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残火 3



翌朝。


「なんと!?蓮様は幼い頃に生き別れた妹御(いもうとご)を探す為に従者の皆様と旅に出られ、…昨夜その妹御(いもうとご)が偶然!この館に迷い込み見事再会されたと!?」


左様(さよう)です、翁」


蓮姫は自分の部屋に訪れた翁に嘘の報告をする。


その内容とは先程翁が発言した通り。


蓮姫の部屋には夜中と同じように蓮姫、そして三人の従者と残火が揃っていた。


夜中と違うのは残火が縄から開放されているという事。


残火は何も話さず…いや、話す事は出来ずに、ただギリギリと歯ぎしりをしながら蓮姫を睨みつける。


蓮姫は少し不安になりながらも頭を上げた。


正直、自分の発言に少し不安になっているのだ。


随分とおざなりで無茶のあるシナリオだ、と。


だが人の良い翁は目に涙を溜めると、グスッと鼻をすすり蓮姫の手を両手で包み込んだ。


「それは…ようございましたのぉ。きっと蓮様の清い想いが、天に届いたのでしょう。実におめでたいことですじゃ」


「あ、ありがとうございます…翁」


ここまで信用されると、蓮姫としては有り難さよりも申し訳なさの方が上回る。


しかし騙されてくれるのなら、それに越したことはない。


翁は蓮姫の肩越しに、残火へ優しい眼差しを送りながら声をかける。


「妹様もようご無事で……優しい姉上様や従者方を持たれて……貴女様は本当に幸せ者ですぞ」


「…っ!?…っ!!」


翁に声をかけられた瞬間、残火は一気に顔を真っ赤に染め上げたかと思うと、こめかみを抑えながら苦悶(くもん)の表情を浮かべた。


「ど、どうなさったのじゃ?」


残火の異常に気づいた翁は慌てて声をかけるが、残火ではなくユージーンが代わりに答える。


「翁……実はこの残火…様は、本当に幼い頃に姫様と生き別れたので…記憶を失っているのです。その上…何故か声も出ないようで…」


「な、なんですと!?せっかく蓮様と妹御が再会出来たというに…なんと…なんと無情なことか」


翁は再びグスグスと鼻をすすりだした。


本当にお人好しすぎる老人だ。


「翁……その…私達の事で…そこまで心を痛めないで下さい」


「蓮様!?妹御の事でご自分も辛いでしょうに…わしのような(じじい)にまで気を遣うとは…蓮様はなんと…なんとお優しい…うぅ」


「いえ、あの…本当に気にしないで下さい」


むしろ翁がこの茶番に同情すればする程、自分の心が逆に痛む…とは言えない蓮姫。


だが、翁はグイッと涙を拭うと、先程よりも強い力でガシッ!と蓮姫の両手を握りしめる。


「蓮様っ!」


「は、はい!」


「気をしっかりとお持ち下され!さすれば妹御もきっと…きっといつか全てを思い出しましょう!」


「は、はぁ…そ、そうですね」


もはや苦笑するしかない。


後ろのユージーンは翁の様子に心から呆れ、火狼は笑いを堪えるのに必死だった。


「蓮様!安心なされ!妹御が落ち着くまで、いくらでもこの舘に居て下さって構いませんぞ!妹御と積もる話もありましょう!ゆっくり、ゆっくりと妹御との絆を深めなされ」


「え、で、ですが…その…この大人数でいつまでもお世話になる訳には…それに残火は…舘に不法侵入してますし」


「何をおっしゃいますのじゃ!この竹取の翁!せっかく再会された姉妹を引き離すなど断じて致しませんぞ!わしは蓮様と妹御の味方じゃ!妹御を検非違使(けびいし)に突き出したりもしませんぞ!」


