⑦
『 この世に生まれたその時に』
ユージーンが始めの一説を歌ったその瞬間。
会場の空気は凍りつく。
観客も他の参加者も……会場にいる全ての人間が固まった。
火狼と同じ歌だというのに、それは全くの別物。
いや、ユージーンの歌は、歌とすらいえない代物だった。
どうやったらそうなるのか?
むしろわざとなのか?
徹底的に音が外れている。
ユージーンの歌に引っ張られ、伴奏する楽人も所々で音を外す始末。
ユージーンが類稀な美形で美声のために、かえってその破壊力を増長させていた。
蓮姫は、そしてこの場にいる誰もが同じ事を思った。
この男…物凄い音痴だ、と。
会場にいる全ての人は、ただ破壊的なユージーンの歌にドン引きしている。
そんな中…観客の男が一人、突然吹き出した。
「……プッ。……ぷぷ…ぎゃははははは!なんだい兄ちゃん!お綺麗なのは顔だけじゃないか!」
その一言を皮切りに、観客の男性達は一斉に笑い出しユージーンへと野次を飛ばす。
「いいぞー!この下手くそー!」
「よっ!この顔だけ男っ!」
「腹から声出せー!この音痴ー!」
ある意味大いに盛り上がりを見せる会場。
笑い続ける男達とは逆に、女達はただひたすら引いている。
中には「顔はいいのに…かわいそう」と同情する者や「酷い……騙された…」と泣き出す者までいた。
蓮姫は引きつった顔のままユージーンの歌を聞き、彼へと心の中で謝る。
(……ジーン…ごめん。本っっっ当にごめん。まさかジーンに…一番悪い事してるとは思わなかった)
そんな謝罪は今更過ぎて意味は無い。
謝った所で彼が今まさに大恥をかいているのは変わらない。
その上、今回の事を招いたのはユージーン達の失態が原因だ。
だが謝らずにはいられなかった。
(ジーンにも……苦手な物があったんだ。……でも…なんだろ?…欠点を知っちゃったのに、安心でも不安でもなくて……こう…ただひたすらに申し訳ないこの感じ)
壇上の火狼も蓮姫と同じ表情でユージーンを見つめ、誰に話すでもなく独り言を呟く。
「旦那の欠点やら弱点を知りたいとは言ったけどよ……まさか…こうくるとはね。…超絶音痴とか…んなもん知っても何の役にも立たねぇわ。うん。なんか今後は旦那を優しい目で見れそうではあるけどね」
笑い続ける者、引いている者、哀れむ者、様々な反応が出る中、未月だけは無表情でユージーンの歌を聞いていた。
ほんの数分。
だがユージーンにとっては、水晶に封じられた頃よりも長く感じた数分。
やっとの思いで歌いきったユージーンは顔を下げたまま火狼達の元へと戻る。
「い、いや~!とても個性的な…う、歌と言っていいのか………と、ともかく!凄かったですね~!」
容赦ない司会者の一言がユージーンにとどめを刺す。
そして顔を上げず、どんよりとした空気をまとったまま火狼へと呟いた。
「……おい犬。いっそ俺を殺せ」
「……ある意味本気で殺してあげたいと思ったわ。……無理なんだけどね」
「クソッ……今ほど不死身の体を悔やんだ事はねぇ」
「台詞だけだとカッコイイんだけどな~」
火狼はただ苦笑して、ユージーンの肩をポンと叩いてやる事しか出来なかった。
「な、何はともあれ!全員歌い終わりました!では……優勝者の発表でーす!」
司会者の言葉に蓮姫はため息をついた。
いや、この場にいる全員がわかっている。
優勝候補とまで言われたユージーンが…優勝する事は有り得ない、と。
「優勝は…………三番の男性です!三番の方は中央へどうぞ!皆様!優勝者に大きな拍手をー!」
その言葉で今まで空気のような扱いを受けていた参加者は、大きくガッツポーズをし雄叫びを上げる。
三人の中で一番健闘した火狼だが、やはり三番の男性には勝てなかった。
むしろユージーンが同じ歌を選曲したせいで『やっぱり顔だけじゃ意味無い』という印象を少なからず与えてしまったようだ。
壇上では三番の男性が賞金を貰い、それを高く掲げていた。
蓮姫は珍しく項垂れているユージーンを見て、小さく呟く。
「これで終わり、か。…仕方ない。うん。仕方ない」
何が仕方ないのか、自分でもよくわからないが、自分を納得させる蓮姫。
カラオケ大会は終わり、従者達は健闘した。
しかし優勝は出来なかった。
むしろ出来るはずなかった。
今後の路銀を心配しながらも、とりあえず街を出る準備だけしなくては、と考える蓮姫達。
しかし司会者は次に、蓮姫達にとって思いがけない言葉を告げる。
「次に特別賞の贈呈です!七番の方!どうぞ中央へ!」
名指しされたユージーンは、顔を上げると眉をしかめる。
「…………は?…特別賞?」
「お?やったじゃん旦那!優勝は出来なかったけどさ。とりあえず何か貰えんなら貰っとこうぜ!きっとイケメン賞とかだって!」
火狼は警戒するユージーンをグイグイと押し、中央へと押しやる。
ユージーンが中央に来たのを確認すると司会者は高らかに告げた。
「毎年違う特別賞!賞金三万が贈られます!」
その言葉に火狼は小さくガッツポーズし、未月の肩を叩きながら笑う。
「マジかよ!結果賞金貰えんなら出た意味あったね。いや~、終わり良ければ、ってのはこういう事を言うんだな~」
「……肩…痛い」
何故自分が叩かれているのか訳がわからない未月。
しかしユージーンは司会者の今の言葉に内心ホッとしていた。
大衆の面前で大恥をかくことにはなった。
しかし火狼も言っていたように、少ないが賞金はちゃんと貰える。
蓮姫の命令もちゃんと果たせる上に、イケメン賞やら美形賞なら、結局自分が一番優れていたのだと会場の者達に知らしめる事も出来るだろう。
それに先程までの音痴イメージを少しは払拭出来るかもしれない。
普段の自信を若干だが取り戻したユージーン。
そんな彼の姿に蓮姫も少しは安心する。
(良かった。とりあえず特別賞を貰えるならそこを褒めておこう。歌の事には一切触れないでおこう)
蓮姫達は特別賞がイケメン賞などのユージーンの見た目に関するものだと思った。
しかし、ユージーンが観客の期待を裏切った(?)ように、彼等の期待もまた裏切られる事になる。
「今年は………ズバリ!」
次の言葉を待つ蓮姫達。
そして司会者が告げたのは、あまりにも……あまりな言葉だった。
「残念賞です!!誰よりも見目麗しい姿でありながら歌は残念極まりない代物!残念賞は貴方にこそ相応しい!どうぞお受け取り下さい!」
その司会者の言葉に会場全体が笑いに包まれる。
むしろ笑っていない……いや、笑えないのは蓮姫達くらいだった。
怒りと羞恥で顔を真っ赤に染めながら、プルプルと体を震わせて賞金を受け取るユージーン。
その姿に蓮姫と火狼はいたたまれない気持ちでいっぱいになった。