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かぐや姫 3


笑顔のままいくつも問い詰めるユージーン。


倉持の皇子は下男だと言う男に気圧(けお)され、顔を逸らしながらモゴモゴと口を動かす。


結果、下男風情(げなんふぜい)の失礼な言動に言い返す事は出来ず、また嘘を重ねようとした。


「そ、それは………その……そ、そう!高名な魔道士に同行を願い出て!」


「それは何処(どこ)のどなたでしょうか?それが真実ならば…その方にも是非お話を聞きたいものです」


「そ、それはだな……お、王都の…」


「そうでしたか。王都の魔道士ならば都合がいいですね。王都在中の魔術師は有事の際、女王陛下の元へと駆けつけるよう名簿に記載されておりますから。で、その方の名は?」


倉持の皇子の嘘などユージーンには通用しない。


それどころか倉持の皇子が言い逃れの嘘をつくごとに、逃げ道をすかさず潰していく。


「な、名前は…な、なんと言ったかなぁ…その…」


自分の嘘を認めず、まだ誤魔化そうとしている倉持の皇子の姿を見て、さすがの翁も呆れてため息をもらす。


「…倉持の皇子様。もうよろしいでしょう。わしらも平気で偽物を持参し、更に嘘を重ねる方に大切な姫を渡す事は出来ませぬ。どうぞお引取り下され」


「お、翁!?何をおっしゃいます!?」


翁は慌てふためき詰め寄る倉持の皇子には目もくれず、御簾(みす)の奥へと声を掛けた。


「姫や。それでよいのじゃろう?」


「そうして下さいな。梅吉!」


「へぇあっ!!?お、お呼びでごぜぇますか!?かぐや様ぁ!」


急に名前を呼ばれた梅吉は慌てて木の影から飛び出すと、部屋の前でピシッと姿勢を正した。


蓮姫の目にはまるで『気をつけ!』と号令を受けた小学生の姿が重なる。


「梅吉何処から……まぁいいや。倉持の皇子様のお帰りです。ご案内を。それと…帰られたら塩を()くのを忘れないように」


相手は貴族だというのに、かぐや姫はなんという言い草だろうか。


だが全ては倉持の皇子の身から出た(さび)


この場にいる誰も彼には同情しない。


ただ一人、偽物の玉枝を持ってきていた従者だけがオロオロしていたが。


倉持の皇子はかぐや姫の言葉に顔を真っ赤に染め、プルプルと体を震わせた。


「こ、この私に向かってなんという言い草だ!無礼であろう!!」


「先にわたくしどもを(だま)そうという無礼を働かれたのは倉持の皇子様にございます。…梅吉」


「は、はい!お客様!どうぞ!お帰りはこちらですだ!」


梅吉は空気を読まず、ただ(めい)じられた通り倉持の皇子を案内しようとする。


そんな梅吉の姿に倉持の皇子の怒りは爆発した。


この館の者は家長から下男に至るまで、そして求婚した姫まで自分をコケにしているのだ、と。


「貴様らっ…この私をここまで愚弄(ぐろう)しおって!ただで済むと思うなっ!かぐや姫!おぬしのような性悪女(しょうわるおんな)!こちらから願い下げだ!!」


倉持の皇子はそれだけ吐き捨てると、ドタドタと足音を立てて部屋から出て行った。


慌てたように従者と梅吉が追いかけるのを蓮姫が呆然と見つめる。


すると御簾から再びバシッ!と力強く扇子を叩く音が聞こえた。


恐らくかぐや姫だろうが、先程から扇子を閉じたり叩く音がいちいちデカい。


余程怒っているのか…それとも力が強いのか?


「チッ。あんなおっさん貴族、こっちから願い下げだっての。そもそも妻がいるクセに求婚?『妻の一人になれ』とか、ふざけんな」


「これ姫!はしたないじゃろう!舌打ちもその言葉使いもやめい、と何度言わせる気じゃ!」


「だってムカつくんだもん。しょーがないじゃん。そもそも変な宝持って来いって言った時点で、遠回しに断ってるってなんで気づかないわけ?貴族って本当に馬鹿ばっかり。おっさんばっかり。嫁持ちばっかり。…うんざりする。あ~、ヤダヤダ」


