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別離と邂逅 4


ユージーンや仲間達と離された事など知らぬ蓮姫。


彼女は『華屋敷』と呼ばれる、街の中でも一際(ひときわ)大きな建物に運ばれ医者から手当を受ける。


その間も目を覚ますことなく、蓮姫は布団の中で眠り続けていた。


そんな彼女の傍には、医者以外にも遊女のような着物を着た美しい女性、そして質素な着物を着た蓮姫程の年齢の少女が付き添っている。


遊女のような女性は着物の上でもわかる豊満な胸に白磁のような白い肌、宝石のような青い瞳。


長い黒髪を結い上げ(かんざし)をさし、白い肌に映える真っ赤な紅。


あの麗華のような大人の色気が漂う。


美しい女性は部屋を出ると、外にいた男…蓮姫を連れて来た若様に声をかけた。


「若様」


「牡丹。彼女はどうだ?」


「酷い傷と火傷だ。若様の魔術も効かないし、薬の効果もあまり無いらしい。医者の話じゃ…あと数日の命だろうって」


「…なんとか助けられないか?」


牡丹と呼ばれた女性は力なく首を横に振る。


「助けたいのは私もそうさ。でも…医者が無理ってんなら、どうしようもないよ」


「クソっ…どうすりゃいいんだ」


自分の無力さに苛立つ若様と悲しげに目を伏せる牡丹。


すると部屋から先程の質素な着物を着た少女が、蓮姫の服を手に出てきた。


「牡丹姐さん。あの子の服どうしよう?ボロボロだし…洗って直してもらう?」


「…そうだね。着る機会はもう無いかもしれないが…綺麗にしてやろう。頼むよ千寿(せんじゅ)


