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竹取の翁と梅吉 6


「姫さんの言う通り、俺は半分…(おおかみ)だよ。だからこそ…きっとその人を生涯想い続ける。他の女を抱く事はあるけど…本気になる事は無い」


そう告げると火狼は蓮姫から体を離す。


そして彼女へと微笑んだ。


「だから心配しないでね。姫さんの事は好きだけど…惚れたりとか、それこそ手を出すとかは無いよ」


(ろう)


「さてと!重い話はコレでおしまーい!行こうぜ。あんまり遅いと旦那が心配しちまうからさ」


火狼は蓮姫の体をクリルと方向転換させると、その背をトンと押す。


これ以上は話す気はない…とでも言うように。


蓮姫はチラリと火狼を振り返るが、既に彼が浮かべる笑顔は普段のもの。


「……わかった。早く行こう」


「はいよ~。我が麗しの姫さんの仰せの通りに~」


蓮姫が先に歩くのを確認すると、火狼はその後を追う。


ふと左手を右肩にあてる火狼。


もぞもぞと肩をさすると目的のものを肩から抜き取る。


それは一本の針。


(こりゃ本来、速効性(そっこうせい)の毒針だな。多分空気に晒されて遅効性(ちこいせい)になってるけど。あいつには朱雀特性の毒針の作り方も扱い方も習わせなくて正解だったぜ。これなら刺さった部分の組織を燃やすだけで問題無ぇ)


火狼は蓮姫に気づかれないよう、針を握りしめると、そのまま針を燃やし尽くした。


パラパラと手のひらから灰を捨てると、また左手を右肩へ当てる。


そして魔力で針の撃たれた部分を焼きだした。


翁達にバレないよう、服の繊維は燃やさずに肉だけを焼く。


熱さに少しだけ顔をしかめるが、それも一瞬のこと。


(後で姫さんに火傷(やけど)治してもらおう。今は俺が姫さんの代わりに毒針受けたからいいけど………いや、姫さんじゃなくて、いっそ俺の方を殺す気だったかもな。さて……どうしたもんかね)


