④
残火達が村から出て、山に向かっている頃。
料理を全て作り終えた蓮姫は、散歩から戻って来ない残火を心配し、探していた。
「残火…何処まで散歩に行ったんだろ?もう夕方なのに……ん?前から来る二人組って…」
蓮姫がキョロキョロと周りを見ながら歩いていると、前方に見慣れた……本当に見慣れて見飽きた程の美形男二人組の姿が見えた。
男達も蓮姫に気づいているらしく、一直線で蓮姫へと向かってくる。
「姫さんお疲れ~。お仕事終わったの?」
「終わったよ。狼もお疲れ様」
「姫様、あまり一人で出歩かないで下さい」
「…それは…ごめん。でも、誰かと一緒に行動したくても…誰もいないなら、一人で歩くしかないでしょ」
第一声で蓮姫を労う火狼。
そして真っ先に小言を口にしたユージーン。
自然と蓮姫の口は、ユージーンに対して言葉がぶっきらぼうになる。
だが、その言葉にユージーン以上に火狼が反応した。
「あれ?姫さん一人なの?残火は?」
「誰もいない…ということは……残火はこの近くにも、宿屋にもいないんですね?ノアは一緒じゃないんですか?」
「ノアなら部屋で寝てるよ。私の仕事場には連れて行けなかったから、部屋に戻ってもらったの。そういう二人こそ未月は?一緒じゃないの?」
お互い一緒にいるはずの人物が傍にいない事に疑問を感じていたが、その答えは相手が持っていた。
ユージーンと火狼は櫓が完成すると、未月が割り当てられた仕事場へと向かった。
そして未月の身に起こったことの全容を知り、蓮姫に説明をする。
また蓮姫の方も、残火が起こした問題の全容をユージーンと火狼に語った。
「な~るへそ。だから姫さん一人なんね。にしても残火の奴…本当に色々やらかしてくれんな。…まったく……世話がやけるぜ」
「それを言うなら未月もだろ。自分で何も考えないし、何も感じない。だから相手の言葉に含まれた本当の意味も理解しない。いつかは問題起こすと思ってたが…この小さい村の中ならむしろ良かったのか」
「はぁ…二人とも何処に行ったんだろ?とりあえず私達はこのまま合流して、二人を探そう」
「姫様の仰せのままに」
「はいは~い。俺も姫さんの仰せのままに、ってね。それに俺も残火探したいから、その提案はむしろ願ったりよ」
主の提案に従者二人は迷うことなく賛成する。
そして三人は村を歩きながら聞き込みを開始した。
残火や未月の特徴を詳しく話し、村人達へと聞いて歩く。
もう夕方になり祭の準備もほぼ終わっていた為、残火達の聞き込みよりも情報は早く集まった。
その流れで、残火と未月が一緒にいるという情報を早々に得る事が出来た。
蓮姫が気になったのは、一緒にいた二人が口々に村人に聞いていた言葉。
「残火や未月が迷子?でも…村の人達に宿屋への道を聞けば、直ぐに戻って来れたはず。…どういう事だろ?」
蓮姫の右隣を歩く火狼も、同じく疑問を抱いていた。
「俺もわっかんねぇわ。残火はともかく、あいつは反乱…色々と仕込まれて育てられてるんだろ?来た道戻るくらい出来るはずだぜ?玉華でも世話んなったくらいだし」
火狼は村の中ということもあり『反乱軍』という言葉をあえて誤魔化した。
それでもユージーンと蓮姫に、その意図は伝わる。
朱雀の里から出た事も無い残火。
そんな残火でも人に聞いて蓮姫のいる宿屋に戻る事くらいは出来る。
残火は一行の中でも一番年下だが、そこまで子供ではない。
そして未月は、反乱軍の中でも最強の兵士として育てられてきた。
そんな人物なら、地形を直ぐに理解する事…もっと簡単に言えば来た道を忘れる事はないだろう。
それなのに…二人は迷子だと村人達に言って歩いていた。
それも未月は残火を、残火は未月を迷子のように。
ユージーンは蓮姫の左隣で、げんなりとした表情をしてポツリと呟く。
「まさか今回…姫様じゃなくてガキ共…お子様達が余計な事に首をつっこんでるんじゃ…」
「その言い方やめてくれる?」
残火と未月に呆れているような言い方だが、それは普段の蓮姫の行動にもユージーンは呆れているということ。
勿論その意味を理解した蓮姫は額に青筋を浮かべた。
「旦那ってば本当失礼ね。姫さんにもお子様達にもさ」
「……お子様…か」
蓮姫は視界の隅に嫌でも映る、真っ赤な勿忘草を見て呟く。
宿屋から離れて大分たつが、本当に村中に赤い勿忘草が溢れていた。
ある家には門前のプランターに、ある家には庭の花壇に、ある家は窓辺の植木鉢にと、所々に勿忘草を植えている…もしくは飾っていた。