「うん。…………ん?…なんだろ?なんかポケットに入ってる?」


千寿と呼ばれた少女が蓮姫の服のポケットをゴソゴソと探ると、そこから小さな壺を取り出した。


蓮姫には…年頃の娘には似つかわしくない持ち物に、千寿と牡丹は不思議そうに首を傾げる。


「壺?なんでこんなものが?」


「さぁね。持ち歩いてるんなら…あの子にとって大事なものじゃないのかい?蓋には(ふう)されて…中身が入ってるみたいだけど」


「千寿…ソレをかしてくれ」


「は、はい!若様!」


不思議がる二人とは違い何かを感じた若様は、千寿に壺を渡すよう告げる。


若様に声をかけられると慌てて壺を差し出した千寿。


千寿は若様の手が離れた後も頬を染め、その後もジッと若様の顔を見ていた。


「この封には…魔術がかけられてる。中身は回復薬か…呪いの道具か。魔法道具(マジックアイテム)だろう」


若様は壺に貼ってある紙をベリッ!と剥がし、そのまま蓋を開けて中身の正体を魔力で探る。


そして彼は壺の中身に気づいた。


「……っ、コレは!?」


「若様?どうしたんだい?」


固まる若様に声を掛ける牡丹だが、若様はその問いに答えることなく、壺を持ったまま蓮姫の部屋へと足早に入る。


それに驚く牡丹と千寿も彼を追って部屋へと戻った。


急に部屋に入ってきた男に、医者は慌てて頭を下げる。


「わ、若様!申し訳ありませんが、私ではこの娘を」


「どけ!」


医者の言葉を(さえぎ)り…むしろ医者を()退()け、若様は蓮姫の体を片手で抱き上げる。


そして上を向いた蓮姫の口へ壺を押し付けた。


中身を飲ませようとしているようだが、深く眠っている蓮姫はソレを飲み込まず口の端から液体が垂れている。


それを見た若様は次の瞬間、壺の中身をグイッ!と全て自分の口に含んだ。


そして壺を投げ捨てると、そのまま蓮姫へと口付ける。


蓮姫の口を自分の舌でこじ開け、内側や舌を刺激してやると、蓮姫の喉はコクンと上下しソレを飲み込んだ。


蓮姫が飲み込んだのを確認すると、若様は口を離し蓮姫の口元を自分の着物の袖で拭ってやる。


「飲んだな…よし。これなら大丈夫だろ」


「若様?一体、その子に何を飲ませたんだい?」


若様は蓮姫を再び寝かせてやると布団をかけ、優しく頬を撫でる。


その時、蓮姫の左耳についたピアスに気づき、寝るには邪魔だろうと耳から外した。


そしてピアスを自分の(ふところ)に仕舞い、牡丹へと振り返る。


「あの壺の中身は万能薬だった。俺の……家にもいくつかあってな。万能薬なら治せない傷や(やまい)は無い。これで彼女は回復する」


家…と言う時だけ何処かためらいつつ話す若様だが、それには深く追求せず牡丹も安心したように息を吐いた。


「…そうか。なんにせよ、その子が助かるなら良かった。…にしても……ふふ。若様ったら、随分その子にご執心だね」


(つや)っぽく、そしてからかうように笑う牡丹。


若様は苦笑すると、牡丹ではなく蓮姫の方を見て答える。


「どうしても…死なせたくなかった…助けたかったんだ。一方的だけど、約束もしたからな。さて…彼女も気になるし、帰れる程の魔力も残ってない。牡丹、俺はこのまま泊まる。代金はいつも通り払うが…今日はお前を買わない。いいか?」


「若様の頼みだ。断れる訳無いね。まったく…この子をいきなり連れて来た時は驚いたよ。ここは夢幻郷(むげんきょう)一の娼館(しょうかん)、華屋敷。駆け込み寺じゃないってのに」


