かぐや姫 7
素直に謝る二人を見てやれやれ、と肩を落とす蓮姫。
謝るくらいなら最初から喧嘩しなければいいのに、とも思うがそうもいかないだろう。
ユージーンは蓮姫の為に、火狼は残火の為に譲れないものがあるのは蓮姫にだってわかる。
蓮姫はチラリと横目で残火の様子を伺う。
行儀良く正座はしているが、両腕を組んで蓮姫と火狼を睨みつけていた。
その表情は現状に対する不満が顔全体に現れている。
残火が不満に思うのも、怒りを抑えられないのも無理はない。
暗殺ギルドとして名高い朱雀の者だというのに、標的や心底憎んでいる男を目の前にして、殺すどころか何も出来やしないのだ。
それこそ悪態のひとつも口にしたいというのに、それすら今の残火には不可能。
きっと怒り、憎しみ、焦り、不満、自分自身への不甲斐なさ等、様々な負の感情が残火の中で満ち満ちていることだろう。
だからこそ、蓮姫は残火に対して行動を起こす事にした。
「ジーン」
「はい、姫様」
「それと狼と未月」
「はいよ、姫さん」
「…なんだ?…母さん」
それぞれ従者の名を告げ、彼等が自分へと顔を向けたのを確認すると、蓮姫は言葉を続けた。
「少し残火さんと話がしたい。ジーン、声を封じる魔術を解いて。それと…彼女と二人にして」
そう告げられた言葉に、残火が一番動揺した。
組んでいた手を離すと、そのまま蓮姫を凝視する。
ユージーンはいつもの様にため息をつくと蓮姫へ苦言を呈す。
「いけません。こいつは姫様の命を狙う刺客ですよ。声を出すのはともかく…話がしたいのなら、このまますればいいじゃありませんか?」
「ジーンがいれば彼女は警戒する。火狼がいれば彼女は話どころじゃない。出来れば女同士、邪魔が入らない所で話がしたいの。一応護衛としてノアは傍にいてもらう」
蓮姫の言葉にノアールは顔を上げて、にゃんっ!とひと鳴きする。
まるで蓮姫からの信頼が嬉しいように、『 任せておけ!』と言うように。
そんなノアールを笑顔で撫でながら、蓮姫は話し続けた。
「ジーン、大丈夫。ジーンの魔術で彼女は私に危害は加えられない。そうでしょ?狼も安心して。私も残火さんに何かするつもりはないよ」
「俺は姫さんを信じてるぜ。俺にも気ぃ使ってくれてサンキュな。なぁ旦那…俺からも頼むわ。姫さんなら残火を任せられるし…何より姫さんの意志を…俺は尊重したいのよ」
「てめぇ…勝手な事言ってんじゃ」
再びユージーンが火狼へと怒りを向けるが、それは蓮姫が止める。
「喧嘩はやめてってば!…お願い、ジーン。彼女と話をさせて」
真っ直ぐにユージーンの紅い瞳を見つめる蓮姫。
ユージーンはわかっている。
こういう時、蓮姫の意思は強い。
そして結局、自分がどうするのかも。
ユージーンは深く、それは深くため息を吐いた。
「……はぁ~~~………わかりました。…俺達は部屋から出ましょう。しかし…部屋から出るだけで直ぐ近くにはいますよ。それでいいですね?姫様」
「いいよ。未月もジーン達と一緒に出て」
「…わかった。…母さんの命令…俺は従う」
ユージーンに笑顔で礼を告げると、そのまま未月にも再度頼む蓮姫。
「なんつーか…お前が一番姫さんの従者っぽいよな。俺らも見習わなきゃじゃね?」
「黙ってろクソ犬。…さて…聞いてた通りだ。出来ないだろうが…下手な真似はするなよ」
ユージーンは立ち上がると、残火を見下ろしながら、彼女に向かって手を伸ばす。
怯える残火だが、ユージーンは構わず目を閉じ、パチンと小さく指を鳴らした。
直後。
「っ!?クソっ!今度は何す………え………あ……は……」
残火は怯えながらもユージーンに怒鳴りつける途中、自分の身に起こった違和感に気づく。
そっ…、と両手を首に伸ばし、触れながらとパクパクと口を動かして『あ』だの『え』だの小さく呟いた。
「……こ……声が………戻った…?」
その問いは誰に向けたものでもなかったが、ユージーンはチッと舌打ちすると残火へと背を向け不本意そうに告げる。
「姫様の命令だからな」
残火はユージーンの言葉に驚きながらも、自分の声を戻す事は彼にしか出来ない事も理解していた。
だからこそ困惑した。
何故?
