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【弐の姫】~異世界に嫌われる姫にされた少女は最強の従者と共に女王を目指す~  作者: 月哉
間章【未月と残火、迷い子と出会う】
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「……残火好き。…母さんと同じくらい…好き」



未月は火狼や残火ではなく、蓮姫の方を向いて答える。


さっきよりも思いがけない未月の告白に、火狼と残火はポカンとした顔をすると、同じタイミングで声を発した。


「「………は?」」


そのまま硬直したように動かなくなる二人だが、未月の言葉に驚いたのは蓮姫も同じ。


「え?私?」


「…うん。…俺…母さん好き」


「…未月らしいと言えば、らしいですね。じゃあ未月、俺の事は好きか?それとも嫌いか?」


この際だからと未月に質問するユージーン。


質問はしているが、未月がどう答えるか、ユージーンにはわかりきっている。


「…ユージーン?…ユージーンも好き。…いつも…任務くれるから」


「そりゃどうも。んじゃ犬…火狼はどうだ?それとノア」


「…火狼とノアも…俺好き。…仲間だから」


「好き」と言われて悪い気はしなかったのか、珍しくノアールが未月の方に行き足元に擦り寄る。


これで全員が…それこそ近くのテーブルにいた村人でさえ、未月の言う『好き』の意味に気づき、理解した。


未月の言う『好き』には恋愛感情などない。


その中でも蓮姫は特別だろうが、未月は仲間として残火も火狼も、そしてユージーンもノアールも好きなのだ、と。


硬直が解けた残火は次に、また顔を真っ赤にしてワナワナと震えだした。


「………な、なによそれぇーーー

!!?」


「…プッ、ププッ…ギャハハハハハハッ!そ、そうかい!そりゃあ、あんがとな。俺もお前が好きだぜー!前言撤回するわ!全っ然認める!今後も残火と仲良くしてやって!…仲間として、さ。アハハハハハッ!」


「~~~っ!?笑うなっ!この犬野郎っ!!」


残火は真っ赤な顔で火狼の胸ぐらを掴み、ブンブンと揺するが、それでも火狼の爆笑は止まらない。


一瞬どころか、未月の言葉に全身で、それこそ心からときめいた自分を殴りたい程に恥じる残火。


いつまでたっても笑いが止まらない火狼から諦めて手を離すと、残火は未月をキッ!と睨みつけた。


「…?…残火…どうした?」


「このバカっ!あんたなんかもう知らないわよっ!未月のバカ!バカぁっ!!」


「…だから…俺バカじゃないのに。…残火うるさい」


未月に『バカ』と連呼する残火に、爆笑し続ける火狼、そして珍しく少々困惑した顔を見せる未月。


あまりにカオスな状況に、蓮姫まで頭が痛くなってきた。


「ど、どうしよう。この状況」


「ほっとけばいいんじゃないですか?それよりせっかくの食事ですから、姫様も食べましょうよ」


「ジーンってホント、食い意地はってるよね」


「お褒めの言葉として受け取りましょう」


そのまま何事も無かったように席に戻り、食事を再開するユージーンに蓮姫は呆れる。


だがユージーンも食事をしながら、先程の発言で気づいた未月の心情の変化を蓮姫にのみ告げた。


「未月は俺達全員が好きとか言ってましたけど、中でも姫様は別格です。姫様は命の恩人…もとい反乱軍の13ではなく、姫様の従者未月としての人生を与えた存在。姫様を守る事こそ未月の生きる意味ですからね。未月にとって姫様は『特別』なんですよ」


