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恋 2


蓮姫が華屋敷の奥で女達から暴行を受けている頃…(とう)(みせ)は『準備中』の札が門前に掛けられていた。


現在の時刻は昼過ぎ…おやつ時に近い。


外では太陽が空高く登っている。


華屋敷をはじめ夢幻郷の各娼館は全てが準備中。


そんな中、一愛(かずい)は夢幻郷を訪れ華屋敷へと向かっていた。


その足取りはとても(かろ)やかであり、ニコニコと(あふ)れんばかりの笑顔を浮かべている。


錬金術(れんきんじゅつ)は初めてしてみたけど…上手く出来たな。我ながらいい出来だ)


(ふところ)(さぐ)ると布越しに中の物の感触を確かめ、一愛の頬は更に(ゆる)める。


(…蓮は驚くだろうな。……喜んで…くれるかな?…『こんなのいらない』って突っ返されたら…どうしよう)


ふと蓮姫…蓮がプイッとそっぽを向く姿を想像し一瞬落ち込む一愛。


しかし直ぐに自分の想像をかき消すようにブンブンと首を振る。


(…いや…蓮はきっとそんな事言わない。…きっと…喜んでくれる)


今度は喜ぶ蓮の姿を想像して再びニヤける一愛の姿は…(はた)から見ればヤバい奴だ。


(今日はこれを渡して…昨日の返事を聞こう。蓮が頷いてくれたら…明日二人で祭りに出掛けるんだ。…楽しみだな)


一愛は昨日と変わらず蓮と過ごす未来を、二人で祭に出掛ける未来を想像し満足気にポンポンと懐を叩いた。


そして両脇に並ぶ娼館へと視線を移す。


(どこもかしこも『準備中』……当たり前か。多分華屋敷も準備中だろうが…普段の倍の金を出せば店の連中は頷くだろ。そうしたら蓮ともすぐ会えるし…今日は早く来たからその分一緒に過ごせる……と、着いた着いた)


色々と想像したり心の中で独り言を言っている間に、一愛は目的地でもある華屋敷へと着いていた。


他の店と同じように『準備中』の札が掛けられているが、一愛は店の前を(ほうき)で掃除している見習いの少女に声をかける。


「千寿。ご苦労さま」


「っ!?若様っ!こんなに早く来られるなんてどうしたんですか?」


千寿は一愛の顔を見ると嬉しそうに頬を赤らめ彼に近づく。


機嫌良さげに微笑む一愛に千寿の顔も嬉しそうに(ほころ)んだ。


そんな自分に想いを寄せる少女に、一愛は残酷にも自分の目的を…自分が想いを寄せる少女の名を口にする。


「どうしても早く蓮に会いたくてな。入れてくれるか?」


「え…蓮って…蓮華?…で、でも」


「見習いの仕事中だって言うんだろ?わかってる。でも…どうしても直ぐに会いたいんだ。頼む千寿」


一愛の言葉に千寿は下を向きギュッと持っていた箒を握りしめた。


「千寿?どうした?」


一愛の声に何も答えず(うつむ)いたままの千寿。


しばらくすると千寿は体を震わせ、その顔を勢いよく上げる。


その目に涙を溜め、潤ませて。


「千寿?」


「若様…聞いて下さい。蓮華は…蓮華はもういないんですっ!」


「……は?いない?どういうことだ?」


「若様っ!」


どういう事か詳しく聞こうとした一愛だったが、千寿は(ほうき)を投げ捨てると勢いのまま彼に抱きつき一方的に話し始めた。


「蓮華はここを逃げ出したんです!」


「逃げた?待て千寿。ここは女一人じゃ逃げるなんて」


「蓮華はここの従業員といい仲になってたんです!蓮華はその男と二人で逃げました!」


一愛が口を挟む暇もなく千寿は一人で早口でまくしたてる。


「若様は蓮華に遊ばれてたんです!かわいそう!でも若様!私は違います!私には若様だけです!若様の事は私が(なぐさ)めて」


「おい千寿!」


あまりにも勝手な事ばかり話す千寿を無理矢理引き剥がすと、一愛は鋭い眼光で千寿を睨みつけた。


一愛は気づいている。


自分が惚れた女が…蓮がそんな女ではないこと。


目の前にいる千寿が嘘をついていることに。


「どういうつもりだ?いくらなんでも悪ふざけが過ぎるぞ」


「悪ふざけなんかじゃありませんっ!本当です!蓮華は男と逃げ出したんですっ!」


尚も譲らず自分の主張を通す千寿に、一愛は不機嫌さを隠すこともなく舌打ちをする。


「チッ。話にならないな」


「若様っ!」


自分から離れる若様に手を伸ばす千寿だが、一愛はその手をスルリとかわし勝手に扉を開け店へと入っていく。


すると前方には何やらボソボソと話す遊女達の後姿(うしろすがた)


