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帝 4


蓮姫に助けてもらった残火ですら、その顔を見て鳥肌が立つ。


残火だけではない。


武装し筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)な武官を(なん)なく(はら)()けた蓮姫に、ほとんどの人間は気味の悪さや恐怖を感じていた。


緊張した空気が張り詰める中、一人だけそれを感じていない人物…帝が呆れたように蓮姫へと声をかける。


「…こう何度も朕に背くとは…朕がいかに寛容(かんよう)といえど限度があるぞ」


「お言葉ですが帝。私は帝と違い、妹を連れ去ると言われて黙っていられる程、寛容(かんよう)ではありません」


「…なに?妹だと?」


その言葉に帝の眉がピク…と動く。


そのまま蓮姫と残火に視線を送り、ジロジロと二人を交互に見比べた。


「……姉妹…と言う割に似ておらぬな」


「似てなくとも、私と妹が姉妹である事に変わりはありません」


「ちょ、ちょっと…」


芝居の設定のまま帝に楯突(たてつ)く蓮姫に、残火は困惑する。


しかし蓮姫は残火に微笑むと「大丈夫」とだけ告げた。


「訳あり…か。…もしや…そなたらも母が違うのか?」


何故か興味深げに蓮姫と残火から視線を外さない帝。


だが帝が悠長(ゆうちょう)に話をするつもりでも、帝に仕える武官達はそうはいかない。


「帝!この女!帝に無礼を働き続けるなど我慢なりません!」


「我々がこの場でその女の首!落としてみせましょう!」


「女!さっさと帝にその妹とやらを差し出さぬか!」


蓮姫に怖気(おじけ)ずいてた武官達だが、帝を守る役目を果たすべく刀を抜き蓮姫へと向ける。


その様子にかぐや姫と嫗は「ひっ!?」と声を上げると震え出した。


武官全員に刀を向けられ残火も冷や汗を流す。


しかし…蓮姫は違った。


武官達には目も向けずに立ち上がると、帝と残火の前に立ち塞がる。


「…そなた…なんのつもりだ?」


「妹を連れて行かせたりしません。私は姉として…妹を守ります。そちらが力づくでいくと言うのなら…私も全力を持ってお相手させて頂きます」


「ほう?言うではないか。しかし、女一人で何が出来るというのだ?」


「妹を守るためなら、姉はなんだって致します。斬られようが、殴られようが…私は引くつもりはありません」


「ちょっと!何言ってんのよ!?私と…あんたは……」


物騒な発言をする蓮姫に、たまらず全てを明かしてしまおうとする残火。


だが言葉に詰まってしまう。


(私は…弐の姫を…この女を殺す為に来た。…それなのに…弐の姫はいつも…私を守ろうとする。…どうして?)


