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月に帰る美女(?) 7


「なんでそうなるんですか!?」


蓮姫の提案に動揺を隠せないユージーン。


火狼も表面上は驚いた顔をしているが、実は自分の思い通りに事が進んだ事でニヤけそうになるのを必死に(こら)えていた。


「さっきも言ったでしょ?残火さんの事は、私が最後まで責任をとる。本当の短距離だけど、瞬間移動なら翁の館でやったし…私なら想造力でなんとかなるかもしれない」


「あのですね!空間転移はそうホイホイ使えるもんじゃないんです!姫様だって例外じゃありません!それに使った事ないのにいきなりやっても成功するかどうか……帰って来れる保証だって無いんですよ!」


「他に方法が無いでしょ?ジーンがやらないんなら」


「ストーーーップ!!」


今度は蓮姫とユージーンによる言い合いが始まったが、それは原因でもある残火によって止められた。


今までの事は全て、残火の為の提案や口論だったが当の残火は常に置いてけぼり。


さすがに我慢の限界が来ていた。


「さっきから聞いてれば!何なのよ!あんた達!?」


「『何なのよ?』じゃねぇだろ。お前がさっさと消えれば、姫様だって馬鹿げた事は言わなかったんだ」


「わ、わかってるわよ!自分が置かれている立場も!私が悪いって事も!でも…なんで…なんでそんな私を!あんたは助けようとするのよ!?」


ユージーンに睨まれ(ひる)む残火だが、後半はユージーンではなく蓮姫に向けて問う。


何も答えなず苦笑するだけの蓮姫を見て、残火は更にいたたまれない気持ちになった。


そしてふと、蓮姫の肩に目が止まる。


彼女自身の血で赤く染まっている着物。


それは先程の竹林で、蓮姫が残火を庇った時に負傷したもの。


傷自体は(すで)に魔術で治したのだろう。


あの時のように血が(したた)る事はもうない。


それでも……赤く染まった着物を見て、残火は胸が締め付けられそうだった。


「私を(かば)って…そんな…怪我までして…馬鹿じゃないの!?」


「大丈夫。血は出たけど、本当に大した傷じゃなかったから。心配してくれてありがとう、残火さん」


「っ、だから……どうしてっ!?」


笑顔で礼を告げる蓮姫に、残火は胸の内から熱いものが込み上げてくる。


(私は…弐の姫を…この女を殺す為に大和に来た!私は…本気で殺すつもりだった!酷いこともいっぱい言った!それなのに…)


残火は蓮姫に出会った時の事を振り返る。


怒鳴りつけて『殺す』と連呼した。


ユージーンの言う通り、残火は殺されて当然の存在だった。


だが蓮姫は…そんな残火をいつも庇った。


自分を殺そうとするユージーンから守ってくれた。


内裏に無理矢理連れて行こうとする帝から、自分が身代わりになってまで助けてくれた。


いつも蓮姫は、残火の命を助け、優しく微笑み……里に帰そうとしてくれた。


自分を殺そうとした人間に、生きるよう言った。


「馬鹿……じゃないの……なんで…私なんかに…」


「残火さん…私なんかって言わないで。自分を卑下(ひげ)する事なんて…貴女は何も無い」


今でも蓮姫は残火に微笑みを向ける。


悲しげに寄せられた眉は、残火を心配しているから…残火の発言を…悲しいと感じたから。


残火が…自分がこんな笑みを向けられるのは、いつぶりだろうか?


