竹取の翁と梅吉 3
火狼の説明を聞き安心する蓮姫だが、そんな彼女にユージーンは釘をさした。
「姫様。港町で俺とした約束、きっちり守って下さいよ」
それは「厄介事には首を突っ込まない」という約束。
確かにあの時、蓮姫はユージーンの言葉に了承した。
「う……わ、わかってる。ちょっと興味があっただけ」
「それなら構いません」
痛い所をつかれ、蓮姫は一瞬言葉に詰まるが素直に頷いた。
そんな蓮姫の返答にユージーンは満足げに、とても爽やかな笑みを向ける。
当然、嫌味も込めた微笑みだ。
「約束?なになに?俺の知らない所でなに約束したの?教えて」
「教える訳ねぇだろ、馬鹿犬」
「酷い!俺だって姫さんの従者なんにー!」
「それと姫様。龍の持つ宝玉とやらも存在してます」
火狼の質問には全く答える気がないユージーン。
さっさと別の話題へと切り替えてしまう彼に、火狼は再度唇を尖らせた。
「また無視かよ!?ぶぅ~…それは俺だって心当たりあります~。リヴァイアサンの額に埋まってる紅玉だろ?」
「リヴァイアサン?」
「海にいる一番凶悪な龍型の魔獣さ。性格は残忍で獰猛。沈められた船も船乗りも数知れずってね。んで、額にはでっかい紅玉、別名『海の秘宝』って呼ばれてんのが埋まってんの。まぁ、今は活発に動くどころか海底で寝てる期間らしいけど」
かぐや姫が貴族にあてた無理難題の代物が存在していると知り、蓮姫の興味は更に深まる。
もっと詳しく聞きたい…という好奇心が。
「じゃあ…ネズミ…ネズミの……そう、火鼠の皮衣も存在してる?」
「そんなネズミは聞いた事ありません。火トカゲはいますけどね」
「サラマンダー?砂漠地帯にめっちゃいんね」
「燕が持つ貝も存在してるんじゃないですか?聞いた事無いですけど 」
「……あぁ…そう」
興味深々だった蓮姫とは真逆に、ユージーンの方はむしろ面倒になってきたのか、興味が失せたのか…むしろ両方だろう。
半分投げやりに答えたユージーンに蓮姫も肩を落とす。
(実在してたり、してなかったり、別の物だったり…なんか統一性無いな…)
いっそ物語通りなら無駄に期待しないで済むのに…と蓮姫は思った。
「そんなに気落ちしないで下さい。そもそも、姫様が知ってる通りに物語が進むとは限らないんですよ。実際、人魚姫のルリは生き残ったでしょう?」
「それはジーンが関わったからじゃ…」
「俺と言うか………いえ、まぁ俺でいいですけどね」
「……にゃ~…」
会話の最中に小さく聞こえた猫の鳴き声。
蓮姫は腕の中のノアールが鳴いたのだと思い手元に視線を移す。
「あ、ごめんねノア。退屈だった?……あれ?」
しかし当のノアールは蓮姫の腕の中でスヤスヤと眠っていた。
「ノア…寝てる?寝言?」
「いえ、今のはノアの声じゃありませんね。むしろこんな近くでもない」
「…母さん…あそこ」
今まで黙っていた未月が部屋の外れへと指をさす。
蓮姫達も振り返りそこへ視線を向けると…。
「にゃ~」
そこにはノアールよりも大きい、白地に黒のぶち猫が居た。
その猫は警戒しているのか、近寄っては来ずに遠くから鳴き声を上げるだけ。
「この家の飼い猫でしょうか?ノアと違って普通の猫みたいですね」
「可愛い……おいでおいで」
ユージーンの説明もそこそこに、蓮姫はノアールを片手で抱え直すと、もう片方の手で手招きをする。
チッチッチッ、と舌を鳴らすと、ぶち猫はゆっくり一歩づつ蓮姫へと寄ってきた。
「姫様…やっぱりブリーダーか調教師にでもなりたいんですか?」
「姫さんってホント動物好きよね~。俺にももっと優しくしてくれていいのよ。なんなら狼になろうか?」