それはユージーンと火狼も気づいており、むしろここまで赤で埋め尽くされた異様な村の様子に警戒もしていた。
「赤い勿忘草…。数本だけならまだ美しいんでしょうが…ここまでくると不気味ですね」
「ホントよね~。あ、姫さん知ってる?赤い勿忘草は、あんまりいい花言葉じゃねぇんよ」
「そうみたいだね。それにあの人が言ってた『御子様』も気になるし…って、あれ!あの人!」
蓮姫が丁度その人物の話をしていた矢先、前方にある家の門から本人が出てきた。
それは宿屋で話した若い女性。
その手には赤い勿忘草の植木鉢を持っている。
よく見るとその家は、他の家よりも赤い勿忘草のプランターや植木鉢が多く置かれていた。
まるで赤い花で囲まれているかのように。
あまりの光景に蓮姫達が声を出さず引いていると、あの女性の方が蓮姫達に気づき手を振ってきた。
「お客さん達ー!どう?祭の準備楽しんでるー?」
声をかけられたのなら無視をする訳にもいかない。
むしろ蓮姫は、この女性に話を聞きたかった事もあり、そのまま女性へと歩み寄る。
「凄いお祭りですね。村全体が真っ赤で…でもここが一番凄い。貴女のお家ですか?ええと…お咲さん?」
「そうよ。ここは私の家。毎年毎年、ここには赤い勿忘草がいっぱい来るの。それはもう村中が協力してくれてね。皆、米ばあちゃん…私のひいばあちゃんを心配してくれてるんだ。ありがたいよ。今年こそ…上手くいってほしいな」
「そういえば…宿屋で『おばあちゃんにとっても特別な日』とか言ってましたね?」
蓮姫の中ではぼんやりと、この『米ばあちゃん』なる人物は巫女さんや祭事の役割を担う者というイメージがあった。
しかし……そんな蓮姫の想像を超えたとんでもない発言を、お咲は満面の笑みで明るく告げる。
「そうなの!だって今日は、米ばあちゃんの命日になる日だからね!」
「………え…命日?命日って言いました?」
「はい!そうなんですよ!」
お咲があまりにも嬉しそうに告げるので、蓮姫は自分の聞き間違いかと思った。
だが、お咲はやはり笑顔で大きく頷く。
命日とは、その人が死んだ日。
故人を悼む日でもある。
命日に故人との想い出を振り返り、悲しんだり懐かしんだりするなら、まだわかる。
このお咲のように命日を楽しそうに語るのなら、故人は余程嫌われていたのだろうか?
『命日になる』という言い方も気になる。
蓮姫は何処から突っ込めばいいのか…何処まで聞いていいのか悩む。
困惑する蓮姫を見て、お咲の方から声を掛けてくれた。
「すみません。お客さん達には意味わかんないですよね」
「そう…ですね。その米おばあちゃんは…亡くなったんですか?」
「いえ!米ばあちゃんは、まだ生きてるんですよ!お迎えが全然来なくて…。今年でもう118歳になるのに…今年こそ来て欲しい、って家族も村の皆も言ってるんですけど…」
それはつまり、自分の祖母…もしくは曾祖母に早く死んで欲しい…家族も村の者も全員ソレを願っている、と聞こえる。
今日死んで欲しいのは合っているのだろう。
そう感じたのは蓮姫だけではなく、火狼は率直にお咲へと聞いてみる。
「なぁなぁ、お咲ちゃん。その米ばあちゃんって嫌われモンなの?」
「っ!?いいえ!私は米ばあちゃんの事、大好きですよ!村の皆だって米ばあちゃんには感謝してるんです!米ばあちゃんが最初にっ………最初に…捧げた人だから。…死神様に」
お咲は俯いて、持っていた植木鉢をギュッと握りしめる。
今の『捧げた』と『死神様』という言葉。
今まで彼女や宿屋の女性の言葉、赤い勿忘草とも合わせ、蓮姫は自分が連想した言葉が間違いではないと感じた。
「……お咲……あの子が来たのかい?」
ふと家の中から、しゃがれた老婆の声が聞こえてくる。
お咲は慌てて植木鉢を下に置くと、家の中へと戻って行った。
老婆は耳が遠いのか、お咲の大きな声は家の外まで響く。
「っ!ばあちゃん!?歩く時は呼んで!足痛いんだろ?ほら、私に掴まって」
「すまないねぇ、お咲。…あの子は?来てくれたんじゃないのかい?」
「ごめんね、ばあちゃん。旅人さん達と話してただけなの」
「…そうかい」
残念そうに呟く老婆の声を聞きながら、蓮姫はユージーンへと尋ねた。
「ジーン。この世界って死神もいるの?」
「この世界でも姫様の世界でも同じですよ。死神は空想上の存在。魔王や魔族はいても、死神はいません」
「いない?…じゃあ…死神に捧げたっていうのは…」
死神がいないのなら、死神に捧げたという話は一体なんなのか?
