竹取の翁と梅吉 2
「危ない所を助けて頂き、なんと御礼を申し上げれば良いか」
「いえ、御老人。礼ならば我等が主に」
ユージーンも胸に手を当て、頭を下げながら老人へと答えた。
「主様?…皆様の主様ならば、さぞかし立派なお方でしょう。主様にも是非お礼を申し上げたいのですが、どちらに?」
「俺達の麗しの姫さんなら…っと、こっちに来たぜ」
「姫……さん?」
振り向きながら答えた火狼に、老人は首を傾げた。
そしてユージーン達の後から来た、猫を抱く少女に再びポカンとした表情をする。
「大丈夫ですか?」
蓮姫が老人に声をかけると、ユージーンと火狼は胸に手を当てて蓮姫に頭を下げる。
未月はそのまま立っていたが、横にいる火狼に肘をつつかれ「ほら、お前も頭下げろって」と小声で言われると同じように頭を下げた。
ユージーン達の仕草を見て、老人はこの少女こそ彼等の主なのだと気づく。
「貴女がこの方々の主様ですか?何とも若く…可愛らしい主様ですな」
「お褒め頂きありがとうございます。私の事は蓮とお呼び下さい。この者はユージーン。この子がノアール。そちらにいるのが火狼と未月。皆、私の従者です」
「これはこれはご丁寧に。改めまして…皆様はこの爺めの命の恩人です。助けて頂き誠にありがとうございました。失礼ですが………姫と言う事は貴族の方ですかな?その装いを見る限り大和の方ではないようですが?」
老人の疑問には蓮姫ではなくユージーンが答える。
「はい。この方は多国の貴族の姫様です。訳あって我等を従え旅をしているのですよ」
「なんと。このご時世に旅とは……深い事情がおありのようですな」
「申し訳ありませんが、姫様のご事情は他人に話せるものではありません。御老人も理解して頂けると幸いです」
「ほっほ。命の恩人に詮索など致しません。しかし是非とも御礼はさせて頂きたく……皆様、我が家へと参られませんか?ささやかですが馳走を振る舞いましょう」
長いあごひげを擦りながら朗らかに笑う老人の言葉に、いち早く反応したのは火狼だった。
「やったぜ!なぁなぁ姫さん!せっかくだからご馳走になろうぜ!どうせ宿だって決まってねぇんだし」
「なんと。では是非我が家にお泊まり下さい。なに…我が家は広さだけはありますからな。妻も喜びましょう」
「そんな……いいのですか?」
火狼はわざと泊まる場所が決まっていない事を口にしたが、老人は快く蓮姫達を自宅へと招いてくれる。
蓮姫も遠慮したいところだったが残金が少ない為、泊まらせてもらえるのはありがたい。
何より…彼女の好奇心が遠慮に勝っていた。
「命を救って頂いたのです。遠慮などなさいますな」
「では…お言葉に甘えて。…そういえば、まだお名前を伺っていませんでしたね。お世話になる方のお名前、是非教えて下さいませんか?」
蓮姫は尋ねながらも心の中では確信していた。
この老人が一体誰なのか?を。
「おや?まだ名乗っておらなんだとは失礼しましたの。わしは『竹取の翁』と呼ばれております。竹取を生業とした爺……どうぞ翁とお呼び下され」
(っ!?やっぱり!じゃあ…これからお邪魔する所に…かぐや姫がいるんだ)
子供の頃によく読んでいた絵本。
女の子は誰しも知っているおとぎ話。
蓮姫は「おとぎ話の主人公に会えるかもしれない」という予感に胸が踊った。
「では参りましょうか。梅吉!もう大丈夫じゃな?」
老人が少し離れていた青年に声をかけると、青年は慌てたように老人の元へと駆け寄った。
「へ、へい!お館様!おらもう大丈夫だ!」
「こやつは我が家の下男、梅吉と申します。梅吉、お前からも皆様に御礼を」
「あ、危ねぇところを!それとお館様を助けてくれて!ありがとうごぜぇます!!」
老人に促されると梅吉と呼ばれた青年は何度もペコペコと頭を下げる。
下男と呼ばれた事、梅吉の態度や装いを見る限り彼の身分は低いのだとわかる。
「梅吉さん。お怪我はもう大丈夫ですか?」
「お、お姫様にそんな優しい事言われんの…おら二回目だ!あ、ありがとうごぜぇます!ありがとうごぜぇます!」
