⑤
米の悲しげな呟きは誰の耳にも届かない。
それでも米自身の耳には響き、自分の言葉に米は胸が締め付けられる。
かつての娘の姿を脳裏に描くと、米の瞳に溜まっていた涙は自然と零れた。
「村には結界が張られてるから、お連れさん達すぐ見つかるよ!ねぇ、ばあちゃ…ばあちゃん!?どうしたの!?」
蓮姫達との会話の最中、米に話題を振ろうとしたお咲だったが、曾祖母の異変に気づき手を伸ばす。
「…お咲……あの子は…また今年も…来てくれないんじゃないか?」
「そんな事ないよ!毎年言ってるけど…今年こそ!今年こそ来てくれるよ!」
「…そうかね?…来て…くれるかね?」
「大丈夫だよ!ばあちゃん!ずっと起きてて疲れたでしょ?ちょっとお布団行って休もう!」
お咲はゆっくりと米を立ち上がらせると、蓮姫達へ声をかける。
「ごめんね、お客さん達。お茶おかわり出せなくて」
「いえ、こちらこそお邪魔しました。お茶と大事なお話、ありがとうございました」
蓮姫は礼を告げると、この家を出ようと立ち上がる。
それはユージーンと火狼も同じ。
しかしユージーンはこの家を離れる前に、確認したい事があった。
「少し聞いてもいいですか?この村の結界はいつから…そして一体誰が張っているんです?」
「結界ですか?確か…90年前からですよ。米ばあちゃんが初めて『御子様』を捧げた日です。この日は誰も村を出れないし入れない。それも祭になった理由の一つなんです。どうせ出れないなら、いっそ村をあげて祭にしようって。結界を張ってるのは『死神様』らしいです。私もそこは、よくわかってないんですけどね」
「90年前…ですか。あなたはその『死神様』に会った事がありますか?」
「いえ。私も村の皆も無いです。『死神様』が村に来たのは90年前だけで…今じゃこの米ばあちゃんしか姿を見た人はいません」
「なるほど。ありがとうございます」
ユージーンはお咲の言葉に納得したらしく、蓮姫に目配せする。
それはもういい、という意味だと蓮姫も理解し三人は部屋を出ようとした。
が、お咲はハッとある事を思い出し、三人に向かって声を発した。
「あ!一個だけ訂正するね。村の近くにあるお山。昔から、あそこには出入り出来るんです」
「お山…ですか?そこって、もしかして『御子様』を連れて行った山ですか?」
先程の話を思い出し、お咲に尋ねる蓮姫。
そして蓮姫の予想は当たっていたらしく、お咲もその言葉に頷いた。
「そうですよ。お山の頂上にある社までなら行けるんです。もし村にいないなら…お連れさん達そこにいるかも。一本道だから行けば分かると思う」
「わかりました。そこも探してみますね。ありがとうございました。お咲さん、米おばあちゃん」
今度こそ二人に深くお辞儀すると、蓮姫達はこの家を出た。
空を見上げると先程よりも空は赤く染まっている。
まるで村中にある赤い勿忘草のように。
そろそろ本当に日が沈みそうだ。
「なんか話聞いちまうと、この花も祭も…夕焼けまで不気味に思えちまうぜ」
率直な感想を告げた火狼に蓮姫も苦笑する。
それは蓮姫も同じ事を考えていたからだ。
「そうだね。でもこれが、この村の償い方なんだよ。米おばあちゃんも自分を責めてた。そんな人達を差し置いて、部外者である私達は何も言う権利無い」
「んだね。それに俺達だって明日までこの村出れないし。ならいっそ俺らも祭楽しんだ方が得か。で、これからどうする?姫さんのことだから、あの二人見つけないと祭なんて楽しめないっしょ」
「まぁね。とりあえず…山に行ってみよう。山を探すなら少しでも明るいうちがいいし」
「そうね~。俺も賛成よ。残火早く見つけたいし……って、旦那?さっきから黙って、どうしたよ?」
珍しく一切話に入ってこないユージーンを不思議に思った火狼。
それは蓮姫も同じで彼女もまたユージーンを見る。
二人に見つめられるユージーンだが、彼の目線は上空…あの結界に向けられていた。