考え事をしながら歩いていると目的地へと辿り着く。


トイレは一つしかなく共同のようだ。


火狼は蓮姫をノアールごと中に入らせると、自分はトイレを背にし腕を組みながら護衛する。


だが未だに感じる気配の方へ笑顔を向けヒラヒラと手を振った。


まるで相手を挑発するように…むしろ、からかうように。


火狼が笑顔を浮かべた直後、向けられた殺気は強まる。


しかし前方から今までとは比べ物にならない程の殺気を感じ、そちらへと目を向けるとユージーンが殺気を放ちながら歩いてきた。


「やほ~。旦那もトイレ?良かった~。俺も姫さんの次に入ろうと思ったけど、そうすると護衛が猫だけになっちゃうじゃん?どうしよっかな~、って考えてたのよ」


「てめぇ……姫様は無事だろうな?」


「もち。中にいるぜ。無傷でね」


火狼はクイッとトイレを指さしながら答える。


中から蓮姫の気配を感じたユージーンは殺気を消した。


「旦那ってば殺気だだ()れ」


「わざとに決まってんだろ。…さっきまでの奴はビビッて何処かに行ったみたいだな」


「そりゃあね。あんな殺気受けたら一時退散するって。あいつなら特にね~」


「やっぱりてめぇの差し金かっ!」


その言葉に激昂(げっこう)したユージーンは火狼の胸ぐらをグイッ!と掴む。


しかし当の火狼は苦しむどころか、涼しい顔を崩さない。


「うんにゃ、違うよ。朱雀の奴等にはマジで話つけたかんね。あいつ…さっきの奴は独断で姫さん狙いに来たんだわ。俺だってこの状況に驚いてんの」


火狼はため息をつきながら苦笑して答える。


本当に今回の事は彼にとって想定外だったからだ。


ユージーンは乱暴に火狼から手を離す。


「ちっ。暗殺ギルド朱雀の奴にしちゃ、気配が隠せてねぇ上に殺気も弱い。そいつ半人前か?」


「半人前……以下だね。無駄に朱雀の使命感は強いけど。俺としても扱いには困ってんのよ~」


「ちっ。そいつさっさと探し出して殺」


「それだけはやめてくんね」


ユージーンの言葉を遮り、火狼は力強く告げる。


軽く…本当に軽くだが殺気を込め、ユージーンの目を見据える火狼。


だが、火狼に睨まれたくらいでユージーンは(ひる)んだりしない。


むしろ火狼を睨み返した。


「てめぇ状況わかって言ってんのか?」


「わかってんよ。わかった上で頼んでる。さっきも言ったろ?俺に任せてくれ、ってさ」


「今まさに姫様を狙ってる奴の親玉に任せられるとでも?言っておくが、姫様と違って俺はお前を信用してねぇし、これからも信用する気は無ぇ」


「無茶苦茶な事を言ってんのは俺だってわかってんよ。でもさ…今回ばかりは譲れねぇんだ。たとえ相手が旦那でもね」


お互い睨み合うユージーンと火狼。


周りの空気はピリピリと張り詰める。


それはかつて、この二人が殺し合いをした時よりも緊張感があり、お互いの殺気は強く相手へと向けられた。


カチャ


「人がトイレ入ってる前で、何言い争ってるの。殺気まで出して」


蓮姫はトイレから出て早々、二人の従者を睨みつけた。


足元にいるノアールも心無しか呆れているような表情に見える。


蓮姫の登場に火狼はまとっていた殺気を消し彼女へと笑顔を向けた。


「ごめんごめん、姫さん。俺とした事がデリカシー無かったよな~」


「これデリカシーの問題?というか、ジーンまで来て…二人で何してるの?」


「姫様、少しお(はなし)したい事があります」


ニヤニヤしている火狼とは逆に、ユージーンは真面目な顔で蓮姫へと声をかける。


しかし蓮姫が口を開く前に、火狼が二人の間に割って入った。


「俺も話あるんだわ。かなり重要なお話ね。出来れば俺の話を優先に聞いてほしいんよ。あ、でも先に俺も出すもん出してくるね~」


言いたい事だけ伝えると、火狼はさっさとトイレへ入ってしまった。


残された蓮姫はノアールを抱き上げユージーンへと尋ねる。


「で?また朱雀の刺客が来たの?」


「気づいていたんですか?」


蓮姫の言葉にユージーンは少し驚く。


宴の場で感じた弱い、しかし確実な殺意。


自分や未月、火狼は当然気づいていたが、あの時の蓮姫の様子からして気づいていたとは思えなかったからだ。


「ちょっとだけど二人の話が聞こえた。それにここに来るまで(ろう)の様子がおかしかったからね。私を刺客から守っての行動だったなら納得」


「あぁ。やっぱり殺気を感じた訳じゃなかったんですね」


「ジーンと(ろう)みたいに分かりやすい殺気なら感じるんだけどね」


「それは失礼しました。犬の話でも…まぁ、信頼出来る話かは置いておいて…奴の話が本当なら半人前以下の刺客だそうです。姫様が感じずとも無理はありません。現に一般人の翁達は全然気づいてませんからね」


翁と媼は今もあの部屋で、のほほんと酒を飲んだり話したりしている。


洗練された刺客ならば殺気をコントロールする事も出来る。


上手く隠す事も、逆に相手を威嚇する為に強く出す事も可能だ。


しかし今回の相手はそのどちらとも違う、とユージーンは感じていた。


殺気を上手く隠す事が出来ない上に、それほど強い殺気でも無い、と。


「姫様、ハッキリ言いますよ。さっさと刺客を探し出して始末しましょう。姫様だって翁やかぐや姫を巻き込みたくないでしょう」


「ジーンの言いたい事は分かる。でも……まずは狼の話を聞いてから」


蓮姫とて、本音を言えばユージーンの意見には賛成だった。


それでも今回ばかりは火狼の肩を持つ蓮姫。


そんな蓮姫に、ユージーンは呆れたように眉をしかめながら進言する。


「姫様。あいつは朱雀です。本気で信頼していると、後で寝首をかかれる事になりますよ」


「大丈夫」


「何が大丈夫なんです?姫様も知ってるでしょう。あいつは嘘つきの殺人犬ですよ」


「……確かに(ろう)は嘘つきだけど…」


蓮姫は先程の火狼の様子を思い浮かべる。


あの優しい腕と切なげな声を。


そして迷いなくユージーンへと告げた。


「今回の事で彼は嘘をついてない。もう一度言うよジーン。私は(ろう)を信用する」


カチャ


「いや~…姫さんの熱い告白がまた聞けて嬉しいぜ。場所が場所だし、複雑っちゃあ複雑だけどね」


トイレから出た途端にいつもの軽口をたたく火狼。


若干顔が赤いようだが、蓮姫とユージーンはそんな彼を冷めた目で見つめる。


「アホなこと言ってないで本題言って」


「まずお前から始末すんぞ、クソ犬」


「わ~お。二人とも息ぴったりじゃん。まぁ信頼に応えて一つ白状すると…実は昼間の時点で気づいてはいたんさ。まさか本当に来てるとは思わなかったけどね。確信したのはさっき」