蓮姫が優しく声をかけると、梅吉は更に勢いよく何度も繰り返し頭を下げた。
その様子に火狼は呆れつつも笑ってしまう。
「こりゃ典型的な下男だな。頭もげちまいそう」
「…頭…もげるのか?」
「うん。例えね、例え」
冷静に…むしろ真面目に聞き返す未月に、火狼は苦笑して答えた。
「それでは皆様参りましょう。なに、我が家はここからそう遠くはありません」
翁に促されると、一行は翁と梅吉の後をついて歩く。
その際、火狼は気になっていた事を翁に尋ねた。
「なぁなぁ翁さんよ。あんたその格好見る限り…庶民でも貴族でもないよな。竹取を生業にしてるっつーのに、貴族から孫に求婚されたってのも気になるし」
「実は火狼殿…求婚されたは孫ではなく……娘でして…」
「娘なの!?奥さんめっちゃ若いとか!?もしくは超高齢出産!?」
「……どちらも違います。……そうですな。命の恩人様方に…隠すのも失礼でしょう。道中お話致します。あれは…三年程前のこと…」
そして翁は語り出す。
三年程前に光る竹から小さな女の子を拾った事。
その後も光る竹から金銀を見つけ、家が裕福になった事。
女の子は三年で成人し立派な姫君となった事。
その姫君に先日、求婚しに五人の公達が訪ねてきた事を。
それは蓮姫のよく知る、かぐや姫の物語。
翁の話に火狼は勿論、ユージーンも時々驚いている様子だったが、蓮姫は腕の中でノアールを撫でながら今がどの場面なのかを考えていた。
「そして先程の石作の皇子様は、姫に求婚した公達のお一人でした。姫が石作の皇子様に求めたのは、光り輝く『御仏の石の鉢』。しかし持ってこられたのは偽物の古ぼけた石鉢。姫はキッパリと求婚を断わり……結果あのような…」
言葉を濁す翁の代わりにユージーンはため息混じりに答えた。
「つまりはただの逆恨みですね。やれやれ、貴族とは何処に行っても傍若無人で低脳な輩ばかりのようで。…あ、姫様は除きます」
貴族への悪態をつくユージーンだが、ついさっき蓮姫は貴族の姫だと嘘をついた事を思い出しそこだけ訂正する。
「初めは貴族様方になんと失礼な注文を…と思っておりましたが…あのような方に大事な姫を渡す事にならず、むしろ良かったと思うております。正直、姫の聡明さに親として感心しておりますじゃ」
(聡明さ…とは違うだろ)
(歳とってからの子供は可愛いって言うけど……この爺さんも相当親バカかもね~)
ユージーンと火狼は心の中でのみ呟き、あえて口には出さなかった。
「着きましたぞ。ここが我が家です。どうぞ中でお寛ぎ下さいませ」
案内された館はとても広く大きい物。
それは貴族の館と言われても違和感が無いほどに立派。
蓮姫達は広い一室へ通されると、翁と梅吉が離れたのを確認し部屋の中央に集まった。
「とりあえず、今晩の寝床はゲットって感じ?」
「姫様のお人好しが今回はいい方向に動きましたね」
「嫌味はいいから。そんな事より……皆に話しておきたい事がある」
真剣な表情で三人を見る蓮姫は、ちょいちょいと手招きをする。
従者達は蓮姫に詰め寄り、円を描くように密着した。
恐らく他人に聞こえては不味い話だと悟った火狼は、小声で蓮姫へと問いかける。
「なになに?大事なお話?」
「大事な……おとぎ話。三人とも真面目に聞いて」
蓮姫は従者達に、自分の知る『かぐや姫』の物語を聞かせた。
「…そうしてかぐや姫は、月へと帰って行きましたとさ。めでたし、めでたし」
蓮姫が彼等に語ったのは、かぐや姫の物語。
話の最中は聞き入っていた三人だったが終わった後の反応は様々だった。
「全然めでたくありませんね。それが想造世界のおとぎ話ですか?」
「俺的には結構面白い話だったぜ。まさか姫の正体が月の人間とはね~。この世界じゃ考えらんねぇわ。想造世界って月に人が住めんの?」
「あくまでこれはおとぎ話。でも……今は現実みたいだけど」
蓮姫は、ふぅ、と天井を見上げながらため息をついた。
