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かぐや姫 5


次の日。


朝食を終えた蓮姫は約束通り、かぐや姫の部屋へと遊びに来ていた。


未月と残火を連れ、その腕にはノアールを抱いて。


約束を守り部屋を訪れた蓮姫達を、かぐや姫は喜び直ぐに御簾(みす)を上げて素顔を(さら)した。


勿論、しっかりとカツラはつけていたが。


「本当に来てくれたんだ!あ、突っ立ってないで座って座って。ちょっと梅吉ー!」


かぐや姫が大きな声で…それはもう大声で叫ぶと、ドタバタと慌てた足音と共に梅吉が現れた。


「へぇ!かぐや様!お呼びで……って、かぐや様!?み、御簾!なんで上げてるんだか!?」


「いいの。蓮は友達になったの。だから顔出してもいいの」


「だ、だども…お姫様だけでねぇで…お、男の人も…おられますで」


「もう!固いこと言うのは翁だけで充分!そんな事より蓮達にお茶とお菓子持ってきて!お松やあっちの猫の分も!」


「へ、へぇ!か、かしこめりました!」


かぐや姫が不機嫌そうに告げると、梅吉は慌てて頭を下げ、またドタバタと足音を立てて走り去って行った。


「それを言うなら『かしこまりました』でしょうに。まったく…梅吉は…」


「ふふ。梅吉さんはちょっと慌てんぼさんですね」


「ちょっとじゃないよ。す~ぐテンパって、その上ビビりだし」


「でも…とても()い人ですよね」


「うん。滅茶苦茶良い奴。だから…あげないよ」


「私には梅吉さんは勿体ないですよ。何より…梅吉さんはかぐや姫をとても大切にしてますから…他の人なんて目に入らないと思いますし」


「ふふん。そうだよね。誰が見てもそうだもんね。…やっぱあんたも()い奴だね」


かぐや姫は蓮姫の言葉に満足気に笑うと、手の中にいたお松を撫でてやった。


昨夜とは打って変わって、その様子はとても上機嫌だ。


「そうだ。せっかく来てくれたんだから、貝合わせとか香合せでもする?それとも…トランプとかウノでもいいけど」


「と、トランプにウノ…」


また大和に…いや、自分の思う平安京とは似つかわしくない言葉が出て、若干ガッカリする蓮姫。


しかし蓮姫の様子など気づいていないかぐや姫は、笑みを絶やさず蓮姫にあれこれ話しかけた。




そんな蓮姫達の様子を…ユージーンと火狼は昨日と同じように、庭の隅の茂みに隠れて(うかが)う。


「な~んで俺達がこんな所にいなきゃなんねぇのかね~」


「チッ。仕方ねえだろ。姫様がついてくんなって言うんだ。バレんなよ」


「姫さんやかぐや姫にはバレねぇよ。他の奴等は気づいてるだろうけどね」


庭の茂みに隠れながら、視線は蓮姫からずらさずに小声で会話する二人。


怪しいことこの上ないが、蓮姫の護衛の為、仕方なく隠れる事にしたのだ。


火狼の言葉通り、未月や残火、ノアールは彼等に気づいているらしい。


未月やノアールは一度庭を見つめただけだが、残火は嫌そうに庭を何度もチラチラ見ていた。


火狼はそんな残火…ではなく、ニコニコと上機嫌なかぐや姫を見て、深くため息を吐く。


「にしてもさ~、調子いいっていうか、図々しいっていうか…あんなに見たかったかぐや姫の本性知っちゃって…俺結構ガッカリなんだけど~」


口を尖らせ不満を吐く火狼。


ユージーンが何も言わないのをいいことに、火狼は言葉を続けた。


「姫さんにあんな態度とって、嫌味まで言ってさ。なのに今は簡単に『友達になったの~』ってなんなの。そもそも姫さんも姫さんよ。あんなに一方的に嫌味言われて馬鹿にされてさ。なんで言い返さないどころか許しちゃうわけ?しかも図々しく『友達』とか簡単に言われてさ。俺だったらマ~ジ無理」


