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月に帰る美女(?) 6


その男は…あの反乱軍の若様に命を救われた盲目の男だった。


木霊の態度と口調に男は更に声を荒らげる。


詭弁(きべん)()かすな!この老木風情(ろうぼくふぜい)が!」


詭弁(きべん)ではありません。それに若様が大和に一族を…反乱軍と呼ばれる者達を向けぬのは、貴方もご存知のはず」


「我等をその(けが)れた名で呼ぶな!我等が反乱軍などと呼ばれる筋合いは無いっ!若様は正当な末裔!この世の何より(とうと)い御方!そして我等は!若様を守りし忠義の一族ぞ!!」


「ならば…その正当なる若様のお言葉を守るべきでは?」


「なんだとっ!?」


怒りが収まらぬ男に木霊はやれやれとため息をつくと、昔を懐かしむように語り出した。


「十年ほど前でしょうか?まだ幼い若様がこの大和へ視察に来られた時のこと。『大和の人間は(みにく)いが…この地の木々や花々は美しい。罪の無い草花を荒らして、(けが)したくはない』と申されました。それ故に、若様は私と誓いを立てられたのですよ。自分の存命中は、この大和に一族をよこさぬ。争いの地にはせぬ、と」


「それと弐の姫を逃がした事となんの関係があるっ!?弐の姫の(むご)たらしい死は若様も望まれているのだぞ!それを貴様は!自分の望みを優先した!」


「私の望みは弐の姫を逃がす事ではありません。現に私は、貴方があの貴族に弐の姫の正体を教える事を止めはしませんでした。弐の姫を殺したいのなら殺せばいい。しかし…あの術をこの地で使うと言うのなら…話は別です」


木霊は冷たい眼差しのまま男に言い放つ。


木霊は大和を守る木の精霊。


大和で起こる出来事は、ほぼ把握している。


それ故に知っていた。


この男が倉持の皇子に蓮姫の正体を教えた事も…倉持の皇子や下男達を空間転移でこの竹林に飛ばした事も。


そして彼本来の目的…弐の姫である蓮姫を殺す…その為の手段。


蓮姫達が竹林で足止めをくらっている時に、男が発動させようとした呪いの秘術の事も木霊は見抜いていた。


だからこそ…木霊は蓮姫を逃がしたのだ。


この場で決して…あの秘術を使わせぬ為に。


「あれは禁じられた呪術の一つ。犠牲となるのは術者や相手だけではない。辺り一面が炎に包まれ、多くの者が死に絶えてしまう。そうなれば…多くの木や草花が犠牲となりましょう」


「貴様っ……若様への恩義よりも…雑草をとると言うのかっ!」


「同族を守るは当然の事。しかし…先程も言いましたが、私は弐の姫を殺す事に異論はございません」


「邪魔をしたクセに何をほざく!?忌まわしい弐の姫と邪魔な従者を殺せる!その絶好の機会を奪いおって!」


「いいえ。確かに弐の姫達は逃がしましたが…まだ殺せる機会は残しています」


「どういう意味だ!?」


「貴方の持つ魔晶石の力を使って、私は貴方に強固な結界を張り、尚且つ抜け出せぬよう強い幻術をかける事も出来ました。それ故…弐の姫達は貴方の気配に全く気づいておりません」


ふふふ、と木霊は優雅に美しく微笑む。


男には見えないが、その笑みはまるで自分の悪戯(いたずら)が成功したように楽しげだった。


「従者達は弐の姫の命を狙う存在に気づいていたでしょう。でもそれが誰か?反…いえ、貴方の一族だとは気づいていない。可能性の一つとして予測は出来ても確定は出来ない。それに状況からして…あの従者は私を疑っていました」


木霊はユージーンの視線を思い出す。


自分を疑う眼差し。


だが自分が疑われるのも想定内だ。


時間が無いからと急いで本体の傍には飛ばしたが…恐らく確証もないなら何もしない…しようとしても優しい弐の姫が止めるだろう、と。


微笑む木霊とは裏腹に男は苛立ちが募る。


「貴様…何が言いたい?勿体ぶらずに早く話せ!」


「若様は約束を守って下さいました。だからこそ…今回、貴方がこの地を荒らそうとした事には目を瞑ります。弐の姫と同様に、貴方も直ぐ大和をお離れ下さい。今後は私も一切の邪魔は致しませんので」


