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恋 3



牡丹達より先に華屋敷を出た一愛(かずい)は、蓮姫を助ける為にひたすら走った。


夢幻郷を抜けると直ぐに空間転移を使い、一族が暮らす故郷の島へと飛ぶ。


その後も一愛は足を止める事無なく走り続けた。


途中で何人もの一族が頭を下げたり、「若様」「おかえりなさいませ」と声をかけるが、それすら無視して彼は自分の屋敷へと走る。


屋敷に着いてからも一愛は足を止めず、薬の置いてある部屋へ一直線へと向かった。


そして薬棚を漁りながら必死に目的の薬を探す。


「万能薬!万能薬は何処だっ!?」


そこには万能薬以外にも貴重な薬がいくつも保管してあるが、一愛はガチャガチャとそれらを(あさ)り、時には投げ捨て万能薬のみを探す。


そして目的の小瓶を見つけた。


「あった!これさえあれば蓮は助かる!」


小瓶を(ふところ)に仕舞い、一愛が後ろを振り向こうとしたその時。


「若様?」


一愛を呼ぶ声が聞こえる。


自分を呼ぶよく知る人物の声に一愛が振り向くと、扉の前には一人の老人が立っていた。


「一体何をそんなに慌てておられるのですか?」


杖をついた背の低い老人は首を傾げて一愛へ尋ねる。


(クソ。この急いでる時に…うるさい奴に見つかったな)


舌打ちしたいのを我慢し、心の中で悪態をつくだけに(とど)める一愛。


また少しの時間も惜しいと感じている為、一愛はそのまま老人を素通りしようとした。


「じい。話している時間は無い。俺は夢幻郷に戻る」


「夢幻郷ですと?若様、ここ最近は毎日夢幻郷に入り浸っておるではないですか」


「じいには関係ない」


『じい』と呼ぶこの老人と全く話す気がない一愛は、スタスタと早足でその場を離れようとする。


そんな一愛を老人は必死に追いかけ、言葉を続けた。


「若様。じいは聞きましたぞ。華屋敷の見習い遊女に若様がご執心だと。『英雄(えいゆう)(いろ)(この)む』とは申しますが、お(たわむ)れは程々になさって下さい」


(たわむ)れ…だと?」


じいの言葉に一愛はピタリとその場に立ち止まる。


一愛にとって蓮姫の事は戯れなどではない。


一愛は今、心から蓮姫を愛しいと思っており、彼女を案じている。


一愛にとっては戯れなどではなく…本気の恋。


振り返る事はしない一愛に、老人は更に一愛にとって嫌な言葉を続けた。


「若様がどのような女と遊ぼうと、その見習いの女を(めかけ)として迎えても、じいは何も申しませぬ。しかし妻として迎えられるのは…若様の跡継ぎをお産みになるのは、一族の女のみです。若様も一族の長として、この世界の何より(とうと)い血を継ぐ末裔たるご自覚を」


『末裔』


その言葉を老人が発した瞬間、一愛はカッ!と目を見開き、ドンッ!と壁を力いっぱい殴った。


壁にヒビが入り、パラパラと崩れるが一愛はそれに構わず怒鳴る。




「何が末裔だ!俺は証を!黄金の瞳を持たずに生まれたんだぞ!」




それは一愛の心からの叫び。


しかしそんな一愛の叫びにも老人は狼狽(うろた)える事なく、ただ一愛の後ろ姿を見つめた。


そして一つ小さくため息をつくと、再び口を開く。


「若様。…確かに若様は(いにしえ)の契約たる証…黄金の瞳を持っておりません。それ故に紋章も。最後にそれを持って産まれたのは、若様の曾お祖父様。右目だけが黄金の瞳だったと記録には残されております。しかしその方は銀の髪も強い魔力も持っておりませなんだ。黄金の瞳を持って生まれたとて宝の持ち腐れ。今の若様より、王には相応しくない方だったのですぞ」


「じい…それだけじゃない。わかってるだろ?(いにしえ)の王の時代は…遥か昔に終わっているんだ」


一愛はゆっくりと振り返り、自分の世話係だった老人を見つめ返す。


老人は悲しげに微笑むと一愛へと近づいた。


「そんな事はございません。一族は王家が没落してからも影で栄えて参りました。若様。若様はそんな一族の中で類稀(たぐいまれ)な強い魔力を持ち、もう一つの契約の証…銀の髪を持ってお産まれになったのです。それが証と言わず、なんと言うのか」


「銀の髪。…その気になれば染色の魔術を使って誰でもなれる。それに黄金の瞳の意味は…色だけじゃない」


「……左様です。あの瞳ならば、現存する(いにしえ)の王族達を従わせる事も、制する事も出来ましょう。しかしソレがなんだと言うのです。黄金の瞳を持たずとも…若様ほど一族の長に…そしてこの世界の王に相応(ふさわ)しい方などおりません」


