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その後、一行は(くだん)のカラオケ大会開場でもある、街の広場へとやってきた。


蓮姫は無言で三人…特にユージーンと火狼を睨むと、ノアールを抱きながら客席へ向かう。


蓮姫の背中が人混みに消えた後、火狼は大きく息を吐いた。


「はぁ~~~……姫さん…怖かったぁ~」


「クソっ。なんで俺がこんな目に…。大体てめぇ、なんで商人に金渡したまま帰ってきやがった!?普通は商品と交換だろ!?」


「理由はさっきも言ったじゃん!俺だって(うるわ)しの姫さんに睨まれて反省してんだから!これ以上責めなくてもよくね!?」


「そもそも未月の事だってな!お前が一緒についてれば余計に金使わなくて済んだだろ!?」


「一番出費したの旦那じゃん!」


蓮姫がいなくなった途端、またギャーギャーと喧嘩するユージーンと火狼。


未月は二人が喋る度に視線を動かすだけで、彼等を止める事はしない。


カラオケ大会の受付の列に並びながら、何故か騒ぐ二人組の男と恐らくその連れの男。


三人とも美形なせいで、余計に目立っている。


ユージーンと火狼が騒いでいる間に列の男達は段々と減り、ついに彼等の番になった。


「お、おーい?そこのあんた達の番だぞ?参加するのかい?しないのかい?」


恐る恐る声をかける受付の中年男性だが、ユージーンは怒りの形相のままその人へ振り返る。


「ぁあ!?……いや、失礼。犬、未月、お前らから登録しろ。……クソっ。…なんで…なんでよりによって…歌なんだ……武闘大会とかなら優勝確実だってのに」


ユージーンは悪態をつきながらも、後半は誰にも聞こえない程の小声で呟いた。


しかし、主である蓮姫の命令に背く訳にもいかず。


何より、今回の事は全体的に自分達が悪い。


ユージーンは未月の後、渋々と自分の名前を署名した。


するとわざと営業スマイルを浮かべ受付や周りの人間へと声をかける。


「見苦しいものをお見せしてしまい(まこと)に申し訳ございませんでした。しかし、このような素敵なイベントに参加させて頂き、大変嬉しく思います」


それは男も見惚れる程の美しい微笑み。


誰もがとろけるような美しい声色。


そんなユージーンを目の当たりにした直後、参加者は何人も辞退を言い出し受付へと集まった。


「旦那ってば本当に悪い人ね~。計算高いんだか、なんなんだか」


「俺はただ笑って挨拶しただけだ。俺を見て負けを認め、辞退すんのは奴等の勝手だろ」


「わかってやってるからタチ悪いのよね、旦那って」


「とりあえず、ライバルは半分以上減ったな。そもそも俺以上に顔のいい男なんざいないから当然か」


「……旦那の自信が時々怖いわ」


なんにせよ、これで参加者は減りユージーン達が優勝する確率は上がった。


歌に自信があるのか、最早(もはや)引っ込みがつかないのか、残ったのは数人。


しかし彼等と比べても、美しさで言えば断然ユージーンが勝っている。


カラオケ大会と言ってもイケメン限定とされている大会だ。


審査員も観客も、ユージーンの容姿には釘付けになる事だろう。


火狼は(だる)そうに腕を伸ばしながら未月へと話しかける。


「つーかさ…何歌えばいいのかね?あ、そもそもお前って歌えんの?てか歌知ってんの?」


「……歌った事…ない」


「あ~~……そりゃヤバい。なんか曲は?知ってるのとか、せめてメロディ覚えてるの無い?」


「…若様が…よく笛を吹いてた。…それなら…覚えてる」


「若様?」


未月から初めて聞いた単語に、ユージーンは眉をひそめて反応する。


しかし火狼の方は、未月が『曲を知っている』という方に反応した。


「じゃあその笛の音を思い出して『あ~』でも『らら~』でもいいから歌え。俺達なんて旦那の前座に過ぎねぇんだから。それで大丈夫よ。な!旦那!」


火狼にバシッ!と肩を叩かれるユージーンだが、珍しくその手を払いのける事はせずに視線を()らす。


「…あ、あぁ。…そ、そうだ、な」


やっと出た言葉は、随分と歯切れの悪いものだった。



いっそ始まらなくていい。



このまま中止になれ。



そんなユージーンの(むな)しい願いが叶うはずもなく……。


ついにその時はやってきた。


「さぁ!始まりました!今年はイケメン限定のカラオケ大会!皆さん盛り上がっていきましょう!!」


司会の男が高らかに大会開始を宣言すると、会場から拍手が湧き上がる。


イベント会場が作られた広場には街の人間だけでなく、旅人や商人も集い大賑(おおにぎ)わいをみせていた。


そんな観客の中から蓮姫はマイクの置いてある壇上(だんじょう)を一人眺める。


(イケメン限定の大会なんて…ジーン達のためにあるような大会だもんね。なんで私の周りって、見た目だけが()()の残念男ばっかり集まるんだろ)


