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恋 1


ここは夢幻郷一(むげんきょういち)娼館(しょうかん)華屋敷(はなやしき)


(はな)やかな女達が男と一夜を過ごす店。


そんな娼館(しょうかん)の奥に、窓のない小さな部屋があった。


光が一切(いっさい)差し込まず、物は何一つ置かれず、廊下と部屋をつなぐ扉しかない…暗く狭い部屋。


その部屋に、蓮姫は気を失ったまま連行されていた。


男達は目的の部屋に着くと、蓮姫を乱暴に…それこそ物のように床へと投げ捨てる。


ドサッ!


床に打ち付けられた衝撃で蓮姫は目を覚まし、ゆっくりと体を起こしながら首を上げた。


「っ!?ぅ…うぅ…こ、ここは?」


「おや?お目覚めかい?」


蓮姫の声に答えたのは蓮姫を連れ戻した男達…ではなく、ここ華屋敷で働く遊女達。


それも一人二人ではない。


「もうちょっと寝てた方が、あんたも幸せだったろうにねぇ」


「何言ってんだい。どうせ起きるような事するくせに」


「それもそうだね。呑気(のんき)におねんねなんか出来やしないか」


「姐さん!早くやってしまいましょうよ!」


「そうですよ!私達お仕事あるんですから!こんなのに構ってるのも嫌です!」


「まぁまぁ、そう急ぐんじゃないよ。あんた達」


数人の遊女達…そしてその遊女達に付いている見習いの少女達。


何人かは火のついた小さな燭台(しょくだい)を手に持っていた。


何故か彼女達は倒れる蓮姫を見下(みお)ろし…いや、見下(みくだ)しながら喋っている。


笑っている遊女や見習い達だが、蓮姫は彼女達が自分に向ける視線の意味に気づいた。


それは何度も弐の姫である蓮姫に向けられてきた視線。


嫌悪(けんお)軽蔑(けいべつ)、怒りという負の感情に満ちた視線と同じ。


「あ…あの…」


蓮姫が言葉を発しようとした瞬間。


遊女の一人…あの槿(むくげ)という遊女が蓮姫に近づき、蓮姫の腹目掛(はらめが)けて蹴りを入れる。


ドスッという(にぶ)い音と共に蓮姫は「ゲホッ!」と息を吐き出しながら、痛む腹を抑えて丸くなる。


そんな蓮姫を槿(むくげ)は…いや女達は冷ややかな目で見下ろした。


「誰が勝手に喋っていいって言った?この裏切り者」


蓮華(れんげ)。あんたまだ、自分の置かれた状況を理解して無いみたいだね」


「ね、(ねえ)さん…何を?」


勝手に喋るな、と言われても蓮姫は自分が受けた仕打ちにただ困惑し彼女達を見上げる。


ふと奥にいる男達と視線が合った。


しかし彼等はバツが悪そうな顔をすると、蓮姫から視線を逸らし女達へと声をかける。


「俺達の仕事はここまでだ」


「後はお前達の仕事だ。俺達は戻る」


「あぁ。ご苦労さま。後は私らがするからね。さっさと出て行っていいよ」


男達は遊女の一人…鈴蘭(すずらん)と少しの会話をすませると、また蓮姫を(あわ)れむような目で見つめ、部屋を出て行った。


見習いの一人が扉を閉めると、部屋はの中の光は数人が持つ小さな燭台(しょくだい)の明かりだけ。


小さな炎に照らされた女達の顔は…蓮姫にとてつもない恐怖を与えた。


そんな中…鈴蘭(すずらん)がゆっくりと口を開く。


「『何?』って言ったね?蓮華。 これは勿論…あんたへの罰だよ」


「『逃げ出そうとした裏切り者には制裁(せいさい)を』。それがここ、夢幻郷の(おきて)だからね。そうじゃなくても…あんたの事は気に入らなかったんだ、よっ!」


そう叫ぶと、菖蒲(あやめ)という名の遊女は体を丸めたままの蓮姫を全力で踏みつけた。


「ぐっ!?」


痛みで顔をしかめる蓮姫に構わず、菖蒲(あやめ)は靴を履いたままの足をグリグリと蓮姫の体に押し付ける。


「聞いたよ蓮華~。あんたここに来た時、牡丹姐さんに『遊女はしたくない』って頼み込んだらしいじゃないか?」


牡丹には確かにそう懇願(こんがん)した蓮姫だが、遊女達の反発を抑える為に、牡丹の独断として他の者には伝えられていたはずなのに。


どうしてそれを知っているのか?