「ちょっと黙ってて……もう少し」
ぶち猫はゆっくりゆっくりと、着実に蓮姫に興味を示し近寄ってくる。
そして後少しで、蓮姫達の元へと来るという時、大きな声が部屋中に響き渡った。
「お松様っ!?だ、駄目だぁ!お客様を引っ掻いちまっちゃなんねぇです!」
「ふぎゃー!!」
「にゃんっ!?」
突然現れた梅吉による大声で、ぶち猫は毛を逆立てて梅吉を威嚇しノアールも蓮姫の腕の中で飛び起きた。
「ふぎゃっ!!にゃにゃっ!」
「お、お松様っ!?…そんな嫌わねぇで下せぇ。……あ、だ、大丈夫ですだか!?お松様が粗相しちまったんじゃ!?」
ガチャガチャと持っていた茶器を震わせながら、梅吉は蓮姫達へと走り寄ってくる。
その際、お茶は盛大に零れお盆の上はお茶まみれになっていたが、それすら彼は気づいていないようだ。
「お松様は…かぐや様にしか懐かねぇんです。おらなんて何度引っ掻かれたことか…」
「大丈夫ですよ。何もありませんでしたから。ほら、おいで」
蓮姫が優しく声をかけると「お松様」と呼ばれた猫は蓮姫に擦り寄る。
そのまま蓮姫が頭や喉を撫でてやると、気持ち良さそうにゴロゴロと鳴いた。
そんな猫と蓮姫をノアールはジト…と面白くない顔で見つめている。
「お松様が…かぐや様以外の人に懐いとる?」
「姫様はブリーダーですからね」
「ぶ、鰤?…あ、そだ!お客様方にお茶をお持ちし……って、あぁ!!?お茶が零れちまってる!?おら……またやっちまっただ…」
やっとお茶が零れていた事に気がついた梅吉は、その事実に盛大に慌て、その後盛大に落ち込んだ。
「梅吉さん。そんなに気にしないで下さい」
「そうですよ。落ち込む暇があるならさっさと新しいお茶持って来て下さい。いや、持って来い」
梅吉に優しい言葉をかける蓮姫だが、ユージーンは相手が下男な為に口調も変えて命令した。
当然その直後、蓮姫から脇腹にパンチをくらい悶絶していたが。
そんな二人に若干引きながら…むしろ巻き込まれる前に火狼は梅吉へと声をかける。
「お松様ってのは…この猫の名前だよな?猫にまで様付けして敬語かよ、あんた」
「そ、そりゃ…お松様はかぐや様のお気に入りで…猫だども松だから、おらよりも上なんです」
「なんじゃそりゃ?…そういや、あんたが茶を持ってきたってことは…ここの使用人ってあんただけ?女房ってのはいねぇの?」
「お仕えしてんのは…おらだけです。ここは広いども…御館様と北の方様、それとかぐや様しかおられねんで」
「ふ~ん。…って、事は~」
梅吉の話にニヤリと笑うと、ガシッと彼の肩に自分の腕を回す火狼。
「なぁなぁ、あんた……かぐや姫見た事あんの?美人?」
「へぇあっ!?か、かぐや様ですだか!?」
問われた方の梅吉は顔を真っ赤にし、変な声まで出てしまった。
「お?その反応は見た事あんな~。なぁなぁ、やっぱ美人なん?どんだけいい女なんよ?」
「か、かぐや様は…そらもうべっぴんで…色白で…林檎みてぇなほっぺたさして…優しくて…」
モジモジとしながら頬を真っ赤に染めて答える梅吉。
かぐや姫の頬が林檎のようだと彼は言うが、今まさに梅吉本人の頬が林檎のように真っ赤だ。
いや、頬というより顔全体が赤い。
いっそ煙でも出そうな程に。
そんな彼の様子に、未月以外の者は彼のかぐや姫への想いに気づく。
「ふふっ。梅吉さんはここに仕えて長いんですか?」
「へっ!?…あ…おらは一年前、かぐや様に助けてもろて…その後もかぐや様のお気遣いでここさいるんです」
「助けてもらった?…良ければ聞かせてもらえませんか?」
蓮姫に問われると、梅吉はゆっくりと語り始めた。