かつての頭領…先代の朱雀はいつも自分を気にかけ、優しく接してくれた。


それこそ、実の娘のように。


だが他の一族は頭領の血縁という事や、強過ぎる魔力を持つ事から自分を敬うだけ。


だから…とっくに知っている。


直系のくせに、朱雀の炎を使えない自分を見下している者が何人もいる事を。


強過ぎる魔力やその立場から、ただ恐れているだけという事も。


厄介者扱いする者だっていることも。


次代の頭領を産む為の繋ぎにしか考えていない者もいる。


一族の者ですら…自分を…残火個人を、心から心配する者は…もういない。


自分の想像で傷ついた残火は、ポロポロと涙を零す。


「私は…その(おおかみ)野郎より…半端者だ。女だし…朱雀の炎も使えない。朱雀なのに…人を殺した事も無い。飛竜の(しつけ)だって…私は何も知らなかった」


「でもそれは…何一つ、貴女が悪い訳じゃない。そんなこと…貴女が自分を卑下する理由にはならない」


「え?」


蓮姫は顔から笑みを消すと、真剣な表情のまま残火へと近づき、真正面で向き合う。


「残火さん。女に生まれたのも、朱雀に生まれたのも、魔力が強過ぎるのも…貴女のせいじゃない。貴女はただ…自分の運命に翻弄(ほんろう)されただけ。何かが悪いと言うなら…それは貴女じゃない。貴女を取り巻く…貴女を苦しめる全て。それが悪いだけ。貴女は何も悪くない」


「っ、うっ……うぅ……」


「泣かないで…残火さん」


口を抑えてしゃくりあげる残火を、蓮姫は優しく抱きしめた。


暖かく自分を包み込む腕に、残火は(こら)えきれず泣き出してしまう。


「わ、私はっ…み、認められたかった!見返したかった!私だって…私だってちゃんと…出来るって…皆に…認めて欲しかった!だから!」


「うん。残火さんは危険を(おか)してまで、私を狙いに大和まで来た。頭領の言いつけを破ってまでね。それって凄い事だよ」


「で、でも失敗した!私は…失敗したんだ!だから…死んでも良かった!…伯父上様に…会えるなら…殺されても…良かった!」


「それは…嫌だな。私は残火さんに生きててほしい」


「私に…?なんで?」


涙で濡れた顔を上げた残火に、蓮姫は苦笑する。


この残火は暗殺ギルド朱雀の者であり、恐るべき魔力を秘めている危険な存在。


でも…自分の胸の中で泣きじゃくるその姿は、普通の少女と何も変わらない。


蓮姫もやっと気づいた。


何故自分がこの少女にここまで執着するのか?


未月の時のように、同情しているのもある。


しかしそれ以上の理由があった。



似てるのだ。



(残火さんはまるで…昔の私だ)


この世界の全てを嫌い、諦め、拒絶していながら、なんとか抜け出そうと、必死にもがき苦しむ姿が。


かつての蓮姫自身と…似ている。


「残火さん。私も…何度も自分が…世界が…周りの人が嫌になった事がある。死のうと思った事もある。何より…自分自身が許せなくて…嫌いだった」


蓮姫は王都で過ごしていた頃を思い出していた。


蓮姫にとっては辛い記憶の多い土地。


しかし…幸せな記憶も確かにある。


「でも…そんな私を好きになってくれた人がいた。友達になってくれた人がいた。心配してくれる人がいた。守りたい人達が出来た。今は……いつも傍にいて…守ってくれる人達もいる」


蓮姫は視線だけ後ろを向けると、ユージーンと火狼、ノアールと未月を見て微笑んだ。


そして残火に向き直ると、優しく彼女の頭を撫でながら語りかける。


(おろ)かで(いや)しい弐の姫。そんな私にもそういう人が出来た。だから…残火さんにもきっと出来る。私より全然美人だし。きっと素敵な人が現れるよ。まだ会ってないその人に出会う為にも、残火さんには…生きてほしい」


「何よ…それ…」


蓮姫の提案に残火はブスッとしながらも、照れたように顔を染めていた。


「じゃあ、もう一個付け足すと…残火さんの笑った顔、全然見てないから。だから…残火さんが笑顔になれるまで、本当に心から笑えるようになるまで、生きててほしい。…そんな顔でまた、残火さんと会いたいから」