「っ!?な、なんで、それを…ぐぅっ!」


蓮姫が驚き声を上げようとするが、それすらも許さないと言いたげに、菖蒲(あやめ)は更に足の力を強めた。


「はっ!私らがどんな思いで遊女してると思ってんだ?自分から娼婦したい奴なんて…ここにゃいないんだよっ!」


「ぐぅっ!うぁっ!!」


更にグリグリと足を押し付けられ唸る蓮姫。


だが菖蒲(あやめ)は、痛みで表情を(ゆが)ませる蓮姫を見てもその足を退()けるどころか、また何度も足を振り下ろした。


「遊女!したくないとか!私らの事!バカにしてっ!それなのに!牡丹姐さんどころかっ!若様に気に入られてっ!ふざけんじゃ!ないよっ!」


ドスッ!ドスッ!と(にぶ)い音が部屋に響く。


何度も繰り返し蓮姫を踏みつけると、菖蒲(あやめ)は疲れたのかその足をやっと退()ける。


そして代わりに、鈴蘭(すずらん)が近づき蓮姫の前髪を乱暴に(つか)むと、グイッ!と無理矢理上を向かせた。


「うっ!」


「痛いかい?こんなんまだまだ序の口だよ?あぁ…福寿(ふくじゅ)を思い出すね。知ってるかい?あんたみたいに逃げ出そうとしたバカの話さ」


「わ、私は…逃げたり…なんか…」


蓮姫が話そうすると、鈴蘭は蓮姫の前髪を掴んでない方の手を振り上げ、蓮姫の頬を平手打ちする。


「勝手に喋るなって言ったろ?まぁ聞きなよ。福寿はね、ここで働いてた男と逃げようとした。でもね、そんなの直ぐにバレて捕まったんだ。かわいそうに…男はビビって一人だけ逃げちまって…福寿は一人ここに連れ戻され罰を受けた。今のあんたみたいにね。そうだろ?菖蒲」


「ふふっ。あぁ、そうだったね。福寿も泣き叫んでたよ。でも泣いて許してもらえる訳ない。私らは福寿に罰を与えた。福寿のあそこに刃物やら棒やらを突っ込んで…二度と男の相手を出来ない体にしてやったっけ」


「ははっ!そうだったね。あの時の福寿の顔…今でも忘れられないよ。でもあの子が悪いのさ。そして蓮華…あんたもね」


笑いながら自分達がした仕打ちを話す菖蒲と鈴蘭に、蓮姫の顔は血の気が引き真っ青になる。


「あんたが若様の相手をするのは仕方ない。あんな殿方(とのがた)…無視するなって方が無理さ。それにどの女を買うかは客の自由。私らが口を挟む問題じゃない。でもね蓮華…私らがあんたを気に入らない理由が…もう一つあってね」


鈴蘭は蓮姫に顔を近づけると…静かに…しかしハッキリと告げる。



「あんた…女王派の人間だろ?」



「っ!?」


告げられた言葉に蓮姫は息を()む。


蓮姫は弐の姫である事は勿論、女王との関わりなど微塵(みじん)も感じさせないように振舞ってきた。


その証拠に今まで追求された事は一度もない。


それなのに…鈴蘭は自信たっぷりに言い切った。


蓮姫は震える口でなんとか言葉を発しようとする。


「ち、違います。わ、私は…ギルディストの…人間で…」


「ふふ…はははっ!まだ(とぼ)ける気かい!?この何にも知らないバカが!」


(つば)がかかりそうな程、至近距離で叫ぶ鈴蘭だが…蓮姫は必死に頭の中を巡らし何処でバレたのか必死に思い出そうとした。


しかしその答えは鈴蘭によって教えられる。


「おバカな蓮華に教えてやるよ。私もあんたや千寿と同じ…ギルディストの生まれさ」


にぃ…と口角を上げ不気味に微笑む鈴蘭の言葉に、蓮姫はハッと息を呑む。


ツー…と冷や汗が蓮姫の首をつたった。


何も答えない蓮姫の代わりに鈴蘭は話を続ける。


「おっと…間違えた。あんたはギルディストの人間なんかじゃなかったね」


「…な、なんで…」


咄嗟(とっさ)についた嘘…いつかはバレるとは思っていた。


それでも…蓮姫にはバレた理由が分からない。


反女王派の人間の集まる土地であり、遊女も客もそういった人間ばかりなのは知っていた。


だがまさか…ギルディスト出身の遊女がここにいるとは。


しかし店では…特に遊女達の間では過去を詮索(せんさく)するのは御法度。


蓮姫自身も自分の事は何も話していないし、鈴蘭や千寿…他の人間から生まれ故郷の話も聞いた事がない。


それなのに…どうしてバレた?


困惑する蓮姫を放って、鈴蘭は顔を近づけたまま…決定的な言葉を口にする。


「あんたさ…世界の女王様を『女王陛下』って言ったんだろ?教えてやるよ。ギルディストの人間は…あの女王を『陛下』なんて呼ばないんだよ」


「っ!?」


「私らギルディストの人間にとって、『陛下』はギルディストを(おさ)める女帝(じょてい)…皇帝陛下だけ。ギルディストじゃなくても、反女王派の人間は世界の女王を『陛下』なんて呼んで(うやま)ったりしない」