「なんだとっ!?」


「弐の姫を殺したいのであれば、何処か余所でなさって下さい。この大和でなければ…私は一切関与致しません。これが若様への恩義に対する、私から貴方への最大限の譲歩です」


譲歩というが、男からすれば折角の機会を先延ばしされたに過ぎない。


男は忌々しげに歯を食いしばりながら木霊を睨みつける。


木霊の方はそれ以上何も言わずに男を見つめ返した。


彼がこれからどう動くか…木霊には予想できている。


「チッ!」


男は舌打ちすると、そのまま竹林を出て行った。


木霊は黙って、男が竹林を去る背中を見つめる。


男の姿が完全に見えなくなると、木霊は楽しげに笑い出した。


「ふふふ。目が見えぬとは…幸せですこと。自分が弐の姫と共に殺そうとした相手が…何者なのか知らずに済むのですから。いえ、姿が見えていても…人間如きにあの方の本質までは見抜けないでしょうが」


木霊の脳裏には彼女が恐れた男…ユージーンの姿が浮かぶ。


ユージーン本人にも伝えたように、木霊はユージーンを警戒し恐れていた。


「弐の姫と一緒にいるのは驚きましたが…まぁ、早々に大和を出られた事ですし…。…それにしても…ふふ…まさか『ユージーン』を名乗るとは…酔狂(すいきょう)な方」


木霊はユージーンの名が偽名である事に気づいていた。


それどころか…蓮姫も知らぬユージーンの正体を…木霊は勘づいている。


だからこそユージーンを恐れ、警戒し、敬意で接したのだ。


弐の姫である蓮姫に対しても木霊は敬意を表していたが、それはあくまでユージーンの主だからという理由に過ぎない。


木霊にとっては女王も姫も、他の人間と大差はないのだ。


木々や土地を守る精霊…木霊として人間の長には表向き敬うが、それだけのこと。


木霊が心から敬意を表するのは、若様のように木々や花々を慈しむ者。


もしくはユージーンのように、恐ろしい力を秘めている者。


「あの方が魔王と呼ばれたのは…強く恐ろしい力があるから。あの方にその力があるのは…」


そこまで言いかけて木霊が口を閉じたのは、木霊の脳裏に若様とユージーンの姿が同時に浮かんだから。


それは…ある共通点を持つ…二人の男の姿。


木霊は空を見上げると、ゆっくりと一人呟く。




「若様と同じ…銀色の髪と強い魔力。それはすなわち……あの方は若様と同じ…もしくは………いえ、木霊である私には…関係の無いこと」



それだけ言うと、木霊も竹林から姿を消してしまった。






木霊と反乱軍が話している間に、蓮姫一行は木霊の予想通り大和から出ていた。


「つまり…かぐや姫の正体は木霊…木の精霊だったわけね。さすがに月の住人じゃないか」


あの時、木霊の空間転移によって大和の北東端まで飛ばされた蓮姫達。


帝による追っ手、そして蓮姫を狙う者が大和にいる以上、早々に離れた方がいいと判断したからだ。


そんな歩き続ける蓮姫達の話題は、もっぱらかぐや姫について。


蓮姫よりも後ろを歩いていた火狼は、足を早めて蓮姫の隣に並ぶ。


「姫さんのおとぎ話も夢見がちで楽しかったけどね。でも『月の住人』より『精霊だった』ってオチの方が現実的じゃん」


「それって現実的なの?でも…精霊はともかく…木霊があんなに人間らしいのはビックリした。想像と全然違う」


自分を逃がした女を思い出す蓮姫に、火狼も共感する。


「お?姫さんもかい?やっぱ一般的なトレントって、あくまで木がベースのイメージだもんな」


「『木』っていうか……木霊って…白くて小さくて…カタカタカタって首を鳴らすイメージが…」


「は?…………ごめん姫さん。何言ってんだか、全然わかんねぇや」


「そうだよね。通じるわけないもんね。むしろごめん」


想造世界の話など、この世界の住民に通じるわけが無い。