それは蓮姫の(まぎ)れもない本心。


それがわかるからこそ、残火の涙は止まることなく次々と(あふ)れてきた。


自分の胸に顔を埋めたまま泣き続ける残火に、蓮姫は優しく頭を撫でてやる。


まるで本当の姉のように残火を(いつく)しむ蓮姫の姿。


それを見て火狼は今度こそニンマリとした笑顔を浮かべ、ユージーンへと声をかけた。


「流石は姫さん。優しいねぇ」


「………」


その言葉にユージーンは彼を睨みつけるが、火狼は怯むことなくケタケタと笑う。


「睨むなって~。まぁ別に、睨まれても殴られてもいいんだけどね。残火が無事に帰れるならさ」


「チッ……そうか。それなら…お望み通り凍らせて」


「ソレはダメ!絶対!!」


ユージーンは以前にも火狼を脅した言葉をあえて口にする。


それが何を指すかをわかる火狼は、慌てたように顔を(こわ)ばらせた。


恐らく…その仕草も火狼の嘘だろう。


それに気づいていたユージーンだが、あえて火狼を無視して、残火を抱きしめる蓮姫の正面へと回り込む。


「姫様。本気でそのガキを逃がしたいんですね?」


「…うん」


残火を撫でる手は止めず、強い意志の()もった目をユージーンへ向ける蓮姫。


こうなった蓮姫は決して自分の意志を曲げない。


そしてそんな蓮姫に対してユージーンが出す行動は…もはやお決まりになっている。


「俺の魔力が回復したら…あの港町まで空間転移を使います」


「ジーン?」


ユージーンの提案にキョトンとする蓮姫。


そして残火も…顔は上げないが、蓮姫の胸の中でピクリと反応した。


ユージーンは、やれやれと肩を落とすと、言葉を続ける。


「別に今も使えるんですが…いつ敵が来るか分からない状況です。無駄な魔力の消費は極力避けた方がいい。ただし、離れている間に姫様に何かあっても困るので、姫様は俺と一緒に来て下さい。未月達はその場で待機。戻って来るのは、また魔力が回復してから。それに納得出来るのなら…空間転移を使います」


「っ、ありがとう。ジーン」


ユージーンの提案に顔をほころばせて喜ぶ蓮姫。


その笑みを受けながら、ユージーンも苦笑する。


本当に…自分はこの姫様に甘いのだ、と自分自身に呆れてしまう。


しかし…そんな自分は悪くない。


正直、蓮姫に振り回されて迷惑と感じる事も、嫌な思いを感じる事もある。


それでも……ユージーンは蓮姫から離れたいとは、思わない。


彼女を見捨てようとは思わない。


「えぇ。いつも通り、存分に俺に感謝して下さいよ」


蓮姫へ嫌味を告げるその口は、楽しげに弧を描いていた。


蓮姫も申し訳なさを感じながらも、ユージーンへ微笑む。


そして、泣きじゃくる残火へと声をかけた。


「残火さん、やっと帰れるよ。良かったね」


「………え?」


「もうすぐお別れだけど…元気でね。もしまた会えたら…やっぱり笑顔で会いたいな」


涙で濡らした顔を上げた残火に、蓮姫はニコニコと微笑む。


だが…残火の方は思考が止まったかのように、固まっていた。


そんな残火を放って、蓮姫とユージーン、火狼は話を進める。


「ジーン。魔力が回復するには、後どれくらいかかる?」


「そうですね。今の時間からだと……まぁ、朝日が昇る頃には」


「んじゃ、それまでとりあえず歩く?いつまでも、森ん中でダラダラしてる訳にゃいかねぇし~」


「だから、お前がまとめんな。犬。で、姫様。恐らくこの道を進めば…」


蓮姫達はそのまま。今後の事について話し合う。


しかし、周りでそんな会話が繰り広げられていても、残火の耳には何一つ入ってこない。


残火はただ…至近距離で蓮姫の顔を見つめた。


(……帰る?…帰ったら…この人とは…お別れ…?)


視線に気づいた蓮姫が不思議そうに首を傾げる。


「残火さん。どうかした?」


「っ、いや…その……」


「大丈夫だよ。ジーンの魔力は本当に強いし、魔術も完璧だから。安心して」


(この人…また私を心配してる?…私を…安心させようとしてる?どうして?)


残火は何も答える事無く、ただ蓮姫を見つめ続けた。


(私より…自分の心配しなきゃいけないのに。………そうよ。私が帰っても…朱雀が狙わなくても……弐の姫の命を狙う奴なんて…いっぱいいる)


「残火さん?…本当にどうしたの?」


(…この人と…また会える保証なんて無い。だって…この人は弐の姫なんだ。私が生きてても…強い従者がいても……この人が…生き残るとは…限らない。だって……弐の姫だから)