「じい…俺は…」


「若様がなんと申されましょうと、若様は長い一族の歴史の中で、最も優れたお方です。そんな若様の御教育係となれた事…わしは誇りに思っております」


一愛を安心させるように、優しく微笑み、静かに語りかける老人。


それでも…一愛にとってはそれも鬱陶(うっとう)しいだけだった。


子供の頃から世話してもらい、この老人には感謝もしている。


それでも…そんな世話係だからこそ、他の一族と同じ。


自分をこの世界の王に…と期待し、勝手に持ち上げている。


自分達の理想を…一族の長であり、先祖直系の血を継ぐ一愛に押し付けている。


それが何より…一愛には鬱陶(うっとう)しく、悲しかった。


「じい…。じいだって…本当はわかってるだろ?俺が王になって何の意味がある?俺は…俺達一族は……」


「若様。自信をお持ち下され。若様が自分を卑下する事などございません。もう一度…いえ、何度でもじいは申し上げましょう。一愛様こそ…この世界の王に相応しいのです」


やはり自分の意見を曲げないじいに、一愛は悔しさで顔を歪ませる。


自分が何を言っても、世話係をはじめ一族の考えは変わらない。


自分の存在意義を勝手に決められる。


それが何より無意味だと知っているのに…どうして一族の者は誰もそこを考えないのか?


自分の命はこの世界の何よりも尊い?


違う。


自分の命も一族の命も…この世界に暮らす人々と何も変わらない。


それこそが真実なのに…どうしてその真実を、誰も見ようとしないのか。


一愛はただ悔しそうに歯を食いしばる。




(俺は…俺は王様なんかじゃ…ない。…俺は………偽物だ)







「……………ぅ……うぅ…」


深く眠っていた蓮姫の意識は段々と覚醒(かくせい)していき、彼女は閉じていた(まぶた)をゆっくりと開く。


彼女の黒い瞳が映したのは木製の天井。


華屋敷にある自分と千寿の部屋かとも思ったが…どうやら違うらしい。


「……………こ…こは?」


「目が覚めたかい?蓮華」


「っ!?」


掛けられた聞き覚えのある声の方に首を向けると、そこには現在夢幻郷にいないはずの牡丹の姿。


慌てて体を起こそうとする蓮姫だが、体中に激痛が走り顔を歪ませる。


「ぅあっ!!」


「無理するんじゃない。体中どこもかしこもボロボロさ。辛いんだろ?寝てな」


そう言って、牡丹は蓮姫の乱れた前髪を撫でながら優しく微笑む。


牡丹の言う通り、今の蓮姫は満身創痍(まんしんそうい)


