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次の日。


蓮姫の熱はしっかりと下がり、一行は予定通りこの港町から出発しようとしていた。


が、四日分の宿泊費と食費を宿屋に尋ねた時に全ては明るみになった。


全てを知った蓮姫は部屋に男達を正座させると、自分はその正面に仁王立ちし怒りの形相で彼等を見下ろす。


「……で?…どういう事?」


地を這うような低い声で尋ねられ、ユージーンと火狼はビクリと肩を震わせた。


ユージーンは明後日の方を向きながら、火狼は片手でポリポリと後頭部を()きながら、お互い冷や汗をかいている。


未月だけはただキョトンと蓮姫を見返していた。


何も答えない男達に、蓮姫は再度怒気を含んだ声で尋ねる。



「なんで所持金が三千も残ってないの?」



宿泊費と食費を全て支払うと、蓮姫達の手元にはお札が二枚と小銭がいくつかあるだけ。


この港町に来た時の所持金を考えると、本当ならもっと残ってていいはずだ。


しかし、やはり何も答えない従者達。


蓮姫はあえて、彼女の一番の従者に尋ねる。


「ジーン。ロゼリアでホームズ子爵が餞別(せんべつ)でくれたのはいくらだった?」


「……五十万です」


あのロゼリアで蓮姫達が世話になったホームズ子爵。


彼は蓮姫の今後のためにと、旅の路銀をくれた。


当然遠慮した蓮姫だが、ホームズ子爵の気迫に負けてしまい、また当時は本当に無一文だった事もあり有り難く受け取っていたのだ。


「そうだよね?確かにそれだけの大金を頂いたよね?私達はあの後、アビリタにも玉華にも行ったけど…お金を使う事は一切無かった。違う?」


ロゼリアの後、アビリタではアルシェンの家に厄介になっており、お金を使う事はなかった。


さらにその後の玉華でも、彩一族が全ての世話をやいてくれたので、こちらでも出費は一切ない。


それは蓮姫だけではなく、ユージーンもよく知っている。


「…違いません」



「じゃあなんで…………なんでこの街に来て一気にお金が無くなるわけ!?」



ついに蓮姫は爆発し、大声で叫ぶ。


そんな蓮姫の怒りを受けながらユージーンは気まずそうに蓮姫から視線を逸らし、火狼は誤魔化すように苦笑した。


唯一、理解していない未月は不思議そうに蓮姫を見上げる。


そんな何も喋らない男達を放って、蓮姫は(せき)を切ったように言葉を続けた。


「宿泊費はわかる!四人で三泊もしたんだからまだわかる!でも何!?なんで食費が宿代より大幅に上回ってるの!?」


「姫さん!そこは一言いわせて!食費に関してはほぼ旦那が悪い!」


「なっ!?ふざけんなクソ犬!てめぇだって流しの商人に金全部盗まれただろうが!」


「俺はちゃんと旦那の言いつけ守って買い物行きましたー!でも人のいい親父(おやじ)だったから、まさか金取ったままトンズラするなんて思わなかったんですー!そもそも旦那は普段から(めし)食い過ぎなの!」