「まぁ、そこは姫様だからな。正直、昨日の態度は良く思ってはないだろうが……それでもかぐや姫の全てを受け入れ、昨日の事は水に流す事にしたんだろ」


「なんで流せるの?俺だったら絶対許さないし言い返すけど」


「多分だが…『謝ってくれたから悪い人じゃない』とでも思ってんだろ。姫様が受け入れるなら…凄ぇ不本意だが、俺もこれ以上何も言わねぇ」


話の矛先(ほこさき)が蓮姫に向かった為、ユージーンもさすがに言い返した。


しかしユージーン本人も、蓮姫の反応はあまりおもしろくないようだが。


「心が広いんだか…馬鹿なんだか」


「おい。姫様を悪く言うなら…」


やっと火狼へと視線を向けるユージーン。


しかしその目は殺気をこめ、火狼を睨みつける。


そんなユージーンに怯むことなく、火狼はニコニコと謝罪を口にした。


「おっと。ごめんごめん。じゃ話変える。かぐや姫ってさ……結局は何者?」


火狼の言葉にユージーンは、蓮姫へと視線を戻す。


一応は殺気を向けるのをやめて。


「大体は予想ついてる。お前もだろ」


「まぁね。てことは…やっぱ人間じゃないね~」


「三年で成長する人間がいてたまるか」


「不死身の人間が言ってもな~」


説得力がない。


そう続くはずだった言葉だが、ユージーンからみぞおちに一発くらったために続く事はなかった。


代わりに小さく(うな)り声が出ていたが。


そんなやり取りが庭で行われているとは想像もしないかぐや姫と蓮姫。


二人は大和の姫らしく香合せを楽しんでいた。


「はぁ~…とってもいい香りですね」


「でしょ。これは伽羅(きゃら)。こっちの白檀(びゃくだん)もいい匂いするよ」


「失礼しますね………これもいい香り。心が落ち着きます」


やっと出てきた平安京らしい遊びに、蓮姫は何処か満足気だった。


なんだが心が和む…これこそが和の心か…と思いながら。


「だよね~。梅吉なんかはわかんなくて『これはいい線香ですだ!』なんて言うわけ。線香じゃないっつの」


「ふふふ。でも梅吉さんらしいですね。はい、残火。あなたもどうぞ」


蓮姫は残火へと振り返ると、香炉を残火に渡そうとする。


まさか自分に勧められるとは思っていなかった残火。


蓮姫を見つめたまま目が点になる。


そんな残火に構わず、蓮姫は微笑んだまま残火の手を取り香炉を渡す。


「とってもいい香りだから、きっとあなたも好きになると思うな。どうぞ」


悪意も怯えも裏も感じさせない笑顔。


残火は恐る恐る香炉を鼻の先に近づけ香りを嗅ぐ。


直ぐに鼻腔へ抜ける香りに残火も、ほぅ…と息を吐いた。


残火の様子を間近で見た蓮姫は、嬉しそうに声をかける。


「ね。いい香りでしょう」


「良かった」と微笑む蓮姫に残火はコクリと頷いた。


恐らく声が出る状態でも残火は何も言わずただ頷いただろう。


蓮姫の無垢な笑顔に対して残火は返せる言葉を持っていない。


こんな風に自分に接する人間など…彼女にはいなかった。


ましてや蓮姫は……残火の標的、つまり殺すべき相手だ。


それなのに…自分へ優しい微笑みを向ける蓮姫。


「残火?どうかした?」


ふと蓮姫に声をかけられ我に返る残火。


慌てたようにフルフルと首を横に振る様子を、かぐや姫は興味深けに見つめる。


「えっと…妹?喋れないんだっけ?」


「っ、えぇ。色々…事情がありまして…」


本当は残火は妹ではなく弐の姫である自分を狙う暗殺ギルド朱雀の者であり、また自分達の正体がバレないよう彼女の声を封じた…など、口が裂けても言えるはずない。


せめて後ろめたい気持ちがバレないように、目を背けた蓮姫。


しかしかぐや姫はそんな蓮姫には目を向けず、残火をジロジロと見ている。


