別離と邂逅 2
足音と共に近づく気配…殺気……魔力。
警戒する一行だがその中で、未月はある事に気づいた。
「…っ…この気配………一族…」
「え?」
「一族って…どの一族よ?」
未月の言葉に反応した蓮姫と残火だが、その言葉でユージーンと火狼も狙っている者が何者か気づいた。
「つまり…反乱軍か」
「ありゃりゃ。思ったより早いお出ましで」
未月の言う一族とは、すなわち反乱軍のこと。
その場に…一行に緊張が走る。
そしてその者は、ついに声の届くすぐそばまで迫った。
「ようやく…ようやく捉えたぞ。弐の姫と従者よ」
蓮姫達の前に現れたのは両目に傷のある一人の男。
一見しただけで盲目なのがわかる。
そしてその男は、確かに未月のよく知る人物だった。
「…あいつ…首領の…オースティンの側近」
「オースティン…確か、玉華を襲った反乱軍の親玉だったな」
確認するユージーンの言葉に頷く未月だが…彼は不思議そうに、木の影から反乱軍の男を見つめた。
「…うん。…でも……おかしい」
「おかしい?何がだ?」
「…あいつ…こんなに魔力…強くなかった。…なんで?」
ユージーンに答えつつも、男から目を離さない未月。
未月の知る男は確かに魔力を持っていた。
しかし…以前より格段に強く感じる…この魔力はなんなのか?
また未月が男の気配に気づいているということは…逆もまた然り。
「そこにいるな?13」
「…うん。…いる」
男はとっくに未月の存在にも気づいていた。
未月は男の質問に律儀に答えると、男に向き合うよう木の影から一歩出る。
姿は男には見えないだろうが、聞こえた未月の声に…男はギリッと歯を食いしばった。
「この…裏切り者めっ!オースティン様の命令通り、死ななかったばかりか!おめおめと生き残り弐の姫の下につくとはっ!恥を知れ!13!」
「…違う」
「何が違うと言うのだ!この場に及んで言い訳など!浅ましい奴め!」
「…俺…もう13じゃない」
「13っ!貴様何を言っている!」
未月はかつて仲間だった怒り狂う男へ、怯むことなく言い放つ。
「…俺は未月。…母さんを…弐の姫を守る。…もう反乱軍じゃ…ない。俺は母さんと…生きるから」
ハッキリと蓮姫の味方である事を、かつての仲間に言い切った未月。
そんな彼の言葉に、仲間達は笑みを浮かべた。
「…未月…」
「…母さん…大丈夫。…母さんは…俺が守る」
「姫様の判断は正しかったようですね。あの時は反対しましたが…今は、未月が仲間で良かったと思いますよ」
「にしししし。俺よりよっぽど犬だね。あ、褒めてんのよ。立派な姫さんの忠犬だってさ。ん?むしろ息子かね?」
「反乱軍だったのは…ビックリしたけど。もういいわ!どうせ昔の事だろうし。未月っ!あんたは今、姉上の!私達の仲間なんですからねっ!」
仲間達の言葉に、未月も彼等の方を向くと笑顔で頷いた。
「…うん。…俺は母さんと…皆と仲間」
絆を再確認した未月と蓮姫一行だが、そんなやり取りを聞いて男は黙っていられるはずがない。
顔を真っ赤にしてわなわなと震えると、怒りのまま大声で未月へと怒鳴った。
「ふざけるなっ!!オースティン様に頂いた名を捨てるなど!貴様はあの方に!どれだけ目をかけて頂いたと思っているのだ!オースティン様だけではないっ!若様から受けた恩情まで踏みにじりおって!」
「…若様………そうだ。…若様の言いつけ通り…俺生き残った。…でももう…俺は帰らない」
「っ!!貴様など…もはや一族ではないっ!弐の姫同様…貴様にも地獄を味あわせてくれるっ!」
両手を広げる男に、未月もまた魔力を手に集めた。
だがそれを止める者がいた。
いつの間にか木の影から出ていたユージーンは未月の肩を叩くと、蓮姫達へと首をクイッと動かす。
