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別離と邂逅 3



蓮姫は先程までいた森の中ではなく、草原のような場所に横たわっていた。


いや、顔だけ横を向けたうつ伏せの状態で一人倒れていた。


そよそよと風に揺られる草が、鼻や口を掠める。


遠くからは水のせせらぎも聞こえる。


蓮姫がうっすらと目を開けると、夕暮れの赤い光に照らされた草花が見えた。


「………ジ………ン………み……………な…」


蓮姫はやっとの事で声を出すが、喉の奥までヒリヒリとした痛みに顔をしかめる。


痛みは喉だけではない。


手も、足も、全身がビリビリと痛み、どこもかしこも焼けるように熱い。


目も上手く開けられず、薄く開いていた目も直ぐに閉じてしまう。


自分はどうなったのか?


仲間達は無事なのか?


起き上がり周りを見ようとも、少し体を動かすだけで体がビリビリと痛む。



自分はこのまま死ぬのだろうか?



痛みで朦朧(もうろう)とする意識の中、最悪の事態を予想した直後、蓮姫の体はグイッ!と何者かに上を向かされる。


「ぅあっ!」


痛みに声を上げる蓮姫に構わず、何者かは彼女を抱き上げた。


「おい!しっかりしろ!」


耳元で誰かの…男の声が響く。


蓮姫は薄れゆく意識の中で、残りの力を()(しぼ)り黒い瞳を小さく開けた。



蓮姫の目が唯一映したのは…彼女が見たのは………銀色の髪。



「…………ジ……ン?」


自分のヴァルの名を呟くと、蓮姫はそのまま意識を手放した。



「…ジン?おいっ!しっかりしろ!おいっ!」


銀髪の男は反応の無い女の胸元に、躊躇(ちゅうちょ)なく耳を当てる。


…トクン…トクン…と、小さく心細い音だが…確かに心音は聞こえ、胸も上下し息をしている。


男は安心したように息を吐いた。


「…気を失っただけか。だが…このままだと危ないな…」


蓮姫の全身をまじまじと見る男。


顔も腕も足も…広範囲の火傷を負っており、皮膚が焼けただれている。


他にも鋭い刃物で斬られたような切り傷がいくつもあり、服が鮮血で染まっている部分もあった。


男は再び蓮姫の体を地面に横たえると、彼女に対して手をかざした。


「全てのものに許された、生きる力よ。今ここで輝かせ。満ち溢れ。咲き誇れ」


蓮姫の体は淡く温かい光に包まれる。


それは瀕死の重症をも治せる、上級の回復魔法。


男はこれで目の前の女が完全回復すると思っていた。


しかし…光の中の蓮姫の傷は…一向に治らない。


「っ!?俺の魔術が…効かない?どういう事だ?」


戸惑う男だが、目の前の女が危機的状況なのは変わらない。


むしろこうしている間にも、彼女は刻一刻と死へ近づいている。


「くそっ!魔術が効かないなら…とりあえず医者だ。…あそこまで運ぶか」


男は蓮姫の体を抱えると、その場から立ち上がり、集中して自身の魔力を集め、高める。


抱え直した衝撃で、裂けていた蓮姫の右耳たぶのピアスが揺れ、そのまま地面へ落ちる。


男はピアスが落ちた事に気づいていないが、仮に気づいていても今はそれどころではない。


今するべき事は蓮姫を…この重症の女を安全な場所へ…医者の元へ連れていく事。


風のように吹き荒れる男の魔力に、男と蓮姫の髪や服はバサバサとなびく。


そして次の瞬間、男と蓮姫はその場から姿を消した。



地面に落ちたレムストーンのピアスを残して。



男は蓮姫を抱えたまま、先程の場所から少し離れただけの丘の上に立っていた。


「さすがに結界の中までは無理か。空間転移で来れるのはここまで。あとは歩きで行くしかない」


男は丘の端まで行くと、眼下にある街を見下ろす。


中心に大通りがあり人々が行き交っている。