「ちょっと旦那?もしもーし?旦那まで耳遠くなったん?仕方ないか。旦那って実は、あのばあちゃんより年寄りだか…いでっ!」
失礼な発言をする火狼に、ユージーンは視線を動かすことなく蹴りを入れる。
「誰が年寄りだ、このクソ犬」
「いって~。聞こえてんじゃん!てか何なん?さっきから」
「ジーン。さっきも結界の事を聞いてたけど…何か気になるの?」
「えぇ。この結界ですが…強過ぎるんですよ」
蓮姫に話しかけられた事で、ユージーンはやっと彼女の方へ視線を向けた。
相変わらず自分と蓮姫では態度が違うと、火狼は口を尖らせる。
そんな火狼にツッコミの一つも入れずに、ユージーンは真剣な口調で話し始めた。
「こんな結界…普通の人間じゃ無理です。もし人間だと仮定するなら…女王の強力な想造力か、俺並に魔力が桁外れかのどちらかですね。あのブスはこんな辺鄙な村に興味無いでしょうし、関わってるなら禁所みたいに軍や貴族の噂があるはず」
「ジーン並の魔力の持ち主って可能性は無いの?」
「ありません。俺並に魔力の高い人間は存在しません。断言出来ます」
「旦那ってば自意識過剰~。っと、待った待った!その拳を下げて!殴らないで!それに禁所みたいに先代の女王様かもしれないじゃん!」
「さっき言ってたろ?結界が現れたのは90年前だってな。当てはまるのは現女王だけだ。つまり人間じゃないのは確実だ。あの『死神様』とやらが結界を張っているのは間違いない」
ユージーンがわざと人間としての仮定を出したのは、それが理由。
お咲の言う通り『死神様』は人間ではない。
「『死神様』…ドライアドみたいな精霊のような存在って言ってたね。…この村にも大和で会った、あの木霊みたいな存在がいるってこと?」
「確かに、ドライアドやトレントは人間より魔力が高いです。でも奴等は自然を破壊されて人間に罰を与える事があっても、生け贄を要求し、その命を使って木々を生み出す事は出来ません。雨だって降らせる事は出来ない」
「ねぇジーン。…私、また首突っ込んじゃった?」
蓮姫は不安気な表情でユージーンへと尋ねる。
ユージーンも苦い顔をしてそれに答えた。
「だとしても…今回は姫様の責任ではありません。責任があるとしたら、姫様や俺達が村に入るようにした残火…を煽ったこの犬ですよ」
「えっ!これ俺のせいなの!?」
「ともかく。その『死神様』とやらに会わないよう祈ってて下さい。早く二人を見つけましょう。そして今後は、誰も一人で行動しないこと」
ユージーンの言葉に蓮姫と火狼は無言でコクコクと頷いた。
そして三人固まって歩き出すと、蓮姫はユージーンの態度から気になっていたもう一つのことを聞いてみた。
「ジーン。…もしかして…その『死神様』に心当たりあるの?」
「……心当たりというか………いえ。やめましょう。言って現実になっても困ります。非っ常~に面倒になるので。この話はとりあえずやめましょう」
げんなりとした表情で話すユージーンの顔を見上げて、蓮姫もそれ以上の追求はやめた。
そんな三人…特にユージーンを、遥か上空から見つめる人物が一人いたが…それは当のユージーンや朱雀頭領の火狼ですら気づかなった。
「あの子………似てる。おかしいな。…魔王とはいえ人間なら…とっくに死んでるはずなのに。そっくりさんかな?でも本人なら……ふふっ。また僕と遊んでくれるかな」
一方残火と未月は、お花に案内されるまま『御子様』を捧げる山の社に着いていた。
「……うわぁ…」
残火の瞳は目の前にある社に釘付けになる。
そしてそのまま感情のままに、言葉ではなく変な声が出てしまった。
その古びた社には、お供えなのか子供の好きそうな人形やオモチャ、風車がいくつもある。
社を囲むように生えている多くの赤い勿忘草が、かえって社の不気味さを強調させた。
気味が悪い場所。
残火は単純にこの場をそう思い、さっさと離れたい衝動に駆られる。
この場に花を連れて来た母親は…一体どういうつもりで…どのような心境で連れて来たのだろう?
