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閑話~久遠と凛~ 2


「それじゃあ久遠。私達はそろそろ夜会に行くね。また明日」


「お待ち下さい、壱の姫様。出発の前に…一つだけ…どうしてもお聞きしたい事があります」


「なぁに?」


俺の言葉に振り返る壱の姫様は、何故か嬉しそうに笑顔を浮かべている。


そう。


俺は…これだけは聞いておきたい。


「壱の姫様は女王となったあかつきに……何を望まれますか?世界を…どのようにしたいのですか?」


「……またそれ?」


笑顔だった壱の姫様だが、わかりやすくその顔を曇らせる。


どうやら俺の言葉は、壱の姫様が予想していたものとは真逆だったようだ。


だが俺とて…決して引くつもりはない。


「どうしてもお聞かせ下さい。これが…本当に最後です。今後は二度と…同じ質問は致しません。それと蘇芳殿…この時だけは何も口を挟まないでくれ。君の助言とは関係ない、壱の姫様だけの答えを、俺は聞きたいんだ。…頼む」


壱の姫様はいつも、蘇芳殿に答えを聞き、それをそのまま答えている。


勉学の意味などまるで無い。


だが、これだけは……蘇芳殿の意見ではなく、壱の姫様本人のお考えでなくては意味が無い。


蘇芳殿は何か言ってくるかと思ったが、意外にも素直に俺の言葉に従った。


「…わかりました。姫様…どうぞ…ご自分の気持ちに…正直にお答え下さい。それこそが…将軍への誠意となります」


「蘇芳…うん。わかった」


蘇芳殿に(うなが)されると、壱の姫様はゆっくりと深呼吸をし俺に向かって元気よく言い放った。




「私はね!(みんな)が幸せな世界を作りたい!」



自信満々に告げる壱の姫様。


その顔には『褒めて』『凄いでしょ?』と書いてあるようだ。


しかし…その答えは凄くもなく、ましてや褒めれるはずもない。


「そうですか。では…その為には何をなさいますか?」


「……え?…な、何をって…だから…皆が幸せに…」


「ですから…(みな)が幸せになる為に、壱の姫様は女王として何をすべきだと思いますか?」


「そ、そりゃ…(みんな)が好きな物食べれたり…勉強とか仕事とか…嫌な事しなくてもすんで……好きな事出来て…毎日楽しく暮らせるようにする!」


必死に言葉を選びながら答える壱の姫様だが……これでは…。


「それでは答えになっておりません」


壱の姫様の理想はわかった。


夢物語のような理想だが、それに対してしっかりと考えをお持ちなら俺はそれに尽力を惜しまない。


しかし…やはり壱の姫様の理想とは…ただの夢物語に過ぎなかった。


俺の言葉に、壱の姫様の顔は段々と歪んでいく。


「っ、これもいじわるだったの!?私は好きだって!仲良くしたいって言ったのに!酷い!酷いよっ!」


壱の姫様はついに泣きだし蘇芳殿へと抱きつく。


まるで話にならない。


話が出来ないと言ってもいい程だ。


まだ『陛下が即位されている今と変わらぬ世界を維持(いじ)したい』と言われた方がマシだった。


壱の姫様は蘇芳殿に抱きしめられながら泣きじゃくる。


「私は!皆が女王になれって言うから!なってあげるのに!私が女王になれば皆幸せになれるのに!久遠は全部ダメダメって言う!酷い!!」


「っ、……壱の…姫様?…今…なんと?」


「知らないっ!久遠なんて知らない!今更謝ったって…当分許してあげないから!」


当分…ということは、謝ればいつかは許すつもりなのだろうか?


別に俺は謝罪などするつもりは無いが…今の言葉…。


それが本当なら…聞き捨てならない発言だ。


まさか…壱の姫様が女王となる理由は…それだけなのか?