「まぁ…未月に好かれてる自覚もあるし、最優先に考えてもらってる自覚もあるけど…」


それに関しては蓮姫にも心当たりがあった。


未月はあえて蓮姫を『姫』ではなく『母さん』と呼び、慕っている。


まるで幼子(おさなご)が母親を慕うように。


未月の世界は、いつだって蓮姫を中心に回っている。


ユージーンの言う通り、未月にとって蓮姫は『特別な存在』。


「でしょう。でも未月はさっき、残火のことを『母さんと同じくらい好き』って言ったんですよ。仲間でも、任務をくれるからでもなく」


「っ、それって…」


ユージーンの言いたい事の意味が、蓮姫にも伝わる。


未月にとって蓮姫は特別な存在。


そんな蓮姫と同じくらい好きという事は…。


蓮姫は目の前でギャーギャーと騒ぐ残火と、うるさそうに耳を塞ぐ未月を見て、胸の奥が暖かくなるのを感じた。


「…そっか。やっぱり二人は…ふふ。狼は気づいてないみたいだし…コレは内緒にしておこうか」


「その方がいいですね。犬どころか…あの様子を見る限り、本人達も無自覚ですよ。あ、姫様も焼豚食べます?なかなか美味いですよ」


「ふふ。うん。食べる」


蓮姫はユージーンが皿に分けた焼豚を頬張りながら、目の前にいる二人を微笑ましく見詰める。


美味しい焼豚だが、蓮姫の顔がほころぶのは、きっとこれだげが原因ではないだろう。




ひとしきり火狼が笑い終え、残火も怒鳴り疲れた頃、村人達がザワザワと騒ぎ始めた。


人々は笑みを浮かべ、何かを話しながらも夜空を見上げている。


『何かあるのか?』と、つられて蓮姫も夜空を見上げた直後…。


ドンッ!という大きな音が祭の会場に響く。


そして数秒すると、夜空に赤い大輪の光の花が咲いた。


「っ!姉上っ!花火です!花火が上がりました!」


「本当だね!花火まで上がるなんて知らなかった。…花火なんて…久しぶり」


花火にはしゃぐ残火だが、蓮姫もこの世界に来てから初めて見る花火に感動している。


蓮姫は椅子から立ち上がると、恐らくノアールが今の音で驚いたと思い、愛猫の元…未月のそばへと行く。


案の定ノアールは初めて聞く音や花火の光に驚いており、借りてきた猫のように大人しかった。


蓮姫がノアールを抱きかかえると、未月が空を見上げたままポツリと呟く。


「……花…火?」


「未月…花火知らない?初めて?」


「…うん。…初めて見た。…アレが…花火」


未月が答えた後、再び赤い花火が上がる。


どうやら赤い勿忘草と同じように、この祭では赤い花火しか上がらないらしい。


蓮姫もまた夜空を見上げ、赤い光に照らされながら未月へと告げた。


「そう。アレが花火だよ。綺麗でしょ?」


「…うん。…明るくて…赤い光が…空に広がって…綺麗」


未月は初めて見る花火に目が釘付けになった。


花火が上がっていない間も、ずっと夜空を見上げている。


再度花火が上がり空に広がると、未月の青い瞳に赤い光が散りばめられた。


残火も花火は久々らしく、ずっと空を見上げては『綺麗~』と翠の目をキラキラさせている。


火狼も座り直し、酒を注ぎ直すと花火を(さかな)に飲み始めた。


ユージーンも食事の手は止めずに、視線は夜空へと向いている。


その花火は小さな村に相応(ふさわ)しく小さな花火だった。


それでも蓮姫達は……この祭に参加する人々は、夜空に咲く赤い花を楽しげに見上げ続ける。


特に未月は、初めて見る花火に魅了(みりょう)されていた。


「…夜空が…(まぶ)しいなんて……初めてだ」


そう呟く未月の声は…何処か楽しげで…蓮姫もそれを聞き微笑むと、夜空から未月へと視線を移す。


「ねぇ、未月。花火を見て『綺麗』って思った?」


「…うん。…赤く光って…綺麗だ」


「…そっか」


未月の感想はごく普通のもの。


そんな普通でありふれた言葉が、蓮姫はとても嬉しかった。


昼間は赤い花を見て「血みたいだ」と言った未月。


花と光では違うだろうが…それでも未月は、赤い花火を見て「綺麗だ」と言った。


そんな未月へ…蓮姫は素直に自分の気持ち、願いを口にする。


「もし、また赤い色を見たら…未月には血じゃなくて…花火を思い出してほしい。だって思い出すなら…今日みたいに楽しい思い出や、綺麗な思い出の方が…きっと心が暖かくなる」


その言葉に、未月は蓮姫の顔を見てコクリと頷く。


そして今度は、再び上がった花火ではなく、視線を蓮姫に向けたまま微笑んだ。


「…花火……母さんみたいだ。…暗い夜が…眩しくなる。…俺の世界…眩しくした…明るくした…母さんみたい」


そう告げる未月の笑顔は、とても柔らかい。


蓮姫も未月に微笑みノアールを抱き直すと、空いた手を伸ばして未月の頭を撫でてやる。


「ありがとう。私の世界も…未月がいるから明るいんだよ。未月がいるから…ジーンや大切な皆がいるから…私もこの世界を愛せる」


蓮姫の言葉と撫でられる気持ちよさで、未月も小さく『ふふ…』と笑みをもらした。


微笑みを交わす未月と蓮姫。


そんな二人の姿を残火は複雑な心境で眺める。


綺麗な花火を見て踊っていた心は、今は何故か沈んでいる。


どうして自分は未月の言葉で、未月の笑顔で、こんなにも心がざわめくのか?