ブツブツと文句を連ねるかぐや姫。


それにいちいち反応し叱りつける翁に、いつもの事だと微笑む媼。


蓮姫はそんな光景を見ながら…いや、かぐや姫の言葉を聞きながら、想像のかぐや姫と現実のかぐや姫のギャップにただ困惑した。


そんな蓮姫達に気づいたのか、はたまた存在を思い出したのか、御簾(みす)の奥でかぐや姫が庭の方へと体を向ける。


「新しい女房と下男だっけ?さっきはありがとう。来て早々いい仕事したよ。褒めてあげる」


確かに蓮姫とユージーンは自分達の事を、この館の女房と下男と言った。


この館に蓮姫達が訪れてから、かぐや姫とは一切面識も無く関わってもいない。


言葉のまま受け取り蓮姫達を新しい使用人だと、かぐや姫は信じたようだ。


しかしその言葉に翁は慌てたように、その場に土下座し蓮姫達へと頭を下げた。


「蓮様!ユージーン殿!先程はお二人の見事な機転に助けられました!一度ならず二度もお助け頂き!この竹取の翁!御恩は生涯忘れませぬぞ!」


「お、翁…顔を上げて下さい。あぁ!媼まで頭を下げないで下さい!」


翁達の土下座に蓮姫まで慌て、ブンブンと両手を振る。


しかしそんな光景を御簾の奥から眺めるかぐや姫は、首をひねり疑問を口にする。


「は?翁、媼。この人達…使用人じゃないの?」


「これ姫!お主も頭を下げ礼を言わぬか!この方々はわしと梅吉を助けて下さったお客人方じゃ!昨日話したじゃろう!」


「は?この人達が…」


御簾(みす)の奥にいる為、かぐや姫がどんな顔をしているのかは分からない。


蓮姫はただ御簾(みす)に向かって苦笑いするしか出来なかった。


「勝手にお庭に忍び込んでしまい、申し訳ありませんでした」


「何をおっしゃいます蓮様!そのおかげで姫もわしらも助けられ……しかし…蓮様方は都に出掛けておられたのでは?お供の皆様や妹御はどうされましたのじゃ?」


「実は都で『倉持の皇子が蓬莱の玉枝を持ち帰った』と噂を聞いて…飛んで帰って来ました。蓬莱の玉枝の噂なら私も存じておりましたので。本物のはずは無い…と。従者達も全員、このお庭に隠れていました」