命令だからとはいえ…何故素直に声を戻した?
そもそも何故…弐の姫はそんな命令をするのか?と。
火狼は困惑する残火に苦笑すると、一度蓮姫へと頭を下げ、自分の腰を上げた。
それを合図に未月も立ち上がる。
ユージーンは立ったまま胸に手を当て、蓮姫へと深く頭を下げた。
「それでは姫様…後ほど」
「うん。ありがとう、ジーン。皆も後でね」
「はい。…ノア…頼んだぞ」
蓮姫へと頷いた直後、ユージーンはノアールへと言葉をかける。
ノアールは再び『にゃっ!』と自信ありげに鳴いた。
男三人がゾロゾロと部屋を出て行き……部屋には蓮姫の望み通り、蓮姫とノアール、そして残火だけが残された。
ノアールがいるとはいえ、今この部屋は蓮姫と残火二人きりの空間。
その事実に残火の体に緊張が走る。
目の前にいる女は自分の標的。
殺さなくてはならない相手。
それは恩ある頭領と懇意にしていた方の為に。
それはあの男より自分の方が優れていると証明する為に。
それは自分自身の為に。
自分は弐の姫を殺さなくてはならない。
ギリと拳を握りしめ鋭い眼光で蓮姫を睨みつける。
(…殺るなら……今しかないっ)
今の残火には蓮姫を殺す事はほぼ不可能だが、そんな事を考える余裕など残火には無かった。
『弐の姫を殺す』という目的、そして本来なら殺意となる意志は、彼女の中でただの焦りに変わっている。
自分を鋭く睨みつける残火に気づいていながらも、蓮姫は想造力を発動させ部屋に防音の結界を張った。
そして膝の上のノアールを撫でながら、残火へと声をかける。
笑顔を向けて。
「ねぇ、残火さん」
「なんだっ!」
「今日中に貴女をこの大和から逃がす。遅くなってごめんなさい」
「………は?」
蓮姫の提案に残火は気の抜けた声を出してしまった。
この女は何を言っている?
何故謝っている?
意味がわからない、と残火はあまりの展開に再び言葉を失ってしまった。
蓮姫は困ったように眉を下げて言葉を続ける。
「それとね……やっぱり私は…貴女に殺されたくない」
「っ、人に変な魔術を掛けておいて今更命乞いかっ!?ふざけ…ぅっ!!?」
言葉の途中で顔を歪め、頭を押さえつける残火。
蓮姫が頼まずとも、残火は蓮姫を殺せない。
ユージーンの魔術のせいで。
蓮姫の言葉に残火の中の怒りが殺意に変わった瞬間、その魔術は正確に発動した。
「っ、クソォっ!忌々しい弐の姫めっ!!」
「残火さん…聞いてほしい。私は弐の姫として、やらなきゃいけない事がある。だから…誰かに殺される訳にはいかない」
「ふざけんなっ!」
蓮姫の一方的な言葉に、残火の中から止めどなく怒りと殺意が湧いてくる。
その度に激痛が襲うが、残火自身止めたくとも止められるものではない。
だが蓮姫は『ふぅ』と深く息を吐くと意外な言葉を口にした。
「…っていうのは…ぶっちゃけ建前」
「……は?…何言って…」
残火が蓮姫の言葉に困惑すると同時に、頭を襲っていた痛みは瞬く間に消え去る。
苦痛の表情から困惑の表情へと変わった残火に、先程とは違う安堵のため息を漏らすと蓮姫はまた笑顔を浮かべた。
「建前…とはちょっと違うか。一応私の本心だし。だけどね…『弐の姫だから死ねない』っていう気持ちより…今の私にはもっと大きい気持ちがある。弐の姫としての責任なんかじゃなくて…私個人の想いが」
「……責任とは違う…想い?」
蓮姫の言葉が理解出来ない残火。
そんな残火に、蓮姫はもっと彼女が理解出来ない言葉を告げた。
「私は…貴女に殺されたくない。…残火さんだから…殺されたくないんだ」
「……何を?………っ、私のような半人前には…殺されたくないとでも言うのかっ!?」
