④
「姫様。以前より一つ、姫様には言っておきたい事がありました」
「何?急に」
ユージーンの言葉にキョトンと彼を見つめる蓮姫。
しかしユージーンはニッコリと微笑むと、有無を言わせぬ雰囲気で告げた。
「真面目な話です。聞いてくれますね」
「は、はい」
ユージーンは微笑んでいるが、何処かまとう空気が黒い。
彼がこんな笑顔を浮かべる時は、殆どが嫌味かお説教だ。
蓮姫はユージーンの雰囲気に呑まれ、姿勢を正すと行儀よく返事をする。
そんな蓮姫の様子にユージーンはプッと吹き出してしまった。
「そんな畏まらないで下さい。でもちゃんと聞いて下さいね」
立っていたユージーンはベッドの側にいくと、蓮姫を見つめたまま跪く。
「姫様、今後はあまり面倒事に足を突っ込まないで下さい」
「面倒事って」
「まず、聞いて、下さい」
ニッコリと再び黒い笑みを向けられ、蓮姫は黙り込む。
「ロゼリアでも、アビリタでも、玉華でも。姫様は今まで面倒事に自ら突っ込んで傷ついて来ました。肉体的にも精神的にもです」
蓮姫はその発言に抗議しようと口を開く。
しかしユージーンの言葉は間違ってはいない。
それどころか、蓮姫は彼を何度もそれに巻き込んでいる。
言いたい言葉をグッと飲み込み、何も発せずにユージーンの次の言葉を待った。
「『目の前の民が苦しむのを放っておけない』という姫様の性格はわかります。実際、姫様はその想いで多くの民を救ってきました」
ロゼリアや玉華では、蓮姫は病や呪詛に苦しむ民を想造力で救ってきた。
アビリタでは苦しむアルシェンを自ら手にかけ、彼女の心を救った。
蓮姫自身も多く傷つきながらも、彼女は多くの人々を救う事ができた。
しかしユージーンは真剣な表情や視線を崩すことなく言葉を続ける。
「ですが目先にばかり目を奪われてはいけません。今までは、たまたま結果、大元の原因も正せてきただけです。大業を成そうと考える方は、物事の根底を見る力を養わなければなりません」
「物事の…根底」
「そうです。民を蔑ろにしろ、とは言いません。ですが女王となるのなら、目先の物事にだけ捕らわれず、もっと先を見なくては」
ユージーンは蓮姫の目をしっかりと見据えて話す。
蓮姫もユージーンから目を逸らす事はせずに、一言一句を聞き逃さないよう耳を傾けた。
そしてユージーンの言葉の意味を深く考え、理解した時、ゆっくりと頷く。
「……そうか。うん。確かにジーンの言う通りだと思う。ありがとうジーン。ちゃんと教えてくれて」
「姫様の物分りの良さは好きですよ」
「馬鹿にしてる?」
「まさか?それは姫様の美点です。褒めてますよ」
「本当に?」
「はい。まぁ美点でもあり欠点でもあると思ってますけど」
「……やっぱり褒めてない」
素直に褒めるだけで終わればいいというのに、余計な一言を付け加えるユージーン。
そんな従者に蓮姫は口を尖らせた。
だがユージーンはそんな蓮姫の態度に満足すると、ゆっくりと立ち上がり腰に手を当てて話し出した。
「いいんじゃないですか?欠点があっても。俺みたいに完璧な奴なんてそうそういません」
「ジーンって欠点とか無いの?その性格と口の悪さ以外に」
「酷い言われようですね。顔が良くて魔力も強くて、戦えば敵無しの俺に欠点なんて無いですよ」
「やっぱり性格が一番の欠点」
「姫様の方が褒める気無いですよね」
やれやれ、と眉を下げ苦笑するユージーンに蓮姫もクスクスと笑みを零した。
一方、外出組はあの後、無事(?)に宿屋前で合流していた。
未月の抱える紙袋を見て、火狼は驚きつつも若干安心する。
(良かった~。怒られるの俺だけじゃない!)
