⑦
その夜、コサゲ村では村人達の言っていた通り大きな祭りが行われた。
結界に閉じ込められているとはいえ、祭には村人も旅人も、現在村に滞在している者全員が参加している。
祭会場にいくつも設置された屋台は、テーブルと品物だけの簡単なものだが多くの人が行列をなしていた。
大人は楽しげに酒を飲み、子供は美味しそうに食べ物を頬張る。
櫓からはロープが近くの木々に結ばれ、そこに付けられた多くの提灯が会場を明るく照らす。
櫓の上では太鼓を叩いたり、三味線や笛を演奏する者がおり、まるで想造世界の盆踊り会場のような音楽が流れていた。
開けた中央部分では、ほろ酔いの大人達が上機嫌で踊っていた。
村人も旅人もこの祭りを楽しんでいる。
そんな中、蓮姫達は食事用スペースとして準備されたテーブルにつき、料理が山盛りにされたいくつもの皿を囲んで、例の『御子様』について話していた。
ちなみに長方形のテーブルの片側には蓮姫を挟んでユージーンと火狼が、もう片側には残火と未月が座り、ノアールは蓮姫の椅子の足元で魚料理を嬉しそうに食べている。
蓮姫から話を聞いた残火はガタッ!と椅子から立ちあがると、目を見開いたまま自分の向かいに座る蓮姫へ叫んだ。
「えぇーーーっ!?は、花ちゃんて…幽霊だったんですか!?」
「そうみたい。『花ばあちゃんが、やっと米ばあちゃんを迎えに来たんです!』って、さっきお咲さんが報告に来てくれたし」
祭りの最中、自分に声をかけたお咲の言葉を思い出しながら蓮姫は告げる。
お咲は蓮姫に軽く挨拶すると、そのまま祭会場を離れ家へと戻って行ったから、彼女は参加せず米の為に喪にふくすのだろう。
蓮姫の話に残火は口を開けたまま、脱力したように腰掛けた。
そんな残火に笑いながらも食事する手は止めず、火狼はわざと彼女を挑発するような言葉を放つ。
「いや~、さっすが残火ちゃん!すぐ傍に幽霊いるのに気が付かないとか…ぷぷ、凄ぇわ」
「っ、笑うなクソ犬!そうよ!気づかなかったわよ!だって花ちゃん普通の女の子だったんだから!ねぇ未月!そうでしょ!?」
「…普通?…わからない。…でも…不思議な子供…だった」
ポツポツと呟く未月。
そんな未月の様子から残火に聞こえるよう、わざとため息を吐くユージーン。
「はぁ~。幽霊かどうかはともかく、未月は怪しい存在だと気づいてたみたいだな。誰かさんと違って」
ユージーンの呆れた態度にイラつく残火だが、その矛先は別の者へと向けられる。
自分に賛同しなかった未月へ。
「………この裏切り者」
「…裏切り者?…俺…残火も母さんも…裏切ってない」
「そういう意味じゃないから!てか私達仲間を裏切らないのは当然でしょ!」
「…仲間……うん。…俺……仲間裏切らない」
「そう。それなら良いの………って、あれ?何の話してたっけ?」
「…わからない」
なんとも不毛というか…意味の無い会話を繰り広げる二人。
年少組の可愛いやり取りに蓮姫は笑ってしまった。
それは火狼のように馬鹿にしたものではなく、本当に微笑ましい、と思ったから。
「ふふっ、なんか残火と未月…仲良くなったね」
「え?そ、そうですか?」
蓮姫に指摘されて驚きつつも、嬉しそうに頬が緩む残火。
残火の表情に、やはり自分が感じたのは間違いでないと蓮姫も頷く。
「うん。なんていうか…今までよりも距離が近いし…遠慮もないし」
「いや~姫さん、違うって。残火は元々無礼だし。他人に遠慮なんて芸当出来ないくらい子供で…あでっ!?」
蓮姫を否定するように、横から残火にちゃちゃを入れる火狼だったが、脛に強烈な蹴りをくらい涙目になる。
「うるせぇ、クソ犬」
「ざ、残火ちゃん…口悪い」
「安心しろ。お前にだけだ」
しょぼんとする火狼に蓮姫は『言わなきゃいいのに』と少々呆れながら苦笑している。