「俺が唯一、信用出来る女はお前だけだ。彼女の事…頼めるんだろ?」


「あぁ。どんな理由があるにせよ…殺されかけた女の子。ほっぽり出したりしないから、安心しておくれ。目を覚ました後も、私がしっかり面倒見るよ」


微笑む牡丹に若様もまた一安心する。


話を聞いていた医者は、もう自分は用無しだと判断し部屋を出ていった。


談笑しつつ蓮姫の…目の前で眠る少女の今後について語り合う若様と牡丹。


そんな二人を……そして若様に口付けられた少女を遠くから見つめる千寿。


そして蓮姫のある持ち物を強く握ると、部屋に響く程の大きな声で二人に声を掛ける。


「あ、あのっ!牡丹姐さんっ!」


「…千寿。そんな大声出さなくても聞こえてるよ。どうしたんだい?」


「こ、これっ!その子が持ってたんだけど!」


千寿が二人に見せたのは、蓮姫が愛用しているあのナイフ。


若様は千寿の手からそれを取ると、鞘から抜いて、透き通った刀身を鋭い目で見つめる。


「…オリハルコンだ。どうしてこんな物を…」


今まで微笑んでいた若様と牡丹は、怪訝(けげん)な顔で眠る蓮姫を見つめた。


見るからに普通の少女。


それなのに…普通の攻撃ではありえない、酷い傷と火傷を負わされ死にかけていた。


持ち物は一般人など手が出せないほど希少(きしょう)な、万能薬とオリハルコンのナイフ。


若様は自分が助けた…まだ眠る少女に問い掛ける。



「お前は………一体?」






蓮姫がこの華屋敷に運ばれてから数時間。


万能薬によって傷が治った後も眠り続ける蓮姫だが、その寝顔は穏やかではない。


ここに運ばれた頃の蓮姫は、ただ静かに、安らかに眠り続けていた。


しかし()()けるにつれ、蓮姫の寝顔は苦悶(くもん)に満ちていく。


寝汗をかきながら、モゾモゾと体を動かし小さく唸る蓮姫。


眠る蓮姫を苦しめているのは…蓮姫自身の夢だった。



夢の中の蓮姫は、見覚えのある天蓋(てんがい)付きのベッドに横たわり、腕を頭上で縛られていた。


蓮姫はここから逃げようと、縛られたままの腕を力いっぱい何度も引いたり、(ひね)ったりと乱暴に動かす。


それだけではなく、体を左右に捻ったり、バタバタと足でベッドを蹴ったりもした。


無意味と分かっていても、暴れずにはいられない蓮姫。


もはやコレが夢か現実か、蓮姫には区別がついていない。


夢でも現実でも…いつもこの後に起こるのは…蓮姫にとって苦痛の行為だったから。


そして現れる男は…蓮姫がこの世界で一番嫌悪し…一番恐れる者。


『…姫…………俺の姫……俺だけの姫…』


『っ!?こ、来ないで!このっ!くっ!外れてっ!外れてよぉっ!!』


蓮姫は更に腕を動かして縄を解こうとする。


しかしコレが外れた事は…今までで一度も無い。


それでも彼女はもがき続けた。


蓮姫はこの男から…蘇芳から逃げようと、必死にもがき続けた。


蘇芳はいつものように、微笑みながら蓮姫へと近づき覆いかぶさってくる。


『姫…俺の姫…愛しています』


『来ないでっ!く、来るなぁっ!誰かっ!誰か助けてぇ!』


泣きながら蘇芳を拒絶し、助けを求める蓮姫。


そんな蓮姫に顔を近づける蘇芳。


また口付けられる。


またあの行為が始まる。



蓮姫の心は絶望で満たされ、呼吸が荒くなり、震えと涙が止まらない。



そんな時、蓮姫は蘇芳の奥に人影を見る。


その人物の顔は見えない。


ただ唯一わかったのは…その者が銀髪をしているということ。


蓮姫はその人物が、自分が最も信頼している者だと思い、彼の名を叫ぶ。


『っ!!?ジーン!助けてジーン!ジーーーン!!』






「…い……おい…………おいっ!起きろっ!大丈夫だ!大丈夫だから起きろ!おいっ!」


「ジーンっ!ジーン!助けてっ!ジーン!」


若様はうなされている蓮姫を抱き上げると、名も知らぬ彼女を呼び、起こそうとする。


悪夢にうなされている彼女を現実に引き戻してやろうと、必死に声をかけ続け、体を揺すった。


すると蓮姫は段々と覚醒し、薄く目を開いた。


そして目に映った銀髪に安心し、従者の名を呼ぶ。


「………ジーン?」


「…っ、目が覚めたか?」


自分を抱きかかえる見ず知らずの男の姿。


ユージーンと同じ銀色の髪をしているが、ユージーンとは違い長髪で、緩く一つにまとめている。


そして何故か安心したような、聞いた事の無い声に、蓮姫の頭は一気に覚醒し、目を見開いた。


「っ!?…ジーン……じゃ…ない?」


「…やっと気づいたか。悪いが俺は、その『ジーン』って奴じゃない」


「…あなたは?それに…ここは一体?」


「まだ本調子じゃないだろ。寝てろ」


男…若様は再び蓮姫を布団へと優しく寝かせる。


寝たまま蓮姫が首を動かすと、横には恐らくその男の布団。


見覚えのない…見た事のない天井に部屋。


ここは何処なのか…宿屋の一室か……それともこの男の家なのか?


