失った居場所 4
「蓮。アンタも座んな。せっかくの休憩なんだからちょっとは食べておくれよ。今日はキンピラとアップルパイ、それと甘酒のセットがオススメだよ」
相変わらず訳の分からない組み合わせに蓮姫が苦笑する。
「それにしても蓮。アンタは良く働くね。うちなんかろくに給料も払えないってのに」
「そんなの気にしないで。私が好きでやってるんだから」
「ホンットにいい子だよぉ!あんたは!!あぁ~!!なんであたしはもっと早くにエリックを産んでやらなかったんだろ?あと10年…せめて5年早けりゃ!アンタを嫁に貰えたってのに!!」
思い切り叫んだと思った瞬間、しばし真顔で考える素振りをするとエリックの母親は再び蓮姫に向き合った。
「ちなみにアンタ………年下の男は好きかい?」
「おばちゃん。それ結構問題発言だぞ」
その問に答えたのは蓮姫ではなく、カインだった。
蓮姫はあまりの飛び抜けた考えに少し呆然としていた。
ちなみに、親に将来の嫁を勝手に決められかけているエリックは店に入るなり他の客に絡ま……構われていた。
「えっと…どちらかと言うと年上の方が好きかな」
「お前も真面目に答えんなよ」
「なんだ。それは残念だね」
そもそもまだ10にも満たない息子を進めるあたり間違っているが、エリックの母親は本当に残念そうだ。
「仕方ないね。この際カインでもいいよ。そしたら二人共あたしが面倒みてやるから」
「だから違うっつの」
「ダメだよカイン。おばちゃん思い込み激しいから」
一人でブツブツとカインと蓮姫の将来を勝手に想像しているエリックの母親に、二人は揃って溜息を吐いた。
「蓮姉ちゃん!カイン!」
「どうした?リック」
そんな時エリックが息を切らしながら正面の扉から走って来た。
あまりに大人達にイジられ、外に逃げていたようだ。
「外にたくさんのぐんじん?が居るんだ」
「軍人?蒼牙のオッサンか?」
「ううん。オジサンはいなかったよ。なんか美人のエライ人が大人を呼んで来いって」
エリックの美人で偉い軍人と言う言葉を聞き、蓮姫の脳裏には苦手なあの将軍が浮かんだ。
「ハァ?なんで俺達がわざわざ出迎えなきゃいけねぇんだ?ったく。これだからお偉いさんは……」
カインはそう言いながらも渋々席を立ち、店の外へと出ていった。
すると直ぐにカインの『うわっ!?』という声が聞こえ、蓮姫は反射的に立ち上がり慌てて外に出た。
「カイン!……っ!!?」
だが
ソレがいけなかった。
外に出た蓮姫の目に飛び込んできたのは彼女の予想した通り天馬将軍久遠が沢山の軍人を率いて佇んでいる姿。
右端ではカインが数人の軍人に拘束されている。
だが、彼女の目を釘付けにしたのは大勢の軍人でも久遠でも捕まったカインでもなく…
「お久しぶりです。弐の姫様」
自分を見て穏やかに微笑む蘇芳の姿だった。
蘇芳の姿を目に止めたまま彼女の身体は硬直したように動かなくなる。
何故
この男が?
