閑話~依頼人~ 2
頭を深く下げ謝罪する私の姿を見て、この方はどう思うか。
「え、えと。そんな謝らないで下さい!ブラナー伯爵の身分が低くても私は気にしませんよ!」
そんな言葉が聞きたいのではないわ!!
この馬鹿女!
新しい公爵同様、このお方には荷が重い話だったか。
やれやれ。
これでは私の出世はいつになることやら……。
まだまだ地道に媚を売らねばならんか。
「姫様。伯爵様にはとてもお世話になっております。この際、伯爵様の地位向上を確約なさってはいかがでしょう」
なんと!?
蘇芳殿は空気の読める大変良い従者だな!
壱の姫様は残念なお方だが、従者には恵まれていたようだ!!
「蘇芳殿!そ、そのようなお戯れはおやめ下さい!私は自分の出世の為に壱の姫様に尽くしておる訳ではないのですから!!」
「はい。伯爵様がそのような方だとは私も姫様も思っておりません。ですが、礼を尽くして下さる方には、姫様も礼を尽くし返されるべきかと」
「え、と。……蘇芳…どうすればいいの?」
やはり壱の姫様は自分で決められぬのか、蘇芳殿に意見を求める。
蘇芳殿は壱の姫様へと微笑み返すと口を開いた。
私の望みを言え!
言うのだ!!
「先程のお話にもあったように、伯爵様の地位を上げてはいかがでしょう?伯爵様から公爵様に。もしくは宰相の地位をお与えになられるか…いえ、むしろその両方でも良いかもしれませんね」
公爵と宰相の地位両方だと!?
なんという事だ!
蘇芳殿は真に人を見る目がある!
私は顔の筋肉が緩むのを抑えるために、手の甲をギュウギュウと抓るのに必死だ!
「そうだね!ブラナー伯爵にはいつもいつもお世話になってるもん!ブラナー伯爵、私から陛下にお願いしてみます!」
「そ、そ、そのような事!わ、私には、お、恐れ多い事でございます!!」
私は動揺したように激しく両手と顔を左右に振り「恐れ多い」とだけ告げる
当然だ。
断る理由など無い。
むしろ、そうしてもらわねば困るのだ。
何の為に自分の子供よりも若い小娘に媚を売り、大金をはたいてきたと思っている。
私の態度がただの遠慮にしか見えないのだろう。
壱の姫様はニコニコと笑い言葉を続けた。
「遠慮なんかしないで下さい。これはほんのお礼です。私に出来る事があったら何でも言って下さい!私は壱の姫ですから。何でも叶えますよ!」
「姫様。……陛下にお頼みになっても…それは難しいかと思われます」
「え?なんで?」
「今の公爵様は陛下の血族。そして宰相サフィール様は陛下のヴァル。陛下が深く信頼なさっている方々ですので…陛下が他の方に地位を移す事は無いかと」
「じゃ、じゃあどうすればいいの?」
「陛下ではなく姫様が地位をお与えになられれば良いのです。姫様が新しい女王陛下として、即位なされたその時に」
子供でもわかりそうな事に初めて気づいたのか、壱の姫様は顔を輝かせる。
「そっか!ブラナー伯爵!私が女王になった時、伯爵を公爵と宰相にしてあげますね!」
「い、壱の姫様…蘇芳殿。……なんという事でしょう。私などに公爵…宰相をと。…壱の姫様にそれほど期待されているとは。…わかりました。私は公爵、そして宰相となり壱の姫様を…いえ!新たな陛下をお支え致しましょう!!」
これでいい!
やっと私の時代が来る!
私が深く頭を下げると部屋の扉を叩く音がした。
入るよう促すと先程のメイド長が入ってくる。
メイド長は一礼すると私の元まで来て、壱の姫様達に聞こえぬよう耳元でのみ告げた。
ある女の名を。
「申し訳ございません。急な客人のようです。直ぐに戻りますので、少々失礼しても良いでしょうか?」
壱の姫様から快い了承を得ると、私は深く頭を下げ退室する。
何故あの女…いや、小娘が我が邸に?