一愛は気配を消すと、千寿が入ってくる前に後ろ手で扉を閉め遊女達の言葉に耳をすました。


「気に入らないからって…菖蒲や鈴蘭もよくやるよ」


「ホントだよ。ねぇ…あの子大丈夫かね?」


「わかんないよそんなの。あたしだって関わりたくないんだから。あんただってそうだろ?」


「そうだけど…あのままじゃ蓮華が死んじまうよ」


遊女達から聞こえた『蓮華』『死ぬ』という言葉に一愛の体は勝手に動き遊女達へと駆け出した。


「おいっ!」


「わ、若様っ!?」


「ど、どうして若様が!?」


「今なんて言った!?蓮華がどうしたっていうんだ!?」


一愛は必死の形相で遊女の一人の肩を掴むと、ガクガクと揺する。


「れ、蓮華は…あの…」


「教えろっ!蓮は何処に…いや!今すぐ俺を蓮華の所に連れて行けっ!」


「は、はいっ!」


遊女二人を引き連れ奥へと駆け出す一愛。


そんな彼の後ろ姿を見ながら…千寿はまた自分の両腕を包帯の上からガリガリと掻きむしった。


「…姐さん達…余計なことを。…あの女…若様が行くまでに死ねばいいのに」


ポツリと…しかし悪意を込めて呟く千寿。


そんな千寿に後ろから近づく女が一人。


「千寿?(ほうき)ほっぽって何してるんだい?」


聞き慣れた声に千寿が後ろを振り向くと、そこにはこの華屋敷で一番上の立場である女が立っていた。




若様が華屋敷の奥へと進んでいる一方、仕置部屋でも動きがあった。


女達は反応のなくなった蓮姫に対しての暴行をやめ、彼女を床に放り出す。


ドサリと音を立てその場に倒れる蓮姫。


その顔や体には…鬱血(うっけつ)や、腫れ上がった痕がいくつもある。


それは女達から無数に殴られ、蹴られた証拠。


蓮姫はボヤけた視界でただ女達の足元を見つめる。


それすらも今の蓮姫にはよく見えていない。


(…あち…こち……痛いのに…体……動かない…や。…上手く…見えないし……聞こえない…)


今の蓮姫には指一本すらまともに動かすが出来なかった。


(ゆが)んだ視線を少し上に向けるが、やはり自分を見下ろす女達の顔すらよく見えない。


近くで笑っている女達の声も…何処か遠くに聞こえる。


口の中が切れて血も流れているが、(わず)かに血の味を感じる程度であまり実感がない。


(………ヤバ………私……今度こそ…死ぬの…かな?…せっかく…一愛に………助けて…もらった…のに)