「そういう意味じゃない。ただ…怒らないで……いや、絶対怒ると思うけど…聞いて。私ね…どうしても貴女を…残火さんを嫌いになれない」
逸らすことなく、真っ直ぐに残火の目を見つめて言い放つ蓮姫。
残火もソレが蓮姫の本心なのだと悟る。
だがそんなもの…暗殺者には侮辱でしかない。
「嫌いになれない?だから殺されたくない?だから逃げてくれ?…弐の姫…お前はあの犬っころと同じだ!私を見下しっ!馬鹿にしてるっ!」
屈辱で目に涙を溜めながら訴える残火。
それでも蓮姫は残火から目を逸らさなかった。
「あの頭領気取りの犬の話を聞いて私に同情でもしたかっ!?そんなもの…ちっとも嬉しくない!嫌いになれない?あんたみたいなっ…生きてるだけで迷惑な弐の姫にそんな事言われても…おぞましいだけだっ!気持ち悪いっ!吐き気がするんだよっ!このクソ女っ!」
語尾を荒らげ蓮姫を傷つける暴言をいくつも吐く残火。
蓮姫がユージーンを部屋から出したのは正解だった。
今の言葉を聞けば…ユージーンは決して残火を許さなかっただろう。
そう、ユージーンなら残火を許さない。
そして…蓮姫は違う。
今にも巨大化しそうな程に怒り、毛を逆立てて唸るノアールを宥めながらも、蓮姫は一言も発さずに、だがやはり目は逸らさず残火からの罵声を受け続けた。
「私が殺せなくても他の朱雀がいる!朱雀じゃなくても弐の姫を殺したい奴はいる!お前の死を望む奴は世界中にいる!そんなお前が生きてる意味なんか…っ、」
怒りのままに暴言を続けた残火だが、最後の言葉で声が詰まる。
それは彼女の耳にだけ、ある人物の声が自分の声に重なって聞こえたから。
『お前が生きてる意味なんか無い』
直後、残火は真っ青な顔で自分の口を抑えた。
その言葉は、かつて残火にも向けられた言葉。
残火は幼い頃…この世の誰よりも愛しい存在に、自分の命を否定された事を思い出す。
そして自分がかつての愛しい存在……否、誰よりも憎い存在と同じ言葉を口にした事実に、どうしようもない嫌悪感が込み上げてきた。
(クソっ!なんで…なんであの女と同じ事を…私はっ!)
どう足掻いても抜け出せない事実がの心に満ちていく。
どう足掻いても、否定しても、自分は憎い女の娘であり…憎い女は自分の母だという事実が。
「……がう………みは………る…」
「…残火さん?」
カタカタと震えながら小さく何かを呟く残火。
蓮姫は彼女の異変に気づき彼女の隣へと移った。
近づいた事で、残火は同じ言葉を繰り返しているのがわかる。
「違う…意味は…ある……私は…生きる意味が…ある…違う」
そう呟く残火の目からは既に涙が零れていた。
蓮姫の目には、残火が何かに怯えているように見える。
必死に自分の存在意義を口にしないと彼女は何かに押しつぶされそうだ、と。
考えると同時に蓮姫の体は動いた。
両腕をそっと残火の背に回し、優しく彼女を抱きしめる。
「私は生きる意味がある。私は」
「残火さん」
名を呼ばれた事で残火は現状に気づいた。
それでも…残火は蓮姫を振りほどく事が出来なかった。
こんなに優しく誰かに抱きしめられた事など、ずっと無かったから。
かつて愛した憎い女以外に…そんな事をする者はいなかった。
愛しく、そして憎い存在と蓮姫が重なる。
それを自覚した残火は、蓮姫の腕を振りほどく事はしなくても心の底から叫んだ。
「っ、お前とは違う!必要とされない弐の姫とは違う!私はっ!」
「………そうだね。きっと『弐の姫』っていう存在には…生きる意味が無い」
「っ!?なんで…そんな風に思える?なんであんな言葉を受け入れられる!?」
あっさりと自分の暴言を受け入れた蓮姫に、残火本人が驚く。
かつて自分が言われた時は、どうしようもなく絶望したというのに。
何故この女は今の言葉を簡単に受け入れられる?
