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閑話~ユリウスとチェーザレ~ 3


城に着いてからの事は…あまり思い出したくはない。


悲しげに私達を見つめる母上。


心配そうに見つめる蒼牙殿。


そして……まるで汚物を見るような目を向ける重鎮(じゅうちん)達。


重鎮達が口々に私達を監禁するよう、もう二度と塔から出さぬよう進言していた。


色々とあったが……結果として…ある人物の発言に私達は救われた。


あの……藍玉兄上に。


『この問答は無意味ですよ。二人の外出許可の条件は「能力を使わない」という事。ユリウスは能力を使っていません。同じ能力者として僕にはソレがわかります。ユリウスもチェーザレも約束は破っていない。だからこそ、この場もこの時間も無意味です。だって母上も、そしてこの場にいる皆様も…我が弟達をきっと解放してくれるでしょうから』


兄上にそう言われて……従わない者はいない。


母上はまさに渡りに船と、兄上の言葉を喜んでいた。


重鎮達とて、藍玉兄上にだけは反論も反抗も出来ない。


この兄上は……あの朱雀より恐ろしい暗殺者にもなれるのだから。


兄上がその気になれば、たった一言で相手を殺せる。


それ故に…誰も兄上を敵に回したいとは思わない。


兄上の目論見(もくろみ)通り、その場は直ぐに解散となった。


私達の外出の件は…もう一度改めて考えるべき、と随分甘い結論で終わった。



私もユリウスも…城では一言も口をきかなかった。



塔に戻ると、直ぐにユリウスは椅子やテーブル等を蹴り飛ばしていたな。


コレはユリウスのクセでもあり、コレが出る時はすこぶる機嫌が悪い時に限られる。


こういう時のユリウスには…何も触れず、好きにさせておくのが一番だ。


私はユリウスを放って一人風呂に入っていた。


戻ると部屋の中は(すさ)まじく荒れていたが…その反面、ユリウスはとても落ち着いていた。


「チェーザレ…俺は諦めない」


それだけ私に告げると、ユリウスもさっさと風呂に向かい、風呂から出ると直ぐに寝てしまった。


だから…ユリウスが何をしていたのか……それは後から知った。


ユリウスは寝たのではなく…夢に入っていったのだ。


自分の夢ではなく……久遠殿の。


「やぁ、久遠殿。今日はすまなかったね」


「ジュ……………ユリウス様。コレは…夢ですか?貴方様の能力の。何故わざわざ私の夢に?まだ私を愚弄(ぐろう)したいと?」


夢でユリウスと会った久遠殿は、辛辣な言葉と眼差しをユリウスへと向けた。


当然だろう。


だが、ユリウスは笑顔を崩さなかった。


「久遠殿。君に話がある。その前に…謝らせてほしい」


「はて?何のことでしょう?私はユリウス様とお話する事も、謝られる事もございません」


「久遠殿…頼む。少しでいいから話を」


「ではハッキリと申し上げます。恐れながら女王陛下の実子であられる貴方様に対して大変失礼とは思いますが…私は貴方様とはもう関わりたくないのです。…もう二度と…」


「………久遠殿」


「では…これにて失礼します。永遠に」


ユリウスの言葉も存在も拒絶する久遠殿に…ユリウスは落胆した。


久遠殿の態度も…ユリウスの気持ちも当然だ。


だが………これで落ち込んで終わらないのが…ユリウスという男…私の片割れだった。


「………そっか。わかったよ。君の気持ちがね。だから…せめてもの()びを受け取って欲しい」


「は?…何を?」


「せっかくだからさ……君には楽しい夢をお届けするよ。だってそうしなきゃ…俺の気が収まらない」


ユリウスは満面の笑みを浮かべると、能力を使って久遠殿の夢を支配した。


何も無い異空間にも近いこの場を…大海原(おおうなばら)にして久遠殿が溺れるという夢に無理矢理変えたんだ。


「っ!!?なっ、ゆ、ユリウス、様っ!?ゴボッ!」


「今日は楽しい海水浴の夢をプレゼントするよ。気に入ってもらえたかな?」


「ブハッ!ゆ、ゆりっ!ゴブッ!?」


久遠殿が荒波にもまれた末、意識を失うのを…いや、夢から覚め現実に戻ったのを見届けると、ユリウスも現実へと戻った。


後から聞いた話だが……久遠殿はこの夢から覚めた朝…11歳にしておねしょをしてしまったらしい。


プライドの高い久遠殿にとっては、とてつもない屈辱(くつじょく)だっただろう。


ユリウスが何故こんな事をしたのか?