里からは出ない、と聞いていたが。
どういう事だ?
メイド長に案内され別の客室に行くと、そこには腰掛けたりはせずに立ったまま頭を下げる黒装束の女……いや少女がいた。
「待たせたな。顔を上げよ。そなたが……残火か?」
「はい。伯爵様」
顔を上げた少女の顔は、壱の姫様よりも幼く見えた。
確か今年で15だったか。
「うむ。お前の話は聞いている。かけなさい」
「失礼致します」
今一度頭を下げると、私が腰掛けたのを確認し、少女も椅子へと腰掛ける。
礼儀はわきまえているようだな。
「して、朱雀の者が何用だ?例の件ならば頭領の申し出を先程受けたばかりだが」
「急な訪問は不躾とは心得ておりますが…先代からのお得意様である伯爵様の依頼。未だにあの男が遂行していない、と聞きまして」
「あの男?」
「現朱雀と名乗る狼風情でございます」
なんと?
この娘は上下関係に厳しく、頭領こそ絶対の存在である四大ギルドの者だというのに、頭領を嫌っておるのか?
「うむ。頭領には何か策があるらしくてな。それ故に任務遂行を遅らせる、という報告を受けている」
「弐の姫を殺すという伯爵様からの大役。朱雀としてこれ以上の誉はありません。ですが、それを頭領と名乗りながらこなせぬ…あのような輩の言葉…信じるに値せぬかと」
「ふむ。そなたの意見を聞こうか」
私が促すと、娘は先程以上に深く頭を下げた。
「恐れながら申し上げます。弐の姫暗殺の依頼………私に任せては頂けないでしょうか」
「そなたに?」
何を言い出すのだ?
頭領を毛嫌いしているのだから、恐らくこの行動も独断だろう。
他の朱雀の者ならば「直ぐに行け!」と言うところだが……。
「残火よ。そなたは殺しを一度もした事が無く、更には魔術も使えぬと聞いておるが?」
「あの男!?そのような事まで伯爵様に伝えていたのですかっ!?」
図星だったのか、顔を上げると怒りの形相で叫ぶ娘。
「事実のようだな。そのそなたが何故?」
「……恐れながら……私は先代様に…返しきれぬ恩がございます」
「先代?……そうか。先代からもそなたの話はよく聞いていた。…実の娘のように可愛い、とな」
私の言葉に娘は力強く拳を握りしめる。
「私が忠誠を誓うも、お慕いするも先代様のみ。あんな狼ではありません。だからこそ…伯爵様にお仕えしたいのです!先代様と懇意にしておられた伯爵様のお力になる事は、亡き先代様にも報いる事にもなります!」
「……ふむ」
勢いよく頭を下げる娘からは、その意志が固いとよくわかる。
思わぬ展開だ。
確かに……弐の姫暗殺は速い方がいい。
この娘……殺しはした事がなくとも……朱雀である事に変わりはない。
殺しの訓練は受けているはず。
「頭を上げなさい。残火よ、そなたの想いはよくわかった。そなたのような部下……いや、娘を持てて先代も喜んでいることだろう」
「伯爵様…」
「残火。そなたに再度依頼を申し込もう。弐の姫暗殺……やってくれるな?」
「っ!?はいっ!必ずや伯爵様に吉報をお届けしてみせます!」
喜ぶ残火に私は口角が上がるのを抑えきれない。
出世の道。
弐の姫暗殺。
こうも事が上手く運ぶとは……これも日頃の行いや私の人徳の賜物だな。
「弐の姫は大和に向かったとのこと!私も今直ぐに飛竜で向かいます!伯爵様!この御恩は生涯忘れません!」
娘は一礼すると部屋にある隠し扉から出ていった。
残火を巻き込んだ、とあの若者…現朱雀は怒るだろう。
しかしそれがどうした?
そもそも、依頼を遅らせる能無しが悪いのだ。
それにあの男は決して私には逆らえん。
決して、な。
さて、そろそろ壱の姫様の元に戻らねば。
私にとっての金の卵の元に。
あの小娘の即位する日が今から楽しみだ!!