蓮姫の正体を明かしてしまえば、帝も武官達も、かぐや姫やら妃やら言っていられなくなる。


弐の姫である蓮姫を(とら)らえる事、もしくは大和から追い出す事に全力を注ぐ事になるだろう。


それでも…残火は真実を口に出来なかった。


脳裏には、命を狙う自分に優しく笑いかた蓮姫の姿が浮かぶ。


その微笑みに自分の心が揺らいでいる事を悟った残火は、唇を噛み締め俯いた。


そんな残火には構わず帝は蓮姫へと問いかけた。


「…そうまでして…妹を守りたいか?」


「姉とはそういうものです」


「…そうか。…そういうものだな」


蓮姫の迷いない目と答えに、帝はフッと自嘲気味に笑う。


「兄や姉というものは…下の兄弟を守るもの。守らねば…ならぬものなのだ。…あの時…朕がもっと兄として振る舞えば…今もあやつは…」


ブツブツと小声で呟く帝の姿に蓮姫や武官達も不思議そうに彼を見る。


「帝?」


「ふっ、見事な姉だ。妹を守ろうとするそなたの振る舞い、賞賛(しょうさん)(あたい)する。()めて(つか)わそう」


「……は?…あ、ありがとう…ございます?」


帝の言葉にとりあえず礼を言う蓮姫だが、その言葉が妥当(だとう)かもわからず困惑気味で答える。


そして次に帝から放たれた言葉に、この場にいる全員が驚愕した。



「朕はそなたを気に入った。妹ではなく、そなたが内裏に参れ」



「……は?…え?」


「なんでそうなるのよ!?」


言葉の意味が理解出来ずポカンとする蓮姫。


代わりに残火が抗議の声を上げるほどだ。


そして帝配下の者達はあまりの事態の急変にザワつく。


「帝!?何をおっしゃいますか!? 」


「このような無礼な女!罰を与えるのが当然!それを妃になど!」


「何処にでもいる下賎(げせん)民草(たみくさ)ではありませんか!帝に相応(ふさわ)しくありません!」


「帝に背く無礼者をお傍に置くなど!内裏(だいり)(みだ)される元となりましょう!内裏(だいり)(みだ)れは大和の(みだ)れ!あってはなりません!」


「どうかお考え直し下さい!帝!」


「お考え直し下さい!」


帝を止めようと、武官や使者は必死に進言する。


その様子は頭を下げたり、慌てふためいたりと彼等がいかに必死かがわかる。


それでも…帝の心は動く事はなかった。


むしろ彼等の反応に、帝は段々と眉根を寄せ、実に不快そうに彼等へと言葉を向けた。


「そなた達全員…朕の意に(そむ)くと言うか?」


その言葉に今度は血の気が引いていく武官達。


自分を恐れる男達を見回して帝は言葉を続けた。


「朕は大和の天子(てんし)。この大和において最も高貴な者。崇高(すうこう)なる存在…帝である。その朕に背くなど…全員命がいらぬと申すか?」


「も、申し訳ございません!どうかお許しを!帝!」


「どうかお許しを!!」


命の危機を感じた武官達は口々に許しを乞う。


帝は彼等には何も答えず、蓮姫へと視線を戻した。


「では参るぞ」


蓮姫が同行するのは、もはや帝の中で決定事項らしい。


蓮姫の返答どころか意志を確認する事もなく、自分を(うながす)す帝に、蓮姫は戸惑いながらもやっと声を出す。


しかしその内容はなんとも間抜けなものだった。


「…あ…あの。なんで…そうなるんでしょうか?」


「先程も言ったであろう。朕がそなたを気に入ったからだ」


「気に入った…って…言われても…」


『なんで?』『どこで?』『どうしてそうなった?』と自問を繰り返す蓮姫。


本当に訳が分からない。


武官達も言っていたように、罰せられるならともかく、気に入られる要素など何処にあったのか?


混乱し動こうとしない蓮姫を見て、帝は彼女が拒否してると思い、不機嫌そうに目を細める。


しかし直ぐにニヤリとした笑顔を浮かべた。


蓮姫が絶対に命令を断らない…断れない言葉を思いついたからだ。


「そなたが行かぬと申すならそれもよい。…代わりに妹を連れて行くまでのことよ」


「っ!?」


自分へ再度飛び火が来たことに、残火はギョッと目を丸くする。


蓮姫とてその言葉は聞き捨てならなかった。


「…それはまた…随分と卑怯なやり方ですね」


「人聞きの悪いことを。そなたが決めて()いのだ。やはり朕は寛容であろう?」


自分が助かる為に妹を差し出すか?


もしくは妹を助ける為に自分が犠牲となるか?


蓮姫と残火は姉妹などではない。


血の繋がりなど皆無(かいむ)正真正銘(しょうしんしょうめい)の赤の他人。


むしろ命を狙われる弐の姫と、弐の姫の命を狙う殺し屋。


帝達は姉妹だと信じきっているが、蓮姫が残火を助ける道理などサラサラない。


今後の事を考えれば、この場で残火を見捨てる事こそ最良の方法だろう。


この場合、もしユージーンなら迷う事なく残火を差し出し、そのままかぐや姫達をも見捨てて大和を出ようとする。


それこそが普通の対応というものだ。


誰だって余計な面倒事は避けたいし、関わりのない他者を犠牲に自分が助かるなら自分を優先させる。


だが、蓮姫という弐の姫は……それをしない…それが出来ない弐の姫だった。


むしろ他人の危機よりは自分の危機の方がまだマシだと考えるタイプ。


「分かりました。私が帝に同行致します。それでよろしいんですね?」


「ふふふ。そうだ。それで良い。さすがは朕が見込んだ女。期待通りの答えだ」


「ですが少しだけ…妹と別れの言葉を交わす時間を下さいませんか?」


「…そなたは実に、朕の望み通りの言葉を(つむ)ぐの。構わん。好きに致せ」


蓮姫の言葉に満足気に微笑む帝。


本当に、何故ここまで帝に気に入られたのか?