「手の内を知ってる者同士だ。交戦はお互い不利になる。お前は姫様と残火を守りつつ、後衛にまわれ。前衛は俺と犬でやる。いいな、犬」
「はいよ~。てかいい加減、名前呼んでよね。旦那」
火狼もユージーンと同じ考えだったらしく、既に前に出ていた。
未月はユージーンに頷き後ろに下がろうとしたが、その際ユージーンに耳打ちする。
「…ユージーン。…気をつけて。…あいつも…自爆する呪文…知ってる」
「だろうな。その上魔力も強くなってる、か。…魔晶石の可能性はあるか?」
「…魔晶石は…オースティンや…一族で偉い奴…持ってた。…貰ったのかも」
「わかった。ありがとな未月。姫様を頼むぞ」
ユージーンはポンポンと未月の頭を軽く叩くと、火狼と共に前に進む。
ユージーン達と対峙する反乱軍の男だが、その顔は余裕があるように笑っていた。
「あいつ笑ってんぜ。俺ら舐められてる?」
「さてな。油断だけはするなよ」
「しませんて。旦那も油断しちゃダメよ」
「はっ!誰に言ってんだ、この…犬野郎っ!」
火狼に悪態をつきながら、ユージーンは空へと飛んだ。
そのまま上空から男を見下ろし、魔力で冷気を集める。
「氷柱【アイシクル】!」
「犬じゃねえっつの!炎弾っ!!」
上空からユージーンが氷柱を、正面からは火狼が炎の球を男に向けて放った。
男は防ぐなり、逃げるなり…または強い攻撃魔術を放つと思った一行。
だがその予想は全て外れる。
男はニヤリとした笑みを絶やすこと無く、体を大の字に広げたまま二人の攻撃を全て受けた。
「ぐぅっ!!うぉああっ!!」
当然、氷柱は体に刺さり、炎の球も全て直撃する。
それには攻撃した二人が一番驚いていた。
「っ!?おい!あいつ、全部受けやがったぜ!?」
「ちっ!見りゃわかる!姫様は結界を!」
地面に着地したユージーンは振り返らずに蓮姫へと叫ぶ。
蓮姫もそれに頷き、未月と残火、そしてノアールを結界に包んだ。
「ジーン!こっちは大丈夫!」
蓮姫達を気にしつつも、ユージーンと火狼は男から視線を外さない。
男の体は氷柱が刺さった部分から冷気が、炎が当たった部分からは煙が立ち上がっている。
それでも…男は笑ったまま。
「ぐ、く、くふふふ…ふははははっ!この痛み!この苦しみ!!お前達に返してやる!何倍にも増してなっ!」
男は見えない目を見開いて高々と叫ぶ。
男は強い魔力を持っているはずなのに攻撃もせず、自分の傷を治すこともしない。
ただ笑みを浮かべて両手を広げているのみ。
「旦那。こいつまさか…攻撃する度、耐性出来るんじゃねぇの?あのキメラみたいにさ」
「魔晶石で魔力が増幅されたとはいえ…ただの人間だ。そんなこと……とりあえず、無駄な攻撃は避けろ」
「つっても…防御するだけじゃ勝てねぇし…相手がどう来るかもわかんねぇぜ」
攻撃するべきか、防御に回るべきかユージーン達も次の行動を決めあぐねる。
すると男の体から禍々しくどす黒い、オーラのようなものが溢れ出てきた。
それは増幅された男の魔力が霧のように具現化されたもの。
「っ!?おいおい!なんかやべぇって!」
「クソ!氷柱【アイシクル】!」
その場から一歩下がる火狼には答えず、ユージーンは反射的に再び氷柱を男に向けて放った。
しかし氷柱は男に届く前…あの黒い霧に囚われ消えてしまう。
「フハハハハハッ!感謝するぞ!貴様らの攻撃で俺の怒りは!恨みは!更に増幅された!」
「なんだとっ!?どういう意味だ!」
声でユージーンの焦りが伝わり、男は楽しげに語り出す。
「この時を待っていた!待ち望んでいた!俺は貴様らを探し続け、来る日も来る日も貴様らを!弐の姫を殺す事だけを考えていた!そして時は来たのだ!積み重なった恨み!もはや誰にも止められん!!」
「クソっ!炎弾っ!」