段々と不安で(うつむ)く残火。


その様子に、蓮姫だけでなくユージーンや火狼も首を傾げた。


「残火さん?大丈夫?」


心配そうに自分の名を呼ぶ蓮姫。


その声にまた涙が込み上げてくる。


(この人は…笑顔でまた会おうって言うけど……もう……会えないかもしれない…。死んで…しまうかもしれない)


ここで別れれば…二度と蓮姫には会えないかもしれない。


それが残火にとって、とてつもない衝撃を与えた。


それと同時に…残火からピシピシと何かがひび割れる音が小さく聞こえる。


「………嫌だ」


「え?」


残火は小さく呟くと、そのままゆっくりと顔を上げ、蓮姫と目を合わせる。



(この人が死んじゃうのは…もう会えなくなるのは…嫌だ!私だって…この人に…弐の姫様に生きてほしい!)



その時だった。


突然……パキンッ!と何かが割れたような大きい音が響く。


その音と同時に、残火の髪は風も無いのにフワリとなびく。


まるで何かの衝撃を受けたように。


「な、何!?今の音!?」


「敵か!?いやでも…人の気配なんざ感じないぜ!?」


大きな音に驚いた蓮姫と火狼は、キョロキョロと辺りを見回す。


頭部に違和感を感じた残火も、その原因はわかっていない。


唯一、今の音の原因を理解しているユージーンは、信じられないモノを見る目を残火に向けていた。


「…俺の魔術が…解けた?」


「「「え?」」」


ポツリと呟かれた言葉に、蓮姫と火狼、そして残火の三人は声を合わせて呟いた人物…ユージーンへと目を向ける。


ユージーンは三人の視線にも問いにも答えぬまま、無遠慮に残火へと手を伸ばした。


ビクリと体を強ばらせ、目を閉じ(おび)える残火。


そんな残火には構わず、ユージーンは彼女の前髪を避けるように額をスッと撫でる。


「……間違いない。俺の魔術は…完全に消えてる」


「ジーンの魔術って…残火さんの頭を締め付けるやつ?」


それは蓮姫と残火が初めて会った、あの夜のこと。


蓮姫を殺す為に現れた残火だが、蓮姫はそんな残火を逃がそうとした。


しかし蓮姫の従者であるユージーンは、危険因子は殺すべきだと蓮姫へ告げる。


結果、残火は生かしておく代わりに、蓮姫を殺せないような魔術をユージーンによって(ほどこ)されていた。


蓮姫へ殺意が沸けば、残火の頭を激しく締め付ける魔術を。


「はい。しかし…それはもう消えていますね。今の破裂音は、このガキの頭を覆っていた禁錮(きんこ)状の魔力。それが壊れた音です」


ユージーンの言葉を聞きながら、残火は自分の頭に手を伸ばす。


元々、魔術がかかっていた時も、平時は違和感など無かったのだが、無意識に手が頭へと向いた。


当然そこには何も無いが、残火は困惑した表情を見せる。


「ねぇ旦那。一応聞いとくけど…手加減とか…魔術が不十分だったって可能性は?」


「このガキは姫様を狙ったんだぞ。手加減なんざする訳ねぇし、俺の魔術はいつでも完璧だ」


「うわぁ~、凄い自信。でもそりゃそうか。つまり…マジで残火は姫さんへの殺意が、綺麗サッパリ無くなったってことか」


「お前の言う通り…マジでこのガキ半人前以下だったな」


失礼な会話を頭上で繰り広げる男達にムッとする残火だったが、優しい言葉をかける者もこの場には一人いる。


「じゃあ…残火さんはもう、痛い思いしなくて済むんだね」


ユージーンの回答に満足気に微笑む蓮姫。


残火はユージーンの手や蓮姫の微笑みから逃げるように、下を向いて俯いた。



彼女が…残火が今、とてつもない決意をしている事は…誰も気づいていない。



そんな残火の肩を、火狼は笑いながら叩いた。


「姫さんの言う通り。良かったじゃん!」


「………焔」


「お前まで睨むなって。…あんな…今回の事で、ちゃんと分かったろ?お前に人殺しは向かねぇよ、残火。だから真っ直ぐ里に帰んな。大丈夫大丈夫。お仕事しなくても、朱雀の役に立てることなんて、たっくさんあるんだし!」


