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月に帰る美女(?) 9


「『母さん』に続いて『姉上』ですか?まったく姫様はどうして……いえ、賛成したのは俺ですし…小言はやめましょう」


「家族ごっこ感ハンパねぇな~。まぁ楽しくていいけど…そうなると俺は…姫さんの『兄上(あにうえ)』ってとこかね?ねぇ旦那」


「お前は『犬』だろ」


「二人とも何処行ってたの?」


急に現れて会話に参加したユージーンと火狼。


不思議に感じた蓮姫が尋ねるが、それにはいつもの火狼の嘘で答えられた。


「ん?ちょっと旦那と二人で連れションに…あでっ!!?」


「ふざけんな」


嘘の内容があまりにもお粗末…いや、心外だった為、ユージーンは言葉よりも早く拳が出る。


やりとりを見ていた蓮姫は苦笑するが、残火は汚物を見るような目を火狼に向けていた。


「きったないわね。姉上と私に近づかないでよ」


「いてて……なんだよ。生理現象は仕方ないだろ。そんなんで一々嫌うなって」


「そんなんで嫌ってんじゃないわよ!焔の全部が大嫌いなの!私は!さっ!犬はほっといて行きましょう、姉上!」


「待て残火」


蓮姫の手を取りズンズンと先に進もうとする残火だが、それを止めるユージーン。


やはりユージーンの事は苦手であり怖さが抜けない残火は、彼の声がするだけで少し(ひる)む。


「な、なによ。姉上とは一緒に歩くなっての?」


「いや、それは構わない。でもな、姫様に先頭を歩かせるな。先頭と殿(しんがり)は俺達男がして、姫様をお守りする。姫様は常に真ん中だ。覚えておけ」


「そ、そっか。わかったわよ、ジーン」


残火としては素直にユージーンの注意を受け入れたつもりだった。


しかし最後に発せられた一言を聞き、ユージーンはスッと紅い目を細める。


「………もう一つだけ大事な事を教えておく。俺を『ジーン』と呼んでいいのは姫様だけだ。今後は『ユージーン』と呼べ」


「っ」


静かに告げられた言葉から恐怖を感じた残火。


彼女は顔を青く染めてひきつらせると、言葉を発さぬままコクコクと頷いた。


「だから~、あんま残火をいじめないでってば」


「いじめてねぇだろ。注意しただけだ。最初が肝心だしな」


「でも言い方ってもんが」


「はいはい。二人ともやめて。今はとりあえず先に進もう。先頭はまたジーンが歩いて」


(かしこ)まりました」


「むぅ…はいよ、姫さん」


蓮姫に(いさ)められて、ユージーンはさっさと歩き出す。


火狼の方も納得はいかなかったが、蓮姫の言う通り早く先に進まなくてはならない。


ユージーンが先を歩いたように、火狼もまた蓮姫を守るように、残火とは逆隣へと移動する。


蓮姫は残火と手を繋いだまま、ユージーンの後ろに歩き出し、後方の未月へと問いかけた。


「未月。大和からの追っ手や人の気配は?」


「……………何も…感じない。追いかけてくる奴…いない」


「多分追っ手はいるだろうけど…まぁ、かなり後ろなんだろうぜ」


未月の言葉を補足する火狼に、蓮姫も頷く。


「そうだね。じゃあこのまま、急いで大和を離れよう」


「そうね。ホントはさっきから急いでたのに…無駄な時間くっちゃったしね~」


「焔のそういう所…ホントにムカつく。ホント大嫌い」


「今ので更に嫌われんの!?なぁなぁ悪いとこ直すから~。そんなに嫌うなって~」


「うるさい!焔には悪い所しかないでしょ!」


「残火ちゃ~ん」


残火の発言に大袈裟なほどショックを受ける火狼。


そんな二人のやりとりに、蓮姫はクスリと微笑んだ。


(二人の方が本当の兄妹みたい。レオとソフィもそうだったし…従兄妹(いとこ)って皆こうなのかな?ふふ)


自分を挟んでギャーギャーと喧嘩する火狼と残火。


だが、うるさい、騒がしいとは思わない。


ただ自然と感じるのは…賑やかになったな、とだけ。


まるで『忌み子の塔』や王都庶民街の食堂で働いていた時のよう。


(あの時は…毎日賑やかで…楽しかったな)