それはわからない。


伝わるのは…楽しいという感情。


しかしユリウスは逆恨(さかうら)みして相手を苦しめようなど、そこまで性根は腐ってない。


だから……ユリウスの真意は…私は今でも知らない。


ユリウスの久遠殿に対する夢の悪戯は、その日だけには留まらなかった。


むしろその日から…ほぼ毎日、ユリウスは久遠殿の夢に入り浸っていた。


時には断崖絶壁に立たせたり、時には魔獣に追いかけさせたりと……思い出すだけで悪趣味さに頭が痛くなってくる。


久遠殿も対策を打とうと、毎日寝ないようにしていたらしい。


が、そんなもの人間には…特に子供には不可能だ。


そして我慢できず昼にうたた寝し、学問にも剣の稽古にも身が入らない。


たまに少しの睡眠を取ったり、ユリウスが夢に入らない時もあった。


それでも悪夢を見てしまい……当時幼い久遠殿は毎日荒れていた、とも聞いた。


そんな日々が続いたある日…もう一度、私達に外出の許可が出た。


これも裏で藍玉兄上が動いてくれていたらしい。


私達は…いやユリウスは、何故か前と同じ格好をして蒼牙殿を供に街へと出掛けた。


そこで久遠殿に偶然出会い……久遠殿はユリウスを見て、今までの思いが爆発してしまった。


「このっ!?忌み子がっ!俺に近づくな!(けが)らわしいっ!」


「毎日毎日いい加減にしろっ!!」


「まだそんな格好をして!俺を馬鹿にするのかっ!?」


「ふざけるなっ!貴様など…貴様は絶対に許さんっ!」


真っ赤になって怒鳴り散らし、ユリウスに飛びかかろうとした久遠殿の顔は…子供ながらに恐ろしい形相だった。


事情を知らぬ大人達が久遠殿を慌てて抑え、その間に私達も蒼牙殿と一緒に離れた。


結局、母上にはバレたが…詳しい内容は母上にだけバレたので、久遠殿の将来も考えて(おおやけ)に語られる事はなく、私達…ユリウスも厳重注意のみで済んだ。



長くなったが……これがきっかけで、ユリウスは久遠殿に徹底的に嫌われる事となった。






「チェーザレ?お湯沸いてるよ。早く火止めて。音うるさいから」


「っ、あ、あぁ。すまない。今お茶を入れよう」


少し過去の思い出に浸りすぎたか。


ユリウスに声をかけられなければ、気づかなかったな。


そして私が何を考えていたのか、何の思い出に浸っていたのか、ユリウスは全てわかっている。


「そんなに考え込むくらいなら、わざわざ思い出さなくても良くない?」


「誰のせいだ誰の。お前がご丁寧に私に夢を見せなければ、私だって」


「ねぇ、薔薇ジャムってどれくらい入れるのかな?」


「話を聞け」


自分の事だというのに、ユリウスは全く興味がないように振る舞う。


そう、振る舞っているだけだ。


あの件で久遠殿は傷ついたが…ユリウスとて傷ついた……とは、身内の主観すぎるな。


さて、お湯も少し冷めたし…そろそろお茶を入れるか。


薔薇ジャムは……ジャムだしな…スプーンに五杯くらいか?