しかしいくら自問しても答えは出ない。


とりあえず蓮姫は小声で残火へと囁いた。


「なんか…とんでもない事になっちゃったね」


「『なっちゃったね』…じゃない!あんた!自分のした事わかってんの!?なんで私なんか庇ってんの!?見捨てなさいよ!どうすんの!?馬鹿なの!?」


小声ではあるが、しっかりと蓮姫に悪態をつく残火。


だがそんな残火の反応が蓮には嬉しかった。


「もしかして…心配してくれてる?」


「ばっ!?ち、違うし!なんで私が!?意味わかんないし!」


慌てて顔を真っ赤にする残火に蓮姫はプッと吹き出す。


「~~~!あんたねぇ!」


「ごめんごめん。私の事は大丈夫。それによく考えたら、私がいなくても…残火さんの事は狼がちゃんと逃がしてくれるはず。だから心配いらないよ」


「そっちの心配もしてない!てか、誰があんな犬の力を借りるか!」


ギャンギャンと騒ぐ残火だが、自分が言いたいのはそういう事ではないとわかっている。


聞きたいのは…。


「…なんで…私を助けようとする?」


(なんで…か。前にも同じ事…聞かれた気がするな)


同じ事を繰り返している自分に苦笑する蓮姫。


「…理由は…特に無いんだよね。ただ、残火さんを差し出して自分が助かるのは嫌。それだけだよ」


「それだけって…」


それこそ残火には理解出来ない。


そんな残火の疑問が分かっていながらも、蓮姫は真剣な表情で残火へと伝言を頼む。


「残火さん、一つだけお願いがあるの。聞いて欲しい」


「…なに?」


「ジーン達が戻ってきたら、今起こった事をありのまま説明して。それと…ジーンには『帝の望みを叶えて』って伝えて」


「……は?え?それって無理じゃ…え?本当にそれ伝えるの?」


「うん。それで十分」


それだけで十分…ユージーンの反応も行動も蓮姫には予測できる。


そしてそんなユージーンを思い浮かべて、蓮姫は頭を抱えそうになった。


(ジーンの予想通り…私が首突っ込んじゃったせいで…結局こんな展開になっちゃった。…うわ~…静かに…そして冷ややか~に怒るジーンの顔が目に浮かぶ…)


蓮姫の脳裏には、青筋を浮かべながら冷めた目で微笑み、嫌味を繰り出すユージーンの姿がハッキリと浮かんだ。


浮かんだところで蓮姫には怒る権利も(へこ)む権利も無い。


これはユージーンの忠告を聞かなかった蓮姫の行動の結果。


蓮姫がまいた種。


そして結局はユージーンに助けてもらう事になる。


反省こそすれ文句を言える立場ではない。


(…う……完璧に自業自得だ。…後で…ちゃんと謝ろう)





一方、竹林に到着していたユージーン達は…。


「翁。いい加減にしてくれませんか?我々は早く姫様の元へと戻りたいんですよ」


「そ、そう言われましても……」


「翁さ~。やっと竹林に来たのに、肝心(かんじん)の竹切ろうとたら『コレはダメ』『ソレはダメ』とか『もっと奥に行きましょう』とか。あげくの果てに『そもそもこの竹林にはコダマ様がおり…』とか昔話始めようとして…なんなん?最初は言うこと聞いてた俺達も、さすがにイライラしてきてんのよ?わかる?なぁ、お前も姫さんとこ早く戻りてぇだろ?」