失言とまではいかないが、自分の発言は意味不明だと気づき蓮姫は謝る。


謝られた火狼はまるで気にしていないように笑った。


「謝んなくてもいいって。とりあえずあの木霊のおかけで、俺達は無事に大和を出られた。でもさ…なんで旦那はあの木霊の本体燃やそうとしたわけ?」


火狼の言葉に、蓮姫も自分達の先頭を歩くユージーンを見つめ…いや、軽く睨む。


蓮姫の視線を受けながらも、ユージーンは足を止める事も振り返る事もなく、そのまま答えた。


「お前な……あの場合一番怪しかったのは木霊だぞ。姫様の正体だって奴は知ってた」


「でも怪しんでる割に旦那ってば、結局木霊を利用したじゃん?」


「それは一番安全に、()つ迅速に大和を抜け出せるからだ。危険だと判断したら直ぐに攻撃した。飛ばされた後も本体を燃やせば今後の憂いは一つ消える。…燃やす前に…姫様に止められましたけどね」


ユージーンはブスッとした口調で蓮姫に告げる。


木霊の予想はここでも当たっていた。


木霊を疑っていたユージーンは飛ばされた直後、木霊の本体である楠目掛けて炎の魔術を放とうとした。


しかしソレは蓮姫によって止められる、彼等は結局、(くすのき)には何も出来ずこうして大和を出ていた。


先を歩くユージーンは蓮姫に顔を見せないようにしているが、その声で彼が不機嫌なのは蓮姫にも火狼にもバレバレだ。


しかしユージーンの行動に少ならず怒りと呆れを感じていた蓮姫も、彼に反論する。


「助けてくれた相手を攻撃するなんて…そんなの止めるに決まってるでしょ」


「助けてくれた…ですか?あれが自作自演の可能性だって捨てきれないんですよ?」


「そうだとしても…助けてくれたのも事実だし。それに木の精霊って、その土地の守り神みたいなものなんでしょ?あの木霊が死んでしまえば…きっと大和にも少なからず影響が出る」


蓮姫は王都で軽く学んだ、精霊の生態について思い出していた。


そしてそれは間違いではなかったらしく、火狼もウンウンと頷きながら同調する。


「そうね~。木霊がトレントやドライアドの仲間なら、姫さんの言う通り他の木々に影響は出ちまう。大和はこの大陸じゃ少ない女王派の一つだかんね。下手な事して陛下にバレた方が後々怖いし。陛下の怖さは玉華で十分わかったじゃん?余計な事はしないでトンズラすんのが一番だって~」


「私もそう思う。それにあの木霊じゃなくて、私を知る別の人間が大和に来ていた可能性もあるんでしょ?」


「そうなんですが……むしろその方が厄介ですよ。何処の誰とも知れないんですからね。おい未月。反乱軍…お前の元の仲間達の気配は…本当に無いんだな?」


ユージーンの問いかけに、蓮姫と火狼の後方を歩いていた未月も頷く。


「…うん。…俺の知ってる奴…いない。…気配は…感じなかった。…今も感じない」


未月の答えにユージーンはため息を漏らす。


それは安堵(あんど)というより落胆に近いものだった。


「そうか。…反乱軍でも無い。…それどころか…人の気配は俺も感じなかった。木霊じゃないとしたら…本当に何者の仕業だったのか?」


「とりあえず警戒は(おこた)らない方がいいけど…今はノアだって大人しいし…安全だと思う。だからこそ今のうちに、なるべく大和を離れよう」


蓮姫は腕の中で眠るノアールを撫でながら、自分の意思を従者達へと告げる。


火狼と未月はそんな蓮姫の言葉を素直に受け入れた。


「あいよ!姫さんの仰せの通りに!」


「うん。…母さんの…言う通りにする」


「ありがとう、二人とも。で、ジーンはまだ何か不満?やっぱり私の言葉は間違ってる?」


「いえ。それが姫様の望みでしたら、俺は従うまでです。姫様の言う通り、ノアが無防備なのも、変な気配を感じないのも事実ですし。ただ…不満というか……一つ気になる事を言ってもいいですかね?というか、言わせてもらいます」