ユージーンに至っては我関せず…むしろ興味が露ほども無いと、ひたすら料理に手を伸ばしていた。
テーブルに置かれた山盛りの皿は、既に半分減っているが、ほとんどはユージーンの腹の中に収まっていた。
そんなユージーンの向かいに座る未月は、料理に手をつけるどころか、何故か微動だにしない。
それに気づいた蓮姫が声をかけようとした瞬間、未月の方が蓮姫へ視線を向けた。
「…俺と残火…仲良し?」
「え?…う、うん。私にはそう見えるな」
「なによ未月。私と仲良しじゃ不満だっての?」
未月の純粋な問いに微笑みを向けて答える蓮姫。
そして『不満か?』と聞きながら自分の方が不満そうにしている残火。
「にししし。あ~りゃりゃ、未月君は残火ちゃんなんか好きじゃない。仲良くしたくないってさ~。残火ちゃん振られちったね。ドンマ~イ」
そして茶化しながら、楽しげに酒を口に含む火狼。
だが未月は残火へ視線を向けると、社の時のように残火へ微笑んだ。
「…不満じゃない。…俺…残火好きだから」
「へぇっ!?」
「ブーーーーーーーっ!!?」
「ちよっ!狼、汚いっ!」
順に、変な声を出して顔を真っ赤に染める残火。
口に含んでいた酒を思いっきり吹き出す火狼。
未月の発言に驚きつつも、隣の男の酒噴射につっこむ蓮姫。
とりあえず蓮姫は、近くにあった布巾でテーブルやら火狼の服を拭いてやる。
主人にだけそんな事をさせる訳にもいかず、さすがにユージーンも食べるのをやめて蓮姫を手伝う。
だが残火と火狼は、未だに固まったまま。
未月は既に普段の真顔に戻っていたが、不思議そうに首をコテッと傾げていた。
「…どうした?」
「ど、どどど、どうしたじゃないわよっ!バカっ!このバカぁ!!」
「…残火…俺…馬鹿じゃない。…いい加減覚えて」
真っ赤な顔でどもりながら、未月へ『バカ』を連呼する残火。
今日一日で残火から何度も『バカ』と言われた未月は、少し…ほんの少しだけムッ…と眉間に皺が寄る。
とんでもない告白をしたというのに、表情は普段と変わらず乏しい。
変化があるとしたら眉間に皺が少し出来たくらいだろう。
一方、未月から愛の告白を受けた残火の方は、茹でダコのように顔を真っ赤に染めている。
『顔から火が出る程に熱い』とはよく言うが、今の残火は顔どころか体中から火が出そうなくらい全身が熱かった。
残火は赤面したまま未月をポカポカと拳骨で叩き、再度彼へと喚く。
「バカっ!バカバカバカぁ!!未月のバカぁあ!!」
「…残火…なんで俺叩く?」
「うるさいっ!このバカっ!」
「…俺…バカじゃないって…言ってるのに。…覚えない…残火の方がバカ」
「っ!?バカじゃないわよ!バカぁっ!!」
未月をバカバカ言いながらも叩く手をとめない残火は、もはや羞恥のせいで目に涙すら溜めている。
顔が赤いのは一向に収まっていない。
そんな少女にポカポカと叩かれる少年。
はたから見たら『微笑ましいほどに初々しいバカップル』。
むしろ近くのテーブルの人々は、そんな目で二人を見守っている。
中には『いやぁ、若いねぇ』という声まで聞こえてきた。
蓮姫も二人を見ていると、なんだか胸の中に甘酸っぱい気持ちが湧き上がってくる。
「なんか…本当にいい感じだね。未月と残火」
「そうですか?ガキのままごとにしか見えませんが。まぁ、お子様同士、お似合いっちゃお似合いですね」
至近距離で交わされた蓮姫とユージーンの会話に、酒を吹き出してから固まったままだった火狼の耳がピクリと動く。
そしてそのままユラリと頭を下げると、ブツブツと何かを呟き始めた。
不気味な様子の火狼に気づいた蓮姫が声をかける。
「狼?」
「……………………ん…」
「どうしたの?具合悪い?」
「…ゆ………………せん」
「え?な、なんて?」
「おい犬。喋るんならハッキリ喋れ」