「うん。なかなか美味しいね」


「そうだな。……もう一杯ジャムを入れるか」


「………あ、あはは。好きにしなよ。こんな美味しい物を教えてくれた蓮姫に感謝だね。彼女が戻って来たらまたお茶したい。それと…久遠殿とも」


「あれだけの事をしておいて、何を言っている」


久遠殿に嫌われた原因はユリウスの軽率な行動にある。


それどころか…追い打ちまでかけたというのに…。


呆れてため息をつく私にユリウスは笑った。


「ははっ。傷つけた自覚はあるんだよ。これでもね。まぁでも…アレで徹底的に嫌われたとはいえ…反省はしてないかな」


「そこはしろ」


反省くらいはしないと本当に久遠殿が(あわ)れすぎる。


久遠殿の事だから、反省も謝罪も求めていないだろうが…微塵(みじん)も何の気持ちも抱いていないと聞いても怒るだろうな。


「悪いとは思ってるよ?でもね…やって良かったとも思ってる」


「???意味がわからない」


「だよね。あのさ…どんな形であれ、良くない感情を向けられているとはいえ……久遠殿は俺達に初めて出来た友人だ」


「……そうだな」


その友人をお前は最低な行為で傷つけたがな…とはあえて言わないでおく。


ユリウスだって、それくらいわかっているだろうから。


「いつかちゃんと全てを話そうとは思ってた。だから、あんな風にバレて…拒絶されてショックだった。自分が悪いんだけどね」


「……そうか」


「でも俺は諦め切れず、久遠殿と再び友情を結ぼうと夢に入った。惨敗(ざんぱい)したけどね。…だからさ…どうせ嫌われるなら……徹底的に嫌われようと思ったんだ。そうしたら絶対に俺の事を忘れない。忘れたくても忘れられない。結果そうなったしね」


それが久遠殿を夢で追い詰めた理由、か。


本当に……この兄は悪趣味過ぎる。


見せられた夢と同じく、知らない方が良かったな。


「久遠殿は嫌だろうけど、俺は彼の事は嫌いじゃない。君と蓮姫の次に好きだと言ってもいいほどにね」


「………久遠殿には言うなよ。余計に嫌われるだけだ。確実に怒り狂う」


「ははっ、それもそうだね。嫌われるのはいいけど、怒りすぎは体に良くない」


楽しそうに笑うユリウスを見て…今の発言は本音だと私は気づく。


歪んでいるとは思うが……ユリウスがそれでいいのなら、私からはもう何も言わない。


「あの時はどうなるかと思ったけど、結局は今も外に出れてるしね。結果オーライかな」


「そうだな。藍玉兄上には感謝しなくては」


「あの人は…不気味だし怖い人だけど…母上と同じで俺達に甘いからね。そういえばさ…知ってる?」


「何がだ?」


「藍玉兄上が『どうしてあの時、城に居たのか』…さ」


確かにそれは気になっていた。


兄上は私達よりも危険な能力者。


その為に王都ではなく遠い…大陸を越えた先のミスリルへ追いやられたのだから。


城に来る時は母上の誕生日(想造世界と同じ月日にしただけで正しくは違う)や即位記念日。


また母上の命令や、蓮姫の時のように私達が呼んだ時。


理由がなければ城には勿論、王都にすら来てはいけないし、兄上も自ら出向く事はない。


しかしあの日は…特に何も無かった。


兄上が謁見室に現れた時、母上は驚いていた。


つまり母上から呼び出しがあった訳ではない。


それなら……何をしに来られたんだ?


「………検討もつかないな」


「うん。俺も知らなかった。でもさ…実はちょっと気になる話を聞いててね」


「話を聞いた?……誰に?」


「母上にさ。俺が『罪人の間』に幽閉されてる時、世間話の流れでね。今の今まで忘れてた。むしろ本人に聞いていいかも悩んだから…兄上に確認もしてないけど」


「で?何故兄上はあの日、城に来られたんだ?」


ユリウスはお茶を一口飲むと、ゆっくりと口を開いた。



「母上に結婚の許可を頂きに、らしいよ」



「………は?結…婚…?あの藍玉兄上が?」


「うん。母上はそう言ってた」


結婚の許可……確かに、私達能力者は女王の許可がなくては結婚出来ない。


子供が生まれないから、能力者が増える危険は無いが…。


それでも……形式として女王の管理下にあるという体裁を保つ為に、伺いを立て許可を得る必要がある。


しかし………私の知る限りでは…。


「兄上は…まだ独身だろ?」


「そうだね」


「母上が反対されたのか?」


「ん?違うよ。本音としては反対したくて仕方なかったらしいけど。その女だけは認めなくないって。でも…もし相手が同じ気持ちなら…兄上を深く愛しているなら…それを受け入れて許可する。そう言ったらしい」


「それで…今も独身という事は……」


「ハッキリとした理由は知らない。相手が死んでる可能性もある。…でもそうじゃないなら……兄上も苦労してるのかもね」


あの兄上が一方的に懸想し、結婚したい程に惚れ込んでいる相手。


そして子供を深く愛する母上が、本音では許したくない相手。



一体…どんな女性なんだ?


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