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【弐の姫】~異世界に嫌われる姫にされた少女は最強の従者と共に女王を目指す~  作者: 月哉
間章【未月と残火、迷い子と出会う】
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「………クソ……あのババァ」


一人ボヤきながら、目的もなく村の中をブラブラ歩く残火。


何故残火が一人で、それも村の中を歩いているのか?


それは、残火が祭に出す料理に使う卵液と米を台無しにしたと知った、あの宿屋の女性に厨房を出るよう言われたから。


あと少しで完成するはずの料理の元が台無しになった経緯…それを知った時の女性の反応は凄かった。


青くなって言葉を失ったかと思えば、真っ赤になって何やら叫び、そしてまた青くなり…最終的には魂が抜けたように白くなっていた。


しかもその原因となった残火は、一切の悪気は無い。


むしろ『料理を良くしよう』という好意の元で行っていた。


ソレを知ったからこそ、あの女性も残火を責める事はしなかった。


する気力も時間も無かった、と言った方が正しいかもしれない。


再び一から料理を作らなくてはならなかったし、その場にあった卵は全部使い切ってしまった。


自分が離れただけではなく、残火に料理を教えていた蓮姫を引き離した、という負い目もあったのだろう。


だから彼女は、やんわりと残火を厨房から出るよう告げた。


ちなみに蓮姫はその時『裏の蔵に行って、残ってる卵がないか見てきて。あれば全部持って来ておくれ』と言われていたので、残火が厨房を出された事を知らない。


厨房に戻ったら驚くだろうが…。


蓮姫もあの女性も…残火一人にやらせた事、説明不足だった事に多少の責任を感じていた。


しかし…料理を台無しにした張本人であり、追い出された方の残火は怒り心頭である。


「フンっ!な~にが『…妹さん。………悪いけど…散歩でもしてきておくれ。…頼むから…料理出来るまで戻ってこないで』よ!最初に頼んだのそっちじゃない!ふざけんなっ!」


可愛く頬を膨らませながらも、ずんずんと歩く口の悪い巨乳少女に、村の人間は我関(われかん)せずと誰も近づかない。


誰も止める人間がいないので、残火の愚痴(グチ)は更に続いた。


「そもそも!ややこしい事言ったのは、あのババァの方じゃない!あぁ~っ、もうっ!ムカつくっ!………って、あれ?」


イライラと一人で(わめ)いていた残火だが、前方から見知った人物がこちらに歩いて来るのが見え、愚痴るのをやめる。


前方の人物も残火に気づいたようだ。


二人は足を止めることなく、そのままお互いの前にいる人物…仲間の元へと進んでいく。


そしてお互いが目の前に来た時、その足を止めた。


最初に口を開いたのは、やはり残火。


そもそも彼相手ならば、この場にいたのが蓮姫でもユージーンでも先に口を開いただろう。


「未月。あんた、なんで一人でいるのよ?あのクソ野郎共は?」


「…クソ野郎共?…誰だ?」


「チッ。ユージーンと焔よ。わかりなさいよね。一緒じゃないの?しかもこんな所でプラプラ歩いて。仕事終わったの?」


「…ユージーンと火狼…一緒じゃなかった。…俺…仕事しなくていい…って言われた。…帰れ…って。…だから…俺帰って来た」


「仕事しなくていい?なんでよ?」


この村の祭には、村人だけでなく滞在している客人も全て手伝い、参加しなくてはならないはず。


それなのに仕事をしなくていい?


それも何故未月だけが?