再び起き上がろうとする蓮姫だが、それを男が手で制する。


「まだ寝てろって。傷は治っても…一度は死にかけたんだからな。無理をするな」


「死にかけた?…私は…………っ!」


蓮姫は自分達の身に起きた事…反乱軍の男に襲われた事を思い出し、ガバッ!と勢いよく起き上がる。


そして矢継ぎ早に目の前の男へ問いかけた。


「皆は!?私以外にも…男や女の子!それに黒い子猫はいませんでしたか!?」


「…悪いが…倒れてたのはお前だけだ。他には誰もいなかった」


「……そんな…」


男の言葉に、蓮姫は悲しげに目を伏せ、布団を強く握りしめる。


そんな蓮姫の肩をポンと男が叩いた。


蓮姫が顔を向けると、男は苦笑して蓮姫に話しかける。


「仲間がいたのか?」


「はい。大切な…大事な仲間です。…皆…」


「…そうか。…ごめんな。目が覚めた時にいたのが、ジーンとかいう奴じゃなくて…俺で」


「いえ!そんなこと!大丈夫です!他の皆は心配だけど!ジーンなら絶対大丈夫ですから!」


「随分、信頼してるんだな」


「信頼…そうですね。ジーンは私にとって…特別ですから」


ユージーンは不死身の体。


どんな攻撃を受けようと死ぬ事は無い。


そして今は蓮姫の忠実なる従者。


きっと彼なら…どれだけ時間がかかろうと、蓮姫の元へ駆けつけてくれる。


蓮姫にとって大切で大事な従者だが、それ以上の気持ちはない。


だがそんなこと、当の蓮姫にしかわからず、若様はまた苦笑していた。


「特別…ね」


「はい。…あの…助けて…くれたんですよね?」


「あぁ…まぁ、俺はここに運んだだけで…治ったのはお前が持ってたコレのおかげた」


男は傍にあった小さな壺を蓮姫へと見せる。


それは万一の備えとして、ユージーンが蓮姫に渡した万能薬。


「それ……そうか。だから私…」


「中身は知ってるみたいだな。だから、正直俺は何もしてない。飲ませるくらいはしたけどな」


どうやって飲ませたか…は、あえて言わない若様。


そんなことを一々話すのは野暮(やぼ)だし、見知らぬ男に薬を口移しされたなど、普通の少女は聞きたくないだろう。


それにたった今、特別な相手がいると知ったのだ。


余計な事は言わない方がいい、と若様は思った。


しかしそんな男の言葉を聞き、蓮姫は彼へ頭を下げた。


「…ありがとうございます」


「いや…だから俺は」


「そっちもですけど…起こしてくれて…ありがとうございました」


蓮姫が何に対して感謝しているのかを知り、男はバツの悪そうな顔をする。


彼女はわかっている。


自分が悪夢にうなされていたことを。


そこから呼び戻してくれたのが、目の前の男だということを。


命を救ってくれたことより、蓮姫は悪夢から呼び戻してくれたことが、遥かに嬉しかった。


「………あぁ。…もう大丈夫だ」


ポンポンと肩を叩く男。


何処の誰かは知らないが…優しい人だ、と蓮姫は彼を見つめる。


しばしお互いを見つめ合う蓮姫と若様。


が、トントンと部屋の戸が叩かれる音が部屋に響き、二人の視線はそちらへと移った。


「誰だ?」


「若様、私だよ」


「牡丹か。入れ」


男の言葉に答えるように、(ふすま)のような戸がスッ…と横に動き開かれた。


戸の向こうにいたのは着物をまとった美しい女性と、その後ろに控えて頭を下げている普通の少女。


手前にいる女性の色気ある美しさに、同じ女である蓮姫も見とれてしまう。


こんな感覚は女王麗華に会った時以来だった。


女性は上体を起こしている蓮姫の姿を見ると、彼女に向けて微笑む。


「なんだ。そっちのあんたも目を覚ましてたんだね」


「あ、は、はいっ!えと…お世話になりました!」


「私は何もしてないよ。着物と寝床を貸しただけさ。でも礼儀のある子は好きだよ」


二人か部屋に入ってくると、特に美しい女性に対して、蓮姫は緊張したように体を強ばらせた。


そんな蓮姫の様子がおかしかったのか、女は笑い声を漏らす。


「ふふ。そんなに緊張しなさんな。とって食ったりしないよ」


「あ、は、はい」


緊張するな、と言われても…蓮姫はまだ自分の置かれた状況を全て理解している訳では無い。


この男や女性に助けてもらったのはわかる。


しかし…ここは何処なのか?


いや、本当は蓮姫も女性の姿を見た時から気づいている。


この女性の姿…まるで想造世界の本やテレビで見た、遊女のようだ。


それでも…違って欲しいと内心祈っている蓮姫だが、女性はそんな蓮姫から視線を男へと移す。


「若様…もう朝日が昇ったよ」


「もう朝なのか?窓を締め切ってたからわからなかったな」


「そうだと思ったよ。いつもの部屋に食事を用意させてる。…外してくれるかい」


「………あぁ」


男は蓮姫をチラリと見たが、彼女には声をかけずに部屋を出て行った。


しかし数歩進んだあと、後ろを振り返り今までいた部屋の方を見つめる。


「特別な奴…か。命は助けたが…ここに運んだのは…間違いだったかもな」


誰に問いかけるでもなく一人呟く男。


男はあの場から一番近く、また自分が一番信頼出来る女のいるここへと蓮姫を運んだ。


しかし、この場に運び命が助かった事で…彼女の…蓮姫の今後は決まっているようなもの。


「それでも…あのまま放置してれば…確実に彼女は死んでいた。…なんて…言い訳だな」


そう自分を無理に納得させる男。


そしてふと…(ふところ)にしまい込んだある物を思い出した。


レムストーンで出来た銀色の…月を模したピアス。


「…レムストーンってことは…特別な奴に貰ったんだろうな。……返すのは後でいい。どうせここからは…出られない」


男はまたピアスを懐にしまうと、朝食の用意された部屋へと向かった。




男が出た後、美しい女は蓮姫へと声をかける。


「自己紹介が遅れたね。私は牡丹(ぼたん)、この子は千寿(せんじゅ)