ユージーンの言葉に蓮姫達は首を傾げる。


それはユージーンの声に、怒りや緊迫したものを感じなかったから。


そう。


蓮姫達は全く気にしていない。


しかし、ユージーンは気になって仕方なかった。


ユージーンは足を止めると、後方…蓮姫達へと振り返る。


そして蓮姫でも火狼でも未月でもない……更に後方を歩く人物を見つめた。



「お前、いつまで付いてくる気だ?」



ユージーンの言うお前とは…蓮姫の命を狙いに大和に来た……あの残火という少女。


彼女は蓮姫達と共に木霊によって大和の端へと飛ばされた。


しかしその後も、残火は蓮姫達から一定の距離を保ちながらも行動を共にしている。


残火の存在には当然、蓮姫や火狼も気づいてはいた。


しかし特に何を言う事も、する事もなく彼女を放っておいた。


結果、我慢出来なくなったユージーンが残火につっこむ事になった。


残火は挙動不審のようにキョロキョロと視線を移し、どもりながら答える。


「べ、別に。ついて行ってる訳じゃ…ないし?そ、そうよ。方向が一緒なのよ!」


なんとも無茶苦茶な言い訳にユージーンも呆れる。


しかし蓮姫はプッと吹き出してしまった。


「ジーン。彼女は大丈夫だと思う。私を殺そうしたら、ジーンの魔術が発動するでしょ?でも彼女は何とも無いみたいだし。今の彼女は私を殺そうとしてない。そうでしょ?残火さん」


「…う、うん」


ニコニコと微笑む蓮姫の笑顔に、残火は力無く頷いた。


むしろ今の言葉で、残火は蓮姫が標的である事を思い出した。


いや、忘れていた訳ではないが……今の残火には…蓮姫への殺意はほぼ無い。


残火から殺気を感じないのは、ユージーンも気づいている。


だからといって、蓮姫を狙う刺客とこのまま一緒に行動する訳にはいかない。


本当はこの場で残火を始末したいところだが、それは蓮姫の意志に反する事となる。


残火へ手を下す事が出来ないユージーンは、代わりに彼女へ忠告をした。


「わかってるだろうが…お前に姫様は殺せない。俺のかけた魔術は勿論、お前の実力じゃ俺や未月に敵わないからな。死にたくないなら、さっさと消えろ」


「い、言われなくても!さっさと消えるわよ!」


ユージーンの言葉に顔を真っ赤にして反論…いや、同意する残火。


しかし彼女はその場を動こうとはしない。


そんな残火を見て、同族である火狼は呆れたようにため息をついた。


「あのさ姫さん、旦那。残火だけど…多分帰れないんだわ」


火狼の言葉に蓮姫は勿論、残火まで不思議そうに首を傾げた。


「帰れないって…どうして?まさか…私を殺さなきゃ帰れないって言うの?」


蓮姫は暗殺ギルドらしい理由を考えたが、それには否定する火狼。


「あぁ、違う違う。そういう意味じゃないよ、姫さん。ただね…帰る手段が無いんだと思う。残火、大和には飛竜で来たんだろ?青龍から借りてる奴」


「…そ、そうよ。だから…今から飛竜の所に戻って…」


「あれ?残火ちゃん知らないっけ?青龍の飛竜は、丸一日待っても乗り手が戻って来なきゃ、勝手に帰るよう(しつけ)てるんだぜ」


「嘘でしょ!?」


火狼から聞かされた事実に残火は驚愕する。


その様子からして、本当に彼女は知らなかったようだ。


恐らく残火が何も知らないのも、彼女に執拗に朱雀の依頼を与えず、飛竜を使わせなかった火狼のせいだろうが。


愕然(がくぜん)とする残火を見ながら火狼は説明を続けた。


「ホントホント。里に何匹か置いてる飛竜も、所有権はあくまで青龍だかんね。定期的に飛竜は交換してるし。仮に乗り手が依頼を失敗して死んでも、飛竜はちゃんと青龍に戻さねぇと。その為の躾だし。四大ギルドの結束や信頼は、そういうのを律儀に守ってるから築けんの」


つらつらと語られる、自分の知らない朱雀の事情に残火は唖然とした。


飛竜が借り物なのは知っていたが、そんな事情があるなど考えた事も無かったし、教わった事もない。


残火はふと自分が旅立つ前、丁度里に来ていた青龍の者を思い出し抗議する。


「で、でも!青花(せいか)さんはそんなこと!一言も言わなかったし!」


「いやいや。だって昔からそうだし。青花(せいか)も今更説明なん………ん?青花(せいか)青花(せいか)が里に来たの?青樹(せいじゅ)でも青葉(あおば)でもなく?うわ、めっずらし~」