通りの両端には所狭しと店が建っている。


夕暮れの中でもわかる、赤やピンク色をした灯り。


(はな)やかで…何処か(あや)しい雰囲気をもつ街。


「あそこに行けば医者がいる。薬だってある。だから…もう少しだけ頑張れ」


聞こえていないのをわかっていながら、男は蓮姫に話しかけながら街へと向かった。


「お前…まだ16とか17くらいか?俺はお前みたいな年頃の奴…死なせたくないんだ。大事な奴が最近死ん…殺されたから…余計に」


男の脳裏には弟のように思っていた人物が浮かぶ。


そして一人苦笑しながら蓮姫をまた見た。


「そんな事、お前には関係ないか。でも…俺はお前を死なせたくない。俺が死んでほしい女なんて…この世に一人だけだ。この傷…誰かにやられたんだろ?」


この傷はどう見ても、他者の攻撃…それも高度な魔術を放たれた跡だ。


この女…少女は誰かに攻撃され、殺されかけたのだと男にもわかる。


「死なせない。俺が助ける。ジン…ってのは…多分お前の名前じゃないよな?元気になって、しっかり名前教えてくれよ。誰かさん」


街へと着いた頃には、既に夕日が落ちて夜になっていた。


街ゆく男達に店に入るよう声をかける男達に、露出の多い服を着て化粧を施した女達。


まるで想造世界の歓楽街のような街。


ある店の出先にいた街の者…中年の男は慌てて彼へと駆け寄った。


「これはこれは若様っ!ようこそいらっしゃいました!しかし、お連れ様はどうされたのです!?」


「こいつはさっき拾った。俺は『華屋敷(はなやしき)』へ行く。そこに医者を呼べ。牡丹(ぼたん)には俺が話をつける」


「はっ!かしこまりました!」


中年の男は『若様』と呼ばれた男に頭を下げると、そのまま医者を呼び走り去ってしまった。


若様は蓮姫を見ると優しく、しっかりと先程の言葉を再び告げた。



「大丈夫だ。きっと助かる。俺がお前を助ける…必ず」






蓮姫が銀髪の男…若様に歓楽街のような場所へ連れていかれた頃。


蓮姫の仲間達も、それぞれ別の場所に飛ばされていた。


もう一人の銀髪の男……ユージーンも。


ユージーンは岩山のような場所で目を覚ます。


そして蓮姫の無事を確認しようと…彼女を探そうと、寝ている体を起こそうとする。


しかしユージーンの体は、意思と反して思うように動かない。


それどころか少し呼吸をしたり、指を動かすだけで全身に激痛が走った。


「ぐ、ぅあ…ああぁっ!!」


あまりの痛みに、顔を歪めて叫ぶユージーン。


それでもユージーンは、そのままズルズルと体を引きづるように、倒れたまま前へ進む。


あの爆発の時、結界を張っていなかったユージーンはその衝撃を全てその身に受けた。


真っ黒に焦げた左腕にちぎれかけた左足。


右足も爆発の衝撃で骨が折れたのか、変な方向を向いている。


ぼやける視界に上手く聞こえない耳、近くにいる人や獣…生き物の気配すら感じない。


少し動かすだけで、気を失いそうになる程の激痛がくる。


彼は蓮姫以上に、体中に火傷や切り傷を負っていた。


普通の人間なら、体を動かすどころか、生きているはずのない重症。


それでも彼は、唯一動かせる右腕を使い、前へ前へと這っていく。


「ぐ……ぅぅっ…ひ……さま………ひめ……さ…まぁっ!」


自分の主を探すように、(かす)れた声で彼女を呼びながら前へ前へと進むユージーン。


しかし、いかに不死身のユージーンといえど、そこまでが限界だった。


彼の体はほんの数メートル進んだだけで力尽き、ユージーンもまた気を失ってしまった。




数分後…倒れたユージーンの元へ、一人の人間が現れる。


「銀髪…?」


その者は倒れている人間がいる事よりも、その人間が銀髪だった事に興味をもった。


ユージーンに近づくと、その銀髪を掴みグイッ!とその顔を上げる。