「あ、私は…蓮と呼んで下さい」


「その言い方…つまり本名じゃないね。蓮ってのは偽名か…愛称や略称だろ?」


「っ!?…はい」


蓮姫の言葉で直ぐにそれが彼女の名前ではない、と気づいた牡丹に蓮姫は息を呑む。


そして否定することなく小さく頷いた。


「正直者のいい子だね。あんたは色々訳ありみたいだし…本名を無理に聞くのはやめておこうか」


「あ、ありがとうございます」


「いいよ。私達のも本名じゃないからね。さて、包帯を取って傷を見せて貰うよ。若様の話じゃ、傷は完璧に治ってるようだけど…一応確認しないとね」


「あ、あの…若様って…さっきの人の事ですか?」


「そうさ」


「あの人の…お名前は?」


蓮姫は先程までいた恩人を思い出し、その名を牡丹へと尋ねる。


自分も教えていなかったが、命の恩人の名前くらいは知りたかった。


しかし牡丹から返ってきたのは意外な言葉。


「ん?若様は若様さ。あの人の本当の名前は誰も知らない。大きな商家の跡取り息子とか、没落貴族の末裔とか噂されてるけどね。かなりの金持ちで魔力も腕っぷしも強い。知ってるのはそれくらいさ」


「そ、そうですか…」


「おや?若様が気になるかい?」


「あの人は…命の恩人ですから…」


「ふふ、そうかい。さて…そろそろ傷を見せておくれ。千寿、手伝ってあげな」


「はい。牡丹姐さん」


牡丹に促され、蓮姫は包帯の上に着ていた白い着物を脱ぐ。


着物を脱いでも、包帯は体中にグルグルと巻かれており、それを千寿が後ろから手伝い外していった。


「手伝ってくれてありがとうございます。千寿さん」


「いいよ。あと私に敬語なんて使わないで。歳も近いと思うし…私は17だけど、そっちは?」


「ありがとう。私も17だよ」


「そっか!同い年だね。やっぱり敬語はいらないよ」


シュルシュルと包帯を(ほど)きながら、にこやかに会話する二人。


だが千寿の動きが突然ピタリと止まる。


「千寿?どうかした?」


「………これ…」


千寿の手が泊まったのは、包帯が全て外れて蓮姫の背中が(あらわ)になったから。


蓮姫の背中を見て言葉を失う千寿に、蓮姫もまた彼女が黙り込んだ理由に気づいた。


牡丹も蓮姫の背後に回り、その背を…蓮姫の背中の傷を指でなぞる。


「酷い傷と火傷の跡だね。肩にもある」


「牡丹姐さん…万能薬が効かなかったの?」


「違うよ。他の傷は綺麗さっぱり消えてるんだからね。昔…聞いた事がある。万能薬でも治せない古傷がある…ってね」


そして牡丹は蓮姫の横へと移動すると、千寿ではなく蓮姫へと告げた。


「深い後悔や自分への(いまし)め。何かの証や誰かを救った名誉の負傷…そういう強い思い入れのある傷は…万能薬でも治せず残る。この傷はただの傷じゃないね」


「………はい」


牡丹の問いかけに…蓮姫は俯き、頷いた。


頷いたあとも…この傷を負った時の事を鮮明に思い出し、歯を食いしばる。


この背中や肩の傷は、蓮姫が大切な者を守るために負った傷。


これほどの傷を負っても、助けたかった者は死んでしまった。


蓮姫は助けられなかった。


その気になれば蓮姫自身、想造力でこの傷を消す事も出来る。


それをしないのは…蓮姫自身への(いまし)め。


この傷は自分の無力さゆえに、大切な者を守れなかった事を忘れないための傷。


それ以上は何も言わない蓮姫に、牡丹も追求はやめた。


「………他に傷はないようだね。ならここ以外は全部治ってるだろう。着物を着な。あんたとは今後の事を話したい。いいね」


「…はい…ありがとうございます」


蓮姫は牡丹に頭を下げると、着物を正し牡丹に向けて正座をする。

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