苦笑しながら告げる蓮姫の言葉を合図に、火狼達も草むらや木の影から姿を表した。


未月にいたっては頭に葉っぱを乗せている。


その様子を見て媼はニコニコと微笑む。


「あらあら、皆様まで。姫の事を心配して下さり誠にありがとうございます」


「大人数でお世話になっているのに、お庭に忍び込み、そのうえ盗み聞きなど…はしたない真似を致しました。どうぞお許しください」


「蓮様!謝られる事などございませぬぞ!わしらも姫も蓮様方には大いに感謝しておるのです!のう、姫や」


上機嫌の翁に問い掛けられたかぐや姫。


当然、翁はかぐや姫も自分と同じだと思っていた。


しかし……御簾(みす)からは何も返事は無い。


ただ蓮姫は、御簾(みす)の奥から自分に向けられる視線を感じていた。


いつまでも反応しないかぐや姫に翁も不思議そうに御簾(みす)を見つめる。


「ん?どうしたのじゃ姫?」


「……………はぁ……危ない所を助けて頂き、なんとお礼を申し上げたら良いのか。誠に感謝の言葉もございません」


御簾(みす)から聞こえたのは丁寧な言葉だったが、その声には全く抑揚(よくよう)がない。


完璧な棒読みにしか聞こえない程に。


むしろ言葉の前に発せられたため息の方が、余程感情が込められていた。


が、翁は嬉しそうに「姫もこう申しておりますじゃ!」とニコニコと微笑んでいる。


ふと小さく…本当に小さく、御簾(みす)から舌打ちと声が聞こえた。



「ちっ。ヤな女」



それは紛れもなく、かぐや姫の声。


翁と媼は気づいていないようだが、視線を感じ、御簾(みす)の方に意識を集中していた蓮姫の耳には届く。


そして気配や小さな物音に敏感な蓮姫の従者達も、その声をハッキリと聞いていた。


「せっかくお戻りになられたのじゃ!皆様、お茶でも飲んでゆっくりくつろいで下され!おい!茶の準備をしておくれ!」


「はいはい、ただ今。皆様もどうぞお上がり下さいな。客間の方へお茶とお菓子を持って参りますね」


翁と媼に促され、蓮姫達は庭からかぐや姫の部屋へ上がると、そのまま客間へと向かった。


蓮姫と翁を先頭に従者達も全員かぐや姫の部屋を離れる。


あの残火も不本意ながら、仕方なく蓮姫達に同行していた。


ここで一人だけ離れるのは得策で無いとわかっているから。


先頭を歩く蓮姫は何処か居心地の悪い視線を後ろから感じ続けていた。


その視線の主は残火……ではなく、先程までの部屋の主だと蓮姫もわかっている。


後ろの方を歩いていた火狼は足早にユージーンへ近づくと、小さく耳打ちした。


「なになに?俺ら嫌われちゃった感じ?」


「庭に忍び込んで盗み聞きしたんだ。嫌われるのが普通だろ」


「そ~ね。翁と媼はポヤンとしてるからいいけど…かぐや姫ってばさ、な~んか怒ってたよね~」


火狼はため息をつきながら、頭の後ろで両腕を組む。


「『感謝の言葉もございません』って、アレさ。本来なら『言葉で表現できないくらいめっちゃ感謝してます!』って意味だけど……あんな言い方されちゃ、別の意味に捉えちゃうよ、俺」


「『感謝の言葉なんて言いたくない』って意味だろうよ」


「あ、やっぱそう思う?」


「その上あのかぐや姫は…何故か姫様に対して敵意……というか嫌悪を向けていた。あからさまにな。それは姫様も気づいてる」


「それは俺も気づいてたけど…なんでかねぇ?結果、姫さんに助けてもらったってのによ~」


面白くなさそうに火狼は口を尖らせた。


何故、蓮姫が嫌われなければならないのか?


弐の姫とバレたのならわかる。


だが大和に入ってから正体がバレるような事はしていないし、近くに居た翁達はあの性格上、気づいているはずもない。


火狼には本当に意味が分からなかった。


だがユージーンは…かぐや姫が蓮姫を嫌う理由の予想がついていた。


本当にただの勘だが…それならば説明がつくだろう、と。



「……女の嫉妬ってのは…めんどくせぇな」



「ん?何か言った?旦那」


「いや、別に」


ユージーンはそう返すと、客間に向かう間、何も語ることは無かった。


ただ心の中でのみ『めんどくさい』と悪態をついていたが。




その日の夜。


夕食を終えた蓮姫達は自分達に()てがわれた部屋……ではなく、別の部屋に招かれていた。


御簾(みす)の前に正座する蓮姫達に、招いた張本人は不満げに声をかける。


「おやぁ?わたくしがお呼びしたのは蓮様お一人だけでしたのに……何故皆様まで(そろ)っておいでなのでしょうか?」


かぐや姫の丁寧(ていねい)だが不満が込められた声に、蓮姫は居心地が悪そうに苦笑を浮かべた。


「大勢で押しかけてしまい…申し訳ありません、かぐや姫」


「何を謝られるのです。きっと梅吉が言伝(ことづて)を間違えたのでしょう?そうでなくては…貴族の御令嬢様が子供でもわかる簡単な言葉を聞き間違えて、わざわざ従者を引き連れてくるはずありませんものね。おほほほ」


御簾(みす)の奥からは姫らしく優雅な笑い声が響く。


だがかぐや姫の胸中は恐らくその笑みとは真逆だ。


姿は見えなくとも今の言葉を聞けば、かぐや姫が蓮姫に良くない感情を抱いているのは誰にでもわかる。


かぐや姫の言葉で従者達の(まと)う空気が一気に下がったのを感じ、蓮姫は嬉しくもあり気まずくもあった。


蓮姫は嫌われる事に慣れている。


そして一度『嫌い』というレッテルが貼られてしまえば、それを()がすのは容易(ようい)ではないことも知っている。


こういう時は何を言った所で、相手の心に届く事は無いのだ。


どうしたものか、と考え苦笑する蓮姫。


しかしそんな主とは裏腹にユージーンという従者は、遠回しとはいえ(あるじ)侮辱(ぶじょく)されて黙っている事など出来ない性分だった。


「恐れながらかぐや姫。我が主は梅吉より『かぐや姫が蓮様お一人を部屋にお招きしたい』という言葉をしかと受けました。我等は一人で向かわれる主に勝手に同行したまで。罪深きは我等従者のみにございます」