「…可愛い顔に……おっきな胸。私、あんたみたいな女も本当は大嫌い。でも蓮の妹だし…喋れないのは…かわいそうだと思う。…だから……あんたも友達になってあげる」


随分と上から目線の発言をするかぐや姫。


残火はその物言いにカッ!と怒りで顔が赤くなる。


それに気づいた蓮姫は、ガバッ!と残火を抱きしめた。


「良かったね!残火!」


「っ!?っ、っ!!?」


喜ぶ素振りをする蓮姫を引き剥がそうとする残火だったが、蓮姫が小さく耳打ちする。


「残火さん、ごめん。でも…かぐや姫に悪気は無いんだと思う。多分だけど…彼女はちょっと不器用なだけなんだよ」


「っ、っ!!」


「怒るのも無理はないと思う。でもね、ここで大事(おおごと)を起こすと…貴女を無事に大和から出す事も出来なくなるかもしれない。だからごめん。今は我慢して」


「っ!?」


残火は蓮姫の言葉に驚き、彼女の体を持てる力全てで引き剥がすと、その顔をのぞき込む。


蓮姫の真っ黒な瞳は、逸らすことなく残火を見つめていた。


「大丈夫。約束は必ず守るから」


再び小声で伝える蓮姫。


残火はやっと確信した。


この弐の姫は…争いの元、愚かで哀れと言われた弐の姫は……本当に自分を殺す気は無く、むしろ無事に大和から逃がすつもりだ、と。


見つめ合う姉妹を不思議に思ったかぐや姫が、二人に声をかけようとしたその時、梅吉が戻ってきた。


「失礼しますだ!かぐや様!お姫様!お茶とお菓子お持ちすますた!」


「あ、あぁ。ありがと梅吉」


かぐや姫に礼を言われると、梅吉は嬉しそうに頬を染めて二カッと笑った。


そのまま上機嫌に…しかし無作法に、ガチャガチャと音を立てながら茶器を置いていく。


「んだば、かぐや様!また何かありますたら呼んで下せぇ!おら、(かわや)の掃除さ行ってきますで!」


かぐや姫に頭を下げると、梅吉はまたドタバタと部屋を出ていった。


(かわや)って…こっちは今からお菓子食べるっつの。わざわざ言わなくていいっつの。まったく梅吉は…しょうがないんだから」


かぐや姫は梅吉の去った方を見つめながら、最初は呆れて…しかし最後は楽しそうに微笑んだ。


かぐや姫の微笑みを見た蓮姫は、かぐや姫も梅吉を大切にしているのが伝わり嬉しくなった。


勿論、かぐや姫が梅吉と同じ想いとは限らないが…どうか二人にとって良い未来が訪れてほしい…と。


「んじゃ、せっかく梅吉が持ってきたんだし食べよ。妹の方も…喋れなくても物は食べれるんでしょ?」


饅頭(まんじゅう)を一つそのまま口に放り込むかぐや姫に残火は軽く殺意が湧いた。


蓮姫は苦笑しながら『抑えて抑えて』と残火を宥めながら、この場にいたもう一人に話しかける。


「未月も一緒にいただこう」


「…うん」


蓮姫の言葉に頷く未月は饅頭(まんじゅう)へと手を伸ばした。


かぐや姫は次々と口へ放り込んだ数個の饅頭を頬張りながら、そんな未月をジィ…と見つめる。


そんな視線など未月は気にもとめず、モグモグと無表情に口を動かした。


「美味しいね、未月」


「…美味しい?…うん。…母さんが言うなら……これ…美味しい」


蓮姫に声をかけられた時だけ、未月は反応し彼女へと声を発する。


そんな二人の様子を凝視しながら、かぐや姫は口いっぱいに詰め込まれた饅頭を、程よく冷めたお茶で勢いよく流し込んだ。


残火はかぐや姫の食べっぷりに若干引きながらも、始めは十以上あったというのに、今は残り一つになった饅頭を慌てて確保した。


「んく…ん……プハッ!…ねぇ蓮。その従者って…無口だし無愛想だよね。まぁ顔は綺麗だけど」


「未月は、私の大切な従者であり、大事な仲間です」


かぐや姫の言葉に、蓮姫はかぐや姫を見据えながらしっかりと一言づつ、区切りながら告げた。