俺は自分の心が酷く落胆しているのを感じる。


いや…そんな言葉では済まない。


俺は今、壱の姫様に対して深く幻滅し、絶望している。


そうか。


壱の姫様の中で、俺の問いに対する答えなど…最初から無かったのか。


いや…俺は答えなど、どうでもよかったんだ。


むしろ『今は女王となる事にだけ専念し、それは即位後にゆっくり考えたい』と言われても良かった。


俺が求めていたのは口先だけの答えなどではない。


俺は……弐の姫のような強い瞳を期待していたんだ。


あの…自分は必ず女王となるという…信念のこもった瞳…。


何があっても…女王になる為に成長するという姿勢…それが見たかっんだな。


「久遠が女嫌いなのは知ってる!でも!私まで嫌いにならなくてもいいじゃない!」


壱の姫様はまた突拍子も無い事を言われているが…それすら…もはやどうでも…………………は?


「壱の姫様?俺が女嫌いとは…どういう意味ですか?」


「グスッ…しらばっくれても…遅いもん!私知ってるんだから!皆が噂してる!『天馬将軍は子供の頃、女の子に酷い罵声(ばせい)を浴びせて、その子を泣かせた 』って!それどころか…その女の子を殴ろうとして…周りの大人が慌てて止めた、って話も知ってる!」


「っ!?そ、それは…」


「本当なんでしょ!縁談だって全部断ってるらしいじゃない!それくらい女嫌いなんでしょ!今更とぼけないでよ!蘇芳だって聞いたもん!ね!蘇芳!」


「はい。申し訳ありません、天馬将軍。失礼ながら私も…その噂は存じております。そしてそれも…噂ではなく、真実だということも」


ヒステリックに叫ぶ壱の姫様と違い、申し訳なさそうに謝る蘇芳殿。


そんな噂が…流れていたのか?


だが……否定は出来ない。


正確には…事実とは違う。


しかし……詳しい説明など俺には出来ない!


それは…紛れもない…俺の過去。


思い出したくもない……忌まわしい…俺の過去だ。



くっ……これも全て…全てユリウス様のせいだ!!



今すぐ塔へ行き怒鳴り込んでやりたい!!


しかし…相手は陛下の実子。


そんなことは………許されない。


クソっ!


とりあえず今は誤解をとかなくては。


説明出来る部分だけでも。


「壱の姫様。縁談を断るのは、将軍としての務めを何より優先すべきと考えているからです。女性が嫌いだからではありません」


女性が苦手なのは本当だが。


女性なら誰でも苦手なのではなく、噂話や陰口、無駄話にばかり時間を(つい)やす女性を好ましいと思えない。


「…グスッ……そうなの?でも…久遠のお家って名家なんでしょ?結婚しないのはおかしい、って皆言ってるよ」


その『皆が言っている』というのをやめて頂きたいものだ。


結局この方は、なんでもかんでも人の言葉を鵜呑(うの)みにして、自分で考える事はしないという事か。


(ゆずりは)の当主は兄であり、その兄は既に結婚し子供もおります。俺が結婚を急ぐ理由はありません」


「じゃあ…女の子を泣かせたのはなんで?女嫌いだからじゃないの?」


「それは………」


どう説明しろと言うんだ!


あんな…思い出したくもない…いや、忘れられない…最低最悪な過去を!


「…とても壱の姫様にお話出来るような事ではないので」


それしか言えない。


頼むから…この言葉で伝わってくれ。


もうこの話はしたくないのだと。


俺にとってその話題は…禁句なのだと。


「え?なんで?女嫌いじゃないなら何か理由があったんでしょ?聞かせて」


どうやら俺の気持ちは、何一つこの方に届かないらしい。


「壱の姫様。申し訳ありませんが、話したくないのです」


「でも私は聞きたいよ。久遠の話を聞いて、もっと仲良くなりたいの。ね、いいでしょ?久遠だって私と仲良しになりたいでしょ?ね?」


何故そんなにも自信を持って言えるのだろう?