サラッと問題発言をした火狼に、ユージーンが発する空気はドス黒いものへと変わっていく。


このままじゃまた言い争いになるのは明らか。


蓮姫はため息をつくと、先程の火狼のように二人の間に入り込む。


「狼。今回の刺客だけど…任せていいのね?」


「うん。任せて。それと姫さん、前にアーシェちゃんの遺体を瞬間移動させた事あったじゃん?あれ?結局飛ばさないで姿を消しただけだっけ?…まぁいいや。で、それ応用した作戦があんだけど…聞いてくれる?」


「瞬間移動の応用で…作戦?」


火狼の頼み事に、今度は蓮姫が眉根を寄せる。


だが彼を信頼すると言ったのは他ならぬ自分。


蓮姫はユージーンに再度、手を出さない、口を挟まない事を念押ししてから火狼の話を聞く。









「………ってわけ。お願いしてもいい?」


「それは…構わないけど。多分未月も協力してくれるし」


「未月は元反乱軍とはいえ姫様や俺達に従順ですからね。姫様からの任務と聞けば、むしろ喜ぶでしょう。俺としてはさっさと片付けたいが…まぁ、悪くはない」


火狼の話を一通り聞き終わると、蓮姫とユージーンは了解の意を伝える。


二人の反応に火狼は変わらずニヤニヤしていたが、実は内心とてもホッとしていた。


「賛成してくれてありがとさん。なら後は…夜を待つだけだな」


「だが本当に上手くいくんだろうな?んな単純な策……朱雀の奴なら引っかからなそうだが?」


「その点は大丈夫よ。言ったろ?半人前以下だって。その上さっき俺に邪魔されて頭にきてるし、姫さんに仕えてる旦那の脅威(きょうい)も感じてるはず。(あせ)ってさっさと(こと)を済まそうとして、注意力が散漫(さんまん)になる可能性は…ぶっちゃけめちゃくちゃ高い」


火狼はニヤリと口角を上げる。


相手は自分の同族であり部下だというのに、酷い言い草だ。


しかしその相手をどれだけ見下す発言をしようが、火狼はその人物を(かたく)なに守ろうとしている。


それは蓮姫もユージーンも気づいていた。


「とりあえず、今は部屋に戻ろう。一人置いてきた未月にも悪いし…翁達を待たせすぎも良くないから」


「そうですね。未月だけじゃ宴は勿論、話すら盛り上がらない。翁達も困ってる頃でしょう」


「んじゃ、この話はコレでおしまいね。夜になったら決行、っつー事で」


火狼の言葉に頷くと蓮姫達は部屋へと戻る為に、やっと足を進めた。


護衛の為にユージーンが蓮姫の先を、火狼は蓮姫の後ろを歩く。


ふと火狼は足を進めると蓮姫に耳打ちした。


(かば)ってくれて…サンキュな、姫さん」


「どういたしまして。でもジーンが言う通り、狼が嘘つきなのも本当だけどね」


「あはっ。まぁね~」


蓮姫の皮肉に、火狼は両手を頭の後ろに組みながら笑顔を浮かべ答える。


しかし、そのヘラヘラと貼り付けた笑顔は、次に発せられる蓮姫の言葉により簡単に剥がされた。



「誰が何と言おうと、それこそジーンが正しくても…私は狼を信用する。だって狼は私の大事な従者で、大切な仲間なんだから」


「…へ?」


「さぁ、戻ろう」


それだけ告げると、蓮姫はスタスタとユージーンの後ろをついて行く。


火狼はただポツンと一人立ち止まり、顔面を片手で覆う。


無意識に口から出た言葉は、誰にも聞かれる事はなかった。




「…姫さん……ほんと………勘弁してよ…」


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