残火の疑問に未月は普段通り淡々と説明した。


簡単にまとめると、ユージーンと火狼は(やぐら)作りの方へ、未月は村人達が食べたり座ったりする椅子やテーブル作りの方へ回されたらしい。


未月は任務や命令には忠実な男。


言われた仕事や任された仕事は、直ぐに取り掛かり完璧にこなした。


しかし逆を言ってしまえば、未月は命令が無ければ自分から動かない男。


言い渡された仕事が終われば、そのまま次の仕事を頼まれるまで、その場で突っ立っていた。


そんな未月の姿を見兼(みか)ねた、ある年輩の男が未月を叱責(しっせき)したらしい。


『おい!そこの(わけ)ぇの!なにボーっと突っ立ってんだ!?やる気あんのか!?』


『…やる気……わからない』


『わからねぇだぁ!?ふざけんな!やる気ねぇんならさっさと()ぇんなっ!!』


『…わかった』


というやり取りの元、未月はその場から去ってしまったらしい。


「…あんた…バカなの?なんでそのまま帰るのよ?」


「…俺…バカじゃない。…帰れと言われた。…だから…俺は帰って来た」


「……よく怒られなかったわね」


「…怒られる?…わからないけど…なんか…後ろで怒鳴ってた。…トンカチも飛んできた。…避けたけど…」


「…あ、そう」


つまり本当に帰った未月に、その場にいた男達…特に帰れと言った張本人は怒り狂っていたのだろう。


未月には彼等が怒っている理由も、トンカチが飛んできた理由も恐らくわかってはいない。


その場にユージーンか火狼がいれば、フォローしてくれたのだろうが…。


しかし残火はフォローなどせず、ハッキリと未月へ現実を突きつける。


「あのね、言われた事しかしないなんて、怒られて当然よ。だからやる気見せろって言われたの。そういう意味なの。それなのに…気づかないで本当に帰るなんて、ホントにバカ。この役立たず」


「…俺…役立たず?」


「そうよ。まぁ、あんたみたいな奴…帰って来てある意味正解よね。まったく…あいつらだけじゃなくて、あんた含めてクソ野郎共だったわね」


「…役立たず……俺…失敗したのか?…また…失敗した」


残火の言葉に落ち込む未月。


そして未月に呆れていた残火だが、それはまた自分にも返ってくる。


「………残火は?」


「なによ?」


「…残火は…なんで一人?…母さん…一緒じゃないのか?」


「う゛っ!?」


痛いところを突かれた、と残火は変な声を出して唸る。


未月の疑問は当然であり自然なものだ。


残火が未月に感じたように、未月もまた同じ疑問を残火に抱いている。


「そ、それは…その…」


「…それは…なに?」


「…えと…わ、私は自分の仕事が終わったのよ!だから!姉上やあのババ…おばさんに『ゆっくり散歩でもして来なさい』的な事を言われて!だ、だから散歩してたのよ!悪いの!?」


必死になり慌てて答える残火は不審そのものだ。


あの未月が、蓮姫や命令以外に興味の無い未月が、様子がおかしいと気づく程に。


「…?…別に…悪くない。…でも残火…変だ」


「う、うるさいわねっ!」


「…俺…うるさくない。…残火の方が声大きい」


「なんですってぇっ!!」


未月の言う通り、残火の方が遥かに声がデカい。


指摘されて余計にでかくなる声量に、未月も耳を抑えた。


そしてそのまま残火の横を通り過ぎて、別れを告げる。


「……俺…母さんの所に戻る」


「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ!」


未月の言葉に、残火は慌ててグイッ!と彼のフードを掴んで引いた。


このまま未月が蓮姫の元に戻れば、見栄を張ったさっきの嘘がバレてしまう。


残火は必死に、未月のフードをグイグイと力いっぱい引いた。


「…残火…首…痛い」


「それはごめん!でもあの…あ、姉上は…その…仕事中だから!」


「…母さん…仕事中?…なら俺…母さんを手伝う」


残火の言葉に目を光らせて、やる気を見せる未月。


母と慕う蓮姫を手伝い、尚且つ役立たずと言われた名誉挽回をしたいのだろう。


だが、そうされては……残火も困る。


「だから!待ってよ!」


「…待つ?…何故?」


「な、何故って…それは…」


見下していた男に、自分と同じだと思われるのは残火のプライドが許さない。


未月はそんな事、絶対に思わないが…そんな事は残火は知らないし関係ない。


どうやって引き止めるか悩む残火と、何故引き止められてるか首を傾げる未月。



そんな二人の耳に……幼い少女の声が届く。



「ねぇお兄ちゃん、お姉ちゃん。あたいの母ちゃん…知らない?」



声がした方へ二人同時に振り向くと、そこには声の通り幼い少女がいた。


黒いおかっぱ頭で古びた服を着ている…何処か不思議な雰囲気をまとう少女。


まだ10歳にもなってないだろうか?