蓮姫は心の中でのみ彼等への失礼極(しつれいきわ)まりない悪態をつく。


他の女からすれば、なんて贅沢(ぜいたく)(うらや)ましい環境、と思われるだろう。


更に、文句を言うなど有り得ない!とも思われるかもしれないが、蓮姫は彼等の見た目を重視した事は無い。


それに今回のイベントに従者達を参加させたのは、考えなしや金儲(かねもう)けの為だけではなかった。


(まぁ、こんな機会滅多に無いし。お金を使い込んだのもジーン達だし。自分のしでかした後始末くらい、ちゃんとしてもらわなきゃね)


「では!本日のイベントに参加して頂く、見目麗(みめうるわ)しいイケメン達に入場して頂きましょう!どうぞー!!」


司会が参加者へ入場を促すと、舞台袖から7人の男達が現れる。


そして最後、ユージーンが壇上に現れた時、会場は黄色い声援で埋め尽くされた。


見た事も無い美形の登場に、観客の女性陣は一気にザワつく。


「だ、誰!?あの銀髪の人!カッコイイ!!」


「なんて綺麗な人なの!!あんな人が世の中にいたなんて~!」


「あ、でもでも!隣の三つ編みの人も素敵~」


「あの赤メッシュの人も!あ、手を振ってくれたわ!」


最早(もはや)観客…いや会場の9割の女性陣が、蓮姫の従者達に見惚れ、騒いでいる。


ちなみに火狼が手を振ったのは見知らぬ女性にではなく、彼女の近くにいる蓮姫に対してだった。


そんな美しい男達の主である蓮姫は、彼等の人気ぶりに若干引いていた。


(うわ~。やっぱり凄い人気。……逆に怖い)


恐らくこの会場で彼等に見惚れていないのは蓮姫だけだ。


蓮姫は腕の中のノアールを撫でながら壇上を冷めた目で見つめる。


「美形旅人三名の参加で会場は異様な盛り上がりを見せています!優勝候補は彼等でしょうか!?しかし!この大会はカラオケ大会でもあります!見た目は勿論、歌も大事!ではさっそく!一番の方から歌って頂きましょう!どうぞー!」


司会者の無情な振りに一番の男性は引きつった笑みのまま歌いだす。


しかし会場の観客、特に女性陣の眼中に歌う男性は映っていない。


ただ(すみ)っこに立っているだけのユージーン達に(ほとん)どの観客…特に女性達は釘付けだ。


そんな状況もわかりきっている一番の男性が若干音を外しても誰も気にする事はない。


それは(あわ)(きわ)まりない光景だった。


一番の男性が歌い終わった後も、司会に(うなが)されるまま淡々と歌う他の参加者達。


そんな壇上の様子に、蓮姫は他の参加者達に対してだけ後悔の念や罪悪感がわく。


(なんか……なんか本当に…悪い事したな~)


一般の参加者四名は可もなく不可もなく歌い終わる。


いや歌唱力でいえば三番の男性は見事だった。


しかしそんな彼の歌唱力も(かす)んでしまう程に、火狼の番が来ると観客は今までとは比べ物にならない程の歓声をあげる。


「んじゃ歌いま~す。曲は『運命愛(さだめあい)』で」


蓮姫は知らない曲名だが、この世界では有名らしい。


曲名だけで観客は拍手や歓声で火狼が歌い出すのを待った。



『 この世に生まれたその時に



きっと全てが決まっていた



貴女を愛するということ』



壇上の後ろに控えた楽人によるギターや笛、打楽器等の演奏に合わせて火狼は歌う。


(あ、普通に上手い。普通にいい歌詞だ)