未月があの微笑みを向けるのは自分だけではない事が、何故こんなにも面白くないのか?


相手は自分が大好きな蓮姫だというのに…そんな蓮姫にすら笑顔を向けないでほしいと思うのは、なぜなのか?


どうして…胸の奥がズキリと痛むのか?


その気持ちの正体を……残火はまだ知らない。


「…残火?どうしたの?」


眉を寄せている残火に気づいた蓮姫は、未月から手を離すと心配そうに残火へ声をかける。


残火は慌てたように手を振りながら、蓮姫に笑顔を向けて答えた。


「い、いえ!なんでもありませんよ!ただ…その…そう!花火は綺麗だけど…ちっちゃいな~って」


あからさまに何かを誤魔化している残火に、蓮姫はそれ以上追求していいか悩む。


しかし残火の言葉に素直に反応した未月は、再び上がった花火を見上げて呟いた。


「…花火…小さいのか?」


「っ、ち、小さいわよ!里で上がった花火はもっと大きかったわ!それに大きな街や…それこそ王都なら、もっともーっと大きくて!派手で!色んな色の花火が上がるのよ!…行ったことないけどさ。…ですよね!姉上!」


「え、…う、うん。私も王都で見た事は無いけど。…でも確かに、もっと大きな花火や派手な花火もあるね」


急に話を振られた上、この世界に来てから花火など見ていない蓮姫だが、残火の話に同調する。


二人の話を聞きながらも、興味深げに夜空を見上げている未月。


「…そうなのか。…それも…見たい……………………あれ?」


未月の言葉に蓮姫と残火も夜空を見上げる。


そしていつまで()っても暗いままの夜空を見て、未月の言いたい事の意味がわかった。


「花火…もしかして終わり?」


「え!まだ十発も上がってないですよね!?」


蓮姫も残火も周りを見回してみるが、村人達は食事をしたり、おしゃべりをして笑っている。


もはや誰も空など見ていない事から、本当に花火は終わってしまったらしい。


「…花火…終わり?…もう…無し?」


ショボンとした声を出す未月。


今日の未月はとても感情豊かだと感じながらも、それだけ花火を楽しんだのだと思う蓮姫。


残火も数が少ない花火に少々不満であり、不完全燃焼感があるらしく口を尖らせている。


蓮姫は一度ノアールを地面に下ろすと、右手を未月の腰に、左手を残火に回して二人を引き寄せた。


「…母さん?」


「姉上?どうしたんですか?」


「今日は…これでおしまいみたいだけど。いつかまた…皆で見ようね。もっと大きくて、綺麗な花火を」


ニコッと笑う蓮姫に、未月と残火もまた笑顔で頷いた。


「…うん。…俺も…また一緒に…見たい」


「はい!姉上!」


それは遠くない未来の約束。


未月と残火が蓮姫と一緒にいるのなら、きっとこの約束は叶えられるだろう。


そんな約束(モノ)などなくとも、この二人は蓮姫を心底慕っており、蓮姫から離れる事はない。


そして蓮姫が、この二人を手放す事も無い。


「さぁ!姉上も食べましょう!未月!あんたも食べるのよ!」


「うん。残火もしっかり食べてね」


「…俺も食う。…ユージーン…肉くれ」


「若いんだから野菜食え、野菜」


「プハッ!旦那ってば酷くね!」


「うにゃーん」


蓮姫達も村人同様、楽しげに、そして和やかに食事を再開する。


また明日も、明後日もこのメンバーで食事をするだろう…旅を続けていくだろう、と。


これからもずっと…皆と一緒にいるだろう、と。






この時の蓮姫は…そんな未来を……彼等とずっと一緒にいられる自分の未来を…信じて疑わなかった。



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