そんな蓮姫の反応に、かぐや姫は慌てて弁解する。


「ちょ、ちょっと。勘違いしないでよ。悪く言いたい訳じゃないんだからさ」


「えぇ。わかっていますよ」


「え…そう?ならいいけど…うん。ねぇあんた!」


「……………俺の事か?」


かぐや姫に『あんた』呼びわりされた未月。


最初は自分の事とは思っていなかったようだが、全員の視線が集まっているのを感じて自分の事だと気づいたようだ。


「そう!あんたよ、あんた。ねぇ、なんで昨日笑わなかったのよ?」


「…昨日?…笑う?……なんの事だ?」


かぐや姫の言葉の意図がわからず、未月はいつもの様に首を捻る。


そんな未月に苦笑する蓮姫だが、かぐや姫は予想外だった未月の反応に言葉が詰まってしまった。


「い、いや……だ、だから……その……あー!もうっ!コレよ!コレっ!!」


思いきったように、カツラを外して頭皮を(さら)すかぐや姫。


昨日既に見られてしまった事から、多少は吹っ切れているらしい。


「…コレ?……どれだ?」


「はぁ!?だ、だから!私の頭!」


「…頭?…頭がどうした?」


「は…禿()げてる…でしょ」


「……???…だから…なに?」


かぐや姫は羞恥に顔を真っ赤に染めて、言い難い事をなんとか口にする。


しかしそれに返ってきた未月の反応は驚くほど無感情で無反応だった。


むしろ本当に意味が分からない、と軽く困惑もしている。


二人のやりとりに、蓮姫はプッと笑みを漏らした。


「ちょっとー!なに笑ってんのよ、蓮!」


「ふふ。いえ、すみません。でもかぐや姫。未月は本当に些細な事を気にしないんです」


「些細な事って…コレって私の一番のコンプレックスなんだけど」


「コンプレックスなんて…本人にとっては重くても、大抵は些細な事の方が多いですよ。髪の毛があろうが無かろうが、私はかぐや姫が好きです。かぐや姫を好きな人は他にもいます。大事なのはそこではありませんか?」


蓮姫はそれだけ告げると、湯呑みに手を伸ばしお茶を飲む。


かぐや姫は一瞬、ポカンとしていたが再度未月へと視線を向けた


自分を見つめ返す未月の目を見て、彼は本当に自分など無関心だとかぐや姫は気づく。


「…は、ははは。はは…はは…は…はぁ~~。ホンット…なんなのよ、あんた達」


空笑いがため息へと変わると、かぐや姫はカツラを直しながらボヤいた。


心無しか、その顔は楽しげに笑っている。


「本当は昨日の美形従者達の反応が普通なんだからね。美人ってもてはやされてるかぐや姫が、本当はデブでブスでおかめでハゲって…爆笑もんでしょ」


「お言葉ですが、かぐや姫。他人の容姿を見て笑う事が普通なら、私は普通でなくて構いません。友達なら尚更です」


ニッコリと笑みを浮かべながら、キッパリと言い切る蓮姫に、かぐや姫の笑みは深くなる。


「ふふんっ。やっぱ…蓮は良い奴。あ、あんたもね。昨日の美形従者に比べれば何倍も良い奴」


「…俺?…良い奴?」


かぐや姫に話を振られた未月は、自分を指さしながら再び意味が分からないと首を傾げた。


「そっ。で、妹!あんたも良い奴。昨日笑ってたけど、まぁ顔を背けてたから許してあげる。あんたも良い奴」


「…………」


残火はどうでもいい、とでも言いたげな表情を隠すこと無く、ただ最後の饅頭を咀嚼(そしゃく)していた。


「あんたらみたいな人ばっかだと、私も自信持てるなー!そうだよね。『ハゲだから何だ!?』って話だよねー。さーてお饅頭もう三個でも…はっ!?お饅頭がもう無い!」


皿に饅頭が一つも残っていないのを驚くかぐや姫だが、残火と庭の二人は心の中で同時に突っ込んだ。


(((お前がほぼ一人でバクバク食ってたんだよ)))