蓮姫はごく普通の感想しか(いだ)かないが観客の女性達は火狼が歌声に聞き惚れ、その姿に酔っている。


火狼が歌い終わると、今までの参加者は何だったのか?という程に大きな拍手が湧き上がり会場を埋め尽くした。


「はいは~い。ありがとね~。んじゃ次はコイツの番。あ、伴奏いらないらしいからヨロシク」


火狼は未月をマイクの前に引っ張ると、自分は左側に控えるユージーンの隣へと引っ込んだ。


マイクの前に立つ未月にもやはり大きな歓声が上がった。


「……俺…歌う」


それだけ告げると未月は、火狼に言われた通り「あ」だけで曲を歌い出した。


ザワつく観客達だが、女性の中にはそれでもうっとりと聞く者が何名もいる。


(あ~……未月はそもそも歌を知らなかったんだ。未月にも悪い事しちゃったな。ごめんね)


心の中で謝る蓮姫。


しかし未月の口ずさむメロディは心地よい。


すると隣の女性がポツリと呟いた。


「これ『想月花(そうげつか)』?なんであの人、歌じゃなくてこれにしたのかしら?」


その言葉を聞いた蓮姫は隣の女性に尋ねる。


「すみません。『そうげつか』ってなんですか?」


「あら?貴女知らない?『想月花』は笛の独奏曲よ。月の元で花を()でる…そういう意味が込められた曲」


「そうなんですか?聞いてみたいな」


「綺麗な曲なのよ。あの人も上手だし綺麗な顔してるけど…これじゃあ優勝出来ないわね。どうして参加したのかしら?不思議ね」


「あ、あははは。そ、そうですね~。不思議ですよね~」


自分が怒鳴って無理矢理参加させたとは言えるはずもなく、蓮姫はかわいた笑いで誤魔化した。


「でも誰がどう歌っても…それこそ三番の人は上手だったけど…優勝は最後のあの人かしら。会場全員が見とれてしまう程、綺麗な顔だし。普通に歌うだけで優勝間違いないわね」


「そうですね」


蓮姫も女性に賛同した。


会場の誰もがユージーンの歌う番を心待ちにしている。


絶世の美形が歌うのだからと、過度な期待を込めた目で。


その歌唱力がごく普通だとしても、その顔で全てがカバーされるだろう。


余程下手くそでない限り、ユージーンの優勝は決まっているようなものだ。


(ジーンは完全無欠。何事も完璧だって普段から言ってたし。他の参加者には非常に、非っっっ常~~に申し訳ないけど。ジーンが参加した時点で賞金は貰ったも同然なんだよね)


普段の扱いは雑そのものだが、ユージーンに対しては全幅の信頼を寄せている蓮姫。


そんな蓮姫がチラ…とユージーンを見ると、何処か彼の様子がおかしい。


腕組をしたままキョロキョロと舞台袖を見たり、片足の爪先だけでタンタンと足踏みしたり。


その顔も若干だが青く見える。


(なに?……あんなジーン…初めて見る。どうかしたのかな?)


心配するのは蓮姫だけではなく、ユージーンの隣にいた火狼もだった。


「ちょい、旦那。どうしたのよ、さっきから。なんか挙動不審じゃね?」


「うるせぇ。………いや…実はさっきから腹が痛くて…このまま棄権(きけん)しようかと」


「え?マジ?でももうちょい頑張れよ。次は旦那の番だし。旦那が歌いさえすれば賞金貰えんだからさ」


「チッ。だからその歌が」


「あ、終わったぜ」


ユージーンが言い終わる前に未月の歌(歌と言えるのか?)が先に終わる。


未月がユージーン達の元に戻ると観客の視線や期待は全てユージーンへと向けられた。


「ほら、旦那の番だぜ。いってら~」


「…………クソッ」


ユージーンは重い足取りでマイク前へと足を進める。


それだけで会場の盛り上がりは過去最高に、黄色い歓声は街中に響き渡るほどだ。


しかしユージーン本人は浮かない顔……というより絶望したような顔をしている。


そんなユージーンの様子に気づいていない司会者。


「さぁ!いよいよ優勝候補、皆様が待ちに待った超イケメンの登場だ!七番の方!曲名は?」


「…………運命愛(さだめあい)


「お!五番の方と一緒の歌ですね!さぁ皆様!優勝候補の美声!とくとお聞き下さい!それでは!どうぞー!」


司会者が意気揚々とユージーンを促す。


すると今まで盛り上がりを見せた会場は、彼の歌声を聞く為に驚く程、静かになった。


静寂が会場を包む中、ユージーンは意を決して歌い出した。

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