「罪などと…それではまるで、わたくしが怒っているかのような口ぶりですわねぇ。わたくしは蓮様がお一人でない事くらいで怒ったりしませんわよ」


下げたくない頭を深く下げ、かぐや姫へと謝罪するユージーン。


しかしその言動は更にかぐや姫を不快にさせた。


わかってやっているのだからユージーンはタチが悪い。


「それは良うございました。私もかぐや姫が、こんな些細(ささい)な事で腹を立てる狭量(さいりょう)な心の持ち主とは思いたくありませんでしたので」


「それはそれは。お褒め頂き誠にありがとうございます、従者殿。では、わたくしは蓮様と女子(おなご)同士、親睦(しんぼく)を深めたくお呼びしましたので…皆様はどうぞお戻り下さいな」


「それは出来ぬ御相談にございます。我等従者は何時如何(いついか)なる時も主の傍に控え、その身を御守りする為におりますので」


「ほほほ。このわたくしが蓮様に何か危害を加えるとでも?この非力な女一人に対しても警戒を怠らないとは。蓮様の従者はとても主想いですのねぇ。妬けてしまいますわぁ」


明らかにかぐや姫へと喧嘩を売っているユージーン。


かぐや姫も負けじと言い返すその様に、蓮姫はいつぞやのロゼリアを思い出す。


あの時もユージーンはドロシーと笑顔でお互いを(ののし)りあっていた。


しかしユージーンと言葉を交わすかぐや姫の怒りは、当のユージーンではなく何故か蓮姫へと向けられていた。


いつもならユージーンを蹴って黙らせる蓮姫だが、さすがにこの場でそれは出来ない。


仕方なく口でその場を収めるしかなかった。


「ジーン。かぐや姫に失礼でしょう。少し黙っていなさい」


「はい。姫様の仰せの通りに」


蓮姫に従順なユージーンの姿を見て、御簾の(みす)奥からはギリという歯ぎしりが聞こえた。


またかぐや姫の気に障ったようだ。


「申し訳ございませんかぐや姫。私の従者が失礼を致しました」


「いいえ蓮様。かように見目麗しい殿方を…それも何人も拝見する事が出来ました。思わぬ眼福(がんぷく)にあずかれたこと…むしろ礼を告げたい程ですわ」


声に(かさ)なりバタバタと勢い良く扇を仰ぐ音が聞こえた。


昼間もそうだったが…このかぐや姫は扇子や扇を乱暴に扱っているのか、はたまた力が強いのか…聞こえる音が一々響く。


そして『礼を告げたい』と言いながら、やはりその礼とやらを蓮姫に告げる事はしないかぐや姫。


「お、恐れ入ります。かぐや姫」


「いいえ。従者の皆様が帰らぬのでしたら…せっかくです。御紹介下さいな」


「は、はい。かぐや姫から見て右端にいるのが未月。そして未月の隣にいる先程の無礼者がユージーン。その左隣が火狼。左端にいるのが……私の妹、残火です」


残火の説明の時だけ後ろを振り返る蓮姫。


残火は不機嫌な表情をしていたが、既にこの設定に諦めたのか慣れたのか…頭痛がする程、蓮姫に殺意は向けていないようだ。


残火の様子に一先ず安心する蓮姫。


「まぁまぁ。御名前まで皆様は麗しいのですねぇ。この方達とはいつから御一緒に旅を?」


かぐや姫の言葉に正面へと顔を向け直す蓮姫。


何故か向けられる威圧に困惑しながらも、嘘で答える。


「ロゼリアからです。彼等とはずっと旅を共にしておりますので」


「まぁまぁまぁ!ず~~~っと?この麗しい殿方と片時も離れず旅をなさっておられるのですかぁ?蓮様は誠に大事に、大~事にされておられるのですねぇ!おほほほほ!」


もはや嫌味を隠す気すら無いのか。


かぐや姫はいっそ豪快に笑い出す。


御簾の奥から漂う不穏な空気を感じた蓮姫は話題を逸らすことにした。


「そ、そういえば!かぐや姫も猫を飼っていらっしゃるんですよね?」


「…えぇ。お松という可愛らしい子がおります」


先程とは少し…ほんの少しだが、かぐや姫の声が柔らかくなる。


その変化に、かぐや姫は本当にお松を大切にしているのだと蓮姫は思った。


動物好きの人に悪い人はいない…と蓮姫も少し心が軽くなる。


「お松は昨日、私達の部屋に来てくれたんです。白地に黒いぶちがあって本当に可愛かった」


「おや?お松の可愛さが分かるとは…なかなか見る目がありますわね。ふふふ」