少女は大きな茶色い瞳で、残火と未月を見上げていた。


残火は少女の目線に合わせるよう、少し(かが)みながら問いかける。


「私達のこと?」


「うん。お姉ちゃん、あたいの母ちゃん知らない?」


「ごめんね。悪いけど、多分知らないな。私達昼前にこの村に来たばっかりだし。あなた迷子なの?」


「うん。母ちゃんがね、いなくなっちゃったの。お姉ちゃんとお兄ちゃんは?迷子なの?」


「あはは。迷子じゃないよ。お母さん…どんな感じの人か聞いてもいい?」


残火が少女と和やかに話している間、未月は一言も発さずに少女を見つめ続ける。


まるで…不思議なモノを見るような目で。


実際、未月には不思議だったのだ。


この少女が突然現れた事に。


(…人の気配…感じなかった。…なんで?)


未月は反乱軍の中でも、優れた兵士として育てられてきた。


だからこそ、人の気配にも敏感。


そんな未月が、声を掛けられる瞬間まで存在に気づかないなど…今まで有り得なかった。


一人考え込む未月だが、彼を放って残火と少女は話を進めていく。


「つまり…お母さんと一緒にお出掛けして、はぐれたんだね。何処ではぐれたの?」


「あそこのお山だよ」


少女が指さす方を見ると、確かに小さな山がある。


祭の日にわざわざ山まで行って、何をしていたのだろうか?と残火は疑問を持つ。


しかし…これも祭の準備の一つなのかもしれない、と残火は自分を納得させると少女へ視線を戻した。


「とりあえず村を歩いて、お母さん探そうか?」


そう言って手を差し伸べる残火に、少女は嬉しそうに笑みを浮かべる。


「お姉ちゃん!あたいの母ちゃん探してくれるの?」


「勿論!一緒に探した方が早いし、村を回れば知ってる人もいるだろうからね」


「わーい、わーい!ありがとう!お姉ちゃん!」


少女は笑いながらピョンピョンと飛び跳ねると、残火の手をしっかりと握り返した。


そんな少女の様子に、残火も笑顔になる。


そして未月へ振り向くと、当然のように告げた。


「未月。あんたも行くのよ」


「…俺?…なんで俺も?」


「人手が多い方がこの子のお母さん探しやすいでしょ?それくらい考えなくてもわかるってのに…もう少し考えなさいよね」


「……考えなくてもいいのに…考えるのか?…難しい」


「チッ。いちいち人の揚げ足取って…めんどくさい男」


少女へ向けた笑顔は何処に行ったのか?


少女相手では優しい残火も、未月相手では言葉もトゲトゲしい。


「ほら、行くわよ」


「…俺……母さんの所に…戻る。…母さん手伝う」


「っ!?そ、それはいいってば!むしろ姉上なら!『迷子を助けてあげて』って言うし!そうに決まってる!この子を助けた方が姉上喜ぶから!絶対に喜ぶからっ!!」


再び蓮姫の元へ戻ろうと歩き出す未月。


残火は少女と繋いでいない方の手を伸ばすと、また彼のフードを掴んで必死にその足を止める。


だが、蓮姫を使ったのは未月にとって効果的だった。


「…母さん…子供助けた方が…喜ぶのか?」


「うん!絶っ対に!喜ぶ!褒めてくれる!間違いないから!」


必死に首を縦に振りながら力説する残火。


その言葉を聞き未月の脳裏には、優しく微笑み自分の頭を撫でる蓮姫の姿が浮かんだ。


未月の一番好きな蓮姫の表情と仕草。


そんな蓮姫をイメージしてしまえば、未月の次の行動は決まっている。


「分かった。…俺…その子供…助ける」


キリッとした顔で決意を告げる未月。


蓮姫の元へ戻る事をやめた未月に、残火はホッと胸を撫で下ろした。


「そ、そっか…良かったぁ。…っ、じゃなくて!さぁ!そうと決まれば、さっさと行くわよ!未月!……と、ごめんね。私は残火。こいつは未月。あなたのお名前も教えてくれる?」