体中、それこそ頭部にも包帯が巻かれていた。


顔にもバンソーコーが貼られ、息をする度に蓮姫の体には痛みが走る。


きっと内臓もいくつかやられているのだろう。


蓮姫はなんとか動く首を牡丹の方に向け、小さな声で(たず)ねた。


「…牡丹…姐さん?…どうして?…帰って…くるの……明日じゃ?」


「用事が思ったより早く終わってね。そのまま帰ってきたのさ」


「……私……どうして?…ここは?」


「…ホントは静かに寝ててほしいけど…気になるみたいだし…教えようか」


牡丹は苦笑すると、蓮姫が気絶する前の事を簡単に説明する。


「鈴蘭達…他の遊女に殴られたのは覚えてるだろ?そこを若様が助けたのさ」


「…かず………いえ…若様が?」


蓮姫は「一愛」と言おうとしてそれをやめる。


この名前は自分だけに教えてくれたもの。


牡丹とはいえ、勝手に言う訳にはいかないと思いとどまったのだ。


「そうさ。その若様は今、万能薬を取りに行ってる。今は体中痛いだろうが…もう少しの辛抱だよ」


「………はい。でも…牡丹姐さんも…助けて…くれたんですよね?」


牡丹がここにいる事や、自分の傍にいてくれる事に、蓮姫は牡丹も自分を助けてくれた一人だと思った。


そしてそれは事実であり、牡丹は蓮姫の言葉に微笑む。


「蓮華はホント賢いね。でも…助けたって程の事じゃない。ここに運んで、簡単に手当しただけさ」


「………ここ…は?」


「夢幻郷の(はし)にある飯屋(めしや)だよ。私の行きつけでもあって…可愛がってる子…あんたを預けるのに、誰よりも信用出来る子の店さ」


「………信用出来る…子?」


「そうさ…この店は……ん?来たみたいだね」


牡丹の言葉の途中、ドスドスと大きな足音がこの部屋にも響いてくる。


蓮姫が不思議がっていると、扉が横に引かれ、ふくよかな女性が部屋へと入ってきた。


「牡丹姐さん。お茶とお水持って…あ!良かった!目を覚ましたんだね!」


現れた女性は手に湯呑みの入ったお盆を持っていたが、目を覚ました蓮姫を見ると嬉しそうに近づいてくる。


あのかぐや姫と同じくらいふくよかで、全体的に真ん丸の姿。


そしてニコニコと笑顔を浮かべる女性。


彼女はお盆を畳の上に置くと、牡丹の隣に座った。


「大丈夫?…じゃないよね?でも大丈夫!あの若様が万能薬持ってきてくれるらしいから。もう少しの辛抱だよ」


先程の牡丹と全く同じ言葉を告げる女性。


牡丹と同じように蓮姫を心配している…蓮姫の身を案じているのだとわかる。


恐らく彼女はこの家の住人なのだろう。


蓮姫はそれを尋ねようとしたが、それより先に牡丹が女性へと声を掛ける。


「お(ふく)。店が忙しくなる時間帯に、悪かったね」


「何言ってるのさ!いいよそんなの!店なんて一日二日休んでも問題ないんだから!それに牡丹姐さんの頼みを私が断る訳無いだろ!なにより…私がこの子を放っておけると思う?」


『お福』と呼ばれた女性はチラリと蓮姫を見る。


それは一瞬だったが…とても悲しげで…どこか遠い目をしていた。


そんなお福に、牡丹はまた苦笑いを浮かべる。


「いや。あんたなら絶対面倒見てくれる。…そう思って蓮華を連れてきた。…ごめんね」


「謝らないでよ!私は!それに旦那も!牡丹姐さんには感謝してるんだ!感謝してもしきれないよ!」


「…ありがとう…お福」


本当にすまなそうに…しかしありがたそうに、牡丹は深く頭を下げた。


「もう!牡丹姐さん!やめてってば!あ、そうだ。えと…蓮華…だっけ?万能薬で体が治っても、ここにいていいからね。店には戻れない…というか、戻りたくないでしょ?」


お福の突然の申し出に困惑する蓮姫だが、そんな蓮姫を置いて二人は話を進めた。


「いいのかい?お福」


「いいよ!むしろ私がそうしたいんだ!もうこの子をあの店に…千寿の傍になんか置いちゃいけない」


苦々しく『千寿』と呟くお福に、牡丹もまた悲しげに目を伏せる。


「…そうだね。…私の考えが甘かったよ。頼めるかい?お福」


「勿論!じゃあ私は晩御飯作ってくるから!蓮華!まだ体が辛いだろうけど、水飲めそうだったら飲んで!」


「…え…あ、あの!」


「じゃあ、また後でね!」


蓮姫の返事を待たずにお福はまた部屋を出て行った。


困惑し、何処からどう尋ねればいいのか迷う蓮姫。


そんな蓮姫の心情に気づいたのか、牡丹は蓮姫に向き直り口を開く。


「さっきの子は『お福』。この飯屋のもんさ。お福の旦那がここの主人。二人でこの『福飯屋(ふくめしや)』を切り盛りしてるんだ。大丈夫。二人は信用出来るからね」


「そう…なんですか?」


「あぁ。………あんたには言っておくけど…『お(ふく)』ってのは、あの子の今の名前さ。…一年前…あの子は『福寿(ふくじゅ)』って名前だった」


「っ!?ふく…じゅ…って…」


その名前には蓮姫も聞き覚えがある。


それは一年前…男と一緒にこの夢幻郷を逃げ出そうとしたが、捕まって蓮姫のように遊女達から制裁を受けた見習い遊女の名前。


話の流れからして…彼女は死んでいるのかと思っていた蓮姫だが、牡丹がここでそんな嘘を言うはずもない。


牡丹はゆっくりと頷くと言葉を続けた。


「あんたの知ってる『福寿』と、あの『お福』は同一人物だよ。あの子は一年前…あんたと同じ…ううん。もっと酷い目にあった。そこを私が……助けた…と言っていいのか…死にかけてたあの子を、そのまま店から連れ出して、前にこの飯屋を仕切ってた老夫婦に預けたんだ」


牡丹は深く息を吐くと、目を閉じる。


瞼の裏には血まみれになったかつての福寿の姿が浮かんだ。


「老夫婦はこの店をたたんで田舎で余生を過ごすつもりだったけど、半年くらい福寿の面倒を見てくれたよ。福寿と…その相手の男のこともね」


「っ!?相手の…男の人も?」


「そうさ。他の連中は『男が福寿を放って逃げた』…そう思ってるけど、事実は違う。その男は一年前、店の魔晶石をくすねてね。知識もろくに無い空間転移で福寿と逃げようとした。でも勝手に魔術が発動しちまって、一人だけ結界の外に飛ばされたんだ。男はそれからしばらくして、ここ夢幻郷に戻ってきたよ。空間転移の時に負ったのか…顔にデカい傷を作ってね」


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