ユリウスはいつも賑やか(騒がしいともいう)で、調子の良いことばかり言っていたが、蓮姫を笑わせてくれた。


チェーザレは冗談などは言わないが、蓮姫を大切に扱い、親身になって接してくれていた。


食堂では『弐の姫』という身分を隠していたから、人々は皆、自分を友や仲間のように歓迎してくれた。


それ以外では…特に王都では、楽しい記憶など殆どない。


この世界で最初に出会った男…蘇芳からは激しい執着(しゅうちゃく)を受け監禁された。


お互いの身分や力のせいで、ユリウスとチェーザレからは引き離された。


預けられた公爵邸では弐の姫というだけで自分を軽んじ、否定する使用人達。


公爵邸だけではない。


それは貴族も庶民も…軍人ですら『弐の姫』を拒絶していた。


自分の味方など…『弐の姫』の味方など誰もいなかった。



それが今は………。



「ん?姫さん…どしたよ?だんまりしてんね」


「姉上っ!?すみません!うるさくして!この犬は直ぐに黙らせますから!」


「…母さん……どうかしたのか?」


「にゃう~ん?」


少し黙り込むだけで、心配してくれる従者…仲間達。


「ふふ…ふふふ…ははっ」


蓮姫は嬉しさが隠しきれずに、笑みをもらす。


急に笑いだした自分達の主に、従者達はお互い不思議そうに目を合わせた。


全員が歩く事はやめていないが、だからこそユージーンもそれに気づき、首だけ後ろに向けた。


「姫様。今度はどうしたんです?」


「ははっ…ねぇジーン」


「はい?」


やはり不思議そうに自分を見つめるユージーンを見て、更に笑みが深くなる蓮姫。


始めは……この男だけだった。


蓮姫はユージーンとの出会いを振り返る。


(始めはジーン。ジーンだけだった。出会った時から…しばらくは毎日喧嘩してたっけ)


自分の傍にいて、守ってくれるのはこのユージーンだけだった。


それでも最初の頃は、信頼関係など皆無だったユージーンと蓮姫。


(成長したのかな?私達の関係も。それから…ノアに…狼に…未月…そして残火に出会って、仲間になった)


それぞれの過去を振り返ると、蓮姫は笑顔のままユージーンへと告げた。


「賑やかになったね」


「…えぇ…そうですね」


蓮姫の笑顔に、ユージーンもまた笑顔で返すと再び前へ向き直す。


(俺としては、正直うるせぇとしか思わねぇけど。…まぁ…姫様が喜ぶなら…(にぎ)やかなのも悪くない、か)


そう心の中で呟くユージーンも自然と微笑んでいた。




蓮姫達はその後も楽しげに談笑しつつ、森の中の街道を歩き続けた。


一行が足を進めるほどに暗かった空も白みがかる。


夜明けが近づいた頃、長く続いた森も出口が見えてきた。


残火は出口を指さすと、はしゃぎながら蓮姫へ告げる。


「姉上!この森を抜ければ、ブラウナード王国の領土に入ります!」


「ブラウナード?」


この世界の地理には未だ疎く首を傾げる蓮姫。


そんな蓮姫に答えたのは残火ではなく、その逆隣の彼。


「そっ。ブラウナードは古の王族の一つが(おさ)めてる国さ。中立だけど比較的安全よ。だから心配しなくて大丈夫大丈夫」


「良かった。それじゃあこのまま」


「姫様。出口付近に誰かいます」


安心する蓮姫だったが、その言葉を(さえぎ)るユージーン。


先頭を歩いていた彼は立ち止まり、右手を横に伸ばし蓮姫達の足を止める。


報告はしたが蓮姫達の方は向かず、視線は真っ直ぐ前を向いていた。


出口付近に誰かいる…とユージーンは言っていたが、その者の姿は見えない。


ユージーンの言葉にいち早く反応した未月は、前方にある人の気配を感じとり警戒した。


「…敵か?」


「いや。この気配は…」


ユージーンがその気配の主が誰なのか気づいたのと同時に、その人物は木々の影から姿を表す。


「来たか。弐の姫」


「天馬将軍!?」


現れたのは蓮姫の知人でもある、天馬将軍久遠だった。


何故大和に…それも帝と一緒に内裏にいた彼がここにいるのか?