そもそも、何を捧げたのか……蓮姫にも予想はついているが…それはあえて口にしたくない。
とりあえず、いつまでも人様の家の前で突っ立っている訳にもいかず、蓮姫達はその場を離れる事にした。
しかし、少し歩いただけで後方からの声に呼び止められる。
「お客さん達ー!良かったら家でお茶でも飲んでってよー!途中だった祭の説明もするからさー!」
蓮姫達が振り返ると、あの家の前でお咲が大きく手を振っていた。
「どうする?」
「お茶くらいならいいんじゃないですか。俺も喉渇きましたし」
「え?行くの?行っちゃうの?残火達はどうすんだよ?」
「こんだけ強い結界が張られてるんだ。あいつらも村から出れないだろ。小さい村の中なら直ぐに見つかる。…それに…姫様もこの村の事、気になってるんでしょう?」
「…バレてた?」
「はいもう。バレバレです。…むしろ…俺も少し気になってるので、この際です。聞いてみましょう」
「うわー。旦那まで乗り気とか珍しいね。…結界の中だし…あいつも一緒なら残火も安全か。俺もお茶飲んで、お話聞きますかね」
三人の意見は一致し、お咲の言葉に甘えてお邪魔することにした。
中に入り客間へと案内されると、そこには一人の老婆が座っていた。
おそらくこの老婆が先程の女性であり、話に出てきた『米ばあちゃん』だろう。
老婆はゆっくりと頭を下げると、同じくゆっくりとした口調で蓮姫達に声を掛けた。
「旅人さん達…よく来られましたな。…今日は祭。…楽しんでって下さいな」
「いやいや~、そんなお構いなく」
あぐらをかいて座り、いつも通りの口調で話す火狼。
だが老婆はひと言も発さず、火狼を見つめる。
そして耳元に自分の手を当てた。
「………は?…なんですと?」
「どうぞ!お、か、ま、い、な、く!」
老婆ゆえ耳が遠いのだろう。
火狼は大きな声で、一言づつ区切るように言い直した。
「えぇ、えぇ。…そうですか。…すみませんね。…なにせ耳が遠くて」
「お待たせ。はい、お茶どうぞ。ばあちゃんもね。熱いから!気をつけてね!」
「ありがとうございます、お咲さん」
「ありがとねぇ、お咲」
お咲は全員分のお茶を配ると、自分もまた老婆の隣に座った。
「さて…祭だけど、何処から説明しようかな?…長くなるけど、最初からでいい?」
「はい。出来ればその方がいいです」
「わかった。ええと…この村はね…90年くらい前までは、近くの山や森の木をたくさん切ったり、そこに住んでる動物もたくさん殺してたの。自分達が生きてく為にね。でも……殺し過ぎた。いつの間にか山や森は丸裸。動物だって居なくなった」
生きていく為に木々を伐採するのも、動物を殺して食べる事も人間にとっては必要な事だ。
だが後先考えずに同じ事を繰り返せば、自分達の首を絞める事になる。
「それどころか、何年も日照り続きで作物も育たなくなっちゃったんだって。皆が飢えてた。生まれ育ったこの村を捨てた人もいた。でも、幼い子供がいる家や、老人がいる家は簡単に村を捨てる事も出来ない。途方に暮れてた時…死神様が現れたんだって」
「お咲さん。…死神様って?」
「私も見た事はないんだけど…なんかこの辺りの守り神的な?ドライアド的な存在らしいんだ。わかりやすく言うと…え~と……この辺り一帯の命を管理してる…精霊みたいな?人間ではない存在」
ふむふむ、とお咲の説明を興味深けに聞く蓮姫と火狼。
ユージーンはお茶を一口飲みながら、心の中である者を思い出していた。
(命を管理する存在、か。命…つまり死をも司る存在。それなら………いや、考えすぎだな)
この村で何故か、嫌でも思い出してしまう存在。
ソレはユージーンの中で、先代女王の次に思い出したくない者でもある為、彼は頭の中からソレを消そうと軽く頭を振った。
そんなユージーンを不審に思うのは火狼のみで、お咲の話はまだ続いていく。
