失った居場所 3
そんな麗華の悩みの種、蓮姫本人はというと……
バシッ!!
「っ!?いったぁ~っ」
「脇が甘いんだよ。踏ん張りも弱い。もう降参か?」
「はぁ!?まだまだぁ!!」
庶民街でカインと剣の稽古をしていた。
次にカインに会った時、彼は街の用心棒みたいな事も自主的にやっていると知った。
他所の国から来たゴロツキや、庶民達に横暴な態度をとる貴族達を主に相手に奮闘している。
ちなみに貴族に捕まったり正体がバレたら後が面倒なので、適当に痛めつけたらサッサと逃げてしまうが。
だが剣を振るうカインを見て、蓮姫はその強さに釘付けになった。
剣を取り街の人達の為に戦っているカイン。
恐らく彼は相当の手練だろう事は、素人でもわかった。
そんな彼を見て
「私も強くなりたいの。だからお願い。私に剣を教えて」
蓮姫は頼み込んだ。
最初は馬鹿にしていたカインも、蓮姫の真剣な表情と態度に結局は根負けした。
女だからと馬鹿にもしていたが、今はかなり本気で……スパルタ気味に教えている。
蓮姫も弱音は一切吐かずに、稽古に食らいついていた。
「そんなんじゃ剣を振ってんじゃねぇ。剣に遊ばれてるだけだ」
「このっ!やぁっ!!」
「気合だけは合格だけどな………よっ!と」
「んぎゃっ!!」
「相手が剣だけ使うとは限んないんだぜ。今みたいに足を引っ掛けたりする奴もいる。ほら、サッサと立て」
蓮姫は既にかなりバテていた。
だが頼み込んだのは自分の方だし、弱音なんか吐いたらカインはもう教えてはくれないだろう。
疲れた身体に鞭打つように、蓮姫は立ち上がろうとした。
「こら!カイン!!アンタ何やってんだい!?」
「はぁ~。……おばちゃん邪魔すんなよ」
「蓮姉ちゃん!!」
ちなみに稽古をするのは、ほとんどエリックの家の裏の路地だった。
倒れていた蓮姫にエリックは駆け寄るが、蓮姫は、大丈夫大丈夫、と言い立ち上がろうとする。
「大丈夫…ねぇ」
「カイン!いくら頼まれたからってねぇ……相手は女の子なんだよ!もうちっと優しく教えてやんな」
「大丈夫だよ、おばちゃん。カイン、もう一本お願いします」
「いや。やっぱ休憩すんぞ」
カインは持っていた木刀を片付けると、おばちゃん飯~、と店へ入ろうとする。
「ちょ、ちょっとカイン!」
「お前の大丈夫は大丈夫じゃねぇからな」
痛い図星を刺されて、蓮姫も木刀を片付けた。
「ハァ~~~……まだまだダメだねぇ。休憩の後も頑張んなきゃ!」
「蓮姉ちゃん」
パンッ!!と頬を両手で叩く蓮姫の服の裾をエリックはギュッ!と握った。
「ん?どしたの?リック?」
「なんで姉ちゃんは剣を習ってるの?女の人だし、貴族の家でちゃんと働かせてもらってるのに」
蓮姫は自分に優しく接してくれているカイン達に、自分の素性は一切話さなかった。
彼等は蓮姫を慕ってはいるが
弐の姫に対してはかなり辛辣だ。
嫌っている……などというレベルじゃない。
姫が複数いる時は争いが耐えない。
そう幼い頃から盲目的に教えられた。
彼等だけではなく、恐らく王都中の……いや世界中の人間が弐の姫を拒絶している。
「あのね……私、いろんな人に嫌われてるんだ」
蓮姫はリックの前にしゃがみこむと、静かに、しかしハッキリと、彼の目を見て話し出した。
「蓮姉ちゃんが?なんで?何か悪い事したの?」
「う~ん……そうだと言えばそうだし……違うといえば違う……かなぁ?」
「おれ、良くわかんない」
「うん。私も。でもね、こんな私の事を守ってくれて応援してくれてる友達もいるの」
蓮姫はユリウスとチェーザレを思い浮かべながら話す。