「まさか『かぐや姫』の物語に直面するなんて思わなかった。人魚姫の物語も実際にあったし……私達の世界じゃおとぎ話でも…この世界じゃ現実に起こるのか」
「前にも言いましたが、この世界の元は想造世界。想造世界の人間達による想像で造られた世界です。その可能性は充分ありますよ」
「でもさでもさ~。かぐや姫って絶世の美女なんだろ~?見てみてぇなぁ」
「それは無理だ。大和の貴族…この場合貴族じゃないが、姫は御簾の奥に隠れるよう暮らしてる。顔が見れるのは親兄弟や夫、それと…確か女房とかいう仕えてる女だけだからな」
「なんだよ。つまんねぇの」
火狼は残念そう、ちぇ、と口を尖らせる。
ちなみに未月はただ黙っているだけで、話自体には特に興味は無いようだ。
蓮姫はまだ納得いかない事があるのか、腕を組み首を捻る。
「どうしたんです?まだ何か気になる事でも?」
「私って……想造世界の事あんまり思い出せないんだけど…今回の話を思い出せたのはなんでかな?って」
蓮姫を初め、女王や姫はこの世界に来た時から故郷である想造世界の記憶が曖昧になる。
それは元の世界よりもこの世界を愛するよう、想造世界から来た人間は誰でも自分の気持ちに関係なくそういう現象に陥ってしまうため。
だがそんな蓮姫の疑問をユージーンはすんなりと答えた。
「それは姫様にとって重要な記憶じゃないからですよ。家族とか友人、故郷の事なら想造世界に帰りたい気持ちを呼び起こしてしまう。でも多少のおとぎ話くらいなら問題はありません。現に他の事は思い出してないでしょう?」
「まぁ…確かにその通りだけど…」
「旦那ってホントに物知りだよな。この世界はともかく、なんでそんなに姫の事や想造世界にも詳しいん?」
それとなく聞いた火狼の疑問。
しかしユージーンは火狼や蓮姫から目を逸らすと、ため息混じりに呟き別の話題を切り出した。
「………別に詳しくねぇよ。それと姫様、さっきの話で一つ気になったんですが…金と銀と宝石で出来た木…もしや『蓬莱の玉枝』では?」
「…確かにそんな名前だったかも……って、え?その口ぶりだと…まさかそれも実在してる?」
蓮姫が伝えたかぐや姫の物語は大まかな流れ。
五人の公達の名前や注文された宝も、細かい説明や名前は言っていなかった。
むしろそこまで詳しく思い出せてはいない。
石作の皇子に関しては、先にその名前を聞いたからたまたま思い出しただけだった。
「かなり珍しい物ですが一応存在してはいますよ。『蓬莱の玉枝』は根が銀、茎が金、実が真珠で出来た木。数百年に一度、空気が清らかで尚且つ魔力の強い土地にごく稀に生えます」
「俺も聞いた事あんぜ!最近じゃ十何年か前にミスリルで一本だけ発見されたらしいけど」
「ミスリル?」
蓮姫は聞き覚えのある単語に反応する。
(藍玉が暮らしてるのって確か…ミスリルだったような。でも前に…この短剣を手に入れた時もジーンはミスリルがどうのって…)
そんな彼女の疑問を汲み取り、説明したのはやはりユージーンだった。
「ミスリルとは希少な鉱石の名でもあり、それが取れる唯一の土地もまたミスリルと呼ぶんですよ」
「そうだったんだ。でも蓬莱の玉枝が存在してて、それを持ってこられたら……かぐや姫は求婚を断れない?」
「うんにゃ。発見された木なら、今は大賢者が管理してるぜ。研究対象としてな。だから誰も手が出せねぇのよ」
「大賢者?」
初めて聞く人物の名に蓮姫はオウム返しで火狼へと尋ねた。
「大賢者ってのは俗世を捨てて魔術に錬金術、召喚術やらを研究し続けてる、いわば変人らしいぜ。だけど研究してる辺り魔力は高いし武術も相当強いらしい。その上ミスリルは辿り着くまでの道中も険しいし強い魔獣もわんさかいるかんな。俺も会った事無いし噂でしか知らねぇけど…なんか不老長寿の研究もしてるとかって話で、百歳は越えた老人だって。だから蓬莱のなんちゃらを手に入れんのは無理っしょ」
「……かなり凄い人って事はよくわかった。そうか…それなら安心かも。物語通り貴族が偽物を持ってきたら、かぐや姫は求婚を断れる」