「…うん。俺…早く母さんの元…戻る」


翁を問い詰めていた。


ユージーン達に囲まれながら責められ、翁はおどおどし始める。


「み、皆様…どうか落ち着いて下され」


「お、お客人方!御館様をいじめねぇで下せぇ!」


翁と共にオロオロする梅吉だが、なんとか翁を(かば)おうと口を(はさ)む。


その言葉が気に触ったのか火狼は口を(とが)らせた。


「いじめてねぇじゃん。なんで俺らが悪者みたいな言い方するかね。俺らは『いい加減さっさと帰ろうぜ』って言ってんの」


「もしくは…『いい加減何を(たくら)んでいるのか話して下さい』ですかね。ねぇ翁」


「ゆ、ユージーン…殿」


「何を企んでるか知りませんが…何かあるから我々男を全員、館から引き離したんでしょう?」


「た、企むなど…わ、わしは…そんな」


「御館…様?」


ユージーンと視線を合わせる事無く否定する翁だが、その目が泳いでいるのは誰の目にも明らか。


翁の味方であり、彼を庇おうとする梅吉ですら翁の様子がおかしい事には既に気づいている。


それでも翁は口を割ろうとはしない。


なのでユージーンは手法を変えてみる事にした。


「……そうですか。翁は何も企んでいない。我々の勘違い…それでいいんですね?」


「は、はい。ユージーン殿。わしはただ…仕事の手伝いに皆様に来て頂いただけですじゃ」


「……わかりました。どうやら我々の勘違いだったようです。申し訳ありません、翁」


「ふぅ…いやいや。誤解が解けてほんにようございした」


微笑みながら告げるユージーンに翁は安心しきったように息を吐く。


翁はニコニコと笑っているが、火狼はユージーンの笑顔が何度も自分に向けられたあの黒い笑みだと気づき苦笑していた。


火狼の予想通り、ユージーンは翁を追い詰める言葉をつむぐ。


「ええ。ですが、やはりこの場に我々全員がいる必要はありません。私と未月は、急いで館に戻ろうかと思います」


「っ!?それはダメじゃ!!」


ユージーンと未月が(そろ)って翁に背を向けた途端、翁は二人の服を掴み怒鳴るように彼等を止めた。


その必死の形相(ぎょうそう)が、行為が、翁が何か企んでいるのだと証明している。


「翁…ここまでしてしらを切るおつもりですか?言っておきますが…老人一人振り切るなんて、簡単なんですよ」


「…い、今はまだ帰らないで下され!あの方がまだおられるかも!」


「あの方?」


「客人とはいえ、美しい男を何人も側に置いていたと思われたら…姫に悪い印象を持たれてしまいます。そうなれば姫は…っ、何卒(なにとぞ)何卒(なにとぞ)お待ち下され!ユージーン殿!」


「おい。どういう事だ?」


必死に自分を止める翁に、ユージーンは素の口調に戻って問いかけた。


しかしソレに答えたのは…別の人物……いや、別の者だった。



「その者は娘として育てたアレを帝の妃にし、栄華(えいが)を極めたいのですよ」



急に聞こえた女の声。


全員が声の方へと振り向くと、そこには巫女のような装束をした一人の女が立って…いや、浮いていた。


翁はその女の姿を確認すると、カタカタと震えながら視線を逸らさずにいる。


「だ、誰?この綺麗なお姉ちゃん?」


「ひぃっ!お、女子(おなご)が浮いてるだ!?あ、(あやかし)だぁ!」


見ず知らずの怪しい女の登場に困惑する火狼や梅吉だが、ユージーンはその正体に心当たりがあった。


(この(あふ)れ出る魔力。竹林に入った時から、魔力の満ちる場所なのは気づいてたが…それなら…この女…)


「ユージーン…こいつ…敵?」


「いや…敵じゃない。…まぁ味方って訳でもないだろうがな」


思考を(さえぎ)った未月に、一応手は出さないように忠告するユージーン。


この女が予想通りの者ならば蓮姫の今後を考え、無闇な争いは避けた方が良いと判断したからだ。


女はニコリと微笑むと翁へと顔を向ける。


「三年ぶりですね。竹取の翁」


「こ、木霊(こだま)様!お久しゅうございます」


「ふふ。人間にとって三年とは久しいほどの時間のようですね。我々にとって三年など、瞬きのようなものなのに」


翁は女に向かってひれ伏すと、頭を地面へと擦り付けた。


主人である翁の行動に、慌てて梅吉も木霊へとひれ伏す。


意味がわからない火狼はユージーンへと耳打ちした。


「ちょっとちょっと。『コダマ』ってさっき翁が言ってた奴っしょ?何者なのコダマって。旦那の事だから知ってんでしょ」


木霊(こだま)は大和の言葉で『木の精霊』の事だ。『ドライアド』とか『トレント』なら、お前も聞いた事があるだろ」


「え?アレってトレントの仲間なの?俺が知ってる奴より、よっぽど人間ぽい…てかまんま人間じゃん。…浮いてっけど」



木霊【こだま】

魔力が満ちている森や林に生まれる木の精霊。知能が高く温厚で社交的な性格だが森林の番人でもあり、強い魔力を持つ。木霊は大和の言葉であり他の地域では『ドライアド』『トレント』と呼ばれ、その姿は顔のある巨大な木だったり、木の幹のような肌をした人間だったりと様々。

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