知らなかった反女王派の常識と、たった一言で全てがバレた事に…蓮姫は今度こそ言葉を失う。


この場で「違う!」「ちょっと間違えただけ!」と反論したところで、彼女達が信じるはずもない。


どうあっても…彼女達は蓮姫をこのまま解放はしてくれないだろう。


そして鈴蘭の話で、蓮姫もある事に気づいていた。


牡丹に「遊女をしたくない」と頼み込んだ時も…蓮姫が「女王陛下」発言をした時も…その場にはある人物がいた事に。


蓮姫の心は…その人物に裏切られたという思いで…絶望で満ちる。


それでも…まだ信じていたい。


この場にいない彼女を…友と言ってくれた彼女を…信じたい。


何かの間違い…偶然……たまたま他の人間が話を聞いていただけだ、と。


「さぁてと。そろそろお喋りはお(しま)いにして…罰を始めようじゃないか。あんた達!」


鈴蘭は蓮姫から一歩下がるとクイッと(あご)で合図しながら後ろの女達に声をかける。


そんな鈴蘭に応えるよう見習いの少女二人は蓮姫の元へ素早く移動した。


そして蓮姫の両側から腕を掴むと無理矢理蓮姫を立たせた。


「さてさて。蓮華…コレ何か知ってるかい?」


鈴蘭はニヤニヤしながら着物の袖からある棒を取り出す。


それをパンパンと片手に打ち付けながら、鈴蘭は蓮姫の回答など待たずに話し出した。


「これはすりこぎ棒だよ。ゴマとかする時に使う、ね。ここに来る前ちょっと厨房から借りてきたのさ。菖蒲…あんたは何持ってきた?」


「私は麺棒を持ってきたよ。知ってるかい蓮華?コレは麺やパンの生地を伸ばすのに使うんだけど、別の使い道もあるのさ。例えば……こんな風にねっ!」


叫ぶと同時に、菖蒲は持っていた麺棒を振り上げ蓮姫の顔をそれで殴る。


「ブッ!?」


殴られた衝撃で口の中が切れ蓮姫の口からタラ…と血が流れた。


あまりの痛さに目がチカチカしながらも、蓮姫は菖蒲と鈴蘭を見つめ返す。


菖蒲も鈴蘭も…隣にいる見習い達も他の女達も、そんな蓮姫を見てニヤニヤと笑っていた。


鈴蘭はまた一歩蓮姫に近づくと、すりこぎ棒で蓮姫の頬をペチペチと叩く。


蓮華(れんげ)ぇ。コレはね…罰なんだよ。お馬鹿で生意気で、ここを抜け出そうとしたあんたへのね。私らだってホントはこんな事したくないんだ。でもね…あんたが悪いんだよっ!!」


鈴蘭はそう叫ぶと、持っていたすりこぎ棒をドスッと蓮姫の腹目掛けて突き刺す。


「っ!?ぐえっ!」


「アハハハハッ!きったない悲鳴だねぇ。(よだれ)まで()らしてみっともないったらないよ!」


鈴蘭はすりこぎ棒を蓮姫の腹に当てたままグリグリと更に押し込む。


「ぅあ…あぁっ!」


「こんなんで済むと思うんじゃないよ。私や菖蒲だけじゃない。あんたはここにいる全員から罰を受けるんだから…ねっ!」


そう言うと鈴蘭はすりこぎ棒を腹から離し、今度は蓮姫の頭上から振り下ろした。


ガンッ!という鈍い音と共に蓮姫には気絶しそうな痛みが押し寄せる。


だが蓮姫は痛みを(こら)え、キッ!と女達を強い視線で見つめ返した。


それが睨まれたと感じた鈴蘭と菖蒲は一瞬怯むが、今度は奥から槿(むくげ)が歩み出て蓮姫に何度も平手打ちをする。


「なにっ!生意気なっ!(つら)っ!してんだよっ!こいつっ!」


バシッ!バシッ!と乾いた音が響く中、蓮姫の視線に怯えていた鈴蘭や菖蒲もまた笑いだした。


「アハハッ!蓮華!まだそんな顔出来るなんて凄いじゃないか!」


「今だけだよ。直ぐに『助けて』『許して』って泣き叫ぶさ。福寿の時みたいにね。でもまぁ…そんなんでやめたりしないけどね!」


「覚悟しな蓮華。あんたの綺麗で生意気なその(つら)…二度と若様に向けれなくしてやるよ」





それからも…女達から蓮姫への暴行は続いた。


蓮姫自身も抵抗しようと掴まれた腕を振り払おうともがいた。


しかし暴れる(たび)に女達の暴行は激しさを増していく。


鈴蘭が終われば菖蒲が、菖蒲が終われば槿(むくげ)が、槿(むくげ)が終わればまた別の女が…蓮姫に『罰』という名の暴行を加える。


蓮姫は頬を平手打ちされ、顔を棒で殴られ、腹部に蹴りを入れられた。


何度も…何度も。


痛みに顔を歪め、衝撃でムセる蓮姫を笑って見つめる女達。


繰り返される暴行で蓮姫の歯は折れ、骨も折れているか…ヒビが入っているだろう。



蓮姫の視線がボヤけ動かなくなっても…口や色んな所から血を流しても…女達からの暴行は止まらなかった。



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