ぼんやりと自分の命を助けてくれた若様…一愛の姿を思い出す蓮姫。


しかしそんな蓮姫の体を、菖蒲は容赦なく足で蹴るように仰向けにした。


一瞬咳き込む蓮姫だが表情は変わらず、ただぼんやりと目を開いているだけ。


「こいつ…結局泣かなかったね。叫びもしなかったし…つまんない女だよ。鈴蘭…そろそろ私らも仕事の準備しなきゃいけないし…ここいらでやめておくかい?」


「そうだねぇ。こんなのに構って時間を潰すのも飽きたし、私らも疲れたしね………」


鈴蘭も菖蒲の言葉に同意しているが、ふと見習いの者が持っている小さな燭台を視界に映す。


すると再びニヤリと笑みを浮かべ、その見習いから燭台を取り蓮姫へと近づいた。


鈴蘭は蓮姫の前でしゃがむと、また蓮姫の前髪を掴み無理矢理顔を上げ…とんでもないことを言い放つ。



「最後に…蓮華の顔を焼いて終わりにしようじゃないか」



鈴蘭の悪魔のような(ささや)きに菖蒲も他の女達もクスクスと笑い出す。


誰一人として蓮姫を(かば)う事はせず、鈴蘭がこれからやろうとしている行為を楽しんでいる。


それはあまりにも異常で狂った光景でもあった。


「ハハッ!怖いねぇ鈴蘭。そんな事したら、蓮華は若様どころか他の男に見向きもされなくなっちまうよ!」


「だからやるんだろ。なんだい菖蒲。止める気かい?」


「まさか。可愛い可愛い蓮華の顔…派手に焼いてやろうよ」


そう言うと菖蒲は後ろから蓮姫を羽交い締めにして、身動きが取れないようにする。


今の蓮姫は女達の声などろくに聞こえない。


それでも段々と自分の顔に近づく炎に…鈴蘭が何をしようとしているのか…気づいてしまった。


徐々に恐怖に歪んでいく蓮姫の顔を見て、鈴蘭と菖蒲の笑みは深くなるだけ。


むしろ怯える蓮姫を見て…女達は楽しそうに笑っていた。


「………や……めて……」


「あぁ…そうだよ蓮華。その顔が見たかったんだ。でも……もう遅いけどね」


「鈴蘭。さっさと焼いちゃいなよ」


鈴蘭の持つ燭台はゆっくり、ゆっくりと蓮姫の顔へと近づく。


ハラリと垂れた蓮姫の前髪が炎で焦げ、煙が上がると蓮姫の体はカタカタと震えた。


炎はジリジリと近づき、蓮姫の頬はその熱で軽い火傷を負う。


ついに蓮姫の頬に燭台の炎が触れそうになった…その時。



ドンドンドンッ!