お松を褒める蓮姫の言葉に、かぐや姫は機嫌が良くなる。


なんとも単純な女だ、とユージーンは呆れてしまった。


未月と残火はかぐや姫になど興味は無いのか、何も感じずただその場に座っているだけ。


しかし火狼は蓮姫を助けるように、いつもの口調…いや玉華の時のように変な敬語で話題を広げた。


「いやぁ奇遇でございますね~。うちの姫さんも猫を飼ってるんでございますよ」


「まぁ!わたくしも、とはそういう意味でしたの?お松とは比べるべくもないでしょうが、蓮様の猫もそれなりに可愛らしいのでしょうね」


どんな猫よりも自分の猫が一番!とでも言うように、かぐや姫は上機嫌で話す。


やはり嫌味も込められているが、先程までに比べれば話しやすくなったかぐや姫に、蓮姫も笑顔で答える。


「はい。ノアールという名の黒い子猫…いえ。猫の魔獣の子供なんです」


「は?魔獣?」


魔獣という言葉に反応したかぐや姫だが、蓮姫は慌てて手を振りながら説明する。


「あ!大丈夫です!ノアは人を襲ったりは決してしません!私やジーン…このユージーンには懐いてますし…なにより、とてもいい子ですから」


「あらそうですの。でもまぁ…自分にしか懐かない可愛さは…わたくしも分かりますわ。どんなに他人に噛み付こうが、引っ掻こうが、主人には決して粗相(そそう)をしない。その従順さは犬や人にも劣りませんものね」


御簾(みす)で隠れてかぐや姫の顔は見えない。


それでも彼女が誇らしげに笑顔を浮かべているのは、その声色でわかった。


が、今の言葉を聞いた火狼は、かぐや姫の機嫌を損ねる無用な一言を放つ。


「あれ?でもここの猫…姫さんには懐いてたよな。撫でられても嫌がらなかったし」


「………は?今なんとおっしゃいました?」


途端に声のトーンが低くなるかぐや姫。


火狼にしてみれば本当に無意識に出た言葉だった。


それが失言だと気づいた火狼は慌てて自分の両手で口を塞ぐ……が、時すでに遅し。


蓮姫は勿論、ユージーンも残火も声には出さないが呆れた目つきで火狼を責める。


そしてかぐや姫は再度火狼へと尋ねた。


「火狼殿?わたくしは、なんとおっしゃいました?と聞いているのです。お答え下さいな」


「え、えと。はい。うちの姫さんに懐いてました。自分から擦り寄って…姫さんに撫でられたら…ゴロゴロ気持ち良さそうに鳴いてました…で、ございますです。はい」


「……そうでしたか」


火狼の言葉に一言だけ返すと、かぐや姫は黙り込む。


明らかに上機嫌は不機嫌に戻った。


蓮姫達の目には御簾(みす)に隠れたかぐや姫の顔も姿も見えない。


だが影はわかる。


かぐや姫の影は口元に扇を持っていく。


すると小声でボソリと呟いた。


「チッ。男だけでなくお松まで手懐けるとか……ホント…ヤな女」


本当に小さな声だったので普通の者なら聞き取れなかっただろう。


だが、かぐや姫は知らない。


この場には普通の者など誰一人いない、ということに。


今の言葉を全員に聞かれていた、ということに。


かぐや姫は直ぐに扇を口元から離すと、再び蓮姫へと声をかけた。


「ほほほ。蓮様は動物にまで好かれていらっしゃるのですねぇ。誠に羨ましい限りですわぁ」


「お、恐れ入ります」


再び向けられた嫌悪感。


蓮姫は作り笑顔を向けて、そう答えることしか出来なかった。


「そういえば…お松は何処に行ったのかしら?」


「あぁ、あの猫なら………いや、なんでもないでございます」


独り言ともいえるかぐや姫の言葉に反応した火狼。


しかし先程の失言もあり、言いかけた言葉を飲み込んでそっぽを向く。


それはつまり、言いかけた言葉がまた余計な一言だと自覚したから。


そしてそれはこの場にいる全員が気づいた。


「火狼殿?………何か、ご存知なのですね?是非、お聞かせ、下さいな」


一言一言を区切りながら、火狼へ尋ねるかぐや姫。


火狼は蓮姫とユージーンを申し訳なさそうに見ると、一つため息をついてから言葉を発した。

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