当然、その正論が誰かに聞こえる事も、かぐや姫に聞かれる事もない。


その為、かぐや姫はケラケラと声をあげて笑いだした。


「ちょっと~、あんた達食べ過ぎじゃない?食い意地はってるな~、もう」


無邪気な笑顔を浮かべて悪意なく告げたかぐや姫に、先程と同じ三人は怒りを通り越し軽い殺意が湧いた。


「あ、でも食べ過ぎてこれ以上デブになるのもな~。今日はもうお菓子食べるのやめようかな。むしろ食べてくれてありがとう」


正しくは蓮姫達は饅頭をそれぞれ一つづつしか食べていない。


残りは全てかぐや姫の胃の中に収まったのだか、あえて蓮姫は何も言わない事にした。


「私だって…頭はともかく…痩せれば美女になるんだから。今からでも遅くないよね。痩せたら…きっと…あの方にも…」


そう呟くかぐや姫の頬は、普段よりも赤く染まっている。


段々と小声になっていたが、それでもしっかりと聞こえた言葉に反応した蓮姫。


自然とオウム返しに聞き返した。


「あの方?」


「え?嘘、やだ。口に出してた?ちょっと~。独り言聞かないでよね。恥ずかしいな~もう」


文句を言うかぐや姫だが、その顔はデレデレと顔が緩んでいる。


しかもチラチラと蓮姫達の方を見て。


それはむしろ『気になる?気になる?気になるなら聞いて』と言っているようだ。


蓮姫はそんなかぐや姫の様子に苦笑を漏らしながらも、かぐや姫の望む言葉を口にした。


「あの方とはどなたです?もし良ければ聞かせて頂けませんか?」


「え~。そんなに気になる~?恥ずかしいな~。でもせっかく友達が聞きたがってるんだもんね~。仕方ないな~」


かぐや姫の言動にイライラが募る、先程の三名。


勿論、そんな事は知るはずもなく考える事すらないかぐや姫は、姿勢を正し『コホン』と一つ咳払いをしてから語り出す。


「あの方はね……凛々しくて、氷のように冷たい眼差しをされて、パッと見は不機嫌に見えて。でもきっと…誰よりも寂しくて…優しい心をお持ちの方…って私は思ってるんだ」


「え?思ってるんだ?」


話の内容よりもかぐや姫の言い方が気になった蓮姫。


だが、かぐや姫は蓮姫の言葉など聞こえていないのか、その後も一方的に喋り続けた。


「凄く素敵な方なの!あんたの従者も綺麗だけど、あの方もとっても綺麗なお顔をしてて!あ、凄いのは見た目だけじゃないのよ!剣の腕も相当で、王都では若くして異例の出世をされて将軍にまでなったんだって!あの優秀で名高い一族の生まれで!しかもその歴史の中で一番の天才って言われてるらしくて!そうそう!幼い頃は神童(しんどう)と呼ばれていたって話もあるし!」


「それは…凄い方ですね」


一気にまくし立てるかぐや姫に若干引きつつも、蓮姫はその人物に興味がわき、また感心していた。


かぐや姫の話が本当なら余程優秀な方なのだろう、と。


「そうなの!凄い方なの!とってもストイックらしくて!自分にも他人にも厳しいって話!いつも眉間に皺を寄せてるらしいんだけど…それはきっと…気苦労が耐えないからだと思う。だって誰もが(うらや)美貌(びぼう)や才能、家柄全てを持ってるんだもん。嫉妬や逆恨みを受けたっておかしくないし。……はっ…そうよ!きっと…きっとあの冷たいお顔の裏に優秀ゆえの孤独を抱えているんだ!……私がそれを…あの方を癒してあげたい…」


「か、かぐや姫?」


「そして…そして私だけに…本当の微笑みを…優しいお顔を向けてくれたりして…フフ……グフフフフフ」


あの方…とやらを語るかぐや姫の姿はまるで恋する乙女。


その不気味に(ゆが)む顔や、笑い声が怪しい部分を除けば、微笑ましいとも言える。


かぐや姫は間違いなく『あの方』とやらに恋をしているのだろう。


かぐや姫に恋する人物が彼女のすぐ近くにいるように。


それでも、かぐや姫が恋する相手は、かぐや姫に恋する梅吉ではない。


梅吉に心の中で同情する蓮姫。


(…かぐや姫の恋を否定する権利なんて…私には無いけど…。それでも…梅吉さんのことを思うと…切ないな。…でも…さっきから聞いていると…かぐや姫の話…ちょっとおかしくない?)


蓮姫が思う、かぐや姫の話のおかしい所。


それは言葉の節々に『らしい』『聞いた』『思う』というワードが何度も出てくる所だ。


話の殆どが、人から聞いた話や噂、かぐや姫の想像で構成されている。


(身近な人や知り合いっていうより…なんか…憧れの人?…もっと遠い…そう、アイドルとか芸能人を好きみたいな。それに近い感じ?)


我ながら『その例えもどうだろう?』と首を(ひね)る蓮姫。


こういう場合は直接聞くに限る。


かぐや姫のように、誰かに話したくて仕方がない相手ならば、なおのこと。


「かぐや姫はその方と親しいんですか?」


蓮姫の率直な言葉にかぐや姫は力なくため息を吐いた。


「はぁ~…まさか。あの方は王都の人だし。でもね、去年お婆さんの具合が悪いとかで大和にお見舞いに来ててさ。丁度邸の前を通った時、庭の木に登って顔を見たのよ。それっきり。あの方は…私なんて知らな………い事もないか。私って有名人だし」


「じゃあ…その方と面識は無いんですか?」


またも素直すぎる蓮姫の反応に、今度は肩を落とすかぐや姫。


「………うん。でも…一回だけ見たあの凛々しいお顔は…今でもハッキリ覚えてる…」


その凛々しいお顔とやらを思い出したのか…ニヤけながら幸せのため息を吐くかぐや姫。


(…よっぽど好きなのかな?……いてて。あ~…正座しすぎてて、ちょっと足が痺れてきたかも)


蓮姫が足を崩そうとした瞬間、かぐや姫の口から蓮姫もよく知る人物の名が告げられた。


王都で会った…あの人物の。



「はぁ~…またお顔を見たいな………久遠様…」



「っ!!?」


『久遠』という名が耳に入った直後。


足を崩そうとしていた蓮姫は、そのままバランスを崩し前に倒れ込む。


むしろ、ズッコケるという表現の方が当てはまるように、見事に転がった。

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