本当に人の良い翁だが、こうと決めたら曲げない、年寄りらしい頑固な一面も持っているらしい。


翁のあまりの剣幕に蓮姫が困っていると再びユージーンが助け舟を出した。


「翁のご好意、姫様は勿論、我等従者も大変有難く思います。しかしその話はまた後に致しましょう。翁、姫様に何か御用があって来られたのでは?」


「おぉ!そうじゃそうじゃ!朝餉(あさげ)の支度が出来ましてな。しかし…もう一人分用意しなくてはなりませんな。なに。直ぐに用意してこちらに運びましょう」


そう告げると翁は腰を上げ、部屋を出ていった。


翁が退室し足音が遠くなると、笑いを堪えていた火狼はブハッ!と笑い出す。


「ハハッ!いや~、今時(いまどき)いんのね~。あんな(じい)さん。助かるけど…ププ…馬鹿が付く程の善人だわ」


「こら。失礼なこと言わないの。助かったのは事実でしょ。こんなに上手くいくとは思わなかったし…罪悪感凄いけど」


「まぁね~。本当は俺も、深く感謝しなくちゃいけない立場なんですけど~…笑いが勝っちゃったわ。しかしまぁ…良かったね~。残火…様」


チラリと嫌味っぽく告げる火狼に、残火の顔はまた真っ赤に染まる。


「ちょっとちょっと。こんな所で暴れるなよ?せっかく茶番を演じたんだからさ。…姫さんの…妹さん?」


「っ、…っ!?」


火狼の言葉に残火がキッ!と蓮姫を睨みつけると、先程のように彼女はこめかみを抑えながら表情を歪ませる。


「狼!あんまり彼女を挑発しないでよ!」


「ごめんごめん。でもやっぱ…旦那の魔術は完璧にかかってるみたいね。声出さないのも…頭締め付けるのも、さ」


火狼はチラリとユージーンへ視線を送る。


当のユージーンは、ハッ、と鼻で笑った。


「当然だろ。他の奴ならいざ知らず、俺の魔術は完璧だ。これでこのガキは姫様を狙う事は出来ねぇ」


ユージーンが自信を持って答えたモノの正体。


それは今まさに、残火に施された二種類の魔術のこと。


昨晩、蓮姫がユージーンにした相談。



『彼女…残火さんを傷つけないで、尚且(なおか)つ私を狙えなくするような…そんな魔術は無い?』



というもの。


それはつまり、残火を生かす、しかし見逃さない、という蓮姫の苦渋の決断でもあった。


普通に考えれば、そんなご都合主義の魔術などそうそう無い。


しかしそこはユージーン。


すんなりと『ありますよ』と告げたのだ。


『姫様への殺意が沸けば、それをキッカケに発動する魔術をかけましょう。傷つく事はありません。面倒ですし煩いので、このまま声も封じておきましょう』


そうサラリと告げると、ユージーンは残火の額に人差し指で触れ、そのままピッと線を引くように動かした。


『これでよし。今後このガキに姫様への殺意が沸けば、頭部を締め付けられる激痛がおこります。解除方法はただ一つ。姫様への殺意が完璧に消える事だけ。まぁ、そんな事ありえないでしょうから、今後一切…このガキは姫様を狙う事すら出来ません』



残火はその後も蓮姫へと殺意を飛ばしたが、その度に頭部の激痛に邪魔され、それどころではなくなった。


完璧に危険が無いと判断した蓮姫とユージーンは、彼女を縄から開放し、今に至る。



頭を抑えながら痛みや屈辱(くつじょく)に涙ぐむ残火を見て、火狼は今一度ユージーンへと確認する。


「なぁ旦那。一応聞くけど…本当に命の危険は無いんだよね?」


「くどい。激痛が走るだけで命の危険なんざ、これっぽっちも無ぇ。それを(たが)えたら、姫様からの命令を無視した事になるだろ」


「そうね。旦那が姫さんの命令無視する訳無いし。うん。ありがと姫さん、旦那」


「どういたしまして…とは言えないね。結果、残火さんには酷い事してるから。これじゃまるで…孫悟空の禁錮(きんこ)みたいだし」


苦しむ残火の姿に蓮姫は想造世界のおとぎ話を連想していた。


命は助けた。


しかし、結果残火は激痛に苦しみ、標的を殺せないという屈辱を一生抱えて生きていかなければならない。



いっそ本当に殺した方が彼女も幸せだったのではないか?



ふと想像してしまった自分の考えに、蓮姫は慌てて頭を振る。


(そんなはずない。死ねば幸せなんて…そんなの…ダメだ。…これはただの同情かもしれない。彼女には一生恨まれるかもしれない。…それでも…私は残火さんに生きててほしい)


一方、暗い顔をする蓮姫を見ていたユージーンも、別の不安を抱えていた。


(姫様は本当に女子供…特に子供に優し過ぎる。その優しさが…いつか(あだ)にならなきゃいいが。…まぁ…このガキに関しては大丈夫だろ。痛みくらいで標的を殺せないなんざ、たかが知れてる。…むしろ…警戒するのはこっちだ)


ユージーンは視線を蓮姫から別の人物へと移した。


残火を助けて欲しい……そう懇願した火狼に。


(やっぱりコイツは信用出来ねぇ。仮にコイツが姫様を本気で慕っていたとしても…最後は一族やこのガキの為に、裏切る可能性があるって事が今回のでハッキリわかった。姫様の為にも…早いうちに俺の手で…)