扉が激しく叩かれる音が部屋中に響いた。


その音に中にいた女達は全員…燭台を持っていた鈴蘭も慌てて扉の方を振り向く。


そして扉の向こうからは彼女達がよく知る男の声が響いた。


「おいっ!お前ら!今すぐこの扉を開けろっ!!」


怒鳴りながらも扉を何度もドンドンと叩く一愛…いや若様の声に女達は今までの威勢が一気に消えオドオドと慌てだした。


「わ、若様!?」


「なんで!?なんで若様が仕置部屋に!?」


「ど、どうするんですか!?鈴蘭姐さん!菖蒲姐さん!」


「ちょっ!?黙りな槿!」


騒ぎ出す女達だが、突然の上客の登場にどうしていいのかわからず騒ぐだけ。


「おいっ!聞こえてるだろ!さっさと開けろっ!」


「わ、若様!ここは仕置部屋です!お客が来るような場所じゃないんです!どうかお引き取りを!」


尚も続く若様の怒声に鈴蘭は必死に彼を遠ざけようとしている。


それもそうだろう。


相手はここ華屋敷…いや夢幻郷一の上客。


そしてこの場にはそんな上客のお気に入りの遊女…蓮華が満身創痍で倒れている。


蓮華は女達からリンチにあったのだと、誰の目から見ても明らかだった。


バレる訳にはいかない。


徹底的瞬間だけは見られる訳にはいかない。


だからこそ鈴蘭は…女達は扉を開けることはせず、若様が去るのを待つしかなかった。


しかしそんな言葉で一愛が納得し、この場から…蓮姫が罰を受けている部屋から去る訳もない。


「いいから開けろっ!クソッ!魔晶石を持ってくるんだった!」


若様は強い魔力を持ち高度な魔術をいくつも使える。


本来ならこんな扉など魔術を放ち一発で破壊出来た。


だがここは魔晶石によって作られた結界の中。


一愛は勿論、誰も魔術は使えない。


そんな魔晶石の結界の中で魔術を使える唯一の方法…それは術者も別の魔晶石を持っている事。


こんな事態が起こるなど予想もしていなかった一愛は、当然持ってきていない。


「クソッ!開けろっ!開けろって言ってるだろうがっ!」


ドンドンと何度も扉を叩き、何度も怒鳴り散らす一愛だが、中の女達とて扉を開ける訳にはいかず…お互い相手が折れるのを待つしかない状態。


一愛は我慢できず自分を案内した遊女達へと振り返る。


「おい!斧でもナタでもなんでもいい!ここをぶち壊せる物を持ってこい!」


「で、でも若様!」


「いいからさっさと持って、っ!?」


急に一愛は扉を叩くのも、怒鳴るのも止める。


不思議に思った中の女達はお互い顔を見合わせた。


鈴蘭と菖蒲もお互いの顔を見て深くため息をつく。


やっと若様は諦めてくれた…と。


女達が安心したのも束の間。


扉からガチャ…という鍵が開けられる音が聞こえる。


そして開いた扉の向こうには…冷ややかな目をして女達を見つめる牡丹の姿があった。


「ぼ、牡丹姐さん…」


「な、なんで牡丹姐さんが…」


「か、帰ってくるの…明日じゃ」


夢幻郷不在であるはずの牡丹の登場に女達の顔は真っ青になる。


まるで自分達の悪巧(わるだく)みや悪行(あくぎょう)がバレたかのように。


慌てるどころか軽く怯えている女達を、牡丹は一言も発さず女達へ冷たい眼差しを送る。


そんな牡丹の横から一愛は部屋へと飛び込んだ。


「蓮っ!!」


女達を押しのけ、奥で横たわる蓮姫の元へと駆けつける一愛。


「っ!?…蓮っ!」


一愛が見た蓮姫の姿はあまりにも痛々しいもの。


目を閉じ、血を流し、顔や体中痣だらけの姿で横たわる蓮姫の姿を見て…一愛は一瞬最悪の想像をする。


一愛は震える手で蓮姫を抱き上げると、必死に彼女へと声をかけ続けた。


「蓮っ!しっかりしろ!死ぬな!蓮っ!!」


何度も何度も自分を呼び続ける声に蓮姫もゆっくりと(まぶた)を上げ、黒い瞳に一愛の顔を映す。


「……………か………ずぃ……」


「っ!蓮!蓮っ!!」


小さな声で弱々しく自分の名を口にする蓮姫に、一愛は目に涙を溜めて蓮姫をキツく抱きしめた。


一愛が蓮姫を抱きしめている後方…女達は何も言わない牡丹に弁解を始めた。


「ち、違うんだよ!牡丹姐さん!」


「これは!蓮華が逃げ出そうとしたからなんだ!」


「そ、そうだよ!だから軽く罰を与えてただけなの!」


「逃げ出そうとした女には罰を!それが夢幻郷の掟だろ!私達はその掟を守っただけなんだ!」


口々に騒ぎ立て自分達を正当化しようとする女達に、牡丹は冷ややかな目を一度閉じる。


そしてもう一度青い瞳を開くとギロッ!と女達を睨みつけた。


あまりにも鋭いその眼光に女達が怯むと、牡丹はゆっくりと口を開いた。


「……一年前…あの福寿(ふくじゅ)をあんた達が酷い目にあわせた時…私がなんて言ったか忘れたのかい?」


「そ、それは…で、でも…」


言い淀む鈴蘭に視線を向けると、牡丹は腕を組み鈴蘭一人を睨みつけた。


「鈴蘭。私は一年前、『同じ苦界(くがい)に生きる仲間を痛みつける事は許さない』。そう言わなかったかい?」


「…い、言ったよ」


「…なら………なんでこんな事してんだいっ!逃げ出そうとした!?掟だ!?だからって一人の女を大勢で袋叩きするなんざ正気じゃない!こんな事して許されると本気で思ってんのかい!?本気でコレが正しいと!あんた達は胸張って言えんのかいっ!?」