それも満面の笑みで。


心底失礼だとは思うが……もはや俺は『壱の姫様とこれ以上関わりたくない』とすら思っている。


いつまでも口を開かない俺に、また頬を膨らませる壱の姫様。


しかし次の瞬間、何かを(ひらめ)いたらしい。


蘇芳殿から離れると俺との距離をつめキラキラとした目を向ける。


「いい(こと)思いついた!久遠!もし話してくれたら、貴方を私のヴァルにしてあげる!ね!いい考えでしょう?」


「………は?」


「あ!でもでも!私の最初のヴァルは蘇芳って決めてあるの!だからね!久遠は二人目!皆がなりたがってる私のヴァルだよ!嬉しいでしょ!だから話して!もっと仲良くなろうよ!」


この方は…本当に何を言っておられる?


ヴァルとは…女王陛下や姫に全てを捧げ、誠心誠意お仕えする者。


最も信頼される者にのみ授けられる称号だ。


それを…こんな簡単に決めると言うのか?


それも…本人が話したがらない、自分が聞きたいだけの話をダシにして?


蘇芳殿も微笑んでいるだけで、口を開こうともしない。


ヴァル候補と呼ばれる者が…主の暴挙を止める事すらしない。


これが…この方の…壱の姫様のやり方なのか?


「それだけじゃないよ!私が女王になったら元帥にしてあげる!ブラナー伯爵にも宰相をお願いしてあるし。ね、名案でしょ!」


「っ!?ブラナー伯爵を…宰相に?」


「そう!『宰相と公爵になってもらう』って約束したの!あ、さっきの答えにもなるね!ブラナー伯爵が宰相になって、久遠が元帥になれば、もっと世界は良くなるでしょ。やっぱり私が女王になったら皆が幸せだよ!」


とても楽しそうに、名案だとでも言いたげにはしゃいでる壱の姫様を見て……やっと…俺の中で答えが出た。



この方では……ダメだ。



今のままでは…この方が女王になることなど……俺は賛成出来ない。



「姫様、そろそろ本当に行かなくては。夜会に遅れてしまいます」


「あ、そうだね。じゃあ久遠、この話はまた明日にしよう。お茶会を開くから来てね」


「申し訳ありませんが、明日は執務がありますので。俺もこれにて失礼致します」


もうこの場に一秒でも居たくない。


もうこの方と…何も話したくない。


俺はもう二度と……この場を訪ねることすらしない。


壱の姫様にも告げたように、二度とあのような質問もしない。


勉学に(いそ)しんでほしいとも、次期女王としての自覚を持ってほしいとも…成長してほしいとも…思えない。


もう……期待する事は…無い。


最低限の礼儀として、俺は壱の姫様へと深く頭を下げる。


そしてそのまま壱の姫様の顔も蘇芳殿の顔も見ないよう、俺は足早にこの場を離れた。






「明日がダメなら…明後日ならいいかな?………ん?蘇芳?そんなに笑ってどうしたの?」


「ふふふっ……いえ、失礼致しました。あまりにも姫様が…姫様の対応が素晴らしかったので。自然と笑みがこぼれてしまいました」


「本当?良かった!コレで久遠とも仲良くなれるよね!私の気持ちも、きっと久遠に伝わったし!ヴァルにも元帥にもなれるから久遠も嬉しいよね」


「えぇ。きっと。姫様のお気持ちは将軍の心に深く、とても深く響いたと思います」


「蘇芳のおかげだよ。蘇芳がいつでも私の味方で、色々教えてくれるから。だから久遠が喜んでくれる事も思いついたの。いつもありがとう。これからもヨロシクね、蘇芳」


「はい、勿論です。今後もずっと…私は姫様の為に尽力致しますよ。……私の愛しい…たった一人の姫様の為に」


「…うん。私も愛してる。ねぇ、蘇芳。久遠はどんなお菓子やお茶が好きかな?メイド達に色々用意してもらわないと。本当に女嫌いじゃなかったら、きっと私の事を好きになってくれる。優しくなってくれる。仲良くなれるよね。明後日が楽しみだなぁ」


「ふふ…そうですね。将軍がまた来て下さる日が…とても楽しみです。………とても」


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