男が語っている間も、火狼は炎弾をいくつも放つが、それも全て霧にかき消されてしまう。
「無駄だ無駄だぁ!!もはや貴様らに逃げる術は無い!我が術中に囚われよ!!」
男が叫ぶと、辺り一面黒い霧が広がり、蓮姫達を取り囲む。
霧自体に攻撃力は無いようだが、それでも…この霧はただの魔力で出来た霧ではないと、その場にいる全員が理解している。
そしてユージーンは先程未月に言われた言葉を思い出し、蓮姫に向けて叫んだ。
「姫様っ!結界を強めて下さい!姫様が出来る!最大限の力を込めて!」
「っ、わ、わかった!」
「犬!お前も火柱なり結界なり作れ!攻撃魔法が効かないなら…防ぐしかないっ!」
蓮姫は結界に意識を集中し、ユージーンに言われた通り結界の力を強める。
火狼は火柱を作り出し、またユージーン自身も結界を張る。
それぞれが自分の身を守ろうとした。
既にこの男に対して、攻撃魔法は無効化される。
そしてこの男は自爆する呪文を知っている。
ならば自分達が今出来る最善の策は、己の身を守ることとユージーンは判断した。
そんな蓮姫達の足掻きを、男は馬鹿にしたように笑い飛ばす。
「ハハハハハハハッ!!そんなものは全て無駄な足掻きよ!もはや誰にも止められん!この術の前では…全てが無意味なのだぁっ!!」
男は蓮姫達へ向けて詠唱を始める。
「我が生の源!我が身を蝕む大いなる力!我が身の滅びで!彼の者へと破滅をもたらせ!」
男が詠唱する度に、空気が淀んでいくのを結界の中からでも感じるユージーン。
(なんだ…この呪文?自爆するものとは…違う?)
ユージーンはかつて未月が詠唱したものと違う言葉に、眉をひそめた。
それだけではない。
妙な胸騒ぎがする。
これだけ強い結界を張ったのだから、恐らく蓮姫も自分も大した攻撃は受けないはずだ。
それでも…胸騒ぎは収まらず、ユージーンは自身の結界を解くとその手に魔力を集め、そのまま男へと駆け出した。
「ジーン!?」
「姫様は結界に集中して下さい!絶対に解いてはいけません!氷の刃【アイスブレード】!」
氷の刃を魔力で作り出したユージーンは、迷うことなく男を斬りつけた。
「グ、ブフォァッ!」
男は先程同様に避ける事はせず、そのまま刃で体を斬られ、ユージーンの顔には鮮血が飛び散った
「そのまま死んでろ!」
自爆だろうと、攻撃魔法だろうと、殺してしまえば関係ない。
そう考えたユージーンの行動だったが…男はやはり、笑みを絶やすこと無く答えた。
「ぐ、ふふふ。無駄な…足掻きと…言ったろう?もう…完成して…いるのだ。…あとは…仕上げるだけだ」
「なにっ!?」
「仕上げは…俺が死ぬこと。…さぁ…地獄を見るがいい!苦しんで!死んで行くがいいっ!!」
男はユージーンの肩をガッシリと掴む。
「我が命よ!その力で!彼の者達を!引き裂けぇええええ!」
男が叫んだ直後、男の体からいくつもの閃光が飛び出す。
ユージーンは男の手を振り払い後方に飛んだ。
男は最後に歪んだ笑顔を浮かべると、そのまま爆発して体が飛び散る。
その爆発に引火するように、あの黒い霧で包まれた部分が大爆発を起こした。
ユージーンは結界が間に合わず、生身のまま爆発を直で受ける。
不死身の呪いを受けたユージーンは、爆発でダメージを受けようが死ぬことはない。
蓮姫達とて結界を張っているのだ。
ダメージは無いはず。
だが、爆発音に紛れてユージーンの耳に聞こえてきたのは…仲間の……蓮姫の悲鳴。
「キャアアアアアアア!!」
「っ!?ひ…さまぁっ!?」
そのまま爆発に巻き込まれ、ユージーンは意識を手放した。
爆発が収まるとその場は…森の一部は焼け野原と化していた。
その場には蓮姫達の姿も焼けた遺体も無い。
ただ黒焦げの大地があるだけだった。