「おら…元々は大和の生まれじゃねぇんです。おらの故郷の村は……反乱軍に襲われちまって…親も兄弟も…皆が殺されちまいました。帰る所も…家族も…無くしちまって…。おらは飲まず食わず歩き続け…ようやっと、この大和の都に着いたんです」
一年前、大和。
一人の青年がこの都へと足を踏み入れた。
薄汚れてボロボロの姿に、道行く者達はヒソヒソと遠巻きに彼について囁く。
「…だ……だれか…みず……くいもん…」
青年が近くの女性に助けを求めるが、声をかけられた方は悲鳴をあげて逃げ出してしまう。
そんな事を何度か繰り返している内に、彼は都から外れた大通りで倒れ込んでしまった。
(…おら……もう……だめ…だ)
彼はぼんやりと、己の死を受け入れ目を閉じた。
既に死にかけている彼に鴉が寄ってくる。
カァカァとうるさく鳴く鴉の声に目を開けると、先の方に畑が見えた。
最初はぼんやりと…だが、段々とその色彩もハッキリと見えてくる。
「は…はた…け?…はたけだ!」
青年は最後の力を振り絞ると、畑へと駆け込んだ。
もう体力があまり残っていないのか、足は上手く動かず、最後は転がり込むように畑へ突っ込む。
「あいてて………っ、」
痛みに顔をしかめるのは一瞬。
再び目を開けると、そこに映ったのは赤く熟れた立派なトマト。
左右に視線を動かせば、瑞々(みずみず)しいキュウリやナス、それにスイカまである。
「っ!?くいもん!」
青年は目の前の大きなトマトをもぎ取ると、そのまま丸かじりした。
口いっぱいに芳醇な甘みが広がり、またトマトの水分で喉は潤される。
飢え死に寸前だった彼は、涙を流したがら手当たり次第、近くの野菜をもぎ取っては口に入れ突っ込んでいった。
服や口周りが汚れても関係ない。
ただひたすらに食べ物を口に入れ、彼は生きようとした。
しかし、畑とは自然に出来るものではない。
当然、畑には必ず所有者がいる。
「だ、誰だ!?お前!?」
「っ!?」
青年が声に振り返ると、そこには桑を持った男が一人。
この畑の所有者か?
ただの通りすがりか?
どちらにしても、青年が他人の畑に勝手に入り込み、野菜を手当たり次第食べたのは事実。
青年は最後にもう一つ小さいトマトを口に放り込むと、全速力で逃げ出した。
「あっ!?こら待て!誰か!検非違使を呼んでくれ!野菜泥棒だ!」
男が声を荒らげると、丁度巡回中だった検非違使が二人、青年を追いかけてきた。
ちなみに検非違使とは、想造世界の警察のようなものであり大和独特の呼び方である。
青年は必死に走り続け、逃げ続けた。
そしてある大きな館へと逃げ込む。
逃げ込んだ先の庭にいたのは……。
「……誰?」
10歳程の女童。
腰まで長い黒髪と大きくて丸い黒の瞳。
上等な着物を身にまとっている事から、この館の子供だと直ぐにわかった。
彼女は小さな白いぶち猫を抱えながら、彼をキョトンと見つめた。
青年はその少女に面食らっていたが、直ぐに外から検非違使の声が聞こえる。
「くそっ!薄汚い泥棒が!何処に行った!?」
「先ずはこの館を探してみるか。なに。貴族の邸ではないから事後承諾で構わんだろ」
その声を聞いた青年は一瞬で青ざめた。
邸に検非違使が入ってくれば、確実に捕まり罰を受ける。
今更ながら己の犯した重罪にガタガタと体が震えだした。
しかしそんな青年とは逆に、女童は冷静に抱いていた猫を解放する。
そして青年の手を取り、奥へと引っ張りだした。
「へっ、な、なんだ?」
「こっち。御簾の奥に隠れて」
青年は女童の行動に混乱しながらも、言われた通り館にあがり御簾の奥へと隠れた。