困惑する残火の様子を知ってか知らずか、蓮姫は少しだけ体を離すと、残火と目を合わせてから再度口を開いた。
「今までもたくさん言われてきた。『弐の姫なんていない方がいい』『全部弐の姫のせい』『弐の姫なんているから悪いんだ』って」
この世界で初めて過ごした王都でも、姫や女王を憎む土地アビリタでも、つい先日足を踏み入れたこの大和でも…弐の姫は否定される存在だった。
「それがこの世界の歴史。むしろ『弐の姫は悪い存在』っていう話は、大人が子供に教える常識の一つでもある。そこは私も理解してる」
言葉は淡々と、しかし悲しそうに笑いながら蓮姫は言葉を続ける。
残火は自分が言わせてしまっているのだと……蓮姫にこんな顔をさせてしまっているのは自分なのだと気づき、胸が苦しくなる。
それは、自分とあの女が親子であると再認識させられた時と同じような嫌悪感だった。
どうしようもなく、自分が嫌いになる感覚と同じ。
それはつまり……標的である弐の姫を傷つけた事に、自分自身が後悔している事を表していた。
だからこそ、自然と残火の口は動いた。
「…なんで…受け入れられるんだ?自分を否定されて…どうして?」
「…本当は……受け入れたくなんかないよ。でも…『弐の姫は嫌われる存在』。この世界の人は皆そう聞いて育ったし、そう思ってる」
残火の脳裏に『諦め』という文字が浮かんだ。
彼女はもう弐の姫である事も、生きる事も、何もかも諦めているのでは?
しかし残火の予想とは裏腹に、蓮姫はニヤリと不敵に微笑んだ。
「だから…私は変えようと思う!」
「………は?…変え…る?」
「そう。今までの弐の姫のイメージは悪く定着してるから仕方ない。だからこそ私は変えようと思う!『存在してはいけない弐の姫』である私が!しっかりと!今!ここで!存在しているように!」
後半は一言一言しっかりと強調する蓮姫。
彼女は今ニッコリと満面の笑みを浮かべていた。
「昔ね……映画だったかドラマだったか忘れたけど…とにかく聞いた事があるんだ。『人が存在する事に元々意味なんて無い。だから自分自身でその意味を作る為に人は生きるんだ』って」
「生きる意味を…自分で……作る?」
「そう。『好きな人と一緒に生きる為』『好きな物をいっぱい食べる為』『オシャレをたくさんする為』…そうそう『自分の夢を叶える為』でもいい」
指を折りながら話す蓮姫からは、簡単で小さな例えばかりが出てくる。
しかし蓮姫本人の願いは、簡単でも小さくともなかった。
弐の姫として生きる蓮姫が、自分が弐の姫として生きる意味を作るのは……とても大きく…困難なこと。
「過去の弐の姫達がした事も、歴史も、私には変えられない。でも弐の姫だからって、私がその通りに生きる必要も理由も無いと思う。むしろ私は、嫌われるために生きるのは嫌だし、それこそ無理。私はただ…私として生きていこうと思う。弐の姫として、私自身の人生を」
「…自分自身の人生を…生きる…」
「なんて…偉そうな事を言っちゃったけど…さっきも言った通り、本当は生きる意味なんて…きっと誰にも無い。でも意味無く生きる事は…人を不安にさせる。だから意味を持たせようとするんだね。後付けみたいに。でもそれでもいいんだよ。だって、他の誰でもない、自分の人生なんだから」
笑顔で語り続ける蓮姫に、残火はその言葉の一つ一つを噛み締めるように、耳を傾けていた。
まるで自分をその言葉に重ねるように。
真剣に自分の話を聞き続ける残火に、蓮姫は今までの持論ではなく残火に向ける言葉を紡ぐ。
「誰かに『お前は生きる意味が無い』なんて言われても、そんなの関係無いよ。意味があっても、無くても、貴女は生きてる。自分の意志でね。それが大事だと思う」
「っ、私の意志が…大事?」
「貴女は私を…弐の姫を殺しにこの大和まで来た。それは貴女の中に強い意志がある証拠だと思う。勿論、私は殺されたくないけど。でも…こうやって…私達は出会えたね」
そう語る蓮姫はとても柔らかい笑顔を残火に向けていた。
自分を殺しに来た者に向ける顔とは思えない程に。
「なんで…そんな風に言えるんだ?なんでそんな風に私に笑いかけるんだ!?おかしいだろっ!」