残火は一瞬でも想像してしまった、自分の想像を打ち消すよう首を振る。
宿屋で蓮姫と共に感じていた嫌な予感。
そんな自分の想像が外れる事を願った。
「…残火?…どうした?」
「べ、別に…なんでもない。ねぇ…あんたは…これ見て何も感じないの?」
「…?…別に。…何も感じない。…ただの山奥。…ただの小さい…社」
「そ、そう。…羨ましいな」
この村の祭の由来を知っている蓮姫達とは違い、残火と未月はこの社の意味など知らない。
それでも夕焼けに照らされた赤い社。
そこに備えてある子供の好きそうなものに、社を囲む赤い花々。
何も知らない者でも、この光景を見れば不気味だと感じるだろう。
さっさと村に帰りたい残火だったが、そういう訳にもいかない。
残火は自分達や社の周りをクルクルと走り回っているお花に声をかける。
「ねぇ、花ちゃん。ここはなんの社なの?知ってる?」
「うん!知ってるよ!ここはね『御子様』の為のお社だよ。昔はボロかったんだけど『御子様』の為に大人達が作り直したの。村の子供はね、毎年一人『御子様』になって捧げられるんだよ」
「『御子様』…『捧げられる』…」
残火はその言葉でこの社、そしてお供え物の意味を理解した。
そして…一番気になる事を、花に聞いてしまう。
本当は聞きたくはない。
それでも…自然と口が動いたから。
「ねぇ、花ちゃん。お母さんとは…ここではぐれたんだよね?」
「うん!あたい母ちゃんに連れてきてもらったんだ!」
「お母さん…何しにこの山に来たのかな?社のお参り?そのついでに山菜採りや木の実採り?」
社に来たのなら、お参りが自然な理由だろう。
しかし花が母親とはぐれたのなら、それは母親、もしくは花がこの場を離れたから。
不自然だが自分の希望となる考えをまとめて、聞いてみた残火。
花はうーんとその小さい首を捻る。
「わかんない」
「そっか。じゃあ…お母さん、何か言ってた?」
「迎えに来るって言ってたよ!いい子にしてたら迎えに来るって!」
「いい子にしてたら…迎えに来る?」
花の言葉をそのまま聞き返す残火。
残火は自分の中で、この社を見た時に予想してしていた最悪の事態が、段々と真実味を帯びてくるのを感じた。
「でもね、母ちゃん全然迎えに来てくれないんだ?それにね『さよなら』とか言って泣いたんだよ。ねぇ、お姉ちゃん、お兄ちゃん。あたいの母ちゃん知らない?」
それは花が最初二人に尋ねた言葉。
残火は自分の想像で震えだした。
それは恐怖ではなく…怒りで。
「…っ、どうして…母親ってのはこう…どいつもこいつも…身勝手なのよ」
それは花の母親への怒りか…それとも、自分の母親への怒りか残火本人にもわからない。
わかるのは…母親というものに対する激しい嫌悪感。
残火の変化に未月も彼女から目を離せずにいる。
「残火…どうした?」
「…どうした?どうした、ですって!?あんた何も感じないの!?今の話聞いて!何も思わないっての!?」
残火の怒りは怒鳴り声となり未月に向けられる。
それが八つ当たりだと自覚している残火も、その怒りを止められなかった。
わかってしまったから。
何故、花が母親とはぐれてしまったのか?