火狼はあえて未月の持つ紙袋にはふれず、宿屋へと入る。
二人が宿屋に戻りフロント前を通ると、主人が火狼達へ近づいて来た。
その手に一枚のチラシを持って。
「お客さん達おかえり。あんたら今日出るのかい?」
「いんや。出発は明日以降だぜ。それがどうしたん?」
「それなら丁度いい。良かったら街を出る前にコレに参加しちゃどうだい?お客さん達も、もう一人の兄さんも参加資格バッチリさ!あ、いらっしゃい!何名様でしょう?」
主人は言いたい事だけ言うと、火狼にチラシを押し付けて新しく来た客の対応へ向かってしまった。
火狼は渡されたチラシを仕方なく受け取り軽く眺める。
そして未月を自分達の部屋へと促すと、自分は一人蓮姫達の部屋へと足を運んだ。
「たっだいま~!さっきも言ったけどね」
「嫌味か?犬のくせに?」
「おかえり狼」
にこやかに手を上げて告げる火狼。
その様子にユージーンはチッと舌打ちをし、蓮姫は世界地図をたたみながら彼の帰還を迎えた。
「おい犬。武器はどうした?それと未月は一緒じゃないのか?」
「あ!それな!いい流しの商人を見つけてさ~。注文してきたぜ。武器屋は明日ここに届けてくれるってよ。あいつは部屋に薬置いてから来るぜ」
サラリと嘘をつく火狼。
その様子は全く違和感が無い。
それだけ火狼は自然と嘘をつく事が得意であり、彼にとっての日常なのだとわかる。
「そっか。ご苦労様、狼」
「姫さんに労わってもらえんのなら、苦労なんて気になんないぜ。姫さんの為ならまだまだ動けるしな!」
労いの言葉をかける蓮姫に、火狼は二カッと笑顔を向ける。
が、そんな火狼に対してユージーンは冷めた眼差しを向けた。
「そうか。なら俺は飯食ってくるから、お前は俺が戻るまで姫様の護衛をしてろ」
「なんで自分だけ!?俺だって腹減ったんだけど~」
「姫様の為ならまだまだ動けるんだろ?」
「いや……そう言いましたけど~」
自分で言った言葉を逆手に取られ、火狼はガックリと肩を落とす。
が、今のユージーンの発言は火狼にとって意外な物だと気づいた。
「あれ?俺に姫さんの護衛させるって事は……え?旦那ってば…俺の事やっと信用してくれたの!?」
キラキラと子供のような目をして喜ぶ火狼だが、ユージーンは鼻で笑いそれを一蹴する。
「ハッ。誰がお前なんか信用するか。俺が信用してるのはノアだ。ノア、犬が変な仕草しやがったら股間のブツを思いっきり噛んでやれ」
「にゃんっ!」
「物騒なこと言わない!んで猫も返事しちゃダメ!俺は姫さんに変な事なんてしませんっ!」
慌てて否定する火狼の様子に蓮姫も思わずプッと吹き出してしまった。
「ふふ。大丈夫。私は狼を信用してる。ジーン、私も何か食べたい」
「じゃあお粥持ってきます」
「もっと普通のが食べたい」
「明日熱が下がったら好きなだけ食べていいですよ。では」
言いたいことだけ言ってしまうと、ユージーンは一階にある食堂へと行ってしまった。
残された火狼はわざとらしく、大きなため息をつく。
「はぁ~~~。あ、またため息ついちった。まったく旦那にはまいるぜ。そうだ姫さん、旦那の欠点とか弱点知らね?」
「なに急に?やっぱりジーンを倒して…私を殺そうって?」
蓮姫にジト…とした目で見つめられ、火狼は慌てたように両手を振りながら答える。
「ちょ!?違う違う!普通に!純粋に興味があるだけだって!姫さん殺そうなんてもう思ってねぇよ!」
「ごめんごめん冗談。さっきも言ったけど、ちゃんと狼の事は信用してる。実は丁度ジーンとそんな話してたけど……ジーンに弱点や欠点があるなら……むしろ私の方が聞きたい」