「あ、うん。なんか…あんたに相談があるとか言ってた。当分帰らないって伝えたら…青花(せいか)さん帰っちゃったけど」


「相談ね~。ま、だいたいの予想はつくけど…協力なんて出来るわけねぇし、したくもねぇ。ったく、俺まで巻き込むなっつの。青花(せいか)の奴…あ~、面倒くせぇな」


「なにその言い方!?曲がりなりにも朱雀名乗ってんなら青龍に協力しなさいよ!同じ立場の青花(せいか)さんを見捨てるなんて!最低!」


「同じじゃないって。俺は朱雀だけど、青花(せいか)は青龍さんの子供ってだけだし。そもそも青花(せいか)が俺に面倒事を」


「待てお前ら。話が脱線してるぞ」


脱線した上に言い合いを繰り広げていた火狼と残火だったが、ユージーンの言葉でそれを止める。


残火はブスッとした顔で火狼を睨んでいたが、火狼の方は悪びれもせず笑顔をユージーンへと向けた。


「ごめんごめん。確かに、こんな話してる場合じゃなかったわ。でもさ、今のでわかったっしょ?残火が帰れない理由。だからね…旦那に頼みが」


「却下。絶っ対に断る」


火狼が手を合わせて自分への頼みとやらを言い切る前、先手を打って断るユージーン。


火狼がユージーンに何を頼むつもりか…それは蓮姫にも簡単に予想出来た。


断られても火狼はめげずに、ウィンクしながら頼み続ける。


「せめて最後まで言わせてよ。あんね、残火ちゃんを旦那の空間転移で」


「馬鹿かてめぇ。なんで俺がそのガキを親切に送んなきゃなんねぇんだよ?」


「え~…いいじゃん別に。減るもんじゃなし」


「減るんだよ!魔力が!確実に!それも大量に!」


「ちょっと!何勝手に話進めてんの!?また保護者ぶる気!?」


不満げに口を尖らせる火狼だったが、それ以上の不満を込めて正論を返すユージーン。


そしてその後ろでギャーギャーと一人騒ぎ続ける残火


そんな従者二人のやりとりと残火を見て、蓮姫も苦笑するしかない。


「木霊の本体燃やそうとしたって事は、まだ魔力残ってんだろ?ね、頼むよ。あの港町まで送ってってば。そしたら船でクイン大陸には帰れるし。残火置いてきたら直ぐ帰って来りゃいいじゃん。旦那ならあと二回くらい平気だって」


「姫様の為ならまだしも、そんなガキの為に無駄な魔力は使わん。だいたい、なんでそいつが帰れないのを分かってて何も言わなかった?」


「旦那が空間転移使えるなんて、今日まで知らなかったし。それに今じゃなくて、もっと安全が確保された場所で言おうと思ったんだよ。分かってくれた?じゃ、送ってくれる?」


「もっかい言うぞ?絶っっっ対に嫌だ」


火狼が何を言おうが、それこそ泣こうが怒り狂って攻撃してこようが、ユージーンの決意は変わらない。


しかし火狼の本当の狙いは、このユージーンではない。


むしろユージーンの反応は予想出来ていたので、本命の布石(ふせき)としてわざと彼を怒らせた。


ユージーンに断られた事で前準備が済んだ火狼は、困ったように眉を下げて蓮姫を見る。


「姫さ~ん。旦那を説得してくれよ。この通りだって」


合わせた両手を高く上げながら頭を下げる火狼。


それを見た蓮姫の反応は、火狼の望んだ通りのものだった。


「ジーン。私からもお願い」


「嫌です。断ります。姫様のお望みとはいえ、それは聞けません」


「でも残火さんをこのまま」


「別にこのままでいいでしょう?これ以上姫様が、そのガキに関わる必要はありません」


主である蓮姫に頼まれても、ユージーンの態度は一切変わらない。


そんなユージーンに向かって、蓮姫は火狼と同じように口を尖らせた。


「そんな顔しても可愛いだけですってば。いいですか?俺は本来殺すべきそのガキを、姫様に頼まれて生かしたんですよ。これ以上の情けをかけるつもりはありません」


蓮姫を諦めさせるつもりで告げたユージーンだったが、その言葉は逆に蓮姫を使命感のようなものに駆り立てた。


「………わかった。ジーンの言う通りだと思う」


「わかってくれました?」


「うん。ジーンにはもう頼まない。残火さんを助けるって決めたのは私。だから…私が空間転移をする」

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