そして死んだように眠るユージーンの顔を見て…驚きのあまり息を呑んだ。


「っ!?…こいつ…まさかっ!?」


その人物はしばしそのまま固まっていたが、ユージーンがまだ生きているのに気づくと、そのまま彼を(かつ)ぎ、何処かへと運んでいった。








一方、残火は海の見える丘に倒れていた。


蓮姫やユージーンと同じように火傷や切り傷があるが、何故か二人よりも軽傷の残火。


痛む体をなんとか動かしつつ、彼女は海を背にしてその場に立ち上がる。


「うっ!いてて…ここは?私は…一体……っ!?未月!?」


前方に仰向けに倒れている未月を発見すると、残火は彼へと駆け寄る。


未月は残火以上に重症だったが、小さく呼吸をしており、生きているのが残火にもわかる。


残火は安心したように深く息を吐いた。


「…はぁ…良かったぁ。生きてる。…でも…どうして未月だけ?姉上やユージーンは?…ついでに焔も…皆…何処に行ったの?」


キョロキョロと首を振り左右を見る残火。


何も無い丘の上………しかし何処か見覚えがある。


「ここ……見た事…ううん。来た事ある気が…それにこの音と匂い…海の近く?」


残火は再び立ち上がると、今度は後ろを振り返った。


後ろ…丘の向こうには海が広がっている。


しかし海の手前…丘の先端に…ある物を見つけた。


それは、海を見下ろせるように置かれた…小さな墓。


確かにここは…残火が来た事がある場所だった。


正確には『来た』ではなく『無理矢理連れて来られた』だが。


かつて一度だけ、火狼…従兄弟であり頭領である焔が、嫌がる自分の手を引きここに連れて来たのだ。


そうでなくては…来るつもりなど無かった。



自分の意思では…来たくなかった場所。



「…あれは……まさかっ!?」


残火は一直線にそこへと走り墓前に座り込むと、墓石に刻まれた文字をまじまじと見る。


そして墓石に刻まれた名で、ここが何処なのか、誰の眠る墓なのか理解した。


理解はしていた。


それでも…認めたくなかった。


この場所は…二度と来たくなかっ場所。


「……母…さま」


墓石に刻まれた名は『朱火』。


ここに眠るのは残火が心から愛し、また心から憎んだ相手。


ここは…残火の母が眠る場所だった。


「…なん…で……なんでぇっ!」


感情的になり涙を流して叫ぶ残火。


その時、残火の脳裏にはかつての母との思い出が走馬灯(そうまとう)のように(めぐ)った。


その手で抱きしめられた記憶や、一緒に笑った幼い頃の記憶ではない。


それはどれも…母が自分を拒絶していた頃の記憶。



『こっちに来るなっ!化け物っ!』


『違う!こんなの!こんなの私の子じゃないっ!』


『誰かこいつを殺してっ!私とこの化け物を!早く殺してぇ!』


『お前なんかっ!お前なんか産まれなきゃ良かった!産まなきゃ良かった!』



頭を抑えながら、自分の記憶にガタガタと震え涙を流す残火。


「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」


過呼吸をおこし上手く呼吸すら出来なくなっている。


それでも視線は墓石から()らさない…()らせない残火。


「……はぁっ…はぁっ…ど………して?……か……さま…」


荒い呼吸を繰り返しつつ、残火は必死に記憶の中の母に問い掛ける。



どうして…どうしてそこまで…自分を拒絶したのか?と。



「…かぁ……さま…ぁ」


片手を墓石に向けて伸ばす残火だが…その手が届くことはなかった。


残火はバタリとその場に倒れ込み、泣きながら意識を失った。



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