あまりにボソボソと呟く声の為、近くにいる蓮姫とユージーンですら火狼の言葉は全く聞き取れない。
しかし次の瞬間顔を上げ、火狼は先程の残火のようにバッ!と立ち上がる。
そしてそのまま正面にいる二人に言い放った。
「許しませんっ!!好きだなんて!付き合おうだなんて!結婚だなんてっ!!そんな事!俺が絶っっっ対許しませんからねっ!!」
「はぁ!?な、何言ってんのよ!焔!」
火狼の中で、とんでもなく話が飛躍している。
今度は火狼に叫ぶ残火だが、火狼はバンッ!とテーブルを叩いて喚き散らした。
「残火!お前はまだ15だろ!そっちのお前だって16だろ!そんなまだまだガキの二人が何言ってんだ!お兄ちゃんは許しません!」
「誰が『お兄ちゃん』だ!この犬野郎っ!!」
「ぶへっ!?」
火狼の反対発言…むしろ『お兄ちゃん』発言に、残火は自分のコップを全力で火狼に投げつけ、それは火狼の顔面にクリーンヒットする。
椅子ごと転げ落ちた火狼は顔を抑えながら、涙目で残火を見上げた。
「いてて……ぐすっ…残火ちゃあん。昔は毎日『兄様、兄様』って、俺の後ろに引っ付いてたじゃん。どうしてこんなになっちゃったのよ。胸ばっか成長して」
「胸関係ないだろ!?そもそもどんだけ大昔の話を引っ張り出してんのよ!」
「大昔じゃありませーん。10年前ですー。だからお前はまだ子供なんです!」
火狼は椅子を直しながら立ち上がると、今度は蓮姫とユージーンに向けて話し出す。
「姫さんと旦那からも言ってよ!『ガキが何言ってんだ!』『そんなこと早すぎる!』ってさ。仲間内でカップル出来たら風紀乱れるぜ!」
「え……でも二人って高校生くらいだし。お互い好きなら、私は別にいいと思う」
「俺も別に構わん。姫様に迷惑かけなきゃな。つーか関係ないし興味ない」
「~~~っ!!もうっ!姫さんと旦那の裏切り者ぉ!」
ヒステリーをおこした女の真似なのか、テーブルにあったナプキンを口に咥えると『キー!』と唸る火狼。
そんな成人男性(26歳の暗殺者)の姿に本気で引く蓮姫とユージーン、そして身内の残火。
しかし火狼がここまで奇行に走る原因でもあり、理由も全然理解出来ていない未月は素直な…余計な一言を火狼にかける。
「…火狼…裏切られた?…何言ってる?」
「…お前なぁ~」
未月の言葉にガクリと項垂れる火狼。
「…母さんも…ユージーンも…俺達を裏切らない」
「っ、あのね!俺が一番怒ってんのはお前になの!おーまーえ!」
「…俺?…なんで…俺に怒る?」
「…お前…マジなんなの?」
全くもって理解出来ていない未月に、火狼は額に青筋を浮かべる。
するとそのままテーブルの反対側に回り込み、未月へズイッ!と顔を近づける。
「…火狼?…どうした?」
「あんね、ハッキリ言わせてもらうぜ。俺はお前なんか認めない。仲間としてならともかく、残火の相手となれば話は別だからな」
「ちょっと!?何言ってんのよ!焔には関係ないでしょ!」
「残火、ちょっと黙れ。俺はこいつと話してんの」
珍しく自分へ鋭い眼光を向ける火狼に、残火もビクリと体を震わせ、それ以上は口を閉ざした。
蓮姫は止めようかと口を開くが、ユージーンに手で制され、大人しく成り行きを見守る。
「残火はああいったけど、俺にはめちゃくちゃ関係あるんだわ。残火は俺の、大事な大事な身内なもんでね。で?お前、本気で残火が好きなのか?」
「…うん。…俺…残火好き」
「っ!み…未月…」
「…ハッ。そうかい」
再度告げられた言葉に再び顔を赤くし、頬をおさえる残火。
しかし火狼はスッ…と目を細めると、感情が全くこもっていない笑みを未月に向けた。
それは蓮姫達も知らない、暗殺者としての顔。
殺気こそ出していないが、火狼は本気で目の前の男…未月を殺そうとすら思っていた。
そんな殺意を抱かれてるとは気づかない未月。
すると彼は、先程以上にとんでもない発言をする。