「でね、その死神様が言うには、命のバランスが崩れてるって。だからそのバランスを保つ為に、この村からも命を捧げなきゃいけない。そうすれば、自分がこの村や周りの命を救える。そう言ったらしいんだ」
「それは…つまり……」
『生け贄』
蓮姫がずっと、この祭に関わる言葉から連想していたもの。
自分の想像は合っていたが、むしろ蓮姫としては外れて欲しかった。
生け贄を出した村など…正直、好感は持てない。
「そう。お客さん達の想像通り。この村はその『死神様』に『生け贄』を捧げたんだ。死神様の希望通り、幼い子供をね。そしたら直ぐに雨が降って、作物どころか山や森の木も急成長。この村は一人の生け贄と死神様に救われた。だから、村を守る為にそれからも毎年、生け贄は捧げられたの。50年間、同じ日にね。それが今日だよ」
お咲は話の最中、米の方を気にしているように何度か視線を向けた。
それは蓮姫も同じだったが、やはり耳が遠いらしくあまり聞こえていないらしい。
お咲は悲しげに米の方を見ながら静かに呟いた。
「90年前…最初に生け贄を捧げたのは…この米ばあちゃんなんです。村の人は誰も『生け贄』なんて出したくなかった。本当に上手くいくかもわからなかったし。それでも、ばあちゃんは……可愛がってた一番下の女の子を捧げた」
「そうだったんですね。だから…村の人は皆、米おばあちゃんを慕ってる」
「うん。最初に子供を捧げたその年から…村の周りは緑が溢れて動物も来るようになって…裕福ってわけじゃないけど、村人は不自由無く暮らせるようになった。だから…米ばあちゃんに見習って…それからも50年間…子供は死神様に捧げられたんです。あと『生け贄』って呼び方はよくないから、その子達を『御子様』って呼ぶようになりました。その頃から『子を捧げる村』という意味で、村の名前は『コサゲ』になったんです」
「『御子様』って…そういう意味だったんですね」
蓮姫は想像通り…いや、想像以上の内容に深く息を吐きたくなった。
その行為はため息にも見えるので、蓮姫は我慢し、お茶を流し込む事で紛らわせる。
その間、火狼は蓮姫も気になっていた言葉をあえて聞いてみた。
「90年前から50年間?じゃあ今は生け贄…じゃねぇや。『御子様』出してないん?」
「そう!今は捧げてないんです。40年前から…村は捧げる側から、迎える側になったから!」
お咲は先程のように笑顔を向けて話す。
その目はキラキラと嬉しそうに輝いていた。
「40年前。本当なら『御子様』を捧げる日に…ある家のばあちゃんが亡くなったんです。その代わり、お山に連れてって死神様に捧げたはずの子供が帰って来ました」
「それって…怖くなって逃げ出したんじゃねぇの?」
「違うんです。むしろ当時もそういう大人がいて、その子を山に連れ戻そうとしました。でも…その子が言ったんです」
『死神様はもういいって!もう『御子様』はいらないって言ってた!それに『御子様』達が帰ってくるよ!毎年一人づつ!母ちゃんや父ちゃんと一緒に、お空に行くんだって!だからこれからはずっと!『御子様』と一緒にいられるんだって!』
「一緒に…お空に?」
語られた不思議な内容に蓮姫が首を傾げる。
お咲はニコニコとした表情を崩すことなく告げた。
「亡くなったばあちゃんは、健康そのものだったらしいです。でも急に亡くなった。それも嬉しそうな笑顔を浮かべて。その人も昔、息子を『御子様』にして捧げてました」
嬉しそうな顔のお咲とは逆に、聞いている蓮姫と火狼は複雑な顔をしていた。
ユージーンは二人が言いづらいだろう言葉を、あえて口にする。
「それは『御子様』にされた子供達が亡霊となって、自分達を犠牲にした親を殺しに来たのでは?」
「そう…かもしれませんね。でも…それでもいいんです。だって親は…村の為とはいえ…本音じゃ自分の子供を捧げたくなんかない。『御子様』を捧げた親の殆どは…ずっと後悔してました。…米ばあちゃんみたいに」
「…お咲?…呼んだかい?」
「ううん!なんでもないよー!」