まだ少女の名を聞いていなかった事に気づいた残火。


やはり未月に向けるピリピリとした顔や声は出さず、少女には優しく話しかけた。


少女はニッコリと微笑むと、残火の翠の瞳を見据えて告げる。



「あたいの名前は(はな)。花だよ」



「よし!じゃあ花ちゃん!行こうか?」


「うん!ありがとう、お姉ちゃん!お兄ちゃん!」


花と名乗る少女は、残火と繋いでいない方の手を未月へと伸ばす。


未月は伸ばされた手の意味が分からず、ただその手を見下ろすだけで動こうとも手を伸ばし返すこともしない。


呆れた残火がまた小言を口にする前に、花はもっと手を伸ばし未月と手を繋いだ。


「えっへへ~。なっかよし~」


「…仲良し?」


「あはは。そうだね。私達はもう仲良しだもんね、花ちゃん。そうよね、未月。ね?」


「……………うん。…俺達…仲良し」


語尾(ごび)目力(めじから)を強めて念を押す残火に流されるよう、未月もとりあえずは頷いて同意した。


そして残火と未月、花という少女はとりあえず大人のいる所を探して歩き出した。


仲良く三人で手を繋ぎながら。


だが少し歩いた所で、未月が立ち止まり後ろを振り向こうとする。


しかしその瞬間、花が残火と未月の手を引っ張り走り出してしまった。


「れっつごー!!いえーい!!」


「あはは!花ちゃん!危ないよ!」


「…………?」


無邪気な花と呑気な残火に一瞬、気を取られた未月。


その一瞬で……先程感じた気配が無くなった事に首を傾げる。



(…もう…感じない?…あんなに強い…魔力の気配が?…俺の…気のせい?)



