けてくれて…こんな私を…好きになってくれて…ありがとう」


「こんな…とか言うな。君は俺の大好きな人だ。蓮を悪く言うのは…蓮だって、俺は嫌だ」


「…うん。…ごめん」


「…ごめんじゃないだろ?」


「…そうだね。…ありがとう…一愛」


一愛の肩から顔を外すと、蓮姫は嬉しそうに微笑む。


そんな蓮姫に、一愛は自分の額を合わせ一緒に笑った。


そして一愛は名残惜(なごりお)しげに額を離すと、着物の袖から小瓶を取り出す。


「家から万能薬を取ってきた。飲めるか?」


「うん。ありがとう」


一愛から小瓶を受け取ると、蓮姫は蓋を外してその中身を喉に流し込む。


すると直ぐに、体中の痛みは消え、包帯に(にじ)んでいた血も綺麗に無くなっていた。


試しに蓮姫が頭に巻かれた包帯を取ると、そこには血の跡もない。


「もう…治ったの?…凄い」


「ぷっ。そりゃな。それが万能薬だ」


あまりにもシンプルな感想を抱く蓮姫に、一愛はまた笑う。


しかし笑った後は、何故か蓮姫をチラチラと見たり、そわそわする一愛。


そんな一愛の様子に首を傾げる蓮姫だったが、一愛は意を決したように蓮姫へと問いかけた。


「あ、あのさ!」


「なぁに?」


「…もう…抱きしめてもいいか?」


顔を真っ赤にして確認する一愛だが、その言葉に蓮姫も頬を染める。


「そ、それ…わざわざ聞いちゃうの?」


「聞くさ!約束しただろ!君の嫌がる事はしないって!」


なんとも律儀(りちぎ)難儀(なんぎ)な男である。


しかしそれだけ、一愛は蓮姫を大切に思っているということだろう。


蓮姫は照れながらも小さく頷いた。


「う、うん。…いいよ」


「そ、そうか。じゃ、じゃあ」


蓮姫の答えを聞き安心しつつも、何処か固い動きで蓮姫へと距離を縮める一愛。


先程は勢いのまま抱きしめていたが、わざわざ確認した今だとかえって緊張していた。


そしてそっと…優しく蓮姫を抱きしめる。


蓮姫もまた、一愛の背にそっと手を回した。


「く、苦しく…ないか?」


「だ、大丈夫です」


どちらもぎこちなく、緊張したまま相手を抱きしめる。


ドキドキと激しく鳴る鼓動(こどう)は自分のものか…相手のものか。


蓮姫はまるで中学生の初恋のようだ、と思った。


むしろ中学生でも、こんなに初心(うぶ)な反応はしないだろう、とも。


それでも…この手を離したくないし、ずっとこうしていたいと思う。


一愛が腕の力を強めると、二人の体は更に密着する。


その時、蓮姫は自分の腹部に何か硬いものが当たる感触に気付いた。


「…ん?……一愛?なんか…痛い」


「俺も…凄く胸が痛くて、苦しいよ」


「そ、そうじゃなくて!なんか…硬いのが当たってる」


的外(まとはず)れな回答をする一愛だったが、更に続けられた蓮姫の言葉に、今度は顔全体を真っ赤にして慌てだした。


「へっ!?い、いやそれは!その!お、男の生理現象だからそれは仕方なくて!べべべ、別にやましい気持ちがある訳じゃ」


「そうじゃないっ!何言ってんのこのバカ!そうじゃなくて!服の中!何か入っててそれが当たってるの!」


一愛の下ネタ的発言に若干引きつつも、蓮姫は自分の言葉が足らなかったのだと訂正して伝える。


『服の中』という単語で一愛もそれが何か気づき、蓮姫の背から肩へ手を移すと少しだけ体を離した。


「あ、ご、ごめん。そうだ。今日はこれを渡しに来たんだ」


そう言うと一愛は自分の懐から小さな布の包みを取り出す。


一愛が布をハラリと開くと、一本の白銀色の(かんざし)が現れた。


(かんざし)?」


錬金術(れんきんじゅつ)で造ったんだ。蓮に…君に似合うように」


「え?わたしの為に…一愛が?」


話の成り行きから自分へのプレゼントだという事は分かっていた蓮姫。


しかしそれが手作りだと知り驚く。


「錬金術は初めてしたけどな。でも…君に贈るなら…君に似合うのを贈りたくて…だから既製品(きせいひん)を選んで買うより…自分で造ってみたんだ」


一愛は照れくさそうに笑うと、蓮姫の手を取り簪を渡す。


それは以前蓮姫が付けていた、店の簪のような華やかさは無い。


全体的に白銀色をして、装飾の花も白い。


それはまるで…レオナルドから貰った、あのレムストーンのピアスのようにシンプルなもの。


蓮姫はその(かんざし)を…特に小さな花の装飾を見つめる。