「弐の姫。貴方を連れ戻すようレオナルド様から命を受けました。ご動向願いたい」
久遠に話しかけられ、蓮姫の身体は弾けるように現実へと戻される。
「天馬…将軍。どうして……ここに?」
「どうして?ソレはこちらがお聞きしたい。何故弐の姫がこのような場に居る?君が邸から抜け出して庶民の真似事などをするから俺達はこうして」
「天馬将軍。そのような物言いは弐の姫様に失礼でしょう。弐の姫様。ここは一先ず公爵邸にお戻りください」
蓮姫を睨む久遠。
その間に割り込みながらも蘇芳は、やんわりと告げた。
「蘇芳殿。弐の姫は御自分の立場を全くもって理解出来ない方だ。そうじゃなければ、こんな所で遊んで要られるはずは無いからな。嗜めるのも臣下の務めだ」
「将軍の仰ることもわかります。ですが、その役目は我々ではなく公爵様こそ適任でしょう」
その口調は優しげだが言葉の奥に、軍人風情がでしゃばってはいけない、という意味を含んでいた。
久遠もソレに気付き溜息を吐く。
「おいっ!!いい加減離せよ!!」
久遠の部下に捕まっていたカインの声に、蓮姫は慌てて久遠に詰め寄った。
「どうしてカインが捕まっているんですか!?彼を放して下さい!」
「そうはいかない。この者は以前より何人もの貴族達から、捕縛の命が後を絶たないからな。カイン=セネット。度重なる貴族への恐喝と暴行の罪で連行する」
「待って下さい!!」
蓮姫は大声で叫ぶ。
本当は蘇芳を押しのけて久遠の前に立ち塞がってやりたいが、蘇芳に自分から近づくような真似は出来なかった。
「なんですか?また命令して事を済ませるつもりですか?ユリウス様の時のように」
わざと嫌味ったらしく、蓮姫に敬語を使いながら笑みを浮かべる久遠。
「弐の姫という立場を乱用すれば、自分の思い通りになるとでも?」
「そんな事を言いたいんじゃありません」
蓮姫の怯まない言葉に蘇芳は彼女の真意を汲み取った。
蘇芳がスッと二人から距離をとると、すかさず蓮姫は久遠に歩み寄る。
「確かにカインは貴族達に乱暴な振る舞いをしたかもしれません。でも、その貴族達はどうなんですか?」
「………何?」
「天馬将軍から見て、その貴族達は信頼に値する人物ばかりですか?品行方正で非の打ち所の無い人達でしたか?」
蓮姫の言葉を聞き、久遠は我儘ばかりで横暴な貴族の御曹司たちの姿が浮かんだ。
自分達に命令する時も横柄な態度で、兵だけでなく民をも見下した発言に腹がたったのは一度や二度ではない。
「確かに……カインだってやり過ぎな所はあるかもしれない。でもリック……子供に自分からぶつかってきたのに、謝るどころか剣で脅しながら慰謝料まで請求する。そんな人達がお咎めなしで、庇ったカインだけが捕まるなんて…間違ってます」
蓮姫はつい昨日の出来事を説明した。
リックと店の買い物をした帰り道。
ニヤニヤと笑いながらわざとリックにぶつかった二人の若い貴族は、大袈裟に足を抑えながら、金を払え、と言ってきた。
勿論、金持ちが取り柄の貴族なのだから目的は金じゃない。
庶民を虐めて楽しんでいるだけだ。
帰りが遅いと心配して見に来たカインが貴族達に鉄槌を下してくれたから何も被害は無かった。
少しやり過ぎていたが……ソコはさすがに黙っていた。
「………ちなみに…その貴族の名前は?」
「名前まではわかりませんけど……容姿は説明できます」
「……伺いましょう」
蓮姫から二人組の特徴を聞くと久遠は深くため息を付いた。
その二人は確かに知っているし、恐らく蓮姫の言う事の方が正しい。
そう確信が持てるほど彼らの噂は良くない物ばかりだ。
「………なるほど。ではカイン=セネットに否はないと?」
「カインに全くの否が無い訳じゃないかもしれません。でもカインは正当防衛じゃなきゃ剣なんて抜きません」
「…………わかった」
「なら!!」
「勘違いしないで頂きたい。カイン=セネット、今回は厳重注意だけにしておこう。だが次に同じ事があれば…確実に捕える」
久遠はそう言うがカインの性格上、近いうちに同じ様な事をするだろう。
それだけ貴族の横暴は後を絶たないのだから。
久遠に支持され部下は乱暴にカインを開放した。
あまりの強さにカインは片膝を地面につける。
「カイン!大丈夫?」
蓮姫がカインに近づき手を差し伸べる。
が
バシッ!
その手はカインによって払い除けられた。
「……………カイン…?」
「…………触んな」