「お兄ちゃん!行こう行こう!」


「………あぁ。…行こう」


何処か()()ちない未月だったが、彼にとって今最優先させる事は、花の母親を探す事。


それを己の任務と決めた未月は、抱いた疑問を追求する事無く、花と共に歩き出した。



花がわざと未月の気を引いた事も、わざとあの場から離れた事も……あの場に…未月が感じた強い魔力の気配が確実に存在していた事も……残火と未月は知る由もない。




「やれやれ。お遊びもほどほどにね。花」





残火と未月は花に腕を引かれたまま、村の中を連れ回される。


時々走ったり、歩いたまま『ジャンケン』や『あっち向いてホイ』をして遊んだりと楽しげに笑う残火と花。


そしてそんな二人を見つめる未月。


知らない人が見たら、まだ若い親子、または仲の良い兄妹(きょうだい)達に見えなくもない。


花と遊びながらも、残火はしっかりと目的を果たそうとした。


大人達を見つけては花の母親について尋ねようとするが、ほとんどの大人は「すまないが後にしてくれ」「忙しいから他を当たってくれ」と相手にしてくれない。


村を挙げての祭なので忙しいのは仕方ないだろうが、残火はそんな村人達の態度にイライラしていた。


「なんなのよ!?この村の奴ら!ムカつくのあのババァだけじゃないわけ!?」


「…残火…なんで怒る?」


「っ!あんたもあんたよ!ちゃんと聞いてよねもう!さっきから声掛けてんの私だけじゃない!」


残火の苛立ち(八つ当たりとも言う)を受けた未月は、キョトンとした顔で聞き返す。


「…俺?…声掛ければいいのか?」


「だからそう言って…ちょっと!何処に行くのよ!?」


未月は残火の言葉を最後まで聞かず、見つけた大人の元へと一人歩いてしまった。


残された残火に花は悲しげに声をかける。


「お姉ちゃん?お兄ちゃんと……ケンカ?」


「け、喧嘩じゃないわよ!ごめんね、花ちゃん」


「ケンカじゃないの?良かった!」


『喧嘩じゃない』という言葉に、花は嬉しそうに残火に抱きついた。


「ケンカは…ダメ。母ちゃんと父ちゃんも…よくケンカしてた」


「…そっか。嫌な思いさせちゃったね」


残火は花を抱きしめ返すと、その背を優しく撫でてやる。


「ううん。ケンカじゃないならいいよ。また…あたいのことでケンカしたのかと思った」


「花ちゃんのことで?」


「うん。でも!ケンカじゃないもんね!お姉ちゃんもお兄ちゃんも泣かないもんね!それならいいんだ!」


「………花ちゃん」


意味深な花の言葉に気になりながらも、残火は何も追求しない。


気にはなるが…こんな子供に根掘り葉掘り聞こうとするとは、さすがに気が引ける。


その間、未月は一人で離れた木の根元で一服する男へ声を掛けていた。


「…聞きたい事がある」


「は?あ、あぁ。俺も今は休憩中だからな。なんでも聞いとくれ」


「子供の母親…探してる。…知らないか?」


「子供の母親って…その子は迷子かい?どの子だ?」


「…あそこ」


未月は少し離れた場所にいる残火と花を指さした。


もう二人は抱き合っていないが、残火が花と目線を合わせて何か話している。


未月の場所からも花の姿…服装も顔もしっかりと見えた。


これなら、この男にも花が分かるだろう。


そう思っていた未月だが…男の答えは意外なものだった。


「あの女の子かい?知らない子だね。この村にゃ、あんなにべっぴんさんはいないしな。旅人か客人だろうよ。しかし…あんなに大きいのに迷子とは…」


「………大きい?…あの子…小さい」


「そりゃあんたよりは背が低いけどね。可愛い顔に立派な胸して…おっと失礼。今のは聞かなかった事にしてくれよ。とりあえず、俺は知らないな。もし気になるなら宿屋に行っとくれ。村人じゃないなら宿屋の人間が知ってるだろう」


「…そうか。…分かった」


未月は軽く頷くと、そのまま残火達の元へ戻って行った。


男は未月、そして残火を不思議そうに見つめる。



「あの女の子…一人で何してるんだ?……今の子も……あの女の子じゃなくて下を向いて……まるでそこに子供でもいるみたいだ。…変な人達だな」



男は変な物を見るように首を傾げたが、関わるつもりもなく、そのまま仕事に戻ろうとその場を去っていった。




「で?どうだったのよ?何かわかった?」


「…うん。…話…聞いてきた」


未月は男との会話を簡単に残火へ説明する。


「つまり…花ちゃんはこの村の子じゃない?…そうなの?花ちゃん」


「ううん。あたいはこの村の子供だよ。母ちゃんも父ちゃんも、兄ちゃん達もこの村で生まれたんだ」


「………どういうことだろ?さっきの人が知らなかっただけかな?」


「あたい、さっきのおじちゃん知らないよ」


「そっか。花ちゃんも知らないんだね。じゃあ別の人に聞こうか?」


「…宿屋…帰らないのか?」


「そ、それは最後よ。まずは他の人に聞くの。もしかしたら、このまま歩いてて、花ちゃんのお母さんに会うかもだし」


残火は男と花がお互い知らなかっただけ、と結論づけた。


かといって宿屋に帰るという選択肢はない。


むしろそれは残火にとって最終手段だ。


「じゃあ花ちゃん、行こうか」


「うん!お姉ちゃん!お兄ちゃんも行こう行こう!」


「…うん。…行こう」


花はまた片手で残火の手を握ると、もう片方の手を未月に伸ばす。


今度は未月も、迷うことなくその手を握った。




それからも三人は花の母親を探し続けた。


暇そうな大人を見つけては声をかけていったが、何故かその時に限って花は遠くに走って行ったり、木に登ったりして遊んでいた。


残火が花を引き戻している間に、未月が説明をするが、やはり大人達は「あんな子は知らない」「この村の子じゃない」と話し、収穫は無し。


そんなやり取りを繰り返していると、青空が広がる空も段々も赤く染まり始めていた。


「もう花ちゃん!花ちゃんのお母さんを探してるんだよ!あっちこっち行っちゃダメ!」


「……ごめんなさい。お姉ちゃん…怒った?」


「ちょっとだけね。それにしても…なんでこんなに情報が無いかな?いっそ本当に宿に戻って…待てよ」


宿屋に戻り情報収集しようとした残火だが、ある考えが浮かぶ。


それは花が最初に話していた言葉。


「花ちゃん。お母さんとはあの山ではぐれたんだよね?」


「うん!村で大事な大事なお山だよ!本当は入っちゃいけないんだけど、そこに母ちゃんが連れてってくれたんだ!」


「じゃあ…一度、山に行こう。山ではぐれたなら、お母さんも山で探してるかも!そうよ!なんで気づかなかったんだろ。その方がいい」


「…その方がいい…のか?」


「『誰かとはぐれたらその場を動くな』って言うでしょ?花ちゃん、案内してくれる?」


「うん!いいよ!」


残火の提案に花も大きく頷く。


そして花は、残火と未月の手を引いてそのまま山へと向かっていった。

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