蓮姫は目だけをユージーンへ向けると、視線だけで彼へと問いかける。


視線に気づき、その意味も理解したユージーンは彼女の問いの答えを口にした。


「人の気配はあの将軍だけです。他にも動物の気配が一つしますが…恐らく天馬でしょう」


つまり大和から来た者…他の追っ手はいない。


ユージーンの言葉を聞き、蓮姫は警戒しながらも久遠へと…出口へと近づいた。


森を抜けると、森の中よりも開けた街道に出る。


そこには久遠と、ユージーンの予想通り一頭の天馬。


その天馬の(くら)の上には、布に包まれた大きな荷物が乗っている。


「大和の出入り口はいくつかあるが…ここで待っていて正解だったな」


「どうしてここに?………帝の命令で…私達を連れ戻しに来たんですか?」


蓮姫は警戒を解かないまま久遠へと尋ねるが、久遠は首を振りながらそれを否定した。


「いや。俺の独断(どくだん)だ。それに君達に…君に聞きたい事もあった」


「聞きたいこと…ですか?私に?」


「あぁ。だが()ずは…渡す物がある」


久遠は天馬に乗った荷物の布を解くと、中から見覚えのある服を取り出した。


「君達の服だ。ここに来る前、あの竹取の翁の邸に寄って持ってきた。その格好では旅に向かないだろ」


蓮姫達はかぐや姫や嫗達と同じように、着の身着のまま大和を脱出している。


つまり彼女達の格好は、まだ着物のままだった。


確かに着物では長旅に向かないだろう。


「あ、ありがとうございます」


五人分の服が入っていたから大きかったのか…と何処か納得して服へ手を伸ばす蓮姫。


久遠もそのまま蓮姫へ渡そうとしたが、蓮姫の後方にいる人物が目に入りピシッ!と固まってしまう。


内裏で会った……帝を…そして自分をも(とりこ)にした…あの美しい男に。


久遠は一瞬で顔を真っ赤に染めるが、直ぐにそれは青へと変化していく。


「っ、…き、君は…」


どもりながら話す久遠に対し、ユージーンはニッコリと笑顔(営業スマイルともいう)を向けた。


「先程は失礼致しました。しかし…弐の姫様の従者である私にとって、あの場は姫様を無事に奪還(だっかん)する事が最も優先すべき事。御無礼お許しください、天馬将軍」


「あ…あぁ…」


「ところで…何故天馬将軍である貴方様が姫様を追いかけ、こちらに?」


「そ、それは…だな…」


何故かユージーンから目を逸らす久遠。


その仕草も、まるでブリキの人形のようにぎこちない。


やっと蓮姫の方を向いたかと思うと、ジロジロと蓮姫を睨むような目で見つめてくる。


睨まれる心当たりはあるが…恐らくそれとは違うだろうと直感した蓮姫。


「…あの……天馬将軍?」


コホンと一つ咳払いすると、久遠は普段通りのキリッとした顔を蓮姫へ向ける。


が、今のを見た後だと、必死にユージーンを視界に入れないようにしている、とも見えた。


「帝だが、君達を血眼(ちまなこ)になって探している。当分は大和に近づかない方がいいだろう」


「それを…わざわざ教えに来てくれたんですか?」


「それもある。俺には将軍として、姫を危機から遠ざけ、守る責務があるからな。俺は今日中に大和を()つ。その前にどうしても、君の安全を確保…もしくは確認したかった」


「そうだったんですね。服まで持って来てくれて、ありがとうございました」


久遠の言葉を聞いて素直に感謝する蓮姫。


だがユージーンは、今の言葉の中で一つ、どうしても久遠に対して許せない部分があった。


(将軍として姫を守る?危機から遠ざける?…王都で姫様に何を言ったか…何をしたか…忘れてんのか?このガキ)


久遠へ冷たい視線を送るユージーン。


背後から感じる冷気に、ゾクッと全身に悪寒が走る久遠。


慌てて後ろを振り向くが、その時には既に笑顔を浮かべていたユージーン。


軽く混乱している久遠だが、蓮姫の声が彼を現実へと戻す。


「そういえば天馬将軍。私に何か聞きたい事がある、と言ってましたよね」


「っ、あ、あぁ」


久遠は蓮姫へと向き直ると、ジッ…と彼女を数秒見つめる。


そしてゆっくりと口を開いた彼からは、蓮姫がこの場で全く想像していなかった人物の名前が出てきた。



「弐の姫。君は……俺とユリウス様の過去を…知っているのか?」

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