お咲は米に元気よく答えると、蓮姫達へと視線を戻した。
「それから毎年、自分の子供を『御子様』として捧げた親達が、一人づつ亡くなりました。村人は皆『御子様が親を恋しがって迎えに来た』と思ったんです。戻って来た子も『親と一緒にいられる』って言ってたらしいから。だからこその祭なんです!私達は『御子様』を忘れてない!赤い勿忘草もたくさん植えて!『御子様』を喜んで迎え入れよう!村人も楽しんで親達を送り出そうって!」
楽しげに祭をする村人達。
それは喜んで『御子様』を…そして子供を犠牲にしてきた親の死を受け入れているから。
この祭は、村にとっての『御子様』達への償いなのかもしれない。
赤い勿忘草は、そういう意味で置かれていたのだろう。
複雑な事情だが、蓮姫達はそう解釈することにした。
お咲は米の背を優しく撫でる。
「40年前から一人づつ…御子様達の親…お山に連れて行った親が、祭の日に亡くなってます。でも…米ばあちゃんにはまだ…お迎えが来ないんです。ばあちゃんは毎年…ずっと待ってるのに」
「ばあちゃん118歳だろ?お迎え来なくても死ぬんじゃね?あでっ!?」
無神経すぎる火狼の発言に、蓮姫はバシッとその後頭部を叩いた。
火狼は後頭部を擦りながら蓮姫を見るが、絶対零度の微笑みを向けられ慌ててお咲に謝る。
「ご、ごめんな!変なこと言って!」
「いいんですよ!私らもそう思ってました。村でもこんなに長生きしてる人いないんです。米ばあちゃんは病気して医者に『危ない』って言われても、生き延びました。米ばあちゃんの息子達…私のじいちゃんやその兄弟が死んでも、ばあちゃんは生きてる。きっと…米ばあちゃんが死ぬ時は、お迎えが来る時だけなんです」
「…お咲。…あの子はまだ来ないのかい?…ちょっと外を見て来ておくれ」
「はいはい。ごめんね、お客さん達。私ちょっと出てくるけど、直ぐに戻って来るからね」
米に促され、お咲は部屋を出ていった。
残された蓮姫達は自然と沈黙する。
今の話を聞いた後では、一体どんな言葉を米に掛けていいのかわからなかったから。
そんな空気が伝わったのか…米の方から声を掛けて来た。
「お客さん達…ビックリしただろう?…この村の祭は…ちょっと特殊だからね」
「い、いえ!そんな!こちらこそ!大事なお話!ありがとうございます!」
米に聞こえるよう、蓮姫は大きな声を出して伝える。
そんな蓮姫に、米はしわくちゃな顔で笑みを向けた。
「…優しいお嬢さんだ。…あの子も…『御子様』なんかにならなきゃ…あんたやお咲みたいに…美人になってただろうに」
「おばあちゃん…」
「あの子はきっと…私をまだ…許せないんだろうね。…だから…迎えに来てくれないんだ。…でもね…それでもあの子を待ちたいんだよ…私は。…あの世に行くなら…あの子と一緒がいい」
米は目に涙を浮かべて、テーブルに飾ってある赤い勿忘草を見つめる。
そんな老婆の姿に、蓮姫も目頭が熱くなってきた。
「あの子を…忘れた日なんてない。…あの子に恨まれても…憎まれても…殺されてもいい。…ただ…また会いたいんだ。…また…『母ちゃん』って…言われたいんだよ。…最低だね…私は…」
この人は…どんな経緯で可愛がっていた娘を生け贄にしたのか?
それは蓮姫達にはわからない。
でも一つだけわかった事がある。
この人は…望んで自分の娘を生け贄にした訳ではない。
娘を生け贄にした事を…90年間ずっと後悔し続けている。
「ただいま!ばあちゃん!家の前には!子供なんていなかったよ!っと、お客さん達。新しいお茶いる?そういえば…妹さんともう一人は?」
「っ!?そうだ!お咲さん、私達は連れの二人を探してるんです。見ませんでしたか?」
「え~?…………多分…見てないけど…いなくなったの?」
蓮姫が残火達の事を尋ねている間、米は赤い勿忘草に向けて小さく…本当に小さく呟いた。
「…やっぱり…まだ私を許してくれないのかい?……花…」