「なに旦那?俺が礼言うのがそんなに変?」


「あぁ変だな。嘘つきの犬野郎」


「手厳しいね。でもさ…本気でありがたいと思ってるよ。正直やってる事は非道だとも思うけど…殺されるよりいいからさ」


ユージーンに睨まれ、火狼は申し訳なさそうに苦笑する。


今は何を言っても、ユージーンに信用されるはずは無い、と火狼もわかっているからだ。


だが「感謝している」というのは(まぎ)れもない火狼の本心でもあった。


火狼は残火へと近寄ると心配そうに(たず)ねる。


「大丈夫か?旦那の魔術は完璧らしいから、お前も姫さん狙うの諦めろ。そうすりゃ楽になれる」


「っ、」


残火は激痛が残る頭を抑えながらも火狼を睨む。


当然だろう。


魔術をかけたのはユージーンであり、それを頼んだのは蓮姫。


そしてそのキッカケを作ったのは…間違いなく火狼なのだから。


「お前からも姫さん達に感謝しろ。喋れなくても頭を下げるくらい…っと」


火狼が話している最中、残火は彼に殴りかかろうとした。


当の火狼はヒラリとかわした為、全然ダメージは受けていないが。


ちなみに残火の頭部にかけられた魔術は、対蓮姫用なだけで他の人間に対しては全く発動しない。


蓮姫にさえ危険が及ばなければ他はどうでもいい、というユージーンの思考の(かたまり)のような魔術だ。


仮に残火がユージーンや火狼、未月を狙った所で返り討ちに合うのはわかりきっている…というのも理由の一つでもある。


彼等三人と残火の力は、それこそ天と地程の差があるのだから。


「ホンっト…お前は俺が大嫌いね。よく知ってるけどさ。さて、朝飯(あさめし)食ったらどうする?姫さん」


「そうだね。…とりあえず一回、大和の都を見て回ろうかな。それが当初の目的でもあったしね」


「それは構いませんが…姫様。このガキはどうするんです?」


自分を指差しながら話すユージーンに、残火はゾワッと全身に鳥肌が立った。


どうやらこれまでの行動や自分にかけられた魔術のせいで、彼女の中でユージーンは余程恐ろしい存在になったようだ。


その小さな体はカタカタと小さく震えている。


そんな残火をユージーンから(かば)うように、火狼は彼女を自分の背に隠した。


「ちょい待ち、旦那。人を指差しちゃいけません、って子供の頃に習わなかった?不必要に脅えさせないでよね」


「知るか。勝手にそのガキがビビってんだろ。…姫様、このガキは確かにもう姫様を狙えません。しかし何度も言いますが、危険人物には変わりないですよ」


「…そうだね。…狼、ちょっと残火さんと話がしたい。いい?」


「…姫さんの仰せの通りに」


火狼がスっと残火から離れると蓮姫は残火へと近づく。


自分より背の低い彼女を脅えさせないように、ゆっくりと話しかけた。


「残火さん。酷いことをして本当にごめんなさい。でもね、私はまだ死ぬ訳にはいかないの。貴女に殺されたくも無い」


「……………」


残火は今までのように出ない声で蓮姫を罵倒(ばとう)する事はせず、ただ彼女を睨みながら話を聞いていた。


「貴女がここを離れたいならそうしていいよ。貴女を拘束(こうそく)するつもりはないから。翁達には…気が引けるけど、また上手く嘘をつくよ。あ、頭の魔術は解けないけど、大和の外まで送ったら声は戻す。弐の姫だって他の人にバレたくないから。…勝手ばかりして…本当にごめんなさい」


蓮姫は自分の命を狙った……いや、今もまだ殺意を胸に秘めている残火に深々と頭を下げる。


そんな蓮姫の姿に残火も驚きを隠せない。


何故?


何故自分を殺そうとする人物をここまで気遣える?


あの愚かで醜い争いの元と言われる弐の姫が……何故?と。


「なんて…これじゃただの偽善者だよね」


頭を上げると蓮姫は悲しそうに笑った。


今の自分の姿が実に滑稽(こっけい)だと思ったから。


蓮姫は一度ため息をつくとユージーンへと振り返る。


「ジーン、聞いてた通りにして。彼女は解放する」


「はぁ…姫様…俺じゃなかったら…姫様の言う事なんて誰も聞きませんよ」


「そんな事ないよ。未月は私のお願い聞いてくれるから」


「…うん。…俺…母さんの願い…聞く」


急に話を振られた未月だが、迷うこと無く蓮姫の望み通りの言葉を告げる。


むしろ蓮姫の言葉が未月にとって望み通りの言葉でもあった。


火狼はパンッ!と手を叩くと全員の視線を集める。


「んじゃ決定ね。先ずは皆で美味しい朝ご飯をご馳走になる。で、その後は大和の都へ繰り出す。残火とはそこでお別れ~、って事で」


「っ!!っ、っ!!」


「お前が仕切るな犬」


残火が出ない声で火狼を非難する中、ユージーンも火狼へと呆れた声で呟く。


「誰が仕切ってもいいじゃん。こういう人って結構大事よ~」


火狼がカラカラと笑っていると、翁と梅吉が全員分のお膳を持って入ってきた。


蓮姫が翁達の傍に行くのを確認すると、火狼は残火へと耳打ちする。


それは蓮姫達は勿論、残火すら聞いた事の無い低い声だった。





「残火。マジでここから…いや、弐の姫からは手を引け。じゃないと…あの女の面倒にお前まで巻き込まれるぞ」


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