「その大事な友達の為に、誰かに……大勢の人に嫌われても、しっかりと自分がやらなきゃいけない事をやろうって思ったの。でも私はまだまだ弱いから。誰に嫌われても、しっかりと前を向いて歩けるように強くなりたい。だから剣を習って心も身体も強くなりたいんだ」
蓮姫は麗華のような煌びやかな女王になりたいわけではない。
壱の姫のように庇護される女王にもなりたくない。
彼女がなりたいと思う王は、ユリウスやチェーザレ、蒼牙やカインのように誰かを護れる存在だった。
自分のような者にも優しく手を伸ばしてくれる存在。
民の声を身近に感じ、民の危機には自らが赴けるような存在。
だからこそ剣術修行で少しでも近づきたいと、彼女は考えた。
「蓮姉ちゃん。おれやっぱわかんないや」
「ふふっ。そっか」
「でもっ!おれは蓮姉ちゃんが大好きだよ!蓮姉ちゃんがもし貴族でも、悪人でも!おれは蓮姉ちゃんの味方だから!!」
「………リック…」
真っ直ぐに見詰める十にも満たない子供の瞳は、とても澄んでいた。
「…ありがと……リック…」
「ちょっとリック!蓮!飯食わないのかい!?」
「はーい!!行こう!リック!」
「うんっ!」
二人が店内へ入ると、中は客で溢れかえっていた。
「よぉ!蓮ちゃん!またカインにしごかれたんだって?」
「おい。人聞きの悪い事言うなよ」
「蓮ちゃ~ん!今日も来たぜ!こっちに来ておじさん達と一緒に飯食わねぇか?」
「何言ってんだよ!!かあちゃんに言いつけんぞ!!蓮ちゃん!そんなオッサン共なんか放っといて俺達と飲もうぜ!!」
店内の客達は我先にと蓮姫に声を掛ける。
蓮姫は剣術修行の合間をぬって店を手伝っていた。
愛想の良い美人のウェイトレスがいる、という噂は徐々に王都に広まり、今じゃ蓮姫目当ての男共で店内は連日満員。
蓮姫が初めて来た時とは比べ物にならない程に繁盛していた。
「あんた達!この子は休憩に来たんだよ!休ませてやんな!!」
「いいよ、おばちゃん。今日も凄い混んでるし、少しの間で良かったら手伝うから!!」
蓮姫はカウンターに並ぶ料理を手に取ると、他の店員にどの客の注文か聞きながら配膳していく。
「あらまぁ。……ホントに良く働くし文句も言わずにいっつも笑って……いい子だねぇ。アンタにはもっっったいないよ!!」
最後の方だけ語尾を荒げるとエリックの母親はバシッ!とカインの肩を叩いた。
「痛ぇっ!何すんだよ!おばちゃん!!」
「ハァ~。こんな喧嘩しか取り柄が無くて定職にもつかずにフラフラしてる男じゃ、あの子も将来苦労づくしに決まってるよ」
「だから!俺と蓮はそんなんじゃねぇって言ってんだろーが!!」
「何言ってんだい。アンタがあんなに女の子と仲良くしてんの、私は初めて見たよ」
「アイツは女の子っぽくねぇからな。女として見る方が無理だろ」
ハッ!と鼻で笑うカインの後頭部目掛けて灰皿が豪速球のように飛んでくる。
カインは何事もないように、飛んでくる灰皿の方を見もせずに後ろ向きのまま右手で受け止めた。
「オイ。師匠兼客に灰皿投げんのか?」
「あぁ。ゴメンね。なんか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がして、ウッカリ手が滑っちゃった」
ニッコリと満面の笑みで蓮姫はカインへと近づき灰皿を受け取った。
「それウッカリって言わねぇだろ。しかも軽く殺意込めて後頭部狙ったな」
「狙ったのは耳だけどね」
「地味に痛いトコ責めんなよ」
「だからわざと狙ったの。はい、おばちゃん二番と五番の注文」
蓮姫は何食わぬ顔で注文を告げると、空になったカインのコップに水を注ぎ、少し乱暴にテーブルに置いた。