クスクスと笑う蓮姫に姫様は脱力したように肩を落とす。
「姫さんってば人が悪いぜ~。でも、そっか。姫さんも知らねぇんだな。やっぱ…旦那には弱点も欠点も無いのかね~」
「性格と口の悪さくらいじゃない?」
「わぁお。姫さんったら、ひっど~い」
蓮姫の発言にケタケタと笑う火狼。
だが否定はしない。
それは心の中で彼もそう思っていたからだった。
そんな笑う火狼を見て、蓮姫は彼が手に持っている紙に気づく。
「狼、何持ってるの?」
「あ、コレ?さっきここの主人に貰ったんだよ。はい」
火狼から手渡された一枚のチラシ。
蓮姫はそこに書かれている一際大きな文字を読み上げる。
「…『ドキッ!イケメンだけのカラオケ大会!!』…………なにこれ?」
「この部屋来る前に他の従業員にも聞いたんだけどよ、この街じゃ年に一回イベントやるんだってさ。んで、今年はカラオケ大会らしいぜ。ちなみに街の人間以外も参加オーケー」
「カラオケ大会はまだいいけど…なんでイケメン限定?」
「盛り上がりを考えたんじゃね?去年は詩吟大会だったらしいけど、客も参加者も全然集まらなかったって言ってたな」
火狼の言葉に「へぇ~」と相づちを打つと、蓮姫はチラシへと視線を落とす。
「『参加者はイケメン、美形の男性に限定!見目麗しい男性にのみ参加資格があります。我こそはイケメンだと思う男性は是非御参加を!』……これ自分から参加したがるのイケメンじゃなくて…ナルシストなんじゃ?」
「イケメンだろうとナルシストだろうと、イベントが盛り上がればいいんだろうさ。それに馬鹿にしたもんじゃないぜ。賞金までちゃんと出るみたいだしな」
火狼はそう言うとチラシの一番下に書かれた文字を指さした。
そこには『優勝者には賞金30万!』と、目立つように金色の文字で書かれている。
「本当だ。しかもけっこう高額」
「な?出る価値はあるんじゃね?」
「え?狼は出たいの?」
「いやいや。コレは本当に貰っただけで………ん?…わざわざチラシ貰えたって事は、俺イケメンに見られたって事だよな。旦那が側にいるから忘れてたけど……やっぱ周りから見たら、俺ってイケメンだよな~。整った顔してるし~。うんうん」
「……とりあえず今はイケメンよりナルシストに聞こえる」
段々と自信満々にニヤけながら話す火狼だが、蓮姫はそんな彼の鼻っ柱を折るようにバッサリと切り捨てる。
しかし火狼の言う事も間違ってはいない。
「でも確かに…見た目はいいんだよね、三人とも……見た目はさ」
「なんで二回言ったの?…で?姫さんどうするよ?姫さんが出ろってんなら俺ら出てもいいけど」
「別に出なくていいよ。路銀もまだたくさんあるから」
「そ、そうね~」
何気なく発せられた蓮姫の言葉に、火狼は明後日の方を見ながら冷や汗をかく。
その様子を不思議がる蓮姫だが、丁度その時未月が部屋に入ってきた為、意識はそちらへと向いた。
「おかえり未月。おつかいご苦労さま」
「…うん。…母さんの為……薬たくさん…買ってきた」
「そっか。ありがとう未月」
未月に感謝し微笑むと、蓮姫は窓の外を見つめた。
これで後は熱が下がるのを待つだけだ、と。
蓮姫が熱を出した為、思いがけずこの街に長居する事になった一行。
しかし蓮姫は無事に回復しつつある。
明日になり熱が下がっていれば、また旅が続けられるだろう。
蓮姫はそう信じて疑わなかった。
しかし彼女はまだ気づいていない。
自分達が危機的状況に陥っている事に。