「てめぇ!黙って聞いてりゃ!」


「うるっさい!馬鹿と馬鹿!」


喧嘩…というか責任の(なす)り付け合いを始める二人に蓮姫の雷が落ちる。


怒鳴られたユージーンと火狼はシュンとした顔で大人しくなった。


そんな男二人を見下ろしながら蓮姫は一度深呼吸すると、彼等の犯した罪を説明する。


「ジーンは馬鹿みたいに食べ過ぎて路銀(ろぎん)を使い込み、狼は商人に(だま)されてお金を持ち逃げされた。つまり落ち度は二人にある。二人に!」


「ま、待って!姫さん!こいつにも落ち度あるでしょ!?」


二人に、の部分を強調され火狼は異議あり!とでも言いたげに手を挙げると、次に未月を指さした。


当の本人は首を傾げるだけ。


「こいつ俺が渡した金、ぜ~んぶ使って薬買ってきたんだぜ!?それも大量に!」


「…?…うん。…俺……薬買ってきた」


「だろ!?ほら姫さん!俺達だけ怒るのは筋違(すじちが)いだって!」


「狼。ちょっと一度黙れ」


抗議する火狼だが、蓮姫はそんな彼を見下しながら黙らせる。


自分に向けられたあまりにも冷たい、絶対零度の視線に火狼は一瞬身震いすると「は、はい」とだけ告げて今度こそ黙り込んだ。


そんな火狼の態度を確認すると、蓮姫は腰を屈めて未月と視線を合わせる。


「……未月」


「…なに?…母さん」


「薬を買ってきてくれてありがとう。それは本当に嬉しかった」


「…うん。…俺…任務遂行した」


「でもね……今回の未月の行動には、間違いもあったの」


蓮姫はまるで子供を(さと)すように語りかける。


「未月は預かったお金を全部使ってしまったね。それは今後の事を何も考えていなかったから。自分の任務の事しか考えていなかったから。…そうだよね?」


「……うん。…俺にとって…任務大事」


「未月にとって、任務が何より大切なのはわかってる。でもね、それだけじゃダメなの。任務を成し遂げる事だけ考えてたら、失敗する事もある」


「…失敗?…俺…失敗した?」


蓮姫が口にした『失敗』という言葉に未月の瞳は不安に揺らぐ。


それはまるで大人に叱られる子供のようだ。


蓮姫はそんな未月に微笑むと、優しくその頭にポンと手をのせる。


「うん。未月は失敗した。でもね、それは悪い事じゃない。失敗する事は悪い事じゃないの」


「…失敗…悪くない?」


「未月は買い物も初めてだったんでしょ?初めての事なら失敗だってする。だから次に()かすの。次、失敗しない為に今を失敗したの。悪い事は失敗する事じゃない。同じ失敗を繰り返してしまう事」


「…同じ……失敗…繰り返す」


未月は蓮姫の言葉を繰り返し、その意味を理解しようとする。


恐らく彼にとって初めてなのは、買い物だけではなく失敗も含まれていたのだろうと蓮姫は感じた。


優しく未月の髪を撫でると微笑みを崩さず、蓮姫は言葉を続ける。


「失敗は誰だってしてしまう。完璧な人間なんていない。だから失敗するの。いっぱい失敗して、いっぱい学んでいくんだよ。自分の未来の為に」


「……未来の…ため?」


「そう。未月は後先(あとさき)考えずに任務の事だけ考えて、お金を全部使ってしまった。結果、私達は非常に困る事になったの」


「…俺のせいで…母さん困る?」


「そう。だから今回は失敗。でも次こそ成功しよう。次は誰かと一緒に買い物行って、分からなければ聞いたり、一緒に考えていく。そうやって人はお互い成長するんだよ」


「誰かと…一緒。……なら…次は母さんと行く」


しっかりと自分を見据えて告げられた提案に、蓮姫はプッと吹き出してしまった。


失敗に(へこ)んでいたのは事実だが、彼はちゃんとそこから成長しようという意思がある。


本当に子供の成長を目の当たりにしているようだ。


「うん。今度は一緒に行こう。買い物でも、なんでもね」


「…うん。……わかった。…俺…母さんと一緒」


「…………なんか…子供向け番組みたい。…あ、ごめん。気にしないで。こっちの話」


自分にしかわからない話をつい呟いてしまった蓮姫だが、首を傾げる未月に苦笑して誤魔化(ごまか)す。


そして蓮姫は『さて、と』と腰を伸ばし腕を組むと、その他二名へと再び視線を向ける。


「未月も確かに失敗した。でもそれを認めて次に活かそうとしてる。誰かさん達みたいに責任の擦り付け合いはしない」


(とげ)のある言い方だが、その視線からは既に怒気はなく、むしろ呆れの方が含まれていた。


先程蓮姫に『黙れ』とキツく言われた火狼は、恐る恐る挙手しながら蓮姫へとたずねる。


「あ、あの~……姫さん。発言してもよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


「あ、ありがとうございます。あのね…俺達とそいつの対応……随分違いません?」


「違いますね。ですが、ジーンも狼も自分のした事の重大さも、失敗した原因もよくわかってる、いい大人だと思いましたが?違いますか?」


「ち、違いません」


「…姫様の…おっしゃる通りです」


敬語で尋ねる火狼にわざと自分も敬語で返す蓮姫。


その言葉遣いがかえって恐怖を(あお)り、火狼とユージーンは下を向いて答える。


特にユージーンは自分の食費兼、預かっていたお金を火狼達に渡してしまった罪悪感から余計な事は言わなかった。


「はぁ。……仕方ない」


そう呟くと、蓮姫はテーブルにあった一枚のチラシを取り男達に向かって突き出す。


それは例のイケメン限定カラオケ大会のチラシだった。



「全員これに出てきて。参加賞でもなんでもいいから…とにかくお金を稼いできて!」



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