はぐれたのではない。
花は…生け贄としてこの場に捧げられ…母親に置いていかれたのだ、と。
「お姉ちゃん?どうしたの?」
「…花ちゃん」
急に怒りだした残火に、不安気な目を向ける花。
その眼差しを受けた残火は胸が締め付けられそうだった。
残火の脳裏には蓮姫の姿が浮かぶ。
もしこの場に蓮姫がいたら、上手い事を言って誤魔化し、花を村へと連れ帰るだろう。
親達にも説明し、花がまた普通に暮らせるようにしたかもしれない。
しかし残火は違う。
そんな器用な事は出来ないし…親の元に花を帰そうとは思わなかった。
だからこそ残火は…恐らく真実を知らないだろうと思った花に…全てを話す。
「花ちゃん、よく聞いて。ついでに未月も」
「うん。なぁに?お姉ちゃん」
「…うん。…俺…残火の話…聞く」
四つの瞳を向けられ、残火はゆっくりと深呼吸をする。
そして意を決して…真実を口にした。
「花ちゃんは…母親とはぐれたんじゃない。…花ちゃんは……母親に…捨てられたんだよ」
場面は蓮姫達へと移る。
蓮姫とユージーン、そして火狼は残火達が向かった可能性のある、村に一番近い山へ向かって歩いていた。
そんな蓮姫達に通りすがりの村人…中年の女と男の二人組が声をかける。
「あんたら何処に行くんだい?そっちは山しかないよ」
「もうすぐ暗くなるし、夜の山は危ないぞ。村で祭が始まるのを待ってな」
「ありがとうございます。でも仲間が二人、あの山に行ってるかもしれないので探しに行こうかと」
「仲間?二人?……もしかして……三つ編みの兄ちゃんと巨にゅ…っ!?い、いや…翠色の目をした嬢ちゃんかい?」
中年の男は巨乳と言いかけてやめる。
その言葉の最中、火狼から鋭い目付きで睨まれたからだ。
男性は気づいていないが、火狼は一般人である彼に殺気すら向けている。
ちなみにこの中年男性…未月が最初に声をかけた、あの男だった。
男性の話す二人の特徴に、蓮姫は大きく頷きながら彼の話に食いついた。
「そうです!その二人、何処に行ったか知ってますか?」
「いやぁ…わかんないね。でも嬢ちゃんの方が迷子らしくて、兄ちゃんが嬢ちゃんの親を一緒に探してたよ。あんなに大きい女の子が迷子だなんて、不思議に思ったんだ」
「残火が…女の子が親を探してる…ですか?」
男性から語られた説明に蓮姫は首を傾げた。
それはユージーンや火狼も同じ。
「他の村人と同じ話ですね。おい犬。残火の親は本当に死んだのか?」
「そこは本当の本当。嘘つく必要ないっしょ。残火の親は二人共、里で死んでる。母親の葬儀には俺も出たかんね。間違いなし。残火が親を探すなんて有り得ねぇ」
「すみません。二人について他に、何か知っている事はありませんか?言ってた事とか変わった事とか…なんでもいいんです」
蓮姫の質問に男性も顎に手を当て、未月や残火の事を思い出そうとしている。
「そうだな…そういえば…様子が変だったな」
「どんな風にですか?」
「兄ちゃんが俺に話を聞いてる最中、嬢ちゃんは下の方を向いて何か話してた。兄ちゃんも嬢ちゃんの所に戻ると同じように下を向いてさ。まるでそこに誰かいるみたいな…見えない誰か…子供に話しかけてるような…」
蓮姫達は男の言葉に更に混乱する。
余計に意味がわからない、と。
しかし女性の方は、その話に一人驚いていた。
「っ!?あ、あんた…それは本当かい!?」
「お、おぉ。本当さ。ハンナ、いきなりどうしたんだ?」
いきなり大声を出した女性に、今度は男性の方が驚く。
女性は一度蓮姫達をチラリと見た後、直ぐにまた男性の方へ笑顔を向けた。
「い、いや。なんでもないよ。あんた…先に帰ってておくれ。私は米ばあちゃんに挨拶してくるよ。今年は準備に追われて、まだ顔出してなかったからね」
「そうなのか?わかった。早く帰って来いよ」
女性の不自然さに首を捻りながらも、男性はそのまま一人帰って行った。
その背中が遠ざかったのを確認すると、ハンナと呼ばれた女性は真剣な表情で蓮姫達へ詰め寄る。
「あんたら『御子様』の話は聞いたかい?」