怒鳴るように告げる残火。
その声からは怒りや悲しみよりも、困惑が強く伺える。
それは蓮姫が一番よくわかっていた。
だからこそ蓮姫は、自分の気持ちを残火へと告げる。
「貴女を嫌いになれないから。それは見下してる訳でも、同情してる訳でもない。ただ……女の勘というか…直感で、私は貴女が好きなんだよ」
そう告げる蓮姫だが、実は今の言葉には嘘が混ざっていた。
残火を嫌いになれないのは直感とか、女の勘という曖昧な理由ではない。
それは蓮姫にとって、とても個人的な二つの理由。
一つ目は、蓮姫が女子供に対して強い警戒も嫌悪も抱かない…いや、抱けないこと。
それはエリックやソフィアの事が関係していた。
死ぬ直前まで自分の味方でいてくれた小さな命。
純真に自分を慕ってくれたのに、自分が深く傷つけてしまった妹のような存在。
二つの小さな存在は、蓮姫にとってとても大きな存在になっていた。
そして二つ目は当の残火自身。
彼女は暗殺者として、浅慮であり、経験も無く、あまりの必死さから彼女がどれだけ未熟かが溢れ出ていた。
火狼の言葉からして、残火は本来なら弐の姫暗殺に向かわなくても良い立場であり、むしろ暗殺そのものを頭領である火狼から遠ざけられていた。
だからこそ自分に『生きる意味』を見出そうとする残火は、今回の任務に必死なのだろう。
その必死さが…蓮姫はまるで自分のようだと感じたのだ。
必死に生きようと、認められたいと足掻く姿が…どうしても嫌いになれなかった。
そんな蓮姫の心情など計れるはずもない残火は、ただ蓮姫の言葉を鵜呑みにし、呆気にとられる。
「お、女の勘って…そんな…適当な…」
「じゃあ…一目惚れ。これなら納得する?」
「もっと納得出来ないっつの!……わかった。…あんたって…能天気な馬鹿なんでしょ?さすが弐の姫」
「ははっ!そうかもね」
「嫌味言われてんだから怒りなさいよ。あのかぐやとかいう豚みたいな姫に嫌味言われても怒んないし、むしろニコニコしてるし。…なんなの?頭のネジどっか飛んでんの?」
「どうだろうね?あ、でも私はかぐや姫の事も好き。彼女とお近付きになれたのは正直嬉しいから」
おとぎ話の主人公だから…と続くはずの言葉をあえて飲み込む蓮姫。
「はぁ!?意味わかんない。私なんてあの姫もどき、殺したくて仕方ないのに」
「でも殺さないでいてくれたよね。ありがとう」
「べ、別にアンタの為じゃないしっ!」
「うん、そうだと思う。でもかぐや姫は私の大事な友達だから。殺さないでくれてありがとう」
「……変な奴」
悪態をつく残火だが、その顔は笑っていた。
残火も今の会話で蓮姫という人物に対し、少しづつ好意を持ち始めていた。
率直に、真っ直ぐに、自分へと好意を向ける相手。
そんな人物は、残火の短い人生の中でほとんど現れなかった。
かつてそんな好意を向けてくれたのは、あの女か、伯父だけ。
そして二人とも…既にこの世にはいない。
だからこそ、その感情が、自分を好きだという言葉が…正直嬉しかった。
だがふと、残火の脳裏にある言葉が浮かぶ。
『弐の姫からは手を引け。じゃないと…あの女の面倒にお前まで巻き込まれるぞ』
低く響いた火狼の言葉。
それを振り払うように残火はブンブンと勢いよく頭を左右に振る。
「ど、どうしたの?残火さん」
「……別に。…なんでもないし」
(あいつは『弐の姫に関わるな』って言った。…そうやって私を弐の姫から引き離そうとしたんだろ?馬鹿じゃないか?そもそも…私が犬の言うこと聞く必要なんて、これっちぽっちも無いっつの!)
段々と表情が険しくなる残火だが、その肩に蓮姫の手がそっと触れる。
「っ、な、なに?」
「大丈夫?具合悪いなら…横になる?」
「はぁっ!?いや大丈夫だし!心配しないでよ」
「そっか。良かった」
「ありが……って、何この会話!?まるで友達みたいじゃない!?」
『あー!』だの『うー!』だの喚きながら頭をガシガシと掻く残火に、蓮姫は笑みが零れる。
そんな蓮姫を見て……残火も笑ってしまった。
二人はお互いの立場を忘れ、しばし心の底から笑いあう。
そんな二人の光景を、男達は離れた庭で不思議そうに見守っていた。