ケラケラと笑う火狼。


彼は蓮姫が残火を同情している事や、ユージーンの魔術が解けた事で安心しきっている。


これで残火は里に帰れる、と。


自分の望み通り、残火はまた安全な場所に戻り平穏に暮らせるだろう、と。


しかしその安心感は今だけのもの。


火狼が(もっと)も困る選択を…既に残火は自分の中で決断していた。


それを知らない火狼は、叩いていた手を残火の肩に回す。


「なぁなぁ。そんなに嫌わないでくれよぉ。これでも俺らって身内じゃ…うぉっ!!?」


火狼が話している最中に、わざと残火はその手から抜け出す。


驚いて体勢を崩す火狼には目もくれず、残火はそのまま蓮姫に向かって跪いた。


「弐の姫様!」


「は、はい!」


急に残火から叫ぶように呼ばれた蓮姫は、驚きながらも返事をした。


今までの残火とはまるで違う態度に、蓮姫だけではなくユージーンや火狼も驚いた顔をしている。


「弐の姫様!私は弐の姫様に命を救われました!一度ならず二度までも…いえ!何度も…この大和で!私は弐の姫様に助けて頂きました!」


「い、いえ、そんな…お気になさらず」


「この御恩は一生忘れません!そして私の一生をもってして返させて頂きます!」


戸惑い敬語になってしまっている蓮姫には構わず、残火は自分の言いたい事をつらつらと語る。


そんな残火の様子に、火狼は蓮姫以上に戸惑っていた。


「ざ、残火?お前、何言って?」


嫌な予感がする火狼。


しかし…時既に遅し。


残火は勢いよく頭を上げると、強い眼差しを蓮姫へ向けて、とんでもない一言を言い放った。



「どうぞ私も一行にお加え下さい!弐の姫様の従者となり一生涯!誠心誠意お仕えすることを!弐の姫様に誓います!」



「ストーーーップ!!」



興奮気味に告げられた残火の宣誓(せんせい)は、火狼の言葉によって止められた。


その制止の言葉はつい先程、残火がしたものと同じ言葉。


「何言ってんの!?お前はこのまま里に帰るの!帰んなきゃダメ!!」


「うるさいっ!邪魔するな!犬のくせに!あんたの言う事なんて絶対に聞かないから!」


「いいや!聞き分けがないのもいい加減にしろ!残火!そんなワガママ絶対にダメだ!お前じゃ姫さんのお供は無理!危ないんだよ!わかるだろ!?」


「子供扱いするなって言ってるでしょ!?」


「子供扱いとかじゃなくて!」


「待って狼!残火さんも!」


口論を始めた火狼と残火の間に入り、なんとかそれを止める蓮姫。


不本意極まりないが、一応はグッと堪える火狼。


そして残火は蓮姫をキラキラとした目で見つめていた。


「弐の姫様」


「残火さん。狼も言ったけど…私達の旅は危険がつきもの。最悪…死ぬことだってありえる」


「そんなもの百も承知です!そんな危機から私は!弐の姫様をお守りしたいんです!弐の姫様が私を助けてくれたように…私も弐の姫様をお助けしたい!力になりたい!弐の姫様の笑顔を…私も守りたいんです!」


そう語る残火の目には一切の迷いは無い。


彼女は本気で蓮姫に仕える気のようだ。


蓮姫だって残火が嫌いな訳ではなく、むしろ好意的な印象をもっている。


自分を慕う従者が増えるのも歓迎だ。


それでも……自分より幼い少女を従者にする事は、さすがに気が引ける。


「気持ちは嬉しいけど…やっぱり残火さんは里に」


「ほらな!姫さんだってこう言ってんだろ!分かったならさっさと帰る!旦那!もうなんでもいいから早く空間転移使っちゃってよ!」


蓮姫がやんわりと断ろうとしていた矢先、火狼がソレを遮って残火へ告げる。


それは残火の意思などまるで無視した命令に近く、それが余計に残火の怒りや反発心をかき立てた。


「焔の話なんて聞いてない!私は弐の姫様にお仕えするって決めたの!絶っっっ対に帰らないからね!無理矢理連れ戻しても!また飛竜で追いかけてやるんだから!」


火狼が残火の意思を聞かないように、残火もまた火狼の意思を全く聞く気が無い。


二人の不毛(ふもう)な言い合いに、蓮姫は頭が痛くなってきた。

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