怒鳴る牡丹の声に女達は全員ビクッ!と体を震わせた。


牡丹はここ華屋敷一番の遊女であり、世界三大美女の一人と名高い。


彼女は夢幻郷一の女としても知られており、事実夢幻郷を治める立場でもある。


その噂は裏の人間だけではなく、表の人間も聞いたことがあるほどに。


華屋敷は勿論、他の店の娼婦や従業員、客ですら彼女には敬意を払っている。


つまり牡丹は…ここ華屋敷、そして夢幻郷で誰よりも偉い存在。


今の今まで蓮姫を痛みつけていた女達の行為は、そんな牡丹の逆鱗(げきりん)に触れる事だった。


しかし牡丹以上に怒りを抑えきれない人物もここにはいる。


「……………ゆる…さねぇ…」


一愛は蓮姫を床に優しく横たえると、ゆらりと立ち上がる。


そして憎悪のこもった瞳を女達に向けた。


「…お前ら…全員許さねぇ。…全員俺が殺してやるっ!!」


「ヒッ!」


叫び後ずさる女達だが、一愛はジリジリとその距離を縮める。


本気でこの場にいる女達を…蓮姫を痛みつけた者を全員殺す気だ。


だが、そんな女達と一愛の間に牡丹が割って入る。


「待ちな!若様、これは華屋敷の問題だ。お客である若様は引っ込んどいておくれ」


「牡丹!そこを退()け!退()かないなら…お前をぶん殴ってでも俺はこいつらを殺すぞ!」


「…偉そうに蓮華の味方ぶってるとこ悪いけどね。ホントは若様だって気づいてんだろ?蓮華がこうなったのには…若様も原因だってね」


「っ!?」


「この部屋に来る前に聞いたよ。『遊女をしない』って言った蓮華を…若様は無理矢理買ったんだろ?二日も続けて。そんな若様の軽はずみな行為を見て、遊女達が何も考えないと思ったのかい?人気のある若様に目をかけられた新人の見習いに、他の遊女達が嫉妬しないとでも?」


牡丹の正論に一愛はギリッ!と奥歯を噛み締め、拳を強く握りしめた。


そんな若様を見て牡丹もため息をつく。


「頭を冷やすんだね。ここにいる女達には私から罰を与える。それが(すじ)ってもんさ。若様は急いで家に帰っておくれな」


「帰れだ!?蓮をこのまま放って俺一人帰れと言うのか!?」


「頼むから一度帰っておくれ。蓮華は私が養生(ようじょう)出来る場所に連れて行く。若様は帰って万能薬を持ってくるんだ」


「っ、万能薬を?」


「前に言ってたろ?『万能薬は家にいくつかある』ってね。蓮華を治したいなら急いで行っておくれ。蓮華の身の安全も、この子達に与える罰も私が保証する」


牡丹の言葉に一愛はチラリと後ろで横たわる蓮姫へ視線を向ける。


確かに息はしているが…その姿はあまりにも痛々しい。


一愛が回復の魔術を使えば一発で治るが…ここは結界の中。


この場で魔術は一切使えない。


一愛はまたキツく目を閉じ、深く息を吐くと牡丹へと向き直った。


「………わかった。俺は万能薬を取りに一度帰る。…牡丹、蓮を頼めるか」


「あぁ。今度こそ約束は守るさ。蓮華の身の安全は私が保証する。万能薬を持ってきたら…華屋敷じゃなくこの店に来ておくれ」


牡丹は袖から一枚の紙を出すと一愛へと差し出す。


一愛は一度頷くとその紙を受け取り、女達をまた睨みつけそのまま走って部屋を出て行った。


「さて、あんた達の罰だが…今日はもう仕事が始まる。明日には祭りもある。罰はその後だ。覚悟おし」


女達は牡丹の言葉に無言でコクコクと頷いた。


牡丹は確かに恐ろしいが、自分達が蓮華にしたような罰は決して与えない。


それに先程は本気で若様に殺されるかもと思っていた。


それに比べれば牡丹の罰の方が何倍もマシだ。


だがやはり鈴蘭は黙っていられず、自分達の正当性を通そうと…そしてこの場にいない女へ罪をなすりつけようとした。


「牡丹姐さん…今回の事は一年前と同じ。千寿の告げ口から始まったんだよ」


「だから?何が言いたいんだい、鈴蘭」


「確かに私らは蓮華を痛めつけたよ!でもそれは私らだけの責任じゃない!前と同じで原因は千寿さ!それに蓮華だって!」


「蓮華がなんだって?」


またギロリと鈴蘭を睨む牡丹だが、鈴蘭は蓮姫を指さして言葉を続ける。


「蓮華は…蓮華は女王派の人間なんだよ!」


「……………そうかい」


鈴蘭の必死な主張に、牡丹はただ一言返すと女達を部屋から出した。


そして従業員の男を一人呼ぶと、蓮姫を担がせる。


男に担がれた蓮姫の背を優しく撫でると小さく…本当に小さく…牡丹は蓮姫に向けて呟いた。



「やっぱり…あんたも女王派の人間だったんだね」



ポツリと呟かれた言葉に蓮姫ではなく、蓮姫を担いでいた男が反応する。


「牡丹さん?何か言いました?」


「なんでもないよ。このまま『福飯屋(ふくめしや)』にこの子を運んでおくれ」


「はい!」


そのまま牡丹も蓮姫と一緒に仕置部屋を、そして華屋敷を出て行った。


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