「は、はい。お咲さんと米おばあちゃんに聞きました。今日は『御子様』の為のお祭りで、村の人は『御子様』が迎えに来るのを待ってる、と」
「あぁ。『御子様』は自分達を『死神様』に捧げた親を迎えに来るらしい。だけどね…村人以外の子供まで一緒に連れてっちまう『御子様』もいるんだ」
「っ!?どういうことですか!?」
「おいおい!親だけじゃねぇのかよ!?村人以外とかマジ無関係じゃねぇか!」
初めて聞いた内容に蓮姫と火狼もギョッとする。
女性も深いため息をつくと話し始めた。
「無理もないよ。コサゲ村の人間は知らない…いや、聞いても信じなかった。連中は『御子様』を『村を救った上に親を許す優しい存在』だと言ってる。おかしな話さ。きっとそう思い込んで、自分達を正当化したいんだろ」
「え?…失礼ですが、貴女はこの村の人間じゃないんですか?」
この女性の言い方が気になった蓮姫が尋ねると、彼女は蓮姫に向かって頷いた。
「今はこの村の人間さ。さっきのは私の旦那だからね。私は30年くらい前に父親と……兄と一緒に、この村に来たんだ。そこで…『御子様』に兄を連れてかれた」
兄を思い出したのか…女性の声には悲しみが滲んでいる。
「この村に来た時…私と兄は一人の女の子と仲良くなった。その子は言った。『母親を知らないか?』って。私と兄は迷子だと思って、その子の母親を一緒に探したさ。でも…その女の子は、私らにしか見えなかった。他の人…村の大人達には声すら聞こえなかった。子供が変な遊びしてるんだ、って大人達は笑ってたよ」
「その女の子が…『御子様』ですか?」
「そうさ。私達はあの子に案内されるまま山の社に行った。そこで…私は一緒に行こうって言われたんだ」
グスッと鼻をすすりながら話す女性。
兄を失った時の話だ。
話していて悲しくない訳がない。
が、火狼はその話を一度止める。
「ちょい待ち、おばちゃん。あんたが一緒に行こう、って言われたん?でも連れてかれたの兄貴なんだろ?なんでよ?」
「私が…あの子と似てるからだってさ。名前と…父親が似てるって。私の母親は他所に男作って出てった上に、その男の借金を父親に肩代わりさせたんだ。私達はブラウナード…故郷から夜逃げするしかなかった。そんな母親に似てるって…父親はよく私を怒鳴って、殴ったもんさ」
自分の頬を擦りながら苦笑する女性の仕草に蓮姫も顔を歪めた。
この場に残火がいたら、きっと激しく怒っていただろう。
「あの子は私の名前と父親の話を聞いて…『お兄ちゃんがいなくなった方が、その父ちゃんは悲しむね。それに…あたいの分も、お姉ちゃんには生きてほしいな』そう言ってあの子は…兄を連れてった。優しさか同情か知らないけど…私は自分の代わりに兄を連れてかれた。それは本当さ。父親は兄を探して村を出ちまった。私を置いてね」
この女性の様子や悲しげな表情と声色からして、今の話は本当だろう。
蓮姫も火狼も彼女に少なからず同情する。
しかしユージーンは淡々と彼女に質問した。
「そうでしたか。ですが、どうして…その『御子様』は自分の親じゃなく、あなたのお兄さんを連れて行ったんでしょう?」
「確か…『まだ母ちゃんに生きててほしい』とか『ずっとあたいを忘れないでいてほしい』とか言ってたね。それと…『死神様は親が悲しむのが好きだから』とも言ってた。村の人間に話しても信じてもらえなかったけどね」
「また『死神様』ですか。姫様、本当に厄介な事になる前に、我々も山に向かいましょう」
「俺からも頼むぜ、姫さん。『御子様』なんぞに俺の大事な残火をやるかっつの!」
蓮姫を促すユージーンと息巻く火狼に、蓮姫も大きく頷いた。
「そうだね。お話ありがとうございました。私達のせいで旦那さんを待たせてしまいましたね」
「あぁ、それはいいよ。米ばあちゃんに挨拶行くのは本当だし。身寄りのない私を受け入れるよう、村人に話してくれたのが米ばあちゃんさ。『御子様』は嫌いだけどね…米ばあちゃんには、早く迎えが来てほしいよ。どんな形であれ…ずっと待ってんだから」
「…そうですね。では、失礼します」
蓮姫達は女性に一礼すると、山に向かって駆け出した。