それは小さな蓮の花に似たものだった。


「これ…」


「あぁ、銀色だが銀じゃない。白金(プラチナ)だ。全部」


蓮姫は花の装飾に気を取られていたが、一愛は材質が気になったのだと思ったらしい。


そんな一愛から告げられた白金(プラチナ)という言葉に、蓮姫は目を丸くする。


「ぷ、プラチナ!?そんな高いの!え!これ全部!?」


プラチナ…という言葉でこの簪がとてつもなく高価な物という想像をした蓮姫に、一愛は吹き出す。


「そんなに高くない。俺にとっちゃ金も銀も白金(プラチナ)も、それこそ宝石も大した差はないしな。値段なんて気にするな」


「で、でも!」


「そんな理由で『いらない』ってのは言わないでくれよ。俺は君に似合うと思って白金(プラチナ)を選んだだけなんだ。値段とか、そんなの関係ない」


一愛にとっては材料費など、どうでもいいのだろう。


その言葉通り、彼は蓮姫に似合うものを選び、造っただけなのだから。


一愛に念押しされ、蓮姫はグッと言葉に詰まる。


確かに…それを理由に受け取らないのは、自分の為にコレを造った一愛に対して失礼だと。


だからこそ蓮姫は話題を変え、改めてこの(かんざし)で一番気になっていた花の装飾を聞くことにした。


「…この花って…蓮の花?」


(かんざし)についた小さな蓮の花のような装飾。


だがいくつか垂れている花弁(はなびら)の形は、蓮の花とは少し違う。


それは想造世界のサボテン…月下美人にも近い形。


「違うよ。それは『月光蓮(げっこうれん)』」


「月光蓮?…これが…」


一愛は知らないが、その花は蓮姫の名の由来でもある。


蓮姫自身もその花の形は知らず、見た事も無かった。


まじまじと月光蓮の装飾を見つめる蓮姫に、一愛は何故この月光蓮を飾りとして造ったのか説明しようと口を開く。


「そう。猛毒の花で、観賞用にも向かない…美しい花。その花言葉は」


月光蓮の花言葉は蓮姫も知っている。


一愛の言葉を遮るつもりもなかったが、蓮姫の口は自然とその言葉を(つむ)いだ。


「私だけはあなたを…」


「「愛してる」」


二人同時に呟いた言葉。


そしてそのまま二人の視線が交わった。


どちらも逸らす事なく、相手の目を見つめ続ける。


先に口を開いたのは一愛の方だった。


「君に似合うと思って…君に贈りたいと思って(つく)った。…蓮…俺は君を愛してる。…受け取って…くれるか?」


真っ直ぐに自分に向けられる紫の瞳には、(あふ)れんばかりの愛しさがこめられている。


そんな目を向ける一愛に…蓮姫の答えは既に決まっていた。


「…はい。…私も…一愛が好き」


照れたように頬を染める蓮姫に、一愛の顔も嬉しそうにほころぶ。


「…良かった。…受け取ってもらえなかったら…突っ返されたらどうしよかかと…」


「ふふ。そんな事しないよ。ありがとう…一愛」


本当に嬉しそうに笑う蓮姫を見て、一愛の胸はドキリと脈打つ。


そして蓮姫の頬へと手を添えた。


「…蓮……今すごく…君にキスしたい。…いいか?」


こんな時まで蓮姫の気持ちを考え確認する一愛に、蓮姫の胸はまた熱くなる。


それは蓮姫もまた…彼と同じ気持ちだったから。


「………うん」


蓮姫が頷くと、一愛は蓮姫の頬に添えていた手をするりと動かし、その指で彼女の唇を撫でる。


そしてそのまま(あご)に手を添えると、蓮姫の顔を上へ…自分の顔へと向けさせた。


蓮姫が目を閉じたのを合図に二人の顔は近づく。


そして一愛も蓮姫と同じように目を閉じ…そのまま二人の唇は重なった。


それは本当に触れるだけの優しいキス。


一度、唇を離してから開かれる二人の瞳。


至近距離で一度見つめ合った二人は、再び目を閉じ、お互い求め合うように深く口付けた。


何度も角度を変えては唇を合わせ、相手へと手を伸ばし引き寄せる。


まるで今この時…この瞬間を誰にも邪魔されないように。


蓮姫と一愛……王位継承者の一人である弐の姫と、反乱軍を(たば)ねる若様という全く違う立場の二人。


本来なら敵対関係であり…お互い相手が憎い(かたき)であることも知らない。



お互いの素性をまったく